タイムリミット

シナモン

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奥様、お手をどうぞ

11アクシデント

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「え、牧くんが?」

「そうなんや…。で、大丈夫なん?」

「こっち?…まとまりそうな、そうでもないような…。自転車で回る言うてたけど」

朝、風吹からの連絡で牧の不調を告げられた。

「どうすんの、今日も帰れへんの」

おそらくそうなるだろう、詳しいことはまた連絡する、と通話は切れた。

「どうなるんやろ、明後日には帰国せなあかんやろに」

日本の休暇日に合わせて戻らなければならないのだ。

テラスのソファで熟睡している彼女の顔を眺める。あのまま眠ってしまったらしい。自分も外で目覚めた。

横に目をやれば花を浮かべたプールの水面が日の光に輝いている。

景色を楽しむための敷地一杯張り出したインフィニティプール。旅行特集のイメージ画では必ずと言っていいほど、カップルが水に浮かぶ籐のトレイの上のしゃれたメニューを嗜みながら景色を眺めている。

朝食を頼もうかどうしようか、悩むところである。

「なあ…そろそろ起きな。仕事ははかどったか?」

女の体をゆすった。起きない。




「はーあ、俺がこんな景色見てもな…」

花の匂いがいっぱいのプールに浸かり一人でライステラスを眺めた。青々した田園風景…冷静になれば日本の田舎とさして変わらない…違うのはヤシの木が群をなしている所。


(それにしてもノリの悪い女やな―。ツンデレ? 塩対応? あいつ、ああいうタイプが好きやったんか)

(…俺もか)

本当ならここにいるのは自分ではなかった。
予定通り車で回って案内して遅くなって当然外泊に持ち込むとして、あの二人、どう過ごしただろう。

…なんか寒々しくない?

どうもしっくりこない。

「腹減ったー。やっぱり何か頼もう」

プ―ルにトレイを浮かべて食するフローティングブレックファストなるものを二人分オーダーすると、持ってくるのは少し時間がかかると言われた。
気温も上がり、女の体が動き始める。

「……うーーん……」

顔を上げてキョロキョロして、状況に気づいたのかこっちを向いた。

「あーー、朝になっちゃったんだ」慌てて立ち上がった。

「おはよ。食事頼んどいたで」
「えーー、どうしよ、すぐに出かけたいんだけど」
「まあ、落ち着けや。食うとかな、また腹減るで」
「そうだけどー」

普通シャワーなりしそうなものだが。

ガサツなのだろう…。それでいて下品に見えないのはすごいかもしれない。

「何や、今日も帰って来れへんみたいや。牧くん、ダウンやて」
「えー、大丈夫なの」
「火山性の中毒言うのあるんやな」
「どうなるの」
「様子見るんやろ。重症やないみたいやから」
「そう…」
「…着替えないんやったら、俺の貸そうか? 新品やで」
「えーいいわよ、今日はこれで行く」
「水着ないしプール入れんやん」
「仕方ない」

付き合いも悪い…。こうなったら全部無視して恋人のようにふるまってやろうか。



「俺が買うてきてやるわ、水着」
「ええ? 冗談でしょ」
「どっちにせよ、着替えいるやん」
「今日はいいよー。一日くらいなんとかなる」

「まあ、あるやろ、水着くらい」

ザブッと上がって、タオルをとった。
「もう、本気で言ってんの?いいってば。水着なんて普段着ないし、もったいないわ」

……これだ。

「そういうこと言うもんじゃないわ。買う言うてんのに」
「いらないもん」
「かわいくな」
「どうせ箪笥の肥やしになる」
「(ムカ)今楽しまな」
「楽しむんじゃなくて、仕事で来てるの」
「着る物はいるやろ。現地調達や思えばええやんか」
「水着水着うるさいわね!…それなら服にしてよ。水着なんて二度と着ないもん」
「あのなー……、そやから他の女の恰好見てみ? ほら、みーんなどぎついビキニやんか。ちょい外出るときはその上にシャツでも羽織ればええんやで」

と、テラスの下に広がるメインのプールを指さす。確かに、早くもプールでくつろいでるカップルは女性は布の面積が最小限に近いビキニ、男はサーフパンツとほぼ同じ格好で統一されている。
(そのくらいサービスしてくれてもええやろ。こんなしょーーもない仕事)本音はもちろんスケベ心である。
「それに…下着の代わりにならへん? くそ暑いのに、服の下に水着でええやろ」
「ばか」
なんかちょっとだけ照れくさそうな顔に見えた。
「もうー、わかった、じゃあ私も行く…じろじろ見ないでよ」
「見るかいな!」

とっくに早朝ではないので店も開いているだろう。
その間に朝食が届いていればなおさらいい流れになる。
それから出かければいい。

「レンタサイクルも頼まな」
「あ、そっか」

何とか納得してもらい、二人で部屋を出た。


「いい景色よねぇ…」

結局ビキニと着替えを調達し、部屋のプールで遅い朝食となった。

「お客様の田舎と似てるわ…。きっとこんなふうにリラックスしたいんだろうな」
「こんなん見て何が楽しいんやろ思うてたけど、中から見たら全然違うんやな。ぼーっとできるわ」
「共働きで、土日休めなくて、大変なんだろうな……」
「なに。店でもやってんのか」
「うん」
「そりゃ普通と違うやろけど、あんま入れ込んでも先に進まんやんか」
「そうよね…あと少し、もうほぼできてるの」
「問題は家具の配置よ。ベッドをどうしようかな…」
「熱心やねえ」
「みんなの笑い顔が見たいから」
と、水面に浮かぶ籠トレイからグラスをとりジュースをくいっと流し込む。
「それや、それ!」
さっと手をのばして、女のグラスを奪った。
「飲み方があかんのやない?ビールやないんやで。アルコールもその調子で飲んでんのやろ」
「そうね…」
「誰も注意せんの?」
「…しない」
「自分で気をつけんと。酒癖悪いのそれやないか? そういう飲み方したらあかんで。大体自分でわかるやろ」
「……ついつい美味しくて」
「それがダメなんや。一気に回るで」
「……わかってるわよ」
「もしくは下心のある男とばっかり付きおうてきたか」
「……そういえばあの車みたいなのに乗せられたことある」
「なんかされたん?」
「食事行ってお酒飲みに行って…そのあとよくわかんない」
「……」
「でも一回きりだもん。こっちも嫌だったし」
「ほかの男は」
「だから―、みんな怒っちゃうのよ。⦅君は男がいなくても生きていける‼⦆とか言われて」
(そりゃあんな豹変したら引くやろな…)
「あーあ、嫌なこと思い出しちゃった! もう行くと!」
そう言ってまたくいっとジュースを飲み干した。
「だからそれがあかんのやって……」







(まーーた、こんな山ン中…)


ホテルで自転車を借りて、山道を行く。女の後ろについて進んでると何人も観光客とすれ違った。

(のんきなもんやなあ)火山の噴火なんてどこの話?というくらい他人事だ。

先ほど調達したフィットネス用っぽい上下にスニーカー。男はサーフパンツにサンダル、シャツ。すれ違うサイクル連中とほぼ同様のスタイルだ。

「いい景色~。渓流沿いにヴィラがあって、ちょっと黒川温泉みたい」
「……いちいち九州で例えられてもな」
「こういう雰囲気なんだって。和風かリゾート風かの違いよ」
「和風をリゾート風にせなあかんの?」
「そうなんだけど…」
「リゾートねえ…」

――東大阪やんか。

昔懐かしい日本の夏山のような景色が続く。あぜ道、棚田、補強されてない水路…それゆえ足場は悪い。

じっくりゆっくり太いタイヤのマウンテンバイクで進んでいると男の携帯が鳴った。

「おい、遠くに行くなよ」
「はーい」

と女に念を押し自転車を降りた。

「はい。何」

『夏目さん、いまバリですか? 実は―――

……………………………………………………
……………………………………………………
……………………………………………………』

別の送信者である。この男、仕事掛け持ちも多々あるようだ。


「――え?」

『そうなんですよ、例の火山の―――――…

……………………………………………………
……………………………………………………
……………………………………………………』

「ホンマか」

『もしかしたら、まだ―――……フィリピン

……………………………………………………
……………………………………………………
……………………………………………………』

「俺、今別件なんやけど…」

『ああ、すみません、じゃあ―――――――

……………………………………………………
……………………………………………………
……………………………………………………』

「……わかった、注意しとくわ。なんかあったら連絡して―――」

『はい』


通話を終え、スマホをしまう。


「ん? どこ行ったんや、あいつ…」

姿が見えない。
要件が長く、電波も聞き取りにくく、結構話していたかもしれない。それにしても、数分程度…? そう遠くには行けないはずだが。

「おーーい」


自転車を押して歩いてみるが、出てくる気配はなかった。
まわりは相変わらず起伏のある水田…民家は遠くにある。

「ええ?」

再びスマホをとり、連絡しようとしてはっとする。

(バッグ…俺持ち)なぜか途中から持たされている。
(スマホ…そのバッグの中)

つまり連絡しようにも手段がない…。


(やばいやん、なんかあったら……)



さーーー…。
血の気が引いた。

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