タイムリミット

シナモン

文字の大きさ
上 下
31 / 81
奥様、お手をどうぞ

しおりを挟む
「えらい大人しいけど、どないしたん」

 ウブドに向かう車内は会話もなく、しばらく無音で高級クーペの小気味よいエンジン音だけよく響いた。助手席の女は沈んで見える。

(なんや、酔っぱろうた自覚はあるんかな)

 朝食のときも元気なく口を動かし、水は良く飲んでいた。

「う…ん、なんか…」

 言いにくそうにうつむいて、

(醜態さらさなかったかな…)

 女は女でドキドキしていた。嗚咽の記憶は残っている。つまり吐いたのは確かだ。

「変なのよね…起きたらローブはおってて…私、ローブなんて着たことないのに」

(え、そーなん?)ドキッとした。

「あの肌触りが苦手で…着替えるの面倒で着ちゃったのかな」
「知らんけど…。あんま、そういう具体的なこと言わん方がええで。男の前で」

(余計なことしたんか。でも裸やったしな)
(何べんでも言うが、疑われるんは俺やで。自分から脱いだ言うても通用せーへんやろ)
(正直に言うたほうがええか)

「あんた…酔うてたやろ」

 どこまでか探りを入れながら。

「えっ」

(やっぱり、見られた??)
(よりによってこいつに?)

「…その…私…酒乱の気がありましてね…」

(知っとるわ)

「…何やわめいとったな。(必死で抑えたけど)…あ、⦅しゃーしか⦆てなんや」

「えっ」

 ・・・・・・。

「そんな言いよったと?」
「ああ」

(やだ、なにわめいてるの。ギャー、御国言葉)

「ああーもう、これがあるから嫌なのよー」女はダッシュボード下まで頭をもたげた。
 細目のパンツの腿を握りしめ悔し気に揺らしてる。
「~~~~~~……!」
 水着のような黒いデザイントップスの背中のジッパーが丸見えだ。
「どういう意味?」
「…博多弁で、⦅面倒くさい⦆、です」やっとちらっとこちらを見た。
「あーそうなんや」
「…他はなんて言ってたの」
「けっこんなんかどうでもいい、やったっけ」口をおさえていたので他は確認できてない。
「ああ…」
「どうでもいいて何やねん、あんた、奥さんになるんやないの」
「それは…」

 言いにくい話になってきた。
 念願の視察ドライブの前なのに。

「様子見中よ。会ってひと月ちょっとで結婚て、早すぎるでしょ」
「そーなん? でも会ってすぐの男と旅行するいうんもなかなかやんか」
「部屋別々って言われたから…それに、バリに来たかったの。仕事でバリ風の家を建てたくて」
「ふーん」

(仕事? そんなん、全然聞いてへんな)
 
「仕事てまた色気のない話やな」
「それより何であんたが案内することになったのよ」
「知らんけど…スマトラ脱出できんのちゃう」
「スマトラでお仕事の会議だったの?」
「まあなあ、会議いうか、大スポンサー様やで」

(そうだったの?)

「火山や地震の専門家集めた学会の最中に火山噴火て、笑われへんよな。現地バタバタしてんのやろ」
「それであんたが代わりにウブドを回ってくれるの」
「ああ、そこにナビが出てんやろ」

 えらく高級な2シートタイプの車の
 目の前の大きな縦型ディプレイにルートが示されている。

 男は深いカーキの半そでシャツに黒パン…。
 昨日とは違うサングラスを上に引っ掛けてる。
 慣れた様子で難なく運転してる。

「よく知ってるの」
「そりゃあ、何回も来てんから」
「ふうん」
「ウブド、女の子に人気やね」
「仕事だから」
「なんや冷めてんな」
「そんなことないけど…」
「ふっ、あんた、きゃーきゃーうるさくないのがええんやろな」
(別の面でうるさいけどな)
「どういう意味」
「わちゃわちゃうるさい女が苦手な男もいてるんやで。俺もそうや」
 ちょっとドキドキした。
「…あんた、ノリがよさそうだけど?」
「そうか? それでも女の子と旅行行ったことはないで」
(え、本当?)
「まあ、そういう意味でもよろしく頼むわ。俺が呼ばれたんは何や変な虫が寄って来んように、言うことなんやろうな」
(そんなの寄ってくるわけないじゃないの)
「物好きな虫ね」
「……あんた、えらい自分を下げるけど、中々様になってんで。今もな」

 本音で言ってるのだが、喜ぶどころかすねたような表情をされるところもまたいい…。
(ホンマ、俺に譲る言うんやったらよかったのに…)

(変な奴)
 変だけど、基本はおさえてて、車のランクもあるけど、スマートに助手席にのせてくれた。これをエスコートだとするなら、今までで一番上だろう。

 小さなビルや家の並ぶ雑多な通りを抜けて、緑が増えてきた。
 タイヤから伝わる振動が普段よく乗る車とは全然違う。重厚なエンジン音がオーディオのように響く。よっぽど日常を逸脱している。

「ねえねえ、ところでこの車、すごくない? こんなんで行くと?」
 家を見に行くには仰々しいような…。気が沈んでいて乗る際よく見てないが真っ黒でフェラーリのようなフォルムをしていた。
「そうやねえ、半分デートのつもりやったんやろうから、しゃあないねえ」
「もったいなかぁ、普通のでよくない?」
「……」
(なんや、こいつら、手探り状態なんかな。変な感じ)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...