タイムリミット

シナモン

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タイムリミット

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「中国の…ショーに興味がおありなんですか」
「友人がね。僕は普段は上海にいますので」
「そうなんですか?」

「北京と上海を行ったり来たり、
 たまに東京、というところです」

 たまに?

「…あなたに会うまでもっと少なかったんですが、
 東京に来るのは」

 わざわざ会いに来てくれてたってことなの? そんな…。

「おっしゃってくださればよかったのに」
「そうですね。そうすればよかったです」

 彼は残念そうに視線を下げた。

「こんなことは初めてで、考えが及びませんでした」
「こんなことって…」
「残念ながら、あまり好かれてないようなので」

 また視線を合わせ、苦笑した。

 あ…。あからさま過ぎたかしら。ごめんなさーい。

「申し訳ありません、私も初めてのことで。まさかお声をかけていただくとは思ってませんでした」
「慣れないことはするものではありませんね」
 女性に言い寄られる側だものね、見るからに。
「もっとじっくり話し合えば、とも思ったのですが、実際は、会うたびにいつ逃げられるかと不安でした」
「そんな…そんな風には見えませんでしたわ」
「僕は感情があまり面に出ないんです」

 それはわかるわ…。

「前にも言いましたが両親の仲が悪くて…ずっと結婚に消極的でした」
 一息ついて続けた。
「このまま親の言いなりになって結婚するのか…ぼんやり思ってました。それが…何も考えてなかったパーティであなたにお会いして、視線があなたばかり追ってしまう。いつも気づいたら思い出しているんです」

 …私も別の意味で思い出しますわ。どうして私?って。

「光栄です。でも私…こんな女ですし、あなたにふさわしくないかと」
「それはあなたが決めることではないですよね。…僕の家はやや特殊で、あなたが思われるようなものではありませんよ。親族はほぼいないですし。何の世話をすることもない」

 どうかしら…。誰かの妻になるなんて考えたことないのよね。いかにもめんどくさそうじゃない?
 それが金持ちとなれば余計…。

「ただ、父が少し厄介でして」
「え?」

 言いにくそうに彼は少しうなだれた。

「母は離婚後自立して暮らしてますが、父はね…母への執着が強すぎて…、というより、そもそも尋常じゃないといいますか」 

 まあ、そんな自分が不利になるようなことを言うなんて…。それじゃますます私なんかじゃダメじゃない。

「三島由紀夫の『美しい星』をご存じですか」

 知らないわ。私は首を振った。

「…ある家族が突然自分たちが『宇宙人』だと目覚めて、独自に行動を起こしていくのですが、どうも…父がそれに傾倒してるようなのです」
「はあ?」
 言葉が出ないわ。何それ。
「息子の僕から見ても常軌を逸してる…と言いますか。とんでもないことばかり言ってきまして」
「どんな…」

「僕は今年三十になるのですが、誕生日に何か仕掛けてきそうなんですよね」

 …どういうことなの。

「あとひと月」
「…期限が近いから? そのために結婚を急ぎたいという意味ですか?」
 意味が分からないまま、答えた。
「こういう言い方をするとそう聞こえてしまいますよね。僕も何と言っていいか…。仕掛けてくるとは例えば勝手に僕の戸籍をいじって結婚させることも可能ですよね」
 …!? そこまで…する? 親が?
「自分が結婚に失敗したからなのかどうかわかりませんが、僕の相手に異常にこだわるんです」
「そ、それは仕方ありませんわ。お家柄とか教養とか必要でしょう」
「いえ、そういうものではないんです。遺伝子レベルの話です…父は…科学をかじってまして。困ったことに権力もあるのでだれも止められないんです」
 え、どういうこと? 暴君って意味? 「端的に言うとーーー」


「僕の妻の欄をあなたのお名前で埋めてほしいのです」


「は!?」


 いきなり?

「け、契約結婚ってことですか?」
「そういうつもりじゃないです。だが、結婚とはそもそも契約ですよね」と少し口角を上げ、同意を強いるしぐさを見せる。
「でも急過ぎます。私は仕事を抱えてて…」
「それは尊重します」
「お互いに好きな人ができたらどうするんですか」
「僕はないと思います…あなたは…今思いを寄せている男性がいますか?」
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