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3話
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「ーーさん、市川さん」
「よかった、気づいたーー」
目覚めると‥‥おじさんたちが心配そうに覗き込んでいた。
「ここは」
「病院です。市川さん上に引き揚げた後気を失ったんだよ」
そうだったー
見るだけで気を失ってしまいそうなくらいたくさんのエビに囲まれて…
全身チクチクいたぶられ必死に耐えたのだった。
だって!変な話だけど大事なとこにも容赦なくチクチク攻撃してくるんだもん!
泣きそうになりながら力の限り足を閉じてそろそろと縁に寄って機会を伺ってたの。
このあたり鍛えられてると思うわ。
日本海の荒波にもまれて育ったからかな。
「すみません、俺が離れたばっかりに」
帰ってきた高田さんに助けてもらってそこでダウン…
「とんでもないです」
目離した隙に池ポチャなんておこちゃまか…情けない。
「俺、一緒に東京へ行って謝るよ」
「え?」
「俺の責任だし、きちんとしておかないと」
「そうだな、私も行こう。今後のこともあるし」
「そ、そんな」
私は焦って飛び起きた。
「お願いです、黙っててください」
「市川さん」
「こんな、こんなことバラされたら私ーー」
恥ずかしくてお嫁にいけない!
つい涙が滲んだ。
だってそうでしょ?
こんな、エビだらけの池にポチャるなんてーー
体張った芸でならしてる女芸人でもそんなことしないと思うわ。
おまけに変なとこ突かれてぞわぞわするし。
『いたぶられる』ってこのことなの、って初めて思った。
こんなこと…ぜーーったい誰にも知られたくない!乙女の恥だ。
特に会長には…
写メって池に落ちたなんて…また怒られちゃう!
「うっ、会長…」
私はシクシク泣き始めた。
「市川さん…ショックだよな」
「そうだよなあ、年頃のお嬢さんに何てことを」
うう、私のバカ…
どうしよう…エロ動画のネタにされた気分…嫌すぎる…
「俺、しばらくついてるから。何でも言って」
「はい」
せっかくの楽しいパーティも台無し…
「水曜日までやすみっていってましたよね?とりあえずそれまでここに入院ということにしてますので」
「でも」
「精密検査をしないといけないんよ」
「え?」
「あの池ーー調整中の池で水質検査してないんよ、だからーー」
言いにくそうに視線を下げる高田さん。
ええーーー、私そんなとこに落ちたの?
どうりで深かったはずだ。
ゲロゲローーー
「う…そ」
「ごめん、本当にすみません。飲み込んではないようだけど…バクテリアとか細菌感染してたらヤバイんで念のため」
バ・ク・テ・リ・ア!
細菌~?
マジ映画か!
「昔子供を遊ばせてた泥沼で…何年か前まで大学の研究室が使っとったんやけど今は放置しとって…あん中の勝手に増えたエビなんで種類も把握してないんよ」
絶句…また果てそう。
「だからしばらくここに」
「え、ええ」
気は進まないが体調を崩してそのまま宇部にとどまるという旨を施設の人から会社に伝えてもらうことにして、私は検査の結果を待った。
結論から言うと。
検査の結果は異常なしだった(つくづく丈夫にできてるわ)。
だが…
夢見が最悪。
繰り返し見る短い悪夢にうなされ、まともに眠れなかった。
エビ色というか蛇のとぐろを巻いた色彩に似たその中を私は逃げ回っていて、ひたすら会長をよびつづけていた。
そしてやっと彼の姿を見つけて近づいて抱きつくとーーー
ぎゃあああああーーー
振り向いた会長はなぜかバルタン星人のお姿に…(エビ型の宇宙人)。
hahahahaーーーー
そこでハッと目がさめる。
全身汗びっしょり…
なんて言うんだろう…半年前、金縛りにあったあの感じに似てる…
上から押さえつけられてるような狭苦しい感じ…
おまけに昼間聞いた歌声がぐるぐるエンドレスで流れて…
しかも…
場外放送の、風に流される間の抜けた音階そのまんまで(あれって微妙に音がずれてて気になるよね?)それも疲れに拍車をかけてーー
ぐったり…
なにこれ、エビの逆襲かい?
私がーーエビの聖域を侵したから??
もういやあーーーバルタン星人どっかいけ!
よりによって会長に化けないでって!
「市川さん」
夜中苦しそうにしてるわたしを見かねてお医者様が悪夢を和らげるという薬を処方してくれた。
薬じゃなくてサプリメントに近いらしいけど…
「無理に忘れようとするとかえって思い出したりすることもあるのでなるべくリラックスしてーー難しいでしょうけど。何気ないことがセカンドハラスメントに繋がったりするので周りの理解も必要ですね」
先生は暗に会社に報告したほうがいいと促しているのだろうか。
絶対嫌だ。それこそセカンドハラスメントだわ、私には。
東京に帰りたい…
帰っていつもの日常に戻りたい…
会長…
あの部屋にいることが私には一番のリラクゼーションなの…
「今連絡があってーー」
次の日、会社に連絡してもらった後 施設に折り返し連絡があったみたい。
私は風邪をこじらせてダウンーーということにしてもらった。
何だか本当に体が熱っぽいし。
「水曜日に使いをよこすので一緒に帰ってきてくださいとのことです」
使いを?
ちょっと意外だったが…
ああ、これで帰れるんだーー
私は少し安心した。
「いいのかなあ、俺、やっぱりついて行くよ。事情を言っておいたほうがーー」
「ううん、いいです、私から言います」
「でも」
「念のため東京の病院でも見てもらった方が」
「自分でします。ありがとう」
だって…
この人たちに旅費払ってまで来てもらったら…気の毒だもん。
「市川さん、うどんならいけそう?」
「ううん、いいです」
「何か食べないと」
「う…ん」
あんなに食べたのが嘘みたいに。
食事は喉を通らないしずっとベッドの上だしきっと3キロは痩せていたに違いない。
点滴が食事代わり、なんて私じゃないみたい。
幸いに薬の効果は抜群で夢は見なくなったが。サプリってすごいのね。
「社にお送りするよう仰せつかりました」
そうして最終日現れた屈強なSPのような男性2人に付き添われて私は帰路に着いたのだった。
ああーーー
帰れるんだーーー
「ご迷惑おかけしました」
「市川さん…大丈夫?」
「着いたら連絡します」
本当にいいのかなあと心配げな高田さんたちに別れを告げ、車で十数分…宇部空港へ。
飛行機…
もうここまで精神状態追い詰められちゃうとフライト恐怖症なんて心配する余地もなく…というか実際忘れていた。両側にがっちりついてるガードマンのような大男に守られて…視線も浴びて、私は無事帰京した。
熱っぽい…
喉がすごく乾いて羽田でジュースを飲む。
車に乗せられ、いよいよ新宿ーーーー
こんなにデカかったっけーーー
久しぶりに社屋を見上げて、はあとため息。自分がちっぽけな存在に思えた。
高田さんに偉そうなこと言っちゃったけど、会長がいなければ私なんてーー
ヤバイ、マジおちこむ…
「お連れしました」
「ああ、入って」
懐かしい会長室に入ると彼はデスクに寄っかかって携帯でお話し中だった。
ちらと目があって微笑んだ。
ああ、帰ってきたんだーー
私は泣きそうになるのをぐっとこらえた。夢にまで見た会長のお姿…敬語で喋ってるからそれ相応の相手なんだろうな。
なんか熱っぽいけどーー
会長に挨拶だけして病院に行けばいいよね?
「ああ、ご苦労様。もういいよ」
「はい、では失礼します」
電話を終えた彼に言われてSPさん(かどうか知らないけど)二人は去っていった。
「やあ、おかえり、体調はどうだい?」
「かいちょ…」
涙がこみ上げてよろよろ彼に近づいた。
彼も近寄ってきて私は崩れるようにその胸に抱きついた。
「うっ、ひっく、…さみしかったです」
「よしよし、少し荷が重かったかな?今日はもういいからゆっくり休みなさい。病院へ送ってあげよう」
めちゃくちゃ優しい声で。
なでなでされて私はいよいよ大泣きした。
「熱っぽいな。風邪か?キミ、真っ赤じゃないか、顔も、手も」
私の腕を取って「ん?」と表情が渋る。
「傷だらけじゃないか。エビの料理でもしたのか」
ギクッ。
ヤバイーー。
確かにエビに付けられた傷ではあるけれども。
彼は私の頬を両手ですくい上げると、まじまじ見つめて顔を雲らせた。
「首にも小さな傷が。キミ、何かあったのか」
私は顔を背けていった。
「すみません、はしゃいで転んじゃって」
「そうか?それにしては…顔も赤いよ。これ、湿疹じゃないか?」
じーーっと顔を寄せて。
「言いなさい。何があったんだ」
そっそんな。尋問しないで。
「何も…足場が悪くてつい」
「腕もだぞ。転んでできるような傷じゃないだろう。それに」
私の全身に視線を落として、
「どんどん赤くなって…蕁麻疹か? 何があったか言いなさい。私はキミの上司だぞ」
「そっ…」
沈黙があって私はセリフが出てこなくて、もちろん池に落ちたとも言えるわけなくて、こんな言葉を口走った。
「い、言いたくないの…思い出したくない…セカンドハラスメントです」
会長はハッとなった。
「なんだって?」
ひと呼吸ふた呼吸…かっこいい顔がどんどんシリアスなしかめっ面に変わった。
「キミ、何かされたのか」
キツイ口調だ。私は驚いて反論しようとした。
「ち、ちがいま…」
言い終えないうちに内臓を内から鈍器で突き上げたような衝撃が走った。「うくっ、あ、あ、あ…」
な、なにこれーー
「キミ」
喉がつまるーー
息ができないーーー
苦しくてとっさに会長の首にしがみついた。
「どうしたーーー」
くるしいくるしいくるしいーーー
息がーー
声が、出ないーー!!
足をバタバタさせてもがいた。
そしてそれは…がっちり私の身体を抱きかかえる彼に伝わったみたいだ。
たすけて…なるあきくん…
「!いかんーー」
彼は咄嗟に携帯を取り出した。
「ーーー私だ。秘書が突然ショック状態になってーーー」
ぐいっと私の体を持ち上げ歩き出した。
「わからないんだ、急にーーー中毒ーーアナフィラキシーかもしれん。呼吸が苦しそうだーーああ、そっちへ連れて行くーーエレベーターの前に誰か寄越してくれ。全身腫れ上がって真っ赤だーー車を、秘書室長にこの後の私の予定をCXLするよう言ってくれ。ああ、もうーーーー」
「息が、止まりそうなんだーーー」
「よかった、気づいたーー」
目覚めると‥‥おじさんたちが心配そうに覗き込んでいた。
「ここは」
「病院です。市川さん上に引き揚げた後気を失ったんだよ」
そうだったー
見るだけで気を失ってしまいそうなくらいたくさんのエビに囲まれて…
全身チクチクいたぶられ必死に耐えたのだった。
だって!変な話だけど大事なとこにも容赦なくチクチク攻撃してくるんだもん!
泣きそうになりながら力の限り足を閉じてそろそろと縁に寄って機会を伺ってたの。
このあたり鍛えられてると思うわ。
日本海の荒波にもまれて育ったからかな。
「すみません、俺が離れたばっかりに」
帰ってきた高田さんに助けてもらってそこでダウン…
「とんでもないです」
目離した隙に池ポチャなんておこちゃまか…情けない。
「俺、一緒に東京へ行って謝るよ」
「え?」
「俺の責任だし、きちんとしておかないと」
「そうだな、私も行こう。今後のこともあるし」
「そ、そんな」
私は焦って飛び起きた。
「お願いです、黙っててください」
「市川さん」
「こんな、こんなことバラされたら私ーー」
恥ずかしくてお嫁にいけない!
つい涙が滲んだ。
だってそうでしょ?
こんな、エビだらけの池にポチャるなんてーー
体張った芸でならしてる女芸人でもそんなことしないと思うわ。
おまけに変なとこ突かれてぞわぞわするし。
『いたぶられる』ってこのことなの、って初めて思った。
こんなこと…ぜーーったい誰にも知られたくない!乙女の恥だ。
特に会長には…
写メって池に落ちたなんて…また怒られちゃう!
「うっ、会長…」
私はシクシク泣き始めた。
「市川さん…ショックだよな」
「そうだよなあ、年頃のお嬢さんに何てことを」
うう、私のバカ…
どうしよう…エロ動画のネタにされた気分…嫌すぎる…
「俺、しばらくついてるから。何でも言って」
「はい」
せっかくの楽しいパーティも台無し…
「水曜日までやすみっていってましたよね?とりあえずそれまでここに入院ということにしてますので」
「でも」
「精密検査をしないといけないんよ」
「え?」
「あの池ーー調整中の池で水質検査してないんよ、だからーー」
言いにくそうに視線を下げる高田さん。
ええーーー、私そんなとこに落ちたの?
どうりで深かったはずだ。
ゲロゲローーー
「う…そ」
「ごめん、本当にすみません。飲み込んではないようだけど…バクテリアとか細菌感染してたらヤバイんで念のため」
バ・ク・テ・リ・ア!
細菌~?
マジ映画か!
「昔子供を遊ばせてた泥沼で…何年か前まで大学の研究室が使っとったんやけど今は放置しとって…あん中の勝手に増えたエビなんで種類も把握してないんよ」
絶句…また果てそう。
「だからしばらくここに」
「え、ええ」
気は進まないが体調を崩してそのまま宇部にとどまるという旨を施設の人から会社に伝えてもらうことにして、私は検査の結果を待った。
結論から言うと。
検査の結果は異常なしだった(つくづく丈夫にできてるわ)。
だが…
夢見が最悪。
繰り返し見る短い悪夢にうなされ、まともに眠れなかった。
エビ色というか蛇のとぐろを巻いた色彩に似たその中を私は逃げ回っていて、ひたすら会長をよびつづけていた。
そしてやっと彼の姿を見つけて近づいて抱きつくとーーー
ぎゃあああああーーー
振り向いた会長はなぜかバルタン星人のお姿に…(エビ型の宇宙人)。
hahahahaーーーー
そこでハッと目がさめる。
全身汗びっしょり…
なんて言うんだろう…半年前、金縛りにあったあの感じに似てる…
上から押さえつけられてるような狭苦しい感じ…
おまけに昼間聞いた歌声がぐるぐるエンドレスで流れて…
しかも…
場外放送の、風に流される間の抜けた音階そのまんまで(あれって微妙に音がずれてて気になるよね?)それも疲れに拍車をかけてーー
ぐったり…
なにこれ、エビの逆襲かい?
私がーーエビの聖域を侵したから??
もういやあーーーバルタン星人どっかいけ!
よりによって会長に化けないでって!
「市川さん」
夜中苦しそうにしてるわたしを見かねてお医者様が悪夢を和らげるという薬を処方してくれた。
薬じゃなくてサプリメントに近いらしいけど…
「無理に忘れようとするとかえって思い出したりすることもあるのでなるべくリラックスしてーー難しいでしょうけど。何気ないことがセカンドハラスメントに繋がったりするので周りの理解も必要ですね」
先生は暗に会社に報告したほうがいいと促しているのだろうか。
絶対嫌だ。それこそセカンドハラスメントだわ、私には。
東京に帰りたい…
帰っていつもの日常に戻りたい…
会長…
あの部屋にいることが私には一番のリラクゼーションなの…
「今連絡があってーー」
次の日、会社に連絡してもらった後 施設に折り返し連絡があったみたい。
私は風邪をこじらせてダウンーーということにしてもらった。
何だか本当に体が熱っぽいし。
「水曜日に使いをよこすので一緒に帰ってきてくださいとのことです」
使いを?
ちょっと意外だったが…
ああ、これで帰れるんだーー
私は少し安心した。
「いいのかなあ、俺、やっぱりついて行くよ。事情を言っておいたほうがーー」
「ううん、いいです、私から言います」
「でも」
「念のため東京の病院でも見てもらった方が」
「自分でします。ありがとう」
だって…
この人たちに旅費払ってまで来てもらったら…気の毒だもん。
「市川さん、うどんならいけそう?」
「ううん、いいです」
「何か食べないと」
「う…ん」
あんなに食べたのが嘘みたいに。
食事は喉を通らないしずっとベッドの上だしきっと3キロは痩せていたに違いない。
点滴が食事代わり、なんて私じゃないみたい。
幸いに薬の効果は抜群で夢は見なくなったが。サプリってすごいのね。
「社にお送りするよう仰せつかりました」
そうして最終日現れた屈強なSPのような男性2人に付き添われて私は帰路に着いたのだった。
ああーーー
帰れるんだーーー
「ご迷惑おかけしました」
「市川さん…大丈夫?」
「着いたら連絡します」
本当にいいのかなあと心配げな高田さんたちに別れを告げ、車で十数分…宇部空港へ。
飛行機…
もうここまで精神状態追い詰められちゃうとフライト恐怖症なんて心配する余地もなく…というか実際忘れていた。両側にがっちりついてるガードマンのような大男に守られて…視線も浴びて、私は無事帰京した。
熱っぽい…
喉がすごく乾いて羽田でジュースを飲む。
車に乗せられ、いよいよ新宿ーーーー
こんなにデカかったっけーーー
久しぶりに社屋を見上げて、はあとため息。自分がちっぽけな存在に思えた。
高田さんに偉そうなこと言っちゃったけど、会長がいなければ私なんてーー
ヤバイ、マジおちこむ…
「お連れしました」
「ああ、入って」
懐かしい会長室に入ると彼はデスクに寄っかかって携帯でお話し中だった。
ちらと目があって微笑んだ。
ああ、帰ってきたんだーー
私は泣きそうになるのをぐっとこらえた。夢にまで見た会長のお姿…敬語で喋ってるからそれ相応の相手なんだろうな。
なんか熱っぽいけどーー
会長に挨拶だけして病院に行けばいいよね?
「ああ、ご苦労様。もういいよ」
「はい、では失礼します」
電話を終えた彼に言われてSPさん(かどうか知らないけど)二人は去っていった。
「やあ、おかえり、体調はどうだい?」
「かいちょ…」
涙がこみ上げてよろよろ彼に近づいた。
彼も近寄ってきて私は崩れるようにその胸に抱きついた。
「うっ、ひっく、…さみしかったです」
「よしよし、少し荷が重かったかな?今日はもういいからゆっくり休みなさい。病院へ送ってあげよう」
めちゃくちゃ優しい声で。
なでなでされて私はいよいよ大泣きした。
「熱っぽいな。風邪か?キミ、真っ赤じゃないか、顔も、手も」
私の腕を取って「ん?」と表情が渋る。
「傷だらけじゃないか。エビの料理でもしたのか」
ギクッ。
ヤバイーー。
確かにエビに付けられた傷ではあるけれども。
彼は私の頬を両手ですくい上げると、まじまじ見つめて顔を雲らせた。
「首にも小さな傷が。キミ、何かあったのか」
私は顔を背けていった。
「すみません、はしゃいで転んじゃって」
「そうか?それにしては…顔も赤いよ。これ、湿疹じゃないか?」
じーーっと顔を寄せて。
「言いなさい。何があったんだ」
そっそんな。尋問しないで。
「何も…足場が悪くてつい」
「腕もだぞ。転んでできるような傷じゃないだろう。それに」
私の全身に視線を落として、
「どんどん赤くなって…蕁麻疹か? 何があったか言いなさい。私はキミの上司だぞ」
「そっ…」
沈黙があって私はセリフが出てこなくて、もちろん池に落ちたとも言えるわけなくて、こんな言葉を口走った。
「い、言いたくないの…思い出したくない…セカンドハラスメントです」
会長はハッとなった。
「なんだって?」
ひと呼吸ふた呼吸…かっこいい顔がどんどんシリアスなしかめっ面に変わった。
「キミ、何かされたのか」
キツイ口調だ。私は驚いて反論しようとした。
「ち、ちがいま…」
言い終えないうちに内臓を内から鈍器で突き上げたような衝撃が走った。「うくっ、あ、あ、あ…」
な、なにこれーー
「キミ」
喉がつまるーー
息ができないーーー
苦しくてとっさに会長の首にしがみついた。
「どうしたーーー」
くるしいくるしいくるしいーーー
息がーー
声が、出ないーー!!
足をバタバタさせてもがいた。
そしてそれは…がっちり私の身体を抱きかかえる彼に伝わったみたいだ。
たすけて…なるあきくん…
「!いかんーー」
彼は咄嗟に携帯を取り出した。
「ーーー私だ。秘書が突然ショック状態になってーーー」
ぐいっと私の体を持ち上げ歩き出した。
「わからないんだ、急にーーー中毒ーーアナフィラキシーかもしれん。呼吸が苦しそうだーーああ、そっちへ連れて行くーーエレベーターの前に誰か寄越してくれ。全身腫れ上がって真っ赤だーー車を、秘書室長にこの後の私の予定をCXLするよう言ってくれ。ああ、もうーーーー」
「息が、止まりそうなんだーーー」
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