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4話
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ドアの向こうは絶景であった。
「わあ、すごい」
ぐるりと太平洋。
長いカウンターキッチンの背後はガラス張りでそれが丸見えなのだ。
「いいですねえ、素敵」
波がキラキラしてる。
キッチンに近づくと裏に畑が広がってるのが見えた。
「うわあ、広いお庭ですねえ」
お洒落な草木が茂ってる。
うちの実家の畑も広いがこんな感じじゃない。
と、そこでーー。
広い床をシュッーー。何かが横切った。
「えっ」
ストッ。るりかさんの肩に小さな物体が。
「これっ…」
「ふふ、ハリネズミよ。飼ってるの」
「えーー……」
びっくりキュートな生き物がそこにいた。
薄いグレーとお腹は白くって、ハリネズミ…。動物園とかで見たことあるはずなのに、こんなに可愛かった?
「か、かわいい、これ、実物のが何倍も可愛いですね。ぬいぐるみとかより」声が震える。それくらい可愛い。
最近、雑貨屋さんでよく見るハリネズミのチャーム、すごい可愛くて手にとって見たりするけど、断言できるわ、
ーー実物のが数千倍かわいい!!
「ふふふ、そう? 実はこの子、ネズミよけに来てもらったのよ」
「ネズミよけ?」
「ええ。ここね、ひどい廃墟で、ネズミが住み着いちゃっててね。もう私心が折れちゃうくらいショックだったんだけど、アランが、ハリネズミを飼ったらネズミが出て行ってくれるんじゃないかって言い出して」
「ええーー?」
何その謎理論。
「不思議よね。よくそんな発想になるわ。でもまあお任せしたら、見事にハリネズミの縄張りになっちゃったみたい。不思議よねー」
るりかさんは微笑む。
「名前どうするって言われて、ハリーって適当に言っちゃったらそれになっちゃった」
目をくりっとおどけてみせた。
「そうなんだ。ハリー、こんにちは」
私が手を伸ばすとこっち向いた。
そおっと触ってみる。
はぁ~柔らか~。
「うふふ、市川さんは大丈夫そうね。機嫌悪いとフーッて針立てるの」
「わあ、それも見てみたいです!」
あははと笑ってカウンターの中に入った。
白いキッチン。手作りなのかな。扉が木だ。
フロアも木の匂いが充満してる。
いいなぁ~。
「立派なキッチンですねー。ピザが何枚でも仕込めそう」
「ふふ、お任せするわ」
るりかさんは棚から粉を出してきた。
隣の棚も手作りっぽくてカッコいい。
天井からライトが下がってて、お店みたいだ。
「お店でもやるんですか?」
つい言ってしまった。するとるりかさんはちょっと顔を曇らせた。
「……そうなのよねえ…最初は仲間を呼んでワイワイやろうって言ってたのに、これならカフェとしてもやっていけそうだねえ、なんて言うのよ」
「へえ」
アランさんは外交的なようだ。
…誰かいたなあ、おんなじようなこと言ってたの。
……室長か。
「でも私…料理があんまり……苦手なのよね…お花育てるのは好きなんだけど」
ああ、そういえば会長が言ってたような?
ほんのちょっと前、5月の頃かな。
色んなことがあって随分と昔に思えるわ。
「大丈夫ですよ! ピザなら生地仕込むだけでいいし」
「う……ん、私じゃうまく発酵しないのよ」
「え? そうなんですか? 」
「アランの方が上手なの。パンを膨らませるのもね」
へえー、そんなことってあるのかな。
あ、そうだ。
「私、酵母持ってきたんですけど、よかったら、置いといたらどうかな」と持ってたバッグをガサゴソ……。
「酵母?」
「ええ。部屋で勝手に育っちゃったんですよ。こういうタネ菌があると少し変わるかもしれませんよ。あの、味噌蔵の麹菌みたいな感じで」瓶入りの自家製酵母を差し出した。
「そっかー、いいの?」るりかさんは手にとってまじまじと見つめる。干し葡萄色のとミルキーなのと色々あるけど、今日のはねっとり納豆色だ。
「ええ、もちろん。パンの発酵にはドライイーストの方がよく膨らみますけどね」
「そうなんだ」
「でもピザだとそんなに気にしなくていいんじゃないですか?」発酵なしのピザ生地だってあるし。
「そうよねえ。……だけどカフェだとそのうちケーキだのサンドイッチだのメニュー欲張らないかしら」
「そんなこと……」
もうカフェは決定路線なの? 旦那、ノリがいいな。
「大丈夫ですよ。こんなに景色がいいんだもの、それ売りにすれば」
「ええ、そうよね。アランもそう言うわ。ただ私自信がないだけ」
るりかさんの表情がさっきと違う。この人本当に料理が……アレなんだな。
そうそう、たしかに会長言ってたわ。
そんなに嫌なら旦那が全部やればいいのに……って、私、無責任?
自信ないなら他に発注するとか。
ハリーがぴゅっとるりかさんの肩を降りてキッチンの隅に駆けて行った。
「るりかさん」
「は、はい」
「ね、黒柳〇子ケーキって知ってます? 」
「え? い、いいえ」
「世界一簡単なケーキです。でもって美味しいの」
「へ、へえ?」
ぽかんとこっち見てるるりかさんに、にまっと口を上げた。
「ビスケットを生クリームでサンドするだけなんです。簡単でしょう? だけどとっても美味しいんです。私も時々アイディアいただいちゃってます」
つい先日、会長にも出した。しるこサンドで代用したアレ。
「美味しければいいんですよー。それが基本なんです。難しく考えないで。家庭料理とおんなじ。先のことは考えないで。何も完成度高いケーキ出せって言ってるわけじゃないんでしょう? そういうのは都内の有名店に任せちゃいましょう。マイペースにできるものを出せばいいんです」
「……そ、そっか、そうね、ありがとう、市川さん」
「私も協力しますよ」
「わあ、すごい」
ぐるりと太平洋。
長いカウンターキッチンの背後はガラス張りでそれが丸見えなのだ。
「いいですねえ、素敵」
波がキラキラしてる。
キッチンに近づくと裏に畑が広がってるのが見えた。
「うわあ、広いお庭ですねえ」
お洒落な草木が茂ってる。
うちの実家の畑も広いがこんな感じじゃない。
と、そこでーー。
広い床をシュッーー。何かが横切った。
「えっ」
ストッ。るりかさんの肩に小さな物体が。
「これっ…」
「ふふ、ハリネズミよ。飼ってるの」
「えーー……」
びっくりキュートな生き物がそこにいた。
薄いグレーとお腹は白くって、ハリネズミ…。動物園とかで見たことあるはずなのに、こんなに可愛かった?
「か、かわいい、これ、実物のが何倍も可愛いですね。ぬいぐるみとかより」声が震える。それくらい可愛い。
最近、雑貨屋さんでよく見るハリネズミのチャーム、すごい可愛くて手にとって見たりするけど、断言できるわ、
ーー実物のが数千倍かわいい!!
「ふふふ、そう? 実はこの子、ネズミよけに来てもらったのよ」
「ネズミよけ?」
「ええ。ここね、ひどい廃墟で、ネズミが住み着いちゃっててね。もう私心が折れちゃうくらいショックだったんだけど、アランが、ハリネズミを飼ったらネズミが出て行ってくれるんじゃないかって言い出して」
「ええーー?」
何その謎理論。
「不思議よね。よくそんな発想になるわ。でもまあお任せしたら、見事にハリネズミの縄張りになっちゃったみたい。不思議よねー」
るりかさんは微笑む。
「名前どうするって言われて、ハリーって適当に言っちゃったらそれになっちゃった」
目をくりっとおどけてみせた。
「そうなんだ。ハリー、こんにちは」
私が手を伸ばすとこっち向いた。
そおっと触ってみる。
はぁ~柔らか~。
「うふふ、市川さんは大丈夫そうね。機嫌悪いとフーッて針立てるの」
「わあ、それも見てみたいです!」
あははと笑ってカウンターの中に入った。
白いキッチン。手作りなのかな。扉が木だ。
フロアも木の匂いが充満してる。
いいなぁ~。
「立派なキッチンですねー。ピザが何枚でも仕込めそう」
「ふふ、お任せするわ」
るりかさんは棚から粉を出してきた。
隣の棚も手作りっぽくてカッコいい。
天井からライトが下がってて、お店みたいだ。
「お店でもやるんですか?」
つい言ってしまった。するとるりかさんはちょっと顔を曇らせた。
「……そうなのよねえ…最初は仲間を呼んでワイワイやろうって言ってたのに、これならカフェとしてもやっていけそうだねえ、なんて言うのよ」
「へえ」
アランさんは外交的なようだ。
…誰かいたなあ、おんなじようなこと言ってたの。
……室長か。
「でも私…料理があんまり……苦手なのよね…お花育てるのは好きなんだけど」
ああ、そういえば会長が言ってたような?
ほんのちょっと前、5月の頃かな。
色んなことがあって随分と昔に思えるわ。
「大丈夫ですよ! ピザなら生地仕込むだけでいいし」
「う……ん、私じゃうまく発酵しないのよ」
「え? そうなんですか? 」
「アランの方が上手なの。パンを膨らませるのもね」
へえー、そんなことってあるのかな。
あ、そうだ。
「私、酵母持ってきたんですけど、よかったら、置いといたらどうかな」と持ってたバッグをガサゴソ……。
「酵母?」
「ええ。部屋で勝手に育っちゃったんですよ。こういうタネ菌があると少し変わるかもしれませんよ。あの、味噌蔵の麹菌みたいな感じで」瓶入りの自家製酵母を差し出した。
「そっかー、いいの?」るりかさんは手にとってまじまじと見つめる。干し葡萄色のとミルキーなのと色々あるけど、今日のはねっとり納豆色だ。
「ええ、もちろん。パンの発酵にはドライイーストの方がよく膨らみますけどね」
「そうなんだ」
「でもピザだとそんなに気にしなくていいんじゃないですか?」発酵なしのピザ生地だってあるし。
「そうよねえ。……だけどカフェだとそのうちケーキだのサンドイッチだのメニュー欲張らないかしら」
「そんなこと……」
もうカフェは決定路線なの? 旦那、ノリがいいな。
「大丈夫ですよ。こんなに景色がいいんだもの、それ売りにすれば」
「ええ、そうよね。アランもそう言うわ。ただ私自信がないだけ」
るりかさんの表情がさっきと違う。この人本当に料理が……アレなんだな。
そうそう、たしかに会長言ってたわ。
そんなに嫌なら旦那が全部やればいいのに……って、私、無責任?
自信ないなら他に発注するとか。
ハリーがぴゅっとるりかさんの肩を降りてキッチンの隅に駆けて行った。
「るりかさん」
「は、はい」
「ね、黒柳〇子ケーキって知ってます? 」
「え? い、いいえ」
「世界一簡単なケーキです。でもって美味しいの」
「へ、へえ?」
ぽかんとこっち見てるるりかさんに、にまっと口を上げた。
「ビスケットを生クリームでサンドするだけなんです。簡単でしょう? だけどとっても美味しいんです。私も時々アイディアいただいちゃってます」
つい先日、会長にも出した。しるこサンドで代用したアレ。
「美味しければいいんですよー。それが基本なんです。難しく考えないで。家庭料理とおんなじ。先のことは考えないで。何も完成度高いケーキ出せって言ってるわけじゃないんでしょう? そういうのは都内の有名店に任せちゃいましょう。マイペースにできるものを出せばいいんです」
「……そ、そっか、そうね、ありがとう、市川さん」
「私も協力しますよ」
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