会長にコーヒーを

シナモン

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おおっ。
ウエディングケーキに出せそうなキュートなホワイトケーキだ。

それは流行りの小洒落たガーデンウエディング……。芝生に並んだテーブルにはこれでもかとお花が飾り付けられ、美味しそうなメイン料理を前にみんなでカンパーイ……ああ、映え映え~。

「こちらの指輪もカップルの方限定でお付けしてるんですよ~」

え、指輪? よく見ると教会のファサードにチョコンとペアリングが並んでる。

「氷の彫刻なんですよー。お二人の熱~い思いで溶かしてくださいね」

お兄さんは調子よく去っていった。
わぁ、なんてこと言うんだ。聞いてるこっちがはずかしーー。
真っ白な教会の前で指輪を待ってるのはヘンゼルとグレーテルと思しきマジパン人形。
ちくしょう、洒落てやがるな、そもそもカップルじゃないっちゅうに。
あれ? でもヘンゼルとグレーテルって兄妹じゃなかった?
ーーまあ細かいことはよしとしよう。メルヘンの世界ではなんでもありなのだ。

「ふ、気がきくじゃないか」

約10分ぶりに会長の声聞いたと思ったら、さっと手を伸ばして彼はその指輪をとった。

「ほら、契約のしるしだ」

そして私にそれを差し伸べる。

ーー契約!?

「君は一生私の世話をする。この指輪が溶けようとどうしようとこの契約は永久に有効であるーー」

至極当然に続ける。ーーはあ?

「ちょ、やめてください!」

つられて手を伸ばしそうになって、私は立ち上がった。ガタン、結構な音を立ててしまったかもしれない。

「ダメです! こういうのはきちんとケジメつけないと」
「ケジメだと? 何のだね」
「ケジメですよ。何が契約ですか。ままごとじゃないんですよ。指輪の交換なんてホイホイするものではありません!」
「堅いことを言わないでくれ。君がフラフラしないようつなぎとめておくのさ」

ーーなんだと!

「ダメです!」
「何故だ」
「私の乙女心が傷つきます!」

一段と大きな声で叫ぶ私。

「なにっ?」
「ーーー乙女の一生がかかってるんです。お・と・め! ダメです! こんな、尻軽男みたいなことしちゃ」

しーん。珍しく私は上から会長を見下ろしている。
会長は手を引っこめ息を吐いた。

「君も強情だね。そんなだから心配になるんだよ」

何言ってんの?
氷とは言え指輪だよ? ユビワ!
こんなとこでこんな安易にかわすものじゃないって。
いつか来るその日のために大切にとっておかないと。
飯が食いたいから指輪で契約……。
いやいやいや、こんな安っぽいことしてちゃ、神様だって困惑するでしょ。

ーーそう。お互いのためだ!

「ふーー、またノーか。私はどうすれば良いのかな」

何もしなくていいから。この~パワハラモラハラめ。 私は犬じゃない!

「会長、言わせていただきますけど、そういう女子目線軽視があれやこれやの元凶じゃないんですか? 改められた方がよろしいかと思います!」

女子のハートを踏みにじるんじゃない。

「私は『都合のいい女』ではありません。仕事の契約は契約。指輪は指輪。全く別物です」
「都合のいい女? なんだね、それは」
「有名なドラマですわ。一度ご覧になることをお勧めします」

って、自分もたいして見てないけどさ。主旨はあってるわ。そうそう都合よくいくか!

「君ねえ……。今回みたいなことがあっては困るんだよ。礼を尽くせというのなら正式に文書交わすか。やはり」

会長は指輪を置く。

「あのー…、お客様よろしければケーキお取りかえしましょうか」

気づくとそばにさっきのお兄さんが立っていた。申し訳なさそうに顔をしかめて。
あまりに場違いな会話と騒音に気づかれたか。

「ええ、お願いします!」

私はキッと鬼即答。

「……私たち、ただの上司と部下ですから!!」

「は、はい。失礼しました。只今……」

ケーキを持ってそそくさと天幕の向こうに消えるお兄さん。
私はやっと腰を下ろす。
しばらくして通常バージョンのお菓子の家がやってきた。
ビスケットの屋根、マカロンの壁、煙突はフィンガーチョコレート、それらをたっぷりのチョコクリームで固めてある。
きっと最高に盛り上がるラストの演出なのに。
こんなシーンとした中食ってるの、私たちだけだろうな……。
それでもフォークが進む進む。私相当図太いわ。

「ところで君」

食べようともせず会長は口を開いた。

「明後日空けておいてくれ。迎えを寄越すから千葉に来て欲しい」

「え? でも明日明後日は……」

予定が入ってたはずだ。
アメリカの会社のトップと接待ゴルフ。

「予定が変更になってね」

へ、そうなの。

「聞いてませんが……」
「仕方ないだろう、さっき決まったんだ。……彼は私の友人なんだよ。レオナルドというんだが。そして前にも言ったと思うが千葉の友人、アランもそうなんだ。どうせなら一緒に会わないかという話になって」

ええ、そうなの。

「アランの家で、ピザ釜のこけら落としに是非君に使って欲しいと言われてるんだ。だから君、悪いが日曜に千葉までピザを焼きにきてくれたまえ」








くっ…ー。

楽しいディナーがまた微妙な空気になってしまった。
私は家に帰りゴロンと横になってスマホをいじる。
さっき撮った画像をさーっと流して。

ーーピザを作りに来いだと?

むーー。
もう決定事項か。いつも通りとは言え。
明日どうしよう。服でも買うかなあ。さすがにどこかの社長クラスの人に会うのに着古した服じゃまずいだろう。スーツじゃ堅苦しいし。新宿に繰り出そうか。

☎︎着信。

パッと送信者が出てドキッとした。

高広くんだ。

「はい、もしもしーーー」
『おーい、やっと繋がった。ねーねー、バッグ戻ってきたんだ。渡したいんだけど、明日暇?』
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