29 / 51
コーヒーとCEOの秘密
29
しおりを挟む
「なかなか気難しい子でねえ、キミも大変だったろう。今日までご苦労さん」
「そんな‥私なんて秘書失格です」
「いやいや、キミはそもそも畑違いなんだから、秘書の代わりなんて思わなくていいんだよ」
湯上りにレモンソーダを出され、幾分気分は落ち着いた。
高い天井、クラシックな家具、落ち着いた色調…それでいて決して重苦しくないフォーマルダイニング。
この家で会長は幼少を過ごしたのだろう…。
「私なんてなりたての頃は毎日真っ青でしたよ。わからないことだらけで」
棚橋室長…。
短く切りそろえた爪、家事をやりこなした痕跡を残すまあるい手。
ゆるくウエーブした肩上のボブ。
童顔で、かわいらしい、ベテラン秘書室長。
「お好きなものを聞いておくべきでした。ランチも接待も」
嫌いなものばかりピックアップして、肝心なところをおさえてなかったわ。
「ランチ? おいおい、子供じゃないんだから自分で探して食べに行くさ。新宿にどれだけ店があると思ってるんだ。まあ、明らかにそばやラーメンは食べないだろうが。…カレーや寿司もダメかな。…日本人だと思わなくていいんだよ。ほっとけ、ほっとけ」
「ふふ、そうね。ずっとアメリカですものね。お好きなものもそちらよりになるのかもしれませんね」
棚橋室長、少しの間、会長にお茶をお出しして下さった。雰囲気、物言い、態度・・さすがね。
「……お好きなものねえ。そういえば、クリームパンがマイブームだった頃がありましたね、会長…ほら」
と隣の会長を見上げて目を合わせる。
「おお、あれか。・・・うまかったねえ」
「何ですか?」三津子は尋ねた。
「ああ、近所のね、手作りの小さなパン屋だよ。クリームたっぷりのパンがおいしくてねえ、棚橋くんに買いに走ってもらったことがあったんだよ」
「まあ、そうですか。どの辺の」
「もうなくなってしまったんだがね。焼き上がり時間に並んで買うんだよ。いいにおいが立ち込めてねえ…。元々は秘書室のだれかが差し入れてくれたんだ」ーーー会長、これ美味しいのでぜひお召し上がりください。
「そうでしたねえ。ひどいときは、『どうしても今食べたいから、すまんがキミ、並んで買ってきてくれ!』って。走って行きましたわ。だってすぐ売り切れちゃうんだもの」
棚橋室長はおどけてみせた。
「ランチなんてね、パン一つで足りたりするんだよ。それ以外に立食や会食もあるしね」
「そうですよねえ…。成明さん、私がお世話していたころは、ランチパック食べられてましたよ」
「えっ」ランチパック?
「あの時はまだ成明さん、ここから通ってらして、私に気を遣われてたんでしょうね、申し訳なさそうに、『すみませんが、あの…エッグサンド?のようなもの買ってきてもらえませんか、こんな、正方形で、周囲が閉じてて、袋に二つ入ってる…』手ぶりで示されてね。ああ、あれだ、とピンときて、近くのコンビニで買ってきました」
ええー?
「そうなんですか? お伺いしておけばよかったわ」
「一回だけでしたからね。ついでにコーヒーもつけてお出ししました」
ああ、コーヒー、それはハードル高いわ。
「きっとコーヒーも上手にお入れになるんでしょうね」というと、きょとんとされ、
「いえいえ、コンビニにあるでしょ、マウントレーニアとかコメダとか、カップ入りでストローついてるの。あれですよ」
「ええっ」つい声を上げてしまった。
そんな・・・そんなもので?
「全然気づかなかった・・・」
「だからそんなに気を遣わなくていいんだよ、ほしけりゃ自分から言うから」
「そんな…」
そうだわ、みんなが気軽に買ってくるもの、それを差し出してもよかったんだ。ハンバーガーでもサンドウィッチでも…コーヒーも。どうしてそうしなかったんだろう。そうすればムードも柔らかくなってぼちぼち会話もうまれたかも・・・。
「私がお世話してたのは朝だけですしね。あまり参考にならないわね・・でもね、」
「私のせいですね」
三津子は両手で顔を覆った。
「え?」
「すみません、全然気づきませんでした・・・」
元気なくテーブルに突っ伏した。
「何のことかね・・・」
「申し訳・・・ありません・・・」
「赤石くん・・・」
私は・・・なんて態度を・・・。
「何があったんだ、言ってみなさい」
「私は…秘書失格です……」
「だから君は秘書じゃないだろう…」
「いいえ」首を振る。
「赤石くん…」
ずっと伏せたまま…声をかけても返事はなかった。時折すみませんと呟く。
何をどうしたらこういうことになるんだ、あの赤石くんが・・・。
声をかけてうつむいているだけで。何度もそうして見ているしかなかった。
何があったか知らないが、間違いなく原因は…
成明・・・。
さっさと退散しおって。そういうところだぞ。💢
「ふう、無事に旅立ったよ」
「お疲れ様、いかがでした」
「ああ、知ってる社員がいたのでお願いしておいた」
次の日、会長父は、三津子の自宅の最終引き上げ、空港へ付き添った。
「向こうでもご活躍できるといいですね」
「それだよ。やはり女性は男と違って繊細だね」
「ええ。…お茶入れますね」
「ああ」
もうすでに夏だが、少し温度を下げたミルク多めのコーヒーが体に染み渡る。
「ああー、仕事をやめても元気の出る一杯だね」
「成明さんは和食をあまり召し上がらないから…それで気を遣われてたんですかね」
「さあ……いくつになっても子供の面倒は親が見なければいけないんだね」
…成明が拗らせた女性関係のフォローもな。フ――…。
「あいつは本当に女性の扱いがなってない」
「そんなことないですよ」棚橋詠美はふふとほほ笑む。
「上の子は女性に難あり。下の子はゆくえ不明・・・」視線を泳がせ深く息を吐いた。
「まあまあ…会長」
「…私の責任だな。やっぱり仕事一辺倒はだめだね」
半分ほど飲んで、マグカップを置いた。
「・・・そろそろその『会長』は止めにしないかね。今の会長は成明だぞ」
「そうですねえ。・・・だけど私にとっての会長はあなたですよ。成明さんは成明さん」
「ふっ、そうかね」
「ええ、いくつになってもね…。あなたもそうおっしゃったじゃないですか」
「そうだったな、棚橋くん」
「はい、会長」
「そんな‥私なんて秘書失格です」
「いやいや、キミはそもそも畑違いなんだから、秘書の代わりなんて思わなくていいんだよ」
湯上りにレモンソーダを出され、幾分気分は落ち着いた。
高い天井、クラシックな家具、落ち着いた色調…それでいて決して重苦しくないフォーマルダイニング。
この家で会長は幼少を過ごしたのだろう…。
「私なんてなりたての頃は毎日真っ青でしたよ。わからないことだらけで」
棚橋室長…。
短く切りそろえた爪、家事をやりこなした痕跡を残すまあるい手。
ゆるくウエーブした肩上のボブ。
童顔で、かわいらしい、ベテラン秘書室長。
「お好きなものを聞いておくべきでした。ランチも接待も」
嫌いなものばかりピックアップして、肝心なところをおさえてなかったわ。
「ランチ? おいおい、子供じゃないんだから自分で探して食べに行くさ。新宿にどれだけ店があると思ってるんだ。まあ、明らかにそばやラーメンは食べないだろうが。…カレーや寿司もダメかな。…日本人だと思わなくていいんだよ。ほっとけ、ほっとけ」
「ふふ、そうね。ずっとアメリカですものね。お好きなものもそちらよりになるのかもしれませんね」
棚橋室長、少しの間、会長にお茶をお出しして下さった。雰囲気、物言い、態度・・さすがね。
「……お好きなものねえ。そういえば、クリームパンがマイブームだった頃がありましたね、会長…ほら」
と隣の会長を見上げて目を合わせる。
「おお、あれか。・・・うまかったねえ」
「何ですか?」三津子は尋ねた。
「ああ、近所のね、手作りの小さなパン屋だよ。クリームたっぷりのパンがおいしくてねえ、棚橋くんに買いに走ってもらったことがあったんだよ」
「まあ、そうですか。どの辺の」
「もうなくなってしまったんだがね。焼き上がり時間に並んで買うんだよ。いいにおいが立ち込めてねえ…。元々は秘書室のだれかが差し入れてくれたんだ」ーーー会長、これ美味しいのでぜひお召し上がりください。
「そうでしたねえ。ひどいときは、『どうしても今食べたいから、すまんがキミ、並んで買ってきてくれ!』って。走って行きましたわ。だってすぐ売り切れちゃうんだもの」
棚橋室長はおどけてみせた。
「ランチなんてね、パン一つで足りたりするんだよ。それ以外に立食や会食もあるしね」
「そうですよねえ…。成明さん、私がお世話していたころは、ランチパック食べられてましたよ」
「えっ」ランチパック?
「あの時はまだ成明さん、ここから通ってらして、私に気を遣われてたんでしょうね、申し訳なさそうに、『すみませんが、あの…エッグサンド?のようなもの買ってきてもらえませんか、こんな、正方形で、周囲が閉じてて、袋に二つ入ってる…』手ぶりで示されてね。ああ、あれだ、とピンときて、近くのコンビニで買ってきました」
ええー?
「そうなんですか? お伺いしておけばよかったわ」
「一回だけでしたからね。ついでにコーヒーもつけてお出ししました」
ああ、コーヒー、それはハードル高いわ。
「きっとコーヒーも上手にお入れになるんでしょうね」というと、きょとんとされ、
「いえいえ、コンビニにあるでしょ、マウントレーニアとかコメダとか、カップ入りでストローついてるの。あれですよ」
「ええっ」つい声を上げてしまった。
そんな・・・そんなもので?
「全然気づかなかった・・・」
「だからそんなに気を遣わなくていいんだよ、ほしけりゃ自分から言うから」
「そんな…」
そうだわ、みんなが気軽に買ってくるもの、それを差し出してもよかったんだ。ハンバーガーでもサンドウィッチでも…コーヒーも。どうしてそうしなかったんだろう。そうすればムードも柔らかくなってぼちぼち会話もうまれたかも・・・。
「私がお世話してたのは朝だけですしね。あまり参考にならないわね・・でもね、」
「私のせいですね」
三津子は両手で顔を覆った。
「え?」
「すみません、全然気づきませんでした・・・」
元気なくテーブルに突っ伏した。
「何のことかね・・・」
「申し訳・・・ありません・・・」
「赤石くん・・・」
私は・・・なんて態度を・・・。
「何があったんだ、言ってみなさい」
「私は…秘書失格です……」
「だから君は秘書じゃないだろう…」
「いいえ」首を振る。
「赤石くん…」
ずっと伏せたまま…声をかけても返事はなかった。時折すみませんと呟く。
何をどうしたらこういうことになるんだ、あの赤石くんが・・・。
声をかけてうつむいているだけで。何度もそうして見ているしかなかった。
何があったか知らないが、間違いなく原因は…
成明・・・。
さっさと退散しおって。そういうところだぞ。💢
「ふう、無事に旅立ったよ」
「お疲れ様、いかがでした」
「ああ、知ってる社員がいたのでお願いしておいた」
次の日、会長父は、三津子の自宅の最終引き上げ、空港へ付き添った。
「向こうでもご活躍できるといいですね」
「それだよ。やはり女性は男と違って繊細だね」
「ええ。…お茶入れますね」
「ああ」
もうすでに夏だが、少し温度を下げたミルク多めのコーヒーが体に染み渡る。
「ああー、仕事をやめても元気の出る一杯だね」
「成明さんは和食をあまり召し上がらないから…それで気を遣われてたんですかね」
「さあ……いくつになっても子供の面倒は親が見なければいけないんだね」
…成明が拗らせた女性関係のフォローもな。フ――…。
「あいつは本当に女性の扱いがなってない」
「そんなことないですよ」棚橋詠美はふふとほほ笑む。
「上の子は女性に難あり。下の子はゆくえ不明・・・」視線を泳がせ深く息を吐いた。
「まあまあ…会長」
「…私の責任だな。やっぱり仕事一辺倒はだめだね」
半分ほど飲んで、マグカップを置いた。
「・・・そろそろその『会長』は止めにしないかね。今の会長は成明だぞ」
「そうですねえ。・・・だけど私にとっての会長はあなたですよ。成明さんは成明さん」
「ふっ、そうかね」
「ええ、いくつになってもね…。あなたもそうおっしゃったじゃないですか」
「そうだったな、棚橋くん」
「はい、会長」
0
お気に入りに追加
363
あなたにおすすめの小説
愛されなければお飾りなの?
まるまる⭐️
恋愛
リベリアはお飾り王太子妃だ。
夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。
そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。
ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?
今のところは…だけどね。
結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。
どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら
風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」
伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。
男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。
それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。
何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。
そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。
学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに!
これで死なずにすむのでは!?
ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ――
あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?
私はあなたの母ではありませんよ
れもんぴーる
恋愛
クラリスの夫アルマンには結婚する前からの愛人がいた。アルマンは、その愛人は恩人の娘であり切り捨てることはできないが、今後は決して関係を持つことなく支援のみすると約束した。クラリスに娘が生まれて幸せに暮らしていたが、アルマンには約束を違えたどころか隠し子がいた。おまけに娘のユマまでが愛人に懐いていることが判明し絶望する。そんなある日、クラリスは殺される。
クラリスがいなくなった屋敷には愛人と隠し子がやってくる。母を失い悲しみに打ちのめされていたユマは、使用人たちの冷ややかな視線に気づきもせず父の愛人をお母さまと縋り、アルマンは子供を任せられると愛人を屋敷に滞在させた。
アルマンと愛人はクラリス殺しを疑われ、人がどんどん離れて行っていた。そんな時、クラリスそっくりの夫人が社交界に現れた。
ユマもアルマンもクラリスの両親も彼女にクラリスを重ねるが、彼女は辺境の地にある次期ルロワ侯爵夫人オフェリーであった。アルマンやクラリスの両親は他人だとあきらめたがユマはあきらめがつかず、オフェリーに執着し続ける。
クラリスの関係者はこの先どのような未来を歩むのか。
*恋愛ジャンルですが親子関係もキーワード……というかそちらの要素が強いかも。
*めずらしく全編通してシリアスです。
*今後ほかのサイトにも投稿する予定です。
【完結】王命婚により月に一度閨事を受け入れる妻になっていました
ユユ
恋愛
目覚めたら、貴族を題材にした
漫画のような世界だった。
まさか、死んで別世界の人になるって
いうやつですか?
はい?夫がいる!?
異性と付き合ったことのない私に!?
え?王命婚姻?子を産め!?
異性と交際したことも
エッチをしたこともなく、
ひたすら庶民レストランで働いていた
私に貴族の妻は無理なので
さっさと子を産んで
自由になろうと思います。
* 作り話です
* 5万字未満
* 完結保証付き
仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる