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コーヒーとCEOの秘密

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 瞳が大きく滲んで泣き崩れてしまいそうで、つい言ってしまった。

「結婚してらっしゃるのですか? ご主人に迎えに来てもらった方が」
「え?」
 驚いてこちらを向いた。零れ落ちそうだった涙が一筋頬を伝って落ちた。
「……ああ、これ。ただのおまじないです。結婚は……していません」
 左手の薬指に視線を落とし言った。
「そうですか。大丈夫ですか?……車で戻られた方が。お送りしましょう」
「ふふ…。反対になってしまったわね。大丈夫よ、近いので」
 新宿に住んでいるの。東側?
「これ、金属じゃないのよ。私、金属アレルギーなの」
 そう言って左手を少し上げた。
「強化プラスチックというか、新素材で作ってあるの。ずっと研究していた人がいて。変わった素材なのよ。元々は防弾ガラス用に開発してたみたいなんだけど」
「そうですか」
「もうお亡くなりになられたわ。半年ほど前。それからはもうガタガタですわ。頑張っていた人、みんな逃げちゃった」
 キラキラ控えめに輝いて、一見したところプラチナに見える。普通のプラスチックとも違う質感だ。
「今はあなたの会社にいるでしょう」
 !?……それは…もしかして。あのラボの?
「そういうことはお話にならない方が…」
「そうよね。でも聞いていただきたいわ。お金がかかって困るから売却したんじゃないの。特殊技術で海外の大きな施設で試験中で、その技師長の人脈でつながっていたようなものだったの。本当にあと少しで世に出るところだったのに」
 あれのことを言ってるの? いつかT不動産の二人が目を輝かせて語っていた……。こんな加工もできるの。
 色素を練りこんであるのかわからないが。あの時の陽気な会話と目の前にいる女性の悲しそうな表情が対照的だ。
「うちの会社ではダメだった。……本当にあなたがうらやましいです」
「……それは関連会社の技術部の話ではありませんか」
「でもおたくが引き受けたということは将来有望ってことでしょう?」
 目が合って何も言えなかった。そもそもこんなところで口に出せるわけもない。ごく一部しか情報を共有してないはずだ。
「うちではもうそういうことができないのよ。利益は出ていても中は空洞なの。何もないのよ」
「……よくわかりませんが、今更どうにかなるものでしょうか。あまりお気にされても」
 だからそもそも商社ってそういうものじゃないの…?
 みんな競争なのよ。
「そうよね。ただ、誰かに聞いてもらいたかったのよ」
 姿勢を正し大事そうに指輪をつまんでまわした。一瞬チカッと街の人工的な照明を拾った。
「お元気かしら」
 え?
 再び遠い目になった。その目の先は…おそらく。時間がしばし止まり初夏の生ぬるい空気が滞留していた。

「……ここでよろしいかしら。お役に立てなくてごめんなさい」
「こちらこそ。どうもありがとうございました」
 三津子はタクシーを拾うため駅側に向かった。
 マヤは元来た道を引き返していった。
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