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コーヒーとCEOの秘密

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 中東のほか、インド、ブルネイ、インドネシア…。大型開発事業はすでに形になっているようだ。それらの計画案をまとめた冊子をめくる。が、心は思いのほかすっきりしない。

 ビッグプロジェクトだが自身で発案したわけでもなく、企画に携わったわけでもなく、ただ売るだけならT不動産営業マンと一緒だ。

「それを持って今から海外事業部に行ってくれ。今後秘書業務は朝だけでいいよ。そちらで指示に従ってくれ」

 なんだか追い出される感が拭えないが、最高責任者の命とあっては逆らえない。「はい」と従うしかない。そして、察した。

 ーーータバコを吸いたいのね。

 彼が喫煙者だということは知っていた。喫煙所はこの階にもあるがどのフロアも年々利用者が減っていた。とはいえ彼がそんな場所利用するわけはないだろうが。こんなに広い自室があるのだから。
 披露宴でも開けるくらい広い。おまけに立派なキッチンまであって、あとはシャワースペースとベッドさえあれば家としても機能しそうだ。

「ああ、それと、すまないが」

 立ち上がって後ろを向いたところでその声に止められた。

「外のベンダー?というのかな…あれのコーヒーでいいので持ってきてくれないか」

 ーーハイハイ。一服しながら飲みたいのね。「はい」

 ーーそれもベンダーの? わざわざ入れなくていいよという意味かしら。

「ブレンドは」
「キリマンジャロ」
「カップに移し替えましょうか」
「いや、そのままでいい」
「ブラックでよかったですか」
「ああ」

 簡易ソファは置いたままだがやっぱり殺風景な部屋。数歩歩いてはっとなった。

 ーーはじめてじゃない? コーヒー持ってきてって言ったの。…自販機だけど。

 さらっと言われて反応したが、確かに今までこんな指示をされたことはなかった。

 ドアを出て廊下の向こうにある自販機は、豆をその都度ひくタイプのもので、無料ということもあって重役秘書たちもよく使っている。すぐそばに給湯室があり、狭くはないので何人かたむろしていることもある。
 キリマンジャロとすらっと出てくるということは自分で行って飲んでいたということか。秘書の存在なんてお構いなしに? つくづくこの人はワーカホリックだ。

 ーーこういうところ改善してくれたら、少しは緊張が和らぐでしょうに。

 転勤が決まって、社内の秘書室と所属部署の反応は真逆であった。
 秘書室の社員の微妙な表情と、祝福の笑顔あふれるかつての仲間たち。
 わざわざ開いてくれたお別れ会の席で白本室長は今にも泣きそうな顔でどうしようどうしようとつぶやいていた。

 ーー気の毒だけど、もうどうでもいいわ。こうして自分からオーダーすることもあるかもしれないじゃない。自販機でいいのだから楽よ。

 今となっては、いちいちムカついていたのが馬鹿らしく思える。飲まないとわかっているコーヒーをわざわざ出す必要はない、言われるまで待機、という選択もあるのだ。

「どうぞ」

 いともあっさりカップ入りホルダーを手に取られ、口にするのを見届けて三津子は退室した。
 こんな幕切れは想像してなかったが、とりあえず自販機のものでも、たった一杯でもコーヒーを飲んでくれたのだ、最低限のノルマは果たしたとしてもいいだろう。


「あーあ、終わってしまえばあっという間ね」


 それから営業の社員と談笑して、関矢もいて、会長室には戻らず退社し、しばらくの間離れることになった新宿を歩いた。都庁の向こうの新宿公園あたり、少し遠回りして立ち寄ることにした。
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