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コーヒーとCEOの秘密

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「赤石さん、ここやめてしまうって本当なの?」

 開口一番、今にも泣きそうな顔をして近づいてきた。

「おはよう、白本さん。大きな声で言わないでくれる? 幸い今はだれもいないけど」

 別の給湯室で例の重苦しいコーヒーの用意をしてたところだ。

「・・・ということはデマではないのね・・どうして!!」

 かわいらしい瞳がウルウルして、今にも涙がこぼれそうだ。

 ーーーいやあねえ、誰がそんなこと触れ回ってるのかしら。

 といってもそんな人間は一人しかいない。密室での会話だったのだから。

 ーーー会長ね。私を早くどこかへ飛ばしたくて仕方ないのね。

 けれども、就任わずかで補佐をやめさせるとなると今後の人事に響くだろう。何より周囲との不協和音が一層ひどくなりそうだ。

 ーーー一応気を遣ってるみたいね。おあいにく様、こっちだってやめたくて仕方ないんだから。

「もしも、の話よ。私が営業向きだって今頃気づいたみたい」
「じゃあ、会長が?」

 それには答えなかった。
 コーヒーを会長室に届けるべく、ドアを開ける。

「赤石さん……」

 室長はドアを支えながら不安そうに見つめた。

「簡単よ、コーヒーはセルフで入れていただければいいでしょう。もし来客があればあなたがお茶をお出しして」
「それはわかるけど……」
「まあ、その話は置いといて、私これから出かけることが増えるので、あとはお願いね。大丈夫よ、コーヒー以外は通常の秘書業務よ。何かお言葉が返ってくるようなことがあれば、私に伝えてくれればいいわ」
「ええ」
「応接室はお使いにならないでしょうから、あの部屋に入る以外は案外楽よ。ああ、円山先生とのお話会は私が行くから」
「そう・・・。話はついてるのね」
「ええ。コーヒーマシンと格闘することなんてないのよ。どうせ飲まないんだから、自販機のものをカップに移し替えてお出しなさいな」
「そう・・・」

 もはや室長はノイローゼになりかけといってもいい、どうすればコーヒーに口をつけてもらえるか悩んだあげく、何度も何度もドリップコーヒーを入れる練習をしたり、果てにマシンを新調しようかとも思い始めていた。


「いいわね、無感情で何も考えずに普通におもてなしすればいいから」

 ーーーどうでもいいのよ、そんなこと。

 そして三津子は今日も戦場・・会長室へと向かう。

 コンコン・・・

「失礼します・・・」










 相変わらずの朝のルーティーンを終え、自分の席に戻り、室長が入れてくれたコーヒーを口にする。

 ―――ああ、おいしい。

 選び抜かれた新鮮な豆、薫り立つ匂い、自分だけじゃなくみんながほっとするこの空気。

 ―――ありがとう、なり、おいしい、なり…どうしてこの一言が言えないのかしらねえ。困ったお方だこと。

 引き出しをあけ、バサッと資料を取り出す。

 ドーム球場概要

 建設費
 ドーム式の場合500億~
 ガラス状・・
 新建材・・
 テント・・

 運営費3億~
 芝の状態・・・

 ーーーうーん、ドームじゃないにしても建設費最安で100億か。・・これじゃその辺の地方球場と大差ないわ。まずは寄付を募らなきゃ・・・企業と提携するにしてもこれ以外に人件費、年俸も捻出しなきゃならない…

 現実に引き戻され、あらゆる換算がストップする。

 ―――やっぱりプロのチームは無理か。

 明らかに難題だ。今の野球部さえ危ういというのに。
 それをわかっていて、彼はあんなことを言い出したのだろう。
 三津子が音を上げるのを見越してのことなのだ。


 ーーー私を飛ばす気満々なのね、会長ったら。

 ーーーおあいにくさま、ただでは異動しませんわ。




『必ず、大きな土産を置いていってやるから』


 三津子はめらめらと闘志を燃やした。
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