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コーヒーとCEOの秘密

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「コーヒーなんて出さなくていいわよ、どうせお飲みにならないから」


 赤石三津子(あかしみつこ)に言われ、秘書は言葉もなくふうとため息をついた。


「お飲みになりたいようなら私が入れます」


 ファイルを持った手を下げると細いチェーンブレスレットが揺れた。
 ハリのある上品なブラウスに合わせた細身のフレアパンツの裾からパンプスの尖った先端が覗く。

 三津子は新会長の補佐役に抜擢された社内有数の才媛だ。
 肩下でゆるくカールする黒髪、長いまつ毛に艶やかなマスカラが滴る。


「赤石さん…」


 思いおこせば三月某日、

『うちにもイケメンCEOが来た!』

 ハーバード卒、若くてハンサムな新CEOの就任に秘書室界隈は盛り上がった。

 あれから早二ヶ月。前のベテラン秘書室長からセクレタリー業務を引き継いだ兼任会長秘書、白本祥子の顔色は暗い。


「また飲んでもらえない……」


 トレイの上のコーヒーカップは注いだまま戻ってきた。会長に出したコーヒーカップが空で戻ってきたことがない。というより口をつけた気配すらない。


「気にすることないって。仕事に没頭して飲み忘れてるだけだから」


 前の秘書室長にはそんなことはなく、普通に飲んでいたし話もしていた。引き継いだ途端にこれでは地味にダメージは深く…カップを片す時間がとてつもなく憂鬱に感じる。


「ふぅ…」


 シンクに茶色い液体が流れていく。会長室の中にある給湯室は前会長時代にオーダーでしつらえた立派なキッチンで、かなりの広さがある。会長室と同様に通りに面した一面は天井までガラス張り、外は副都心摩天楼と眺めは抜群だが、目に留める余裕なんかない。


「何がいけないのかしら。普通に入れたつもりなんだけど」


 色白の柔和な顔つきでおっとりしているけれど仕事は早く、秘書の鑑とも言われているのに。


「あなたに問題があるんじゃないわ。きっと誰が出したって一緒よ」


 秘書室に喧嘩を売っているのだろうかと思ってしまうほど愛想もなく出されたものもガン無視。


「コーヒーなんかで気を落としても仕方ないでしょ。そうだ、マシンを置いておけばいいじゃない、飲みたい時にご自分で入れればいいわ」


 強気に言われてまたため息…。今のところ、彼にはっきりもの申せるのはこの女性補佐役だけだ。
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