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コーヒーとCEOの秘密

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 彼は困った顔をして、「収益なんて上がると思うか?」

「どうでしょうか。大学、高校野球など参考にされてみては」
「余計わからないね。事業化するというのか?」
「前会長はそれをお望みなのでは。そうそう、以前ご一緒した時、仰ってましたわ」

 いつもの嫌味ったらしい態度が失せた。彼は野球に全く興味がないらしい。三津子は野球チームを擁護するというよりは彼に反発するために口論を繰り返した。それから随分とやりとりして、遂に彼はこう言った。

「……君に任せよう。父とじっくり話し合ってくれ」

「結論がどう出ても先ほどの条件は有効ですか?」

「……好きにしたまえ」

「ありがとうございます」

 三津子は礼をして退室した。

 数歩廊下を進んで小走りになる。

(やったーー、私、いちぬけするわ。ごめんなさい、白本さん)

 いきなり運が開けたようだ。




 仕事帰り、社屋近く西新宿の居酒屋に立ち寄った。前祝いだ。

「赤石さんじゃないですか」

 カウンターで一人で飲んでいると前の職場の後輩男性に声をかけられた。「関矢くん」

「大変なんですって? 会長の周辺」
「ええ、まあ」

 関矢は三津子の隣へ座るとビールを注文した。店内でだべってるお疲れモードの社会人とは目の輝きが違う、そうゴツくないがまだまだ気に溢れた若手社員だ。

「聞くところによるとお若い方だとか?」

 みんな知らないのだ。
 日頃働くオフィスの最上階にあんな氷結CEOがいるなんて夢にも思わないだろう。
 あの男の存在は殆どの社員に知らされておらず、未だHPにも記載されていない。
 大体数千人いる本社の社員で会長はおろか社長の顔すら判別できる人間の方が少ない。

「……赤石さん、エリートコース約束されたようなものですね」
「どうかしら。結構な試練よ」

 話しながらあの男の顔を思い浮かべる。憮然とした顔、嫌そうに眉をしかめたところ、あの仏頂面がもはや標準になってしまって、他の表情が浮かばない。笑った顔なんて見たことがない。彼の笑顔なんてどうでもいいが、笑っているところを見れるものなら見てみたい……ふと、興味が湧いた。

「ねえ、面白い企画書たててみない?」

 三津子の前職は戦略本部経営企画課ーー。
 敢えて命題を難しく設定してみるのも落とし甲斐がある。

(なんでもいいわ、笑顔を導き出すのよ。裏をかくのもありね)

「は? うちの野球チームのしゅうえきか?」
「出来ないかしら。他と連携なんてとれないの?」
「うーーん………前の会長が熱心に応援されてましたよねえ。でもバブルの頃の話でしょ……」
「運営費はほぼ補填よね?」
「あとは大口の寄付ですかね」
「寄付か…。あ、そうそう、関矢くん、S物産の引き受け関わってたわよね」
「え? ええ……」

 後輩は訳もわからず付き合わされた。もちろん三津子のおごりで、ほぼ空論ではあるものの…それは24時閉店まで続いた。
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