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瀬尾くんの誰にも言えない秘密

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「やっちゃん、今日はあれ、お客さんの日だから、早めに帰ってね」
「うん、わかってる」
「今日寒いよ、コート着なくて大丈夫?」
 寒いのにわざわざ玄関まで見送りに来て確認をとる。スウェット上下にダウンベスト姿で腕を組んで、「うーさむっ」一番上の姉、華代だ。
「大丈夫、大丈夫」
「やっちゃん、青いマフラー似合うわぁ。……行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「お兄ちゃんーー」
 バタバタ音がして、すぐ下の妹が走ってきた。マスク姿で二つに分けて結んだ髪がボサボサ……セーターにジャージ、厚手のソックス、分厚い半纏を羽織り、誰が見ても病人だ。
「こら。寝てないとダメだろう」
「もう治ってるもん。ゴホッ……」
「ほら」
 軽く頭を撫でて諭すとりさこは名残惜しそうに上目遣いでこっちを見る。中学二年、風邪で休んで二日目だ。
「……行ってらっしゃい。早く帰ってきてね」
「行ってきます」頰を撫でると熱い。熱があるのだろう。
「お兄ちゃんーー」潤んだ目を向けて訴えてる。だから早く帰るって。
「寝てろって」
 ガチャン、ドアが閉まる音と同時に早足で庭を出た。



 瀬尾泰史(せおやすし)───
 俺の家は代々神社の神主、俺は上から四番目、下に妹一人、上の三人は全員姉、親父は婿養子…と完全なる女系一家に育った。米子市某所のうちの家から俺の通う高校までは徒歩圏内なのでいつも通り歩いて向かう。吐く息が白い。一月。よく晴れて寒い朝だ。

「おい、瀬尾」

 黒いダッフルコートのポケットに手を突っ込んだ男子学生が横に並んできた。クラスの大牟田だ。
「なあ、お前志望校どうする?」
「……変わってないよ」
 センター試験終了後、新聞に載った問題を解いて模擬受験も済み、来年はいよいよ俺らの番だ。
「鳥大?」
 首を横に振った。
「鳥じゃなくて島」
「えーなんでよ」
「近いじゃん」
「ていうか、鳥でも島でもなく東大だろ」
 大牟田は口をひねって白い息を吐き続ける。
「もったいねーじゃん、全国模試上位だったんだろ」
「オレ家を出る気ないし」
「面談でセンセーに懇願されたらどうすんの」
 懇願なんてしねーだろ。
「いやー、でも出る気ないんだよな」
「親がうるさいんだ?」
「そういうわけじゃないけど……」
「でも東大なら出してくれるんじゃね?」
「う……ん」
「ほらさ、センセーもさ、一人でもいいから東大受かる確率高い奴薦めたいんじゃね? 国公立難関大合格者数命だからさ」
「それならなおさら確実なところ薦めるだろ」
「島大に首席で入ってどうすんの? 松江だぜ? お前だって都会に行きたいだろうに」
「そうでもないなあ」
「嘘やろ」

 ……正門に近づくにつれ周りが騒々しくなって、教室に入るまでその調子であれやこれやえらくしつこく聞いてくる。

「おはよー、瀬尾くん」「おはよ」「あれ、なんで瀬尾だけ呼んでんの。俺もいるんだけど」「…うっせ」

「ねーねー、瀬尾くーん、志望校どうするーー?」

「…………」またそれ。

 志望校……家を出る気は無いと言うより、家業が……。まだ親に言えてないんだ。神社の手伝い、どうするかってこと。
 神主は一番上が継ぐって決まっているので跡取りの必要はないが、俺の仕事は俺にしかできない特殊な仕事なんだ。
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