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レイモンドとエルマリア

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「レイモンド様と庭で茶会をはじめて…ずいぶん親しくなったらしいよ」 

「ええ…そうらしいわ。毎日違うドレスを着て…気に入らないものは捨てるとか…フェリシア様なら下級使用人に下げ渡しているのにねぇ…生地だけでも上等だもの」 

「貴族様もお金がなくちゃなにもできないってこと」 

「カイナ…って覚えてる?貧民街から引っ越したとか…本当に上級使用人と同等の給金?」 

「どこでカイナに目をつけたのかしらね?あと…あの男」 

「ああ…買ったことある?」 

「ないよ…あんな大きな男の…無理だわ…裂ける」 

「あんたのはガバガバでしょ」 

「何本も入れてきたから仕方ないって、ひどいこと言う…ぶふふ」 

「しかし…ケリーも馬鹿だねぇ…お貴族様に抱かれたからって本気になったの?レイモンド様は見目麗しいから…仕方ないか」 

「仕方ないよ…レイモンド様の美しさは…はぁ…遊びでも抱かれたい…アレも美しいのかねぇ」 

「そうよね!私を使ってください!って言ってみたいわ」 

「フェリシア様は月の物が始まっているね…そういえば子爵令嬢は月の物の汚れを出さないね?」 

「汚れた布は焼却炉へ…って…洗いもせずに使い捨て…カイナにちょろっと聞いたよ」 

「子爵家でもそうしてたんだろうねぇ…羨ましいねぇ」 

「カイナを見たかい?痩せっぽっちが肌艶良くなってさ…身長も伸びてたよ…胸はペタンのままだったけど…子爵令嬢に出される食事を貰っているってさ。あの令嬢は食が細そうだろう?余り物が多いんだろうねぇ…羨ましいや」 

「ああ…そうだ…下級使用人に聞いたんだけどさ、子爵令嬢はあの男に抱かれているって…本当かね?」 

「…だからカイナは洗濯物を焼却炉へ?証拠を消すため?」 

「でも焼却炉に行くのは月の物の時だけだろう?それ以外は洗濯に回されているじゃない」 

「香油の匂いだけよねぇ…男の子種の匂いならすぐにわかる…最近は奥様の部屋から…来ないね?」 

「そうなのよ。旦那様が通っていないってこと。だからイライラしているのよ…いつまでもお姫様ね」 

「最近は茶会にも行かないらしいわ」 

「あら、そうなの?夫人たちに媚びられるの好きなのにねぇ…やっぱり…お金が?」 

「だって…レイモンド様は子爵令嬢を拒絶したんだろ?旦那様は持参金を返せと言われることを恐れて手を出せない…らしいわ」 

「まったく…レイモンド様とフェリシア様のままごとのせいで…シモンズ子爵が援助するならフローレンは安泰だっていうのにね」

「シモンズ子爵はすごいわ…シモンズ領地を知ってる?子爵位なのに広大なんですって!…隣領の領主に金を貸して返せなければ土地をってどんどん広げて…どれだけ金を持っているのかねぇ」 

「シモンズ子爵家の使用人の給金は相当らしいよ。でも…契約書を下人まで書かせて…邸内のことを少しでも話したら…」 

「解雇…?え?罰金?へぇ…こんな話はできないってことか…」

 夜の間降っていた雨は朝にはあがり、地面の乾いた昼過ぎにフローレン侯爵邸の庭園のいつもの場所でレイモンドとエルマリアが歩み寄りを目的とした茶会を開いている。二人の背後にはザザとトラッカーが少し離れて立っていた。 

「レイモンド様、お疲れのように見えますけど」 

「そうか?」

 微笑みながら頷くエルマリアの金色の髪が流れる。 

「髪は…結わないのか?」

 うなじが綺麗だったとレイモンドは思い出していた。 

「…結える使用人がいません」

 カイナとザザでは無理なことだった。

「そうか…」

 できる者をそばに置けばいいとレイモンドは言わなかった。 

「やっぱり疲れているように見えます。終わりにします?」 

「いや…話さなくていい…いてくれ」

 エルマリアはレイモンドに向けていた顔を庭園に傾ける。

 その場には穏やかな時が流れ、レイモンドはなにも考えない時間に荒れた心を癒された。 

「…愛する人に嘘を吐かれていたらどうする?」

 レイモンドから突然投げられた問いにエルマリアは花を眺めながら考えて答える。 

「どんな嘘かによりますわね。私のためを思って吐いたのか…自分のために吐いたのか…そこに悪意があったのか…」 

「…自分のためだったら?」 

「相手のことを考えずに自分のために嘘を……それは悲しいですわね。私には経験がありませんが想像したら…胸が痛くなるほど悲しくて…相手に対して失望してしまう…ですが…やむを得ない事情があったらと考えると……難しいですわ。申し訳ありません…上手な答えになっていなくて」 

「自分の欲望のために嘘を…」

 エルマリアはレイモンドに視線を移す。濃緑の瞳から涙が落ちていた。 

「…許せないものですか?」 

「許す…など簡単なことではない…なにか根本的な部分が消えたような感じだ」 

「信頼が消えた?」 

「…ああ…彼女の言葉が全て…嘘に聞こえる」 

エルマリアは懐からハンカチを取り出しテーブルに置いた。 

「友情から同情に…そして愛情に変わったが…そこに嘘があった…」 

「愛情が揺らいだ?」

 エルマリアの言葉にレイモンドは胸の痛みを覚えた。 

「…ああ」 

「大体は察しますけど…それを私に相談する神経には驚きます」 

「悪い」 

「…それほど打ちのめされている…のですね?」 

「ああ…苦しい…エルマリア…すまない…俺は君に酷い仕打ちを…した」

 エルマリアは微笑みを保ったまま頷く。 

「愛することは覚悟が必要だと思います」 

「覚悟…?」 

「レイモンド様、男爵令嬢を愛しているなら私との婚約話に頷かない…その選択をするべきでした。地位も欲しい金も欲しい…愛する人も欲しい…それを全て叶える人は限りなく少ない」

 エルマリアはアイザック・シモンズを思い浮かべる。 

「覚悟とは強靭な精神を必要とします」

 愛する人を害そうと動いた正妻と加担した者を皆殺しにするという冷酷な精神。

 愛する人に恨まれようと自由を奪い大切なものを脅しの材料に使うような精神。 

「揺れ動いている時点で俺の愛は覚悟がないか…」 

「揺れ動いても愛することはあります。疑いを持っても愛した過去があるなら…辛いですわね」

 レイモンドはエルマリアの微笑みのなかに慈愛を見つけ、胸に込み上げる激情をなんとか抑えてハンカチを掴んで握り締める。 

「エルマリア…俺と夫婦に…大切にすると…一度目の誓いは破ったが…もう一度誓う。許してくれ」





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