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「失礼します、フェリシア様」 

「アプソ…どうしたの?なぜ騎士を連れているの?」 アプソはフェリシアを観察する。 

「朝から邸が騒がしいけど…そのせいで?」 

フェリシアはアプソの後ろに立つ騎士を見る。 

「フェリシア様、使用人のケリーの私物がこの部屋にありますか?」 

「ケリー?いいえ。この部屋にはないけど…ケリーはどこにいるのかしら?起こしに来なかったの…」 

なにも知らないとフェリシアは首を傾げるが、起こしにきた使用人から騒動は聞いていた。ソロモンとアンジェルの言い合い、ケリーが執務室へ呼ばれたこと、レイモンドが激昂し貴賓室へ乗り込んだことを知りながらとぼけてアプソを見つめる。 

「ケリーには二度と会えません」 

「え?」 

「あの使用人はエルマリア様に毒を盛りました」

 フェリシアの青い瞳が見開かれ手で口を覆う反応をアプソは見つめる。 

「子爵令嬢は…?無事?」 

「…はい」

 フェリシアの目元が力み眉が寄せられる。 

「ケリーはなぜそんなことを…」 

「フェリシア様は理由をご存知ない?」

 アプソの言い方はまるでフェリシアが知っているかのようなものだった。 

「…知るわけないわ…ケリーは私を慰めてそばにいてくれた…それだけよ」 

「そうですか」 

「子爵令嬢がケリーの名を言ったの?ケリーが毒を盛るなんて信じられないわ」 

「本人がそう言いました」

 フェリシアはアプソの言葉を理解できなかった。なぜ白状するような事態になったのかわからなかった。 

「ケリー…が…そんな…」 

詳しいことがわからずフェリシアの手が震える。 

「鉢を落としたのもケリーかもしれません。厳しい尋問が行われます。毒の入手先や動機…旦那様は許しません」

 アプソの険しい声にフェリシアは体を揺らす。 

「あ…レイ…レイは?」 

「レイモンド様?」 

「し…あ…レイはどこにいるの?」

 エルマリアの部屋に飛び込んだあとをフェリシアは知らなかった。 

「エルマリア様を心配されて様子を見に行かれました」 

「心配…?レイが?」 

「はい。夫ですから当たり前の反応では?」 

フェリシアは込み上げる怒りが誰に向けられたものなのか自分でもわからなかった。 

「フェリシア様、散歩も禁止です…ランドに向かう準備をしてください」

 アプソの言葉はフェリシアの心を地の底に落とした。足の力が抜けたフェリシアは床に座り込む。 

「では」

 アプソは騎士を連れてその場から離れた。閉じられた扉の前に座ったままフェリシアは手のひらで顔を覆う。 

「ケリー…ケリー!なにやってるのよ…なんの毒を盛ったのよ…なにが起きているのよ…あの女は純潔を失ったの?失っていないの?結局…ランドに戻されるじゃない!役立たず!」

 フェリシアは床に拳を叩きつけうずくまる。 早朝から始まった騒動は昼過ぎにはケリーの尋問を終えていた。 





「トラッカー副団長」 

「ああ…ダダか。どうした?」 

「あの女は吐きましたか?」

 トラッカーは牢に視線を移す。 

「娼館の名は言った」 

「どこです?」 

「ガダードという男が仕切っている…女の楽園」 

ダダは笑いそうになるが耐える。 

「そこから悪魔の泉を買ったんですね?」 

「本人はそう言っているがエルマリア様は…悪魔の泉を受けていないようだからな…よくわからない。団長が女の楽園に向かった」 

「ガダードが正直に話しますかね…悪魔の泉は娼婦以外に与えるのは罪ですよね?」 

「そうだな…店の主人がケリーのことを話さなければ…行き詰まりだな」

 詰所に向かうために離れたトラッカーの姿が見えなくなり人の気配を探りつつ牢に近づくダダの耳にケリーの嗚咽が聞こえた。 

「おい」 

「ひい!」

 ダダは鉄格子を掴み顔を近づける。暗い牢のなかで後ろ手に手首を戒められ床に尻をついたケリーがダダの姿に驚き鉄格子から離れようと足で床を蹴る。 

「だからザザのことを探ったんだな?」

 ケリーはダダからザザに関する情報を得た。 

「う…う…」 

「ガダードから買ったか…なんの因果だ…」 

ケリーはダダの呟きの意味を理解できなかった。

「お前、悪魔の泉を他の女に試したのか?」 

騎士の暴力にケリーの意識は朦朧としていたがダダの質問に首を振った。 

「…あれは…規制が厳しい。ガダードは本物をお前に渡したのか?」 

「…え?」

 ケリーは殴られ頬を腫らしていた。牢に連行されてからは鞭を打たれ、使用人服は破れている。

「そんな…あんなに高価なものを…渡し…」 

「ふん…高価な物なぁ…下級使用人のお前が持ってるって?ふん…フェリシア様がくれたのか?」

 安価な媚薬と聞いていたトラッカーはケリーの給金でも買えると思い込んでいたが、悪魔の泉は安価でも取引には厳しいものがあった。娼館から出すにはそれなりの対価を必要とする。 

「ち!…ちが…ぬ…盗んだのよ」

 ダダはケリーの忠誠心に心底笑いたくなったが耐える。 

「ふーん…ま、フェリシア様は首都を離れるだろうな」 

「え?」 

「…フェリシア様の使用人が起こした事件だぞ?旦那様は誰に咎められることなく追い出せるだろ…今頃…絶望してるなぁ…レイ…レイって泣いてるかもな」 

「そんな…」 

「鉢を落として毒も…だぜ?嫉妬をしたフェリシア様が起こしたことだ…」 

「違う!鉢は関係ない!」 

「ダダ」

 突然かけられた声にダダが振り返ると下級使用人から地位を落としたルイスが立っていた。

「なんだ?」 

「なにをしている?」 

「話を聞いていただけだ…お前は?牢に用はないだろう?」

 ダダは鉄格子にもたれてルイスを見つめる。下級使用人の服より粗末なものを身につけたルイスはダダにほうきを見せる。 

「掃除です」 

「ふーん…あっそ」

 ダダは鉄格子から背中を離しルイスの横を通りすぎて牢から離れる。ダダの姿が消えたことを確認したルイスはケリーに近づいた。 

「ケリー、愚かすぎる。子爵令嬢を害するならもっと頭を使うべきだった」 

「ル…ルイス…確かに悪魔の泉を…」 

「その後のことだ。お前が声を上げなくてもよかった。下級使用人の間に噂を広めて…その後、子爵令嬢のシーツに子種がついていたと証拠を作れば…旦那様が疑いを持つまで待つべきだった」 

「フェリシア様が泣いて過ごしているのよ…胸が痛んで…待っていられない!ランドに戻されてしまう!」 

「…ランド領地から返信は届いていない。まだわからない。ケリー…フェリシア様のために…なんて言ってはフェリシア様が苦しむんだ…お前はレイモンド様の欲を受けていた…何度も…それをフェリシア様は知らないだろう?」

 ケリーの体は揺れて震える。国で一番人気の貴族令息に抱かれる優越感を覚え、快楽に溺れたなどフェリシアに知られたくなかった。 

「フェリシア様の代わりをしていたのよ…レイモンド様はその相手に私を選んでくださった。フェリシア様の名を呼んで私を…」

 ケリーは流れる涙の意味が理解できなかった。 

「…レイモンド様の名を呼んで助けを求めたら来てくれるかもしれないぞ」 

「レイモンド…様が?」 

「レイモンド様はお前を気に入って…腹のなかに吐き出したんだろ?」 

「ええ…何度も」 

「避妊薬は?」 

「飲まなければ殺すと言われたから…飲んだわ…子ができても幸せになれない」

 フェリシアに合わせる顔がないとケリーはうなだれる。 

「…お前は次の尋問でレイモンド様に対する愛を語るんだ」

 ルイスの雰囲気にケリーは寒気がした。 

「愛…?」 

「お前が子爵令嬢に嫉妬した」 

「私が?」 

「そうだ。そしてフェリシア様から宝飾品を盗み悪魔の泉を手に入れた。お前はレイモンド様に愛されているフェリシア様にも嫉妬した」 

「…へ?そんなこと」 

「なくてもしたんだ…それを話せばフェリシア様は信頼していた使用人に裏切られた被害者になる…フローレン侯爵家で過ごしやすくなる」 

「でもランドから…」 

「そこはレイモンド様に任せよう…まだランドから返信はない…いいか…フェリシア様を巻き込むな」 

ルイスは険しい眼差しをケリーに向けてから牢を去る。



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