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嘔吐

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「母様…気持ち悪い」 

「エル!?」 

「う…げぇ…」 

「エル!!」 

母様の走る音が聞こえる。 

「エル!アイザックが来るわ…エル…エル」

 母様は椅子から私を抱き上げて泣いている。 

「エル…私のエル…エル…いや…」

 扉が乱暴に開けられる音と荒々しい足音が近づく。 

「リア!」 

「アイザック!エルが…食事を食べて吐いたわ!」 

「どれだ?」 

「私の好物!あなたがよく作らせているものよ!エル…エル」 

「イーゴ、医師を呼べ」 

「早く!アイザック…私たちを守るって約束したじゃない!絶対に傷つけさせないって!私と…約束したのに…エル…」 

「リア、エルマリアをよこせ…着替えてこい…汚れているぞ」 

「アイザック!服なんて…どうでもいいの!誰がこんなことをしたのかわかっているんでしょう!?」 

「ああ…見当はついてる。リア…制裁を与える」 

「…こうなる前にどうにか動くのがあなたじゃない…信じられない…アイザック…許さないわ…あなたを許さない」 

「…リア…そんなことを言ってもお前は私から放さない」 

「私に触れないで!嫌いよ…アイザック…耐えているのはエルマリアのためよ!私を逃げなくするためにエルを与えたくせに!ちゃんと守って!」 

「リア、加担した者は全て殺す。リア…欲しいものはなんでも与える…リア」 

「うぅ…エル…私の可愛い娘…」

 母様の涙が頬に落ちる。何粒も何粒も…母様…泣かないで… 

「旦那様!医師です!」 

「毒はあれに入っていた。子供が食べた…生かせ…なんとしても生かせ」

 誰かに抱き上げられて連れていかれる。母様の叫び声が聞こえる…母様… 

「リア、エルマリアは目覚める。数日は動けないが死なない…お前が食べなくてよかった」

 なにかを打つような音が聞こえる。 

「触れないで!私が!全て食べていればよかった!エルが苦しむなら代わりに私が苦しみたいわ!」 

「子供が食べたから少量で症状が出た。リア、全て食べていたらお前は死んでいた…私は…お前のいないエルマリアなど…守る理由がなくなる」 

「アイザック!…あなたの娘よ…」 

「ああ…お前と私の子供だから庶子ではなくあれの子供と正式な書類も出している。お前の願いを叶えたろう?エルマリアは成長してもシモンズの娘として生きる」 

「…私はエルの安全も願ったわ…アイザック…」 

「悪かった…リア…どうしたら許してくれる?リア…リア」

 父のあんな声は聞いたことがなかった。アイザック・シモンズが人に乞うなんて…母様しか見たことがないはず。 

「リア…食べてくれ…お前まで倒れる」 

「エルが食べられるまで…私も食べない」 

「リア!そんなことを言うな。欲しいものはなんだ?私から離れる願い以外は叶える…だから…」 

「エルが快復したら外へ行きたいわ」 

「…庭が限度だ」 

「…ふ…庭で刺されるわね」 

「あれは領地へ向かった。加担した者と共に道中…盗賊に殺される」 

「アイザック…息子になんて説明するのよ」 

「あいつのことはどうでもいい。リア、庭なら散歩していい」 

「監視付きよね?」 

「…ああ」 

「…金貨…アイザック…輝く金貨が見たいわ。箱一杯の金貨…エルと回して遊ぶの…無理?」 

「金貨?箱一杯は簡単に叶えられるが…リア…金など持っても使えんぞ」 

「ふふ…豪華なドレスを贈られても見るのはあなただけじゃ…私には物に意味なんてないの。約束を破った罰よ…アイザック…罰金…エルと投げて遊ぶわ」 

「リア…わかった。明日にでもこの部屋に運ぶ。だから…食べろ…頼む」 

「…あなたが毒見をして…私に食べさせて」 

「ああ、もちろんだ。ははっほら…平気だろ?口を開けろ」

 機嫌のいい父の声も笑いも初めて聞いた。体は動かなくても耳は二人の声を拾っていた。 

母様はこの時からいつかのために考えていたのよ。父の作った籠の中で…いつか私と外へ出たときのために…それなのに… 



「エルマリア様?」

 呼ぶ声に目蓋を開けるとカイナが落ちた本を拾っていた。 

「…寝ていた…?」

 暇すぎて眠ってしまったわ。 

「刺繍に飽きて本を読むから目が疲れたのでは?」 

「そうね」 

「ハンカチがたくさんですよ。刺繍が繊細で…売れそう」 

「そうなの?嗜みとして覚えたけど…お金になるならカイナにあげるわ」 

「え!?いいんですか?」 

「いいわ。明日はレイモンド様といつもの茶会ね」 

「はい。そろそろ夕食ですね。見てきます」 

私の夕食は定時に運ばれる。数名の使用人がワゴンを押して居室に入れ、カイナが並べる。ワゴンの上にははみ出すほど皿が並べられて、水差しが倒れそうで毎回ハラハラする。 

「召し上がってください」 

「ええ」

 並べた皿からフォークを刺して口に運ぶ。 

「増えましたよね…」 

「毎回空の皿を渡すのよ?厨房は足りていないのかと気遣っているのね」 

「私とザザが食べてるなんて知らないんですかね?」 

「どうかしらね」

 さすがに気づいていると思うわ。使用人が主の残りを食べるのは普通のことよ。ただ同じテーブルでは食べないわね。 

「ザザが戻らなければカイナの願いどおり全て食べていいわ」 

「お仕着せを新調しないと…お腹が…」 

「ふふっハウンドに言えばいいわ。水のおかわりをもらえる?」 

「はい」 

食堂で食べるより気楽でいいわ。侯爵は私に強く言えない…父はどの程度把握しているのかしら?どの家も使用人の口は軽いものよ…シモンズは例外ね…父は金と恐怖で黙らせる。 

「ごちそうさま。カイナ、私は寝室で売り物になる刺繍を刺すわ」 

「はい。私はそれを売ります」 

「ふふっ」

 気のいい子だわ。最後に裏切ってしまうけど許せるほどの金貨を渡すわ…カイナ。

 寝室に入りソファに腰を下ろす。刺しかけのハンカチを持って製作を続けて少し経つころ、暑さを感じた。胸の下や脇が汗ばんでいる。窓を開けようと立ち上がったとき乱暴に扉が開かれた。 

「ザザ…帰ったの?夕食は残って」

 私が言い終わらないうちにザザが大股で迫り私の肩を掴んだ。 

「飲んだのか?」 

「え?なに?」 

「夕食と共に運ばれた水だ」 

「ええ」

 私の言葉にザザは珍しく表情を変えた。それはとても険しくて私の体は震えた。熱いと感じているのに震えた。

 ザザはいきなり私を持ち上げて浴室へ運び盥の前に跪かせて否応なく太い指を私の口に突き入れて喉奥を刺激した。引き起こされる吐き気に耐えられず食べたものを吐き出す。意味もわからずなにも出なくなるまでザザの指が口のなかにあった。 

「うぇ…げ…ザ…ザ…な…に…」 

「全て吐け」

 ザザの異様な様子に昔の記憶と嫌な予感が頭を過った。 

「吐い…た…ザザ…はぁはぁ…口が…気持ち悪い」 

「待ってろ」

 ザザは寝室に向かい水差しを手に戻った。 

「これは無事だ」

 その言葉にいろいろ察して腹が立つ。私は直接口をつけて水を含み何度も濯いで盥に吐く。 

「カイ…ナ」 

「飲む前に止めた」

 私の体を支えるザザに身をもたせ激しい鼓動を落ち着かせようと深く呼吸する。 

「ど…く?」 

「…殺すものじゃない」 

「な…に?」 

「女用の…厄介な媚薬だ」 

「や…び…」 

媚薬と言った?鼓動が収まらない…熱い…体がかゆい…全身がむずむずしている。 

「げ…どく」 

「解毒薬はない」

 なんてことなの…毒が消えるまで耐えろと言うの…?誰が…なぜ… 

「お前を鎮める方法は子種だ」

 ああ…そんな…侯爵の指示なの?私から純潔を…既成事実を…ならレイモンドをこの部屋に…いや… 

「だれ…もいれ…な…いで」 

「ああ…あいつにそう言った。湯もいらんと伝えた」 

「ザザ…耐える…わ…私…耐えられる」 

「厄介と言ったろ…自我を忘れて暴れるぞ」 

なによそれ… 

「吐き出したが症状が出ている」 

「私を…気絶…させ…て」

 いやよ…思いどおりにさせないわ。ああ…母様…もうすぐ願いが叶うのに… 

「体の熱で目が覚める」 

「駄目…だ…め」

 ああ…ザザ…変な声が…出そうなの。 

「触らな…いで」 

「触ってない。服がお前に刺激を与えている」 

服って…裸で過ごせと言うの…? 

「聞け…媚薬に耐えても数日は後遺症がある…子種を受ければ早く終わる」 

「レイ…モンド…いや…よ…」

「エルマリア」

 ザザが話すたびに振動が変な感覚を送るの…低い声が耳に届くたびに股が濡れる… 

「純潔を守りたいか?」

 震える顔を上げて後ろのザザを見る。焦げ茶の瞳はぼやけて揺れている。 

「ええ…」

 守れるものなら守りたい。ここでレイモンドに抱かれてもフローレンは終わるわ。純潔でなくても私は逃げる…けど…レイモンドは嫌よ… 

「あの…男はい…や…」

 なぜ…濡れているの?漏らしたの? 

「触れるぞ」 

「ザ…ザ…」

「楽にしてやる」

「ど…」 

どうやって?ザザが私を抱くの?頭が…思考がぼやける。





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