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大広間の貴族院

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晴れ渡る空が広がるシャルマイノス王都の王宮に数多の貴族家当主が集まった。四人の辺境伯も入った会議場は常の貴族院の場ではなく夜会が開かれる大広間だった。椅子と机を運び段差を作り王族、高位貴族家当主、下位貴族家当主を階級順になるように作られた会議場にはドイルが覚えていない当主らが大勢いる。 

「俺の声が届くかな?また喉を痛めちゃうよ」 

「父上、私が話しますから」 

「頼んだ、ジェイド。ジョセフ、彼らの表情をよく見ておきなさい」 

「はい、陛下」 

「ほほほ…むさ苦しいわぁ…大広間でよかったわぁ…紅一点が私だけなんて…」

 王族専用の扉からシャルマイノス王族が大広間を覗いている。 

「あ…アンダル…本当に来た。遠くてよく見えないが上質な服だな…ルーカスが買い与えたな」 

ドイルの言葉を聞いたジェイドは久しぶりにアンダルを見つめる。記憶のなかのアンダルは穏やかでよく笑う青年だったが遠くに見えるスノー男爵は日に焼けたのか金髪は色褪せ、体は痩せて表情は固い。 

「ジェイド」 

ドイルの声に碧眼を見つめ頷く。ジェイドには若干の罪悪感は残っているがあれは本人が選んだ今なんだと案外動揺しない自身の心に驚く。 

「この場で譲位を宣言する」

 ドイルの言葉にジェイドは再び頷く。 

「はい」 

「ほほほ、むさ苦しい群れの中に瑞々しい小公爵の登場ねぇ」

 マイラの言葉にドイルが反応する。 

「レオン、来たか。ははっ立派だなぁ…見事な漆黒だ…シャツまで黒か…凛々しいなぁ…ベンジャミンめ…レオンに馴れ馴れしくくっついてよ」 

「シャルマイノス国王」

 ドイルが大広間に現れたレオンを満足げに見ていると背後から近衛に案内されたシーヴァ・レグルスが声をかけた。その後ろにはカルヴァ・レグルスが続く。 

「レグルス王、いつもはこんなに集まらないのですがね。久しぶりに二番目の息子まで来ました。ほら、金髪が見えますか?男爵に落ちた愚息…」 

「ああ…彼が…レグルスにも彼の話は伝わっていますよ。確か…平民の少女に一目惚れをしてしまったとか…婚約者の貴族令嬢が取り戻そうと奮闘する…息子さんの話は純愛物語として書物になり売り出され流行りました。懐かしい…」 

「平民の…一目惚れ…奮闘…流行り…」

 ドイルの呟きにシーヴァは首を傾げる。 

「ほほほ、だいたい合ってますわ。ほほほ」 

マイラは扇を広げ肩を揺らして笑う。 

「陛下、大広間の扉が閉められた」

 ジェイドの言葉にドイルは顔を引き締める。それを見たシーヴァは苦笑する。 

「貴方には驚きます」 

「なぜです?」

 シーヴァの言葉にドイルが問う。 

「使い分け…ですかね」 

「王は威厳を持たねば。さあ行きましょう」 

ドイルは合図を送り扉を開かせ大広間に進む。その隣をシーヴァが歩き、ジェイド、カルヴァが続いてマイラとジョセフが姿を現した。ドイルら王族の座る場は高く作られており碧眼が大広間を見回す。三公爵家の場所は王族席から一段下がりドイルに背を見せている。侯爵家から以下は王族に顔を見せるように顔を上げ見つめている。ドイルはレオンの濃い紺色の頭を見てから整えられた金髪に視線を走らせ、その下に座る当主らに向かい声を上げる。 

「多くの当主達の参席、感謝する。シャルマイノス王国で起こった事態の説明をする」

 ドイルは言葉を発した後、ジェイドに視線を送る。次期国王が進み出てシーヴァの隣に立った。 

「シーヴァ・レグルス国王陛下並びにカルヴァ・レグルス王太子殿下だ」

 ジェイドの紹介にシーヴァとカルヴァは頷き百近い当主らの視線を受ける。 

「レグルス国王シーヴァです。初めまして」 

「座ろうか」

 ドイルの声にシャルマイノス王族とレグルス王族が用意された椅子に向かう。ドイルを中心にジェイドとシーヴァが左右に座りシーヴァの隣にカルヴァ、ジェイドの隣にマイラ、ジョセフが腰を下ろす。 

「シャルマイノス王国王太子、ジェイド・フォン・シャルマイノスだ。皆そして遠くから来た当主ら、ご苦労だった。シャルマイノス王都で起こった襲撃から二月が過ぎ、詳しい話が届かず不満を持つ者もいるだろう。襲撃者そして首謀者、被害者について話す」

 ジェイドは遠くに座る者に届くよう声を張り上げる。 

「同盟国レグルスのヘルナン公爵家当主が首謀者であり協力者は我が息子ジョセフの婚約者であったサーシャ・レグルスの叔父フランク・グリーンデル」

 ジェイドの言葉に王都から離れた領地で暮らす子爵男爵位の当主らが囁き合う。 

「ヘルナンの狙いはゾルダーク公爵家で暮らすエイヴァ・レグルス。紅眼の王女だ。火砲で攻撃されたがゾルダーク公爵家が防戦し襲撃は失敗に終わった。この襲撃の際、無関係な民が巻き込まれ死したこと王太子として胸が痛む。彼らは手厚く埋葬したが民らの不安と恐怖は消えないだろう。レグルス王国はシャルマイノスに賠償をする義務がある」

 ジェイドの説明の後シーヴァとカルヴァが椅子から腰を上げその場に立ち大広間に向かい頭を下げた。真白の頭が上がり紅眼が大広間を見回す。 

「我が国の高位貴族の犯した罪は重い。ヘルナン公爵家は滅門、グリーンデル侯爵家そして当主の二人の妻の生家も滅門。各家の主要な人物は処刑をします。火砲という強力な武力を同盟国に放ったことはレグルス王国の汚点…私はシャルマイノス王国の信頼を失ったと理解しています。ゆえにリード辺境砦の上部に固定型の火砲をレグルスに向けて設置することをシャルマイノス国王に提案したい」

 シーヴァの提案を初めて聞くドイルは碧眼を見開き、ジェイドはシーヴァからドイルに視線を移しなんと答えるかと尋ねるように見つめる。シーヴァは大広間に向けていた体を傾けドイルを見つめる。シーヴァの声は奥まで届かず、理解できず戸惑う当主らに伝えるために使用人が動いた。 

「…レグルス王…貴国は同盟国だ…シャルマイノス王国は貴方の提案は断る」

 ドイルの声は高位貴族家辺りまで届いた。 

「シャルマイノス国王、貴方に従います」

 そう言ったシーヴァは椅子に腰を下ろした。カルヴァもそれに倣い座る。それを見たジェイドは声を上げる。 

「ジョセフの婚約者であったサーシャ・レグルスは先日レグルス王国に戻った。二人の婚約は解消となる。新たな婚約者をレグルス王家から娶ることはない。だが、繋がりと償いの意味を示すためシャーノス伯爵の令嬢がレグルス王国王太子の婚約者として選ばれた」 

ジェイドの言葉を聞いた高位貴族家当主の視線がシャーノス伯爵に集まる。微笑みを作っているシャーノス伯爵はジェイドに向かい軽く頷く。ジェイドの言葉に驚いたのは当主らだけではなくカルヴァも細い目を開きジェイドに顔を向ける。 

「身分差があろうと伯爵の令嬢を大切にするというレグルス王家を私は信じる。冷遇された場合はシャルマイノス王国に対するものとして声を上げる」

 ジェイドの言葉にシーヴァは頷く。 

「シャルマイノス王国の民に対し、レグルス王国は後ろ楯を持たぬ者でも医学園への受け入れと学費寮費生活費、全てを負担する」

 下位貴族家当主らは渋い顔をしている。医学園に通えるほどの知識を与えることが困難だと顔を知る当主らと囁き合う。そして視線は下位貴族家当主らが座る場にいるひとりの金髪へ視線が集まる。その視線を察したアンダルは離れた場にいるドイルとジェイド見つめ立ち上がる。 

「…スノー男爵家当主アンダルです」


 ジェイドはざわめき始める場を手を叩き静寂にする。 

「スノー男爵」

 上段を見上げるアンダルは険しい眼差しでジェイドを見つめる。 

「発言の許可を得たい」

 アンダルは王族らに届くよう声を出す。ジェイドはドイルの許しを確認するか迷ったが視線を逸らさずにアンダルを見つめたまま発する。 

「許可を与える」

 ジェイドからは見えていなかったがドイルは小さく頷いていた。 

「下位貴族家の領地には学舎がない。地方に住む民には医学園を目指すこと自体が到底叶わぬ夢です。このままではそんな制度があることさえ知らずに農夫になる。王都や公爵領侯爵領伯爵領には平民のための学舎があることを我らも理解しているが学舎に予算を出せない領地は…人が離れている…民が減っている。医学園に行けることは有り難いが、シャルマイノス王家の関心を地方にも向けてもらいたい」

 アンダルの言葉に下位貴族家当主らは頷く。ゾルダーク公爵家のように無料で通えるものと学費を必要とするものと違いはあれ、高位貴族家の領地には平民の通う学舎がある。 アンダルの訴えに応えたのはシーヴァだった。 

「レグルス王国が学舎を建てます」

 シーヴァの声は下位貴族家らの場まで届かず使用人が伝える。 

「全ての領地に…?」

 アンダルの問いにシーヴァは頷く。 

「押しつけたくはないので不必要と仰る領地には建てませんが」

 使用人が伝えるシーヴァの言葉に下位貴族家当主らは話し合うように顔を寄せる。 

「建物があっても教師がいなくては学べない」

 アンダルの言葉にシーヴァはドイルに顔を傾け尋ねる。 

「彼の領地は教師を雇えないほど貧しいのです?」 

「教師を雇うくらいの余裕はあるでしょうが、教師の数が足りないのです」

 ああ、とシーヴァは納得し紅眼をアンダルに戻す。 

「レグルス王国から教師を派遣しましょう。医学園に入学しても卒業に到らぬ者がいるのです。医師にはなれなかったが医学園に受かるほどの知識は持つ。彼らから学ぶのはどうでしょう?給与は払えますよね?」

 使用人が伝えるシーヴァの言葉を聞いた下位貴族家当主らは頷き合う。豊かなシャルマイノス王国のなかで暮らしていても民らは暮らしやすい地へ向かってしまい、領主らはそれを留める策がなかった。子を持つ民にとって学舎は大きな決断を下す理由になった。




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