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ゾルダークの騎士を先頭に警戒を続けながら足早に森の中を進むと火の花の音と共に轟音と揺れを感じた。 

「凄いな…ベルベは無事か?」

 ギィの声は俺のすぐ横から聞こえる。

「体を固定していたから…少し待つ」 

「またこいつを背負って道を戻るのか…」 

「捨てる」 

ギィが鉄球を揺らしているんだろう、ジャラジャラと音が聞こえる。 

「捨てる?証拠を残すことになるぞ」

 俺は近くに聞こえる川の方角を指差すが暗闇で見えないかと声で伝えようと口を開ける。 

「川?なるほどな…あの深さはなかなか日照らん…」 

なぜ暗闇で見えたのか不思議だ。 

「沈める。ギィ投げて」

 もう川が近い。音が大きくなっている。 

「ヘドグラン側の真ん中を狙って」 

「狙えと言っても川は…いや…火の花が照らしているな」 

俺達は森を抜け五日前に渡った川に着いた。ギィは川辺に立ち鉄球を回し始める。鎖から手を放すと小さく水音が聞こえた。 

「なるべく散らせ」

 俺の命に騎士らが散開する。ベルベの到着まで体を休めることに決め、手を伸ばすとザックが水筒を荷物から出し俺に渡す。 

「さすがに疲れたな」

 ギィも背負った荷物の中から水筒を取り出し飲んでいる。 

「ギィでも疲れるんだな」

 俺の小さな声はギィに届いた。 

「マルタン領から馬で駆けてヘドグランに入るために走った…駆けて走って…休憩も少なかったろ?警戒体制を敷いて常に緊張状態、鉄の塊を振り回して大勢を屠った。肩がだるい」

 ギィが肩を回す様子が火の花に照らされ見える。 

「レオ」 

「テオ、捨てたか?」 

「ああ」 

「ベルベが来るまで休め。テオ、終わった…クレアに会いたいな」 

「アダムを信用するのか?」

 テオはアダムを殺すつもりだった。アムレなどどうなっても構わない。玉璽だけ奪い殺せと俺に言った。 

「アダムは何もしていなかったわけじゃない。奴も奴なりに動いたんだ…そして…自分では無理だと…ゾルダークに始末を求めたんだ」 

「巻き込むと知っていて女王を焚き付けた…許せん」 

火の花に照らされた深淵は殺したいと言っている。 

「ゾルダークなら…可能だと…託した…テオ…」 

俺は懐から二つに別れた玉璽を取り出しテオに見せる。 

「これでヘルナン公爵は終いだ…エイヴァを狙う勢力がなくなるわけではないだろうが最たる者を消せる。テオ、アダムがアムレ王族専用紙を数枚寄越した意味がわかるだろ?」 

「好きに使え…か」

 俺は頷きながら玉璽を懐に仕舞う。 

「ヘルナン公爵とアマンダを繋ぐ証拠に加えてアダムが加担した証拠も書ける。なんでも書ける。いつでもアムレを攻撃できる…いつでも名分を持って殺せる…そして俺はこの玉璽と紙の複製を作る」

 それだけの期間はある。未来のために作ってもいい。アダムも承知の上で渡したろう…金眼には覚悟が見えた。 

「だが…テオ…抑えきれない怒りがお前を苦しめるなら殺していい」

 テオの深淵に弾ける火の花が舞ったように見えた。正直な気持ちだ。お前の殺意は俺も持っている。 

「いいのか?」 

「アダムが生きているほうがアムレを御しやすいがゾルダークには関係ない。金眼が絶たれても誰かが王座に座る…阿呆でなければ他国と即開戦など言わないだろ。必要な物は手に入れた」 

俺は黒い瞳を見つめ自分の懐を叩く。だが行方の知れない玉璽は新王には意味を持たなくなるだろうが、まずはヘルナンを消すことが目的だからな。 

「ただ…今からアダムを殺しに行くとなると帰りが遅くなるぞ?俺とは別行動だ…俺は身軽になったから急ぐ。俺達の空色を見たいからな」 

幾度も考えたがアダムはゾルダークにとって必要な存在ではない。俺はすでにどうでもいいとさえ思っている。テオの言う通りアダムが女王を焚き付けたせいでクレアが泣いてしまった。だが、女王を殺すきっかけを俺に与えた。 

「テオ…俺達は臆病だ」

「何言ってる…レオ」 

「クレアを失うことを恐れている。それも他に類を見ないほどだ」

 クレアの乗る馬車に火砲が撃ち込まれた恐怖は今でも俺を襲う。父上もそうだ。母上を奪われないため、自分の恐れることを阻止するために全力を注いだ。あの輝く鋼と強い騎士は父上の安心を作った。 

「大切な存在のためなら非道なことも厭わない。全てを犠牲にしても守る…その気持ちは永遠に変わらない」

 ゾルダークの気質か…祖父はゾルダークをその対象にしていた?過去の当主らもそうだったのか?父上は母上、俺達はクレアを… 

「レオン」 

ギィの声に思考を止める。

 「行くのか?行かんのか?アダムを殺すなら俺が殺してくるぞ。早く決めろ」

 腕を組み俺達の隣に立っているギィが間近で見下ろしている。 

「臆病…その通りかもな。ゾルダークは小さい嫁を放さなかった…放せなかった。常に側に置いていた。お前達も臆病が高じて岩を落として数百の人を殺した。恐ろしい臆病者だな!ははは」

 クレアに対する愛が強すぎるのか…俺達の思考は普通じゃない。 

「尊大で傲慢、強大で臆病なゾルダーク。テオ、クレアは今…一人だ…」

 テオの黒い瞳は輝きを取り戻したように俺を見る。 

「ああ…きっと眠れていない…食も落ちてる。俺達の守るべきはクレアだ…他は捨て置く」 

テオの選択に頷く。 

「なんだ!?行くのか?行かんのか?」

 テオはギィを見つめる。 

「帰ろう。アダムなどいつでも殺せる。その玉璽を使えばアムレで処刑もできる」

 テオの言葉にそうだと頷く。 

「レオン、アダムは相当の覚悟を持ってそれをお前に渡したのは確かだ」

 ギィの銀眼が俺の懐を見つめる。 

「ははっ前国王にはこの重みがわかるよな」 

「…セーラが持っていたがな」

 押したことはあるよな?まあいい。 

「ちょうどベルベが戻った」

 草を踏む音が近づいてくる。暗闇の中からベルベが姿を表す。火の花はいつの間にか打ち終わったようだ。優しい月明かりは俺達を隠し帰路へ導く。 

「ベルベ、潰したな?」

 寡黙なベルベは俺の近くまで来て頷く。 

「よくやった」 

五日前に使った縄を念のため川に沈めて隠していた。それを引き太い木に固定する。ゾルダークの騎士が集まり俺を見つめる。過酷な旅と殺しに忠実に従った俺の騎士らは皆が日に焼け精悍な顔付きになった。 

「ヘドグラン国内は静かに移動する。だが急ぐぞ」 

俺はもう限界だ。風呂に入りたい。体を浸すほどの湯をくれ。 

「行くぞ」 




この一月半の間に何度も入った王宮に再び訪れた。一国の王の呼び出しだがこちらに予定を合わせるよう伝え、今日になった。父上の話ではエゼキエル・チェスターの傷は随分良くなり数日後には王宮を発つ予定で動いていると聞いている。 

「ルーカス」 

「兄上、わざわざ出迎えに?」

 僕の訪問を知っていたんだろう、入り口近くに兄上が立っていた。この一月半で窶れたように見える。 

「エゼキエル・チェスターが呼んだらしいな」 

「…ああ」 

なぜ彼が僕らを庇ったのかなぜ僕を呼んだのか疑問に思うのは当然だ。父上の話では兄上は真実を知ったらしいがどこまでかは教えてくれなかった。 

「小公爵は…自ら…」

 兄上の呟きは離れて歩く近衛には届いていない。小公爵は邸に籠っていると世間には流してある。負傷した公爵の代わりに仕事をしていると。真実はアマンダ・アムレを殺しに行ったんだが兄上は知ってそうだな。 

「あいつは二月待てと言った」 

「二月?」 

あいつとは小公爵のことだろう。二月…僕の間者はフォードから戻っていない。アムレ一行がフォード砦を越えたら戻れと命じてある。 

「あと半月か…小公爵は…どんな殺しかたを選んだんだろう…」

 僕の呟きが聞こえたのか兄上の手が僕の肩を掴む。自然と僕たちの足は止まる。 

「ルーカス…知って…」

 険しい碧眼が僕を見つめる。 

「僕も殺しに行きたかった…クレアを狙ったんだ…兄上…火砲だぞ?殺意しか感じない」 

「お前が…そんなことを…」

 意外だろうか?兄上のなかでは僕はまだ小さな弟か?背は越えたのにな。僕は率直に尋ねる。 

「父上から聞いたって?」 

「…ああ」 

「驚くようなものじゃなかったろ?」

 兄上の険しい眼差しに怒りが加わったかのように蟀谷がひくついている。兄上はカイラン様と年が近い。彼を思いやっているのか。 

「僕は無力で馬鹿なただの王子だった。だが運はよかった」 

ジャニスに誑かされてハンク・ゾルダークに願い出て投げられたことも運。第三王子という立場も…エドガーの策略でハインスを継ぐ者が僕になったのも…僕をクレアに導いた。 

「ルーカス…」 

そんなに驚くようなことを言ったか? 

「エゼキエル・チェスターはクレアを望んでいる」 

これは聞いていなかったか。碧眼が見開き口まで開いた。 

「だ…から…庇ったの…か…?」 

「ああ…憎たらしい。彼女の記憶に奴の姿が残った」 

「ルーカス…本当に…お前は変わった」 

「ははっどれだけ努力をしたか…令息らが学園を楽しんでいる間も…遊びを覚える年頃も全てを未来のために…学びに費やした…クレアは国王であれ渡さない。万の民のために差し出すこともしない」

 それだけ彼女を愛している。これは酷い執着だ。エゼキエル・チェスターと同様、醜い執着。愛とは美しさだけではない、かなり醜い部分を持っている。あの襲撃は僕のなかを変えたように感じる。強い感情が抑えきれない。 

「そんなに彼女を想うのか?」 

「彼女は僕を選んでくれた…もしかしたら…あの公爵の刷り込みと同情から僕のことを受け入れたのかもしれないが…今は彼女から僕への愛を感じる…僕はこの愛を手放さない…必ず」

 僕の言葉を聞いた兄上の碧眼が潤んでいる。泣かせるようなことを言っただろうか?情緒が不安定か? 

「お前は…努力し…機を待ち動いた…俺にはできないことだ」 

「…それは誰にでもできることだ。言ったろ?僕は運がいい」

 腹が立つがエゼキエル・チェスターの言う通りアンダル兄上が愚かなおかげで僕の運命は変わった。





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