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ゾルダーク邸
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ゾルダーク公爵家の面々がハインス公爵邸を訪れた日から数日後、ルーカスはゾルダーク邸の応接室に座りレオンに始末を報告している。
「長年勤めていたメイドが盛った。手を貸した者共々無一文で王都を去ったよ」
「罰を与えずに?ルーカス様は優しい」
俺の言葉にルーカスは口角を上げる。その不適な笑みに殺したんだなと悟る。
「サラ・ハインスが倒れたと聞きました」
どこで倒れたかも知っているがルーカスの言葉を待つ。
「新しく取り寄せた高血圧の薬の効き目が悪いようだ。王都に着いてから新薬を飲ませていたのが影響したんだろう」
ルーカスは偽薬を渡していた。薬の成分など入っていないただの塊を与え、サラ・ハインスの感情を揺さぶるよう動いた。
「今はどうです?」
「寝台から起きることはできない」
愛しい娘達との邂逅に馬車旅そして別れ、久しぶりの王都の暮らしに茶会では媚びを売るもの達に高揚感をもらい過去の栄華が甦り、いいなりになる若い令嬢を侍らせ憎いゾルダークとの面談、ルーカスの叱責がサラ・ハインスを弱らせた。
「間もなく死ぬだろう」
医師を侍らせ経過を観察するのみに留め、年老いた伯母に最高の治療を施しているよう見せかけ十分な処置をしていない。
「そうですか。サラ・ハインスはケイトン侯爵家に助けを求めたようですね」
俺の言葉にルーカスは口を噤む。
「護衛のいないハインス公爵家の馬車がケイトン侯爵家に入った。噂は立ちます」
俺の潜ませた者から聞いたと思ったか?微笑むとルーカスは話し始める。
「ケイトン侯爵は伯母上を差し出したよ。ハインスの変事を自身でも調べていたんだろう。食い違う伯母上の話に分が悪いと判断したようだ」
「ははっ耄碌してなかった。残念だ」
「ケイトン侯爵は王族に固執している」
「金髪碧眼の孫を抱けた未来は甘美だったでしょうね」
娘が病死した時点でそれを悟り夢など抱かねば何度も悔しい思いをしなかっただろうに、運のない男だなと思う。
「クレアが前公爵夫人を心配しています。見舞いに行けますか?」
「ああ、もちろん」
いつまでも俺は守ってやれない。俺の背に隠して生かすのはもう終わりにしなければならない。クレアは自分の意思でルーカスを守ろうと動いた。俺が止めても説き伏せようとしただろう。こうやって成長し離れていく。怖くても不安でも見守らねばならない。
「ルーカス様…ボーマをハインスに入れたい」
「いいのか?」
ボーマの存在が世間に知れてもいいのかと聞いているんだろうな。
「ボーマは突然変異の個体です。美しい毛を持ち威嚇もしない…愛玩動物。煌びやかなハインス邸に似合うでしょう」
ボーマさえ離さなければクレアの体を傷つけることはできない。心は…ルーカスが寄り添えばいい。
「すまない。整えてはいるがハインス邸は完全なる安全とは言えない。ボーマが彼女を守ってくれるなら…ありがたい」
「クレアも喜びます。そうだ、ボーマの絵を描かせます。ハインス邸に飾ってください」
絵画に描かれた美しい狼がハインス邸に存在する。いい噂が流れることだろう。
「ケイトン侯爵は放っておくかい?」
ルーカスの言葉に頷く。ケイトンごときが喚いてもゾルダークは揺るがない。もがけばもがくほど金はなくなり力を失う。
「アーロン・ハインスと陛下の誓約書、この意味を理解しているなら口を閉ざします」
「誓約書…二人は交わしていたのか。父上は頭が働く」
ルーカスに教えていなかったのか。まあ、知らなくていい話だが。アーロン・ハインスが死に陛下が亡くなった後、ジェイドが受け継ぎルーカスを呼び読むだろう。
「君も見舞うかい?」
サラ・ハインスを?俺を見て鼓動を止めないか?ゾルダークが殺したと触れ回られても困る。
「クレアに任せますよ」
妹離れをしないとな。俺よりもテオが心配だな。あの日から長く鍛練所で過ごしている。
顎を狙い拳を突き上げると上体を反らしてかわされる。脚に力を込め飛び上がり脛を死角から腹部に向かわせるが大きな体をどう動かしたのか脚は空振り当たった感触はない。
「今のは俺じゃなければ当たっていたぞ」
「見えていないのになぜ避けれる」
ギィの肉体だけは謎だ。体勢を建て直し拳を腹に向かわせると大きな手のひらが受け止める。
「少し休め」
「まだ…足りん」
「動き通しだぞ」
仕方ない。何も考えたくないときもある。
「テオ、ルーカスはクレアに触れていないぞ」
「覗いていないと言ったろ?クレアに嫌われるぞ」
ギィの大きな手のひらが俺の肩を掴む。
「ちょっと覗いただけだ。黙っておけ」
肩が痛いぞ、馬鹿力め。
「クレアが…離れる……寂しいだろ」
「お前達は三つで一つだったからな…だが別れはいつか来るぞ」
そんなことはわかってる。だが早いと思うのは俺だけか?まだ十五だ。学園に入れればよかったと思う。
「俺は異常か?」
銀眼を見上げ尋ねる。片割れに執着するのは異常なのか。
「どうだか…わからんな……お前は…クレアに触れたいと思うか?」
「ルーカスのようにか?」
「ああ」
「唇が赤くなるほど吸い付き首筋に赤い痕を残すか……想像できんな…正しいことのように思えん。クレアを泣かせることは本望じゃない」
ギィは銀眼を垂らして微笑んだ。
「そうか。お前にも愛する人ができるといいな」
「ギィのベンか?」
「そうだ」
「ギィはベンの唇に吸い付くのか」
「はははっ吸い付かんぞ!…大切なものが現れるといいな」
ギィの大きな手が俺の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。大切なものならゾルダーク邸にある。
「小さいのに一番先に大人になる…か」
「女なんてそんなもんだ!」
ギィは女の何を知っているのか。
「テオ!」
幼子の声に振り返る。白い狼を連れたエイヴァが鍛練所に現れた。小さな手は白い毛を掴み、ボーマは若干不機嫌な様子だ。
「ボーマ、耐えているな」
俺は指笛を鳴らして近くに来いと手招く。エイヴァはボーマに引かれ鍛練所の中を進み近づく。
「野生ならエイヴァは噛み殺されているぞ」
ギィの言葉に頷く。
「狼、来るといいな」
「ああ、どんな奴が来るか楽しみだ」
「テオ」
近寄ったエイヴァがボーマを放し俺の足にしがみつく。
「ここには近づくなとレオから言われていただろ。ダントルはどうした?」
エイヴァが現れた場所に視線を移すと赤い髪が現れる。
「姫さん!」
走り近寄るダントルは息を切らし汗まで流している。
「ダントル…エイヴァに逃げられたのか?嘘だろ」
「テオ坊っちゃん!はぁはぁ…姫さんは…ボーマの背に…乗ったんです」
ダントルの言葉にエイヴァとボーマを見下ろす。亜麻色の髪は結われているが乱れほつれがある。俺の視線に見上げた紅眼は潤み出し口を曲げる。
「ボーマにだきついてたの…ボーマ…はしったの」
溢れる雫がまろい頬を伝い俺のトラウザーズを濡らす。エイヴァの脇に手を差し込み持ち上げると首に腕を回し抱きついた。
「怖かったな」
「おちるって…ふぇうぅ…ぐす」
「ボーマに乗っただと!?それはいいな…俺は無理か?いや…大きな個体なら…あの群れの…」
ギィの言葉は無視をしてしゃくりあげるエイヴァの背を撫でる。
「ボーマは叱っておく。よく放さなかった、えらいぞ」
「きづいたらここにいたの」
「そうか。エイヴァ、体の力を抜け。疲れるぞ」
未だ俺にしがみつくエイヴァの濡れた頬に触れ、指で摘まむ。亜麻色の頭を撫でると笑んだ。
「テオ…だっこしてて」
「ああ、邸に戻るぞ」
「うん」
レオは来客の相手をしているだろう。エイヴァを危険なめに合わせたボーマにはどんな仕打ちが待っているか。
「ボーマが暴走するとはな」
「わたし…ボーマのひげをひっぱった」
「ははは!そりゃあ嫌だったろうな!ボーマ」
ギィの笑い声が鍛練所に響き渡る。
「エイヴァ、二度とするな」
「うん、ボーマいたかったの?」
白い毛を俺に擦り付けながら鼻を突き出すボーマの眉間を撫でる。
「驚いた」
「テオ、ボーマとはなせるの?」
エイヴァは俺の髪を掴み引っ張る。
「そんな顔してるだろ」
「かお」
ボーマは許しを乞うように俺の手を甘く噛み濡らしている。好きなようにさせていると赤い瞳が俺を見つめ鼻を鳴らした。
「俺の代わりに守れ」
ボーマはクレアにつける。ルーカスが渋い顔をしようが関係ない。ボーマがいるなら俺は忍ばないで眠れる。
「まもれ?」
「エイヴァ、お前を守る狼は俺が躾るぞ!白くはないだろうがな。大きいといいな」
それはギィの願いだろと思うが口には出さない。レオが辺境から戻って一月が過ぎた。リード辺境から便りはまだ届かない。
「長年勤めていたメイドが盛った。手を貸した者共々無一文で王都を去ったよ」
「罰を与えずに?ルーカス様は優しい」
俺の言葉にルーカスは口角を上げる。その不適な笑みに殺したんだなと悟る。
「サラ・ハインスが倒れたと聞きました」
どこで倒れたかも知っているがルーカスの言葉を待つ。
「新しく取り寄せた高血圧の薬の効き目が悪いようだ。王都に着いてから新薬を飲ませていたのが影響したんだろう」
ルーカスは偽薬を渡していた。薬の成分など入っていないただの塊を与え、サラ・ハインスの感情を揺さぶるよう動いた。
「今はどうです?」
「寝台から起きることはできない」
愛しい娘達との邂逅に馬車旅そして別れ、久しぶりの王都の暮らしに茶会では媚びを売るもの達に高揚感をもらい過去の栄華が甦り、いいなりになる若い令嬢を侍らせ憎いゾルダークとの面談、ルーカスの叱責がサラ・ハインスを弱らせた。
「間もなく死ぬだろう」
医師を侍らせ経過を観察するのみに留め、年老いた伯母に最高の治療を施しているよう見せかけ十分な処置をしていない。
「そうですか。サラ・ハインスはケイトン侯爵家に助けを求めたようですね」
俺の言葉にルーカスは口を噤む。
「護衛のいないハインス公爵家の馬車がケイトン侯爵家に入った。噂は立ちます」
俺の潜ませた者から聞いたと思ったか?微笑むとルーカスは話し始める。
「ケイトン侯爵は伯母上を差し出したよ。ハインスの変事を自身でも調べていたんだろう。食い違う伯母上の話に分が悪いと判断したようだ」
「ははっ耄碌してなかった。残念だ」
「ケイトン侯爵は王族に固執している」
「金髪碧眼の孫を抱けた未来は甘美だったでしょうね」
娘が病死した時点でそれを悟り夢など抱かねば何度も悔しい思いをしなかっただろうに、運のない男だなと思う。
「クレアが前公爵夫人を心配しています。見舞いに行けますか?」
「ああ、もちろん」
いつまでも俺は守ってやれない。俺の背に隠して生かすのはもう終わりにしなければならない。クレアは自分の意思でルーカスを守ろうと動いた。俺が止めても説き伏せようとしただろう。こうやって成長し離れていく。怖くても不安でも見守らねばならない。
「ルーカス様…ボーマをハインスに入れたい」
「いいのか?」
ボーマの存在が世間に知れてもいいのかと聞いているんだろうな。
「ボーマは突然変異の個体です。美しい毛を持ち威嚇もしない…愛玩動物。煌びやかなハインス邸に似合うでしょう」
ボーマさえ離さなければクレアの体を傷つけることはできない。心は…ルーカスが寄り添えばいい。
「すまない。整えてはいるがハインス邸は完全なる安全とは言えない。ボーマが彼女を守ってくれるなら…ありがたい」
「クレアも喜びます。そうだ、ボーマの絵を描かせます。ハインス邸に飾ってください」
絵画に描かれた美しい狼がハインス邸に存在する。いい噂が流れることだろう。
「ケイトン侯爵は放っておくかい?」
ルーカスの言葉に頷く。ケイトンごときが喚いてもゾルダークは揺るがない。もがけばもがくほど金はなくなり力を失う。
「アーロン・ハインスと陛下の誓約書、この意味を理解しているなら口を閉ざします」
「誓約書…二人は交わしていたのか。父上は頭が働く」
ルーカスに教えていなかったのか。まあ、知らなくていい話だが。アーロン・ハインスが死に陛下が亡くなった後、ジェイドが受け継ぎルーカスを呼び読むだろう。
「君も見舞うかい?」
サラ・ハインスを?俺を見て鼓動を止めないか?ゾルダークが殺したと触れ回られても困る。
「クレアに任せますよ」
妹離れをしないとな。俺よりもテオが心配だな。あの日から長く鍛練所で過ごしている。
顎を狙い拳を突き上げると上体を反らしてかわされる。脚に力を込め飛び上がり脛を死角から腹部に向かわせるが大きな体をどう動かしたのか脚は空振り当たった感触はない。
「今のは俺じゃなければ当たっていたぞ」
「見えていないのになぜ避けれる」
ギィの肉体だけは謎だ。体勢を建て直し拳を腹に向かわせると大きな手のひらが受け止める。
「少し休め」
「まだ…足りん」
「動き通しだぞ」
仕方ない。何も考えたくないときもある。
「テオ、ルーカスはクレアに触れていないぞ」
「覗いていないと言ったろ?クレアに嫌われるぞ」
ギィの大きな手のひらが俺の肩を掴む。
「ちょっと覗いただけだ。黙っておけ」
肩が痛いぞ、馬鹿力め。
「クレアが…離れる……寂しいだろ」
「お前達は三つで一つだったからな…だが別れはいつか来るぞ」
そんなことはわかってる。だが早いと思うのは俺だけか?まだ十五だ。学園に入れればよかったと思う。
「俺は異常か?」
銀眼を見上げ尋ねる。片割れに執着するのは異常なのか。
「どうだか…わからんな……お前は…クレアに触れたいと思うか?」
「ルーカスのようにか?」
「ああ」
「唇が赤くなるほど吸い付き首筋に赤い痕を残すか……想像できんな…正しいことのように思えん。クレアを泣かせることは本望じゃない」
ギィは銀眼を垂らして微笑んだ。
「そうか。お前にも愛する人ができるといいな」
「ギィのベンか?」
「そうだ」
「ギィはベンの唇に吸い付くのか」
「はははっ吸い付かんぞ!…大切なものが現れるといいな」
ギィの大きな手が俺の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。大切なものならゾルダーク邸にある。
「小さいのに一番先に大人になる…か」
「女なんてそんなもんだ!」
ギィは女の何を知っているのか。
「テオ!」
幼子の声に振り返る。白い狼を連れたエイヴァが鍛練所に現れた。小さな手は白い毛を掴み、ボーマは若干不機嫌な様子だ。
「ボーマ、耐えているな」
俺は指笛を鳴らして近くに来いと手招く。エイヴァはボーマに引かれ鍛練所の中を進み近づく。
「野生ならエイヴァは噛み殺されているぞ」
ギィの言葉に頷く。
「狼、来るといいな」
「ああ、どんな奴が来るか楽しみだ」
「テオ」
近寄ったエイヴァがボーマを放し俺の足にしがみつく。
「ここには近づくなとレオから言われていただろ。ダントルはどうした?」
エイヴァが現れた場所に視線を移すと赤い髪が現れる。
「姫さん!」
走り近寄るダントルは息を切らし汗まで流している。
「ダントル…エイヴァに逃げられたのか?嘘だろ」
「テオ坊っちゃん!はぁはぁ…姫さんは…ボーマの背に…乗ったんです」
ダントルの言葉にエイヴァとボーマを見下ろす。亜麻色の髪は結われているが乱れほつれがある。俺の視線に見上げた紅眼は潤み出し口を曲げる。
「ボーマにだきついてたの…ボーマ…はしったの」
溢れる雫がまろい頬を伝い俺のトラウザーズを濡らす。エイヴァの脇に手を差し込み持ち上げると首に腕を回し抱きついた。
「怖かったな」
「おちるって…ふぇうぅ…ぐす」
「ボーマに乗っただと!?それはいいな…俺は無理か?いや…大きな個体なら…あの群れの…」
ギィの言葉は無視をしてしゃくりあげるエイヴァの背を撫でる。
「ボーマは叱っておく。よく放さなかった、えらいぞ」
「きづいたらここにいたの」
「そうか。エイヴァ、体の力を抜け。疲れるぞ」
未だ俺にしがみつくエイヴァの濡れた頬に触れ、指で摘まむ。亜麻色の頭を撫でると笑んだ。
「テオ…だっこしてて」
「ああ、邸に戻るぞ」
「うん」
レオは来客の相手をしているだろう。エイヴァを危険なめに合わせたボーマにはどんな仕打ちが待っているか。
「ボーマが暴走するとはな」
「わたし…ボーマのひげをひっぱった」
「ははは!そりゃあ嫌だったろうな!ボーマ」
ギィの笑い声が鍛練所に響き渡る。
「エイヴァ、二度とするな」
「うん、ボーマいたかったの?」
白い毛を俺に擦り付けながら鼻を突き出すボーマの眉間を撫でる。
「驚いた」
「テオ、ボーマとはなせるの?」
エイヴァは俺の髪を掴み引っ張る。
「そんな顔してるだろ」
「かお」
ボーマは許しを乞うように俺の手を甘く噛み濡らしている。好きなようにさせていると赤い瞳が俺を見つめ鼻を鳴らした。
「俺の代わりに守れ」
ボーマはクレアにつける。ルーカスが渋い顔をしようが関係ない。ボーマがいるなら俺は忍ばないで眠れる。
「まもれ?」
「エイヴァ、お前を守る狼は俺が躾るぞ!白くはないだろうがな。大きいといいな」
それはギィの願いだろと思うが口には出さない。レオが辺境から戻って一月が過ぎた。リード辺境から便りはまだ届かない。
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