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それぞれの夜
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シャルマイノス王国の王都を照らす日が傾き夕暮れが近くなる頃、ハインス公爵邸の門が開き、当主が戻った。
「おかえりなさいませ、ルーカス様」
「ブルーノ」
「どこかに寄られましたか?」
ブルーノの言葉を聞きながらコートを脱ぎ、若い使用人に渡す。頭を下げる使用人達の前を歩き執務室へと向かいながら幸せな時を思い出す。
「思いがけず…会えたんだ」
「ようございましたね」
「ああ」
ただ、本当にただ見るだけに王宮へ向かった。あわよくば…ハインス公爵家の馬車がゾルダーク公爵の目に留まり少しでも近づく機会があればと願いはした。まさか、クレアを腕に抱けるとは思わなかった。声を聞けるだけで幸運と思っていた僕は幸運を超えてクレアを抱き締め堪能した。レグルスの王女の午睡が終わるまでと、手を繋いで花園を歩き過ごした。
ブルーノの下についている使用人が執務室の扉を開けて待っている。その後ろには騎士が一人いた。首を傾げ中へ入れと合図する。ブルーノと騎士が執務室に入り扉を閉め、僕はソファに腰を下ろし姿勢を崩して柔らかい背凭れに身を預ける。二人は言葉を発しない僕を待っているだろうが、もう少し余韻に浸らせてほしい。天井を見上げ瞳を閉じ浸る。王女の午睡が終わるなと願いながらクレアを見つめ、僕の名を呼ぶ声に満足を感じ、着いた四阿では彼女を膝に乗せ話し、時折口づけをする。彼女は微笑み頬を赤らめ濡れた唇は弧を描き、異色の瞳が僕を見つめる。僕の唇が濡れていると指で拭ってくれ、懐から出したハンカチで指を拭う様子を見下ろした幸せな四阿。次に会えるのはいつになるのか聞くことはしなかった。ゾルダーク公爵にも小公爵にも会わずに邸を辞した。彼女が呼ばれるまで腕の中に閉じ込めていた。
「もどかしい」
彼女に触れられるのは僕だけだが、積年の思いが僕の頭を支配し、欲がどんどん膨れ上がる。己を律しなければ…だが…彼女はもっとと…僕を煽る…止めるよう…いや…口づけだけだ。止めなくていい。
「様子は?」
僕は騎士に聞いている。伯母上に同行していた騎士は早駆けしハインス邸に来たんだろう。
「道中、馬車の不具合が何度か起こり予定の日程より大幅に遅らせました」
「ああ、ご苦労だったな」
伯母上の領地出立を報せた騎士に命じたことだ。なかなか届かない報せにちゃんと伝わり実行されたことを察した。
「常備していた薬が切れ、少し癇癪を起こされています」
だろうとは想像していた。伯母上は高血圧だ。そのために王都から高価な薬を送っていたがそれも終わりにする。
「いつ着く?」
「明日の夕には着きます」
騎士の言葉に頷き尋ねる。
「ウィルマとジャニスはいないな?」
「今のところ大奥様に近づいてはいません」
男爵領に戻ると見せかけ遠回りをして王都に入っている可能性もある。
「王都の宿に報せを送れ。二人に似た夫人が立ち寄ったら報せるようにと。礼はするとも加えろ」
ジェイド一家と食事を終えたドイルはルシルの待つ離宮に向かい歩いている。後ろにはドウェインが侍り報告をしている。
「ルーカス様は愛おしげに見つめていました」
「そうか。貸しを作れたかな」
俺に感謝しているだろう。ルーカスとクレアの子の名付けか…いつになるかなぁ…レグルスの王女はクレアに懐いてたもんなぁ………言わなくていい…なんて格好つけちゃった…ラルフが辺境の若い子を孕ませて夫人から隠すために孤児院に連れていったわけじゃないんだ…レオンのあの言葉は、あの時に伝える意味は…ルシルはレグルス王家の血を受け継いでるんだ……ドイル…よく我慢した、ルシルを孕ませなかった。欲望を持つだけに留めた俺…褒めたい。ラルフ…言えないか?言おうとも考えなかったか?まぁ知ったからって放さないけどさ。
「陛下、お休みなさいませ」
「ん…おつかれ」
考え事してたら離宮に着いちゃったな。
深く息を吐いて、懐に入っている鍵を取り出し門を開ける。離宮の扉を開けるとルシルが立って待っていた。
「いつからそこにいたんだ?」
出会ってから十数年、年を重ねても美しい恋人に尋ねる。
「そろそろだと思ったの」
「そうか」
俺の近づく気配を感じたルシルが腕を広げて待っている。いつものように抱きしめ、黒い髪に鼻を埋める。
もう…離宮から離れてもいいくらいルシルの存在は周知されているし、王宮で働く使用人からルシルに対する悪い言葉もないなら…いや…ここがいい。閉鎖されたここが…ルシルを守って俺に安らぎを与えてくれる。何より人の目が少ない。
「レグルスの王女様はどんな子だったの?」
ルシルは俺の背を撫でながら尋ねる。俺は少し顔を上げて離れた場所に立つ老人を見つめながら答える。
「可愛い子だよ。レオンは美しい子を貰ったなぁ」
あの子が産むゾルダークの血を受け継ぐ子の顔はどんなだろうな。あの険しさは失くしたくないな……なんだか…シャルマイノスはレグルスに侵略されてないか?王家に加えて三大公爵家にまで入り込んだ…ルシルも…
「ふふふ、疲れてる?」
ルシルの言葉に瞳を閉じて、抱いていた体を放す。
「少しな」
頭が少し疲れたよ。気になるなら聞いときゃよかった…ん?レオンはレグルス王から聞いたんだよな…?ルシルの存在を知った上でレオンに伝えた?どうやって知っ……ラルフ…繋がってるか…
「ルシル、湯は?」
ルシルの目蓋を下ろした顔を見つめながら頬を手のひらで包み額に口を落とす。
「一緒に入ろう」
「ふふ、国王陛下が洗ってくれるの?」
「ああ!洗いっこしようか」
俺はもう六十だぞ。この年でこんなに楽しいことができるなんてな…ふふん。ルシルがどこの誰の子だって構わない。すでに俺の手の中だからな。
「陛下」
「来たか、ラルフ」
ルシルと仲良く湯に入って、レオンから貰った酒に少し睡薬を入れて寝かせた。絶対に聞かせたくない話をするためとはいえ、また使うことになるとは。
離宮の庭は狭くても眺める価値があるだけの贅を凝らしてある。ルシルに見えなくても贅を好まない彼女に尽くしたい気持ちが現れた庭に立ち、後ろにいるラルフに尋ねる。
「ルシルは向こうで周知された存在か?」
静かな庭にラルフの息を呑む音が聞こえたような気がした。
「シーヴァ…だけです」
シーヴァ…呼び捨てる仲…かよ…待てよ…俺ははっきりとラルフ・リードの子だとは聞いてない…黒髪を持ちリードが執着してるからって…まさか…シーヴァ・レグルスが父親…って二人には十の差もない…いや…精通が早ければ…可能…
「陛下」
「ふぇ……ん!ん?」
やば…変な声が出ちゃった。
「ルシル様は安全です。ここに…いや…身籠ることをしなければ」
それはわかったんだよ。今俺の気になるところは…
「…ルシルの母は…紅眼です」
さすがの俺も顔が強ばる。後ろを振り向きラルフを見つめても嘘は見つけられない。
「レグルスの王族に犯され…リード辺境に逃げた女の腹から生まれた娘がルシル様の母親です」
「生きて…?」
「ルシル様を産んで直ぐに…」
なるほどな。レオンはこのことを俺に教えようとしたか。
「そうか。レグルス王がルシルの存在を知った上で放っているならいいんだ。消そうと動き出されては困るから」
ルシルを害そうとしたらサーシャを病気にしてやる。レオンにも俺の気持ちを伝えとこう。
「ルシルは孕まないし死ぬまで安全だ」
ゾルダーク領に邸を造ったんだ。この離宮の造りに似せた邸。庭はここよりも広いからルシルも飽きないだろう。いつか…俺が動けるうちに行ってみたいもんだな。
「ありがとうございます、陛下」
「ああ」
ラルフは白髪の頭を深く下げる。すでに七十は越えている年だろうに元気だな。リード辺境急襲の噂は聞いてるだろうに俺に何も尋ねない。余生をルシルのために使うという誓いは本気だったか。
「俺のいない間、話し相手になってくれ」
今もそうして過ごしているだろうが、お前には念を押す。リード辺境のことは忘れていい。シーヴァ・レグルスのことも考えなくていい。ルシルのことだけ考えていろ。
ゾルダーク邸、レオンの寝室の近くにあるエイヴァの私室には寝台に横になるエイヴァと端に座るレオンがいる。
「疲れたろう?」
「すこし…あ…ふ」
あくびをしながら手を伸ばすエイヴァの小さな手を握った。昼寝もしたのに眠いとなると少しではないかな。
「エイ…わたし…じょうずにできた?」
クレアを見本にしているのか、背伸びをしようと頑張るエイヴァが可愛らしい。
「ああ、エイヴァは上手に話せてた…当分王宮には行かない。エイヴァがクレアくらい大きくなったら、また一緒に行こう」
「うん」
耐えられない紅眼が閉じられていく。隠れた紅眼に口を落とし亜麻色の頭を撫でる。力の抜けた手を掛け布の中に入れて腰を上げ寝台から離れ、部屋の端にいるアンナリアを見つめる。
「交替で側に」
「はい」
エイヴァがゾルダーク邸に来てから一人にしていない。アンナリアとモリカ、ダントルが交替で夜も侍る。この邸に危険はないとわかってはいるが、それでも…
廊下に出ると静かに扉が閉められる。
「報告は?」
隣を歩くハロルドに尋ねる。
「王都に住む貴族家の誰かしらは王宮にいました」
だろうな。ゾルダーク公爵家の婚約者、紅眼を持つ王女…気にならないわけがない。
「ゾルダークの強さは知れ渡ったか?」
「はい。ゾルダーク公爵家の騎士に死者はいない…と」
さすがに商人の口まで抑えることはできない。恐れられることは悪いことじゃない。難癖をつける奴が出なければいい。
「サラ・ハインスが王都に入ったと」
「くく…知ってしまったか。動きがないから弱ったかルーカスが教えていないと思っていたけど…ま、どうでもいい。噛みつきたいならルーカスに噛みつく。ゾルダークに乗り込むほどの度胸はないだろ」
そんな者はいないだろうな。どうやって知ったか…使用人の噂話か?交流のある夫人か?まぁいつかは知られるんだ。
「サラ・ハインスの滞在している間に兄を連れて乗り込むか」
「それは…私も同席させてください」
ハロルドの言葉に笑ってしまう。
「ははっ何を想像してる?」
「サラ・ハインスの怯える姿ですよ」
「殺しに行くわけじゃないぞ」
くく…それはルーカスのやることだ。
「今日もクレア様の唇が赤くなっていました…ルーカス様は堪え性がないですね」
…なんとも言えない。ルーカスだけのせいだろうか…?クレアから求めてないか?閉じ込めて育てた結果、ルーカスという刺激はクレアの心を大きく占めている。そのうえ…
「ハロルド、いつかお前を殴るかもしれない」
クレアの読んだ上級指南書を俺も読んだ。あれを実践するとは思えないが知識を与えてしまった。案外度胸のあるクレアだ…何が起こるか…
「指南書のことですか?レオン様、あれは知られずに馬車の中や四阿では行えません。婚姻まで実行できませんよ」
「…だな」
俺達の中でクレアがいち早く大人になるか…信じられないな。密室に二人きりは婚姻までさせないでいよう。
「おかえりなさいませ、ルーカス様」
「ブルーノ」
「どこかに寄られましたか?」
ブルーノの言葉を聞きながらコートを脱ぎ、若い使用人に渡す。頭を下げる使用人達の前を歩き執務室へと向かいながら幸せな時を思い出す。
「思いがけず…会えたんだ」
「ようございましたね」
「ああ」
ただ、本当にただ見るだけに王宮へ向かった。あわよくば…ハインス公爵家の馬車がゾルダーク公爵の目に留まり少しでも近づく機会があればと願いはした。まさか、クレアを腕に抱けるとは思わなかった。声を聞けるだけで幸運と思っていた僕は幸運を超えてクレアを抱き締め堪能した。レグルスの王女の午睡が終わるまでと、手を繋いで花園を歩き過ごした。
ブルーノの下についている使用人が執務室の扉を開けて待っている。その後ろには騎士が一人いた。首を傾げ中へ入れと合図する。ブルーノと騎士が執務室に入り扉を閉め、僕はソファに腰を下ろし姿勢を崩して柔らかい背凭れに身を預ける。二人は言葉を発しない僕を待っているだろうが、もう少し余韻に浸らせてほしい。天井を見上げ瞳を閉じ浸る。王女の午睡が終わるなと願いながらクレアを見つめ、僕の名を呼ぶ声に満足を感じ、着いた四阿では彼女を膝に乗せ話し、時折口づけをする。彼女は微笑み頬を赤らめ濡れた唇は弧を描き、異色の瞳が僕を見つめる。僕の唇が濡れていると指で拭ってくれ、懐から出したハンカチで指を拭う様子を見下ろした幸せな四阿。次に会えるのはいつになるのか聞くことはしなかった。ゾルダーク公爵にも小公爵にも会わずに邸を辞した。彼女が呼ばれるまで腕の中に閉じ込めていた。
「もどかしい」
彼女に触れられるのは僕だけだが、積年の思いが僕の頭を支配し、欲がどんどん膨れ上がる。己を律しなければ…だが…彼女はもっとと…僕を煽る…止めるよう…いや…口づけだけだ。止めなくていい。
「様子は?」
僕は騎士に聞いている。伯母上に同行していた騎士は早駆けしハインス邸に来たんだろう。
「道中、馬車の不具合が何度か起こり予定の日程より大幅に遅らせました」
「ああ、ご苦労だったな」
伯母上の領地出立を報せた騎士に命じたことだ。なかなか届かない報せにちゃんと伝わり実行されたことを察した。
「常備していた薬が切れ、少し癇癪を起こされています」
だろうとは想像していた。伯母上は高血圧だ。そのために王都から高価な薬を送っていたがそれも終わりにする。
「いつ着く?」
「明日の夕には着きます」
騎士の言葉に頷き尋ねる。
「ウィルマとジャニスはいないな?」
「今のところ大奥様に近づいてはいません」
男爵領に戻ると見せかけ遠回りをして王都に入っている可能性もある。
「王都の宿に報せを送れ。二人に似た夫人が立ち寄ったら報せるようにと。礼はするとも加えろ」
ジェイド一家と食事を終えたドイルはルシルの待つ離宮に向かい歩いている。後ろにはドウェインが侍り報告をしている。
「ルーカス様は愛おしげに見つめていました」
「そうか。貸しを作れたかな」
俺に感謝しているだろう。ルーカスとクレアの子の名付けか…いつになるかなぁ…レグルスの王女はクレアに懐いてたもんなぁ………言わなくていい…なんて格好つけちゃった…ラルフが辺境の若い子を孕ませて夫人から隠すために孤児院に連れていったわけじゃないんだ…レオンのあの言葉は、あの時に伝える意味は…ルシルはレグルス王家の血を受け継いでるんだ……ドイル…よく我慢した、ルシルを孕ませなかった。欲望を持つだけに留めた俺…褒めたい。ラルフ…言えないか?言おうとも考えなかったか?まぁ知ったからって放さないけどさ。
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「ん…おつかれ」
考え事してたら離宮に着いちゃったな。
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「いつからそこにいたんだ?」
出会ってから十数年、年を重ねても美しい恋人に尋ねる。
「そろそろだと思ったの」
「そうか」
俺の近づく気配を感じたルシルが腕を広げて待っている。いつものように抱きしめ、黒い髪に鼻を埋める。
もう…離宮から離れてもいいくらいルシルの存在は周知されているし、王宮で働く使用人からルシルに対する悪い言葉もないなら…いや…ここがいい。閉鎖されたここが…ルシルを守って俺に安らぎを与えてくれる。何より人の目が少ない。
「レグルスの王女様はどんな子だったの?」
ルシルは俺の背を撫でながら尋ねる。俺は少し顔を上げて離れた場所に立つ老人を見つめながら答える。
「可愛い子だよ。レオンは美しい子を貰ったなぁ」
あの子が産むゾルダークの血を受け継ぐ子の顔はどんなだろうな。あの険しさは失くしたくないな……なんだか…シャルマイノスはレグルスに侵略されてないか?王家に加えて三大公爵家にまで入り込んだ…ルシルも…
「ふふふ、疲れてる?」
ルシルの言葉に瞳を閉じて、抱いていた体を放す。
「少しな」
頭が少し疲れたよ。気になるなら聞いときゃよかった…ん?レオンはレグルス王から聞いたんだよな…?ルシルの存在を知った上でレオンに伝えた?どうやって知っ……ラルフ…繋がってるか…
「ルシル、湯は?」
ルシルの目蓋を下ろした顔を見つめながら頬を手のひらで包み額に口を落とす。
「一緒に入ろう」
「ふふ、国王陛下が洗ってくれるの?」
「ああ!洗いっこしようか」
俺はもう六十だぞ。この年でこんなに楽しいことができるなんてな…ふふん。ルシルがどこの誰の子だって構わない。すでに俺の手の中だからな。
「陛下」
「来たか、ラルフ」
ルシルと仲良く湯に入って、レオンから貰った酒に少し睡薬を入れて寝かせた。絶対に聞かせたくない話をするためとはいえ、また使うことになるとは。
離宮の庭は狭くても眺める価値があるだけの贅を凝らしてある。ルシルに見えなくても贅を好まない彼女に尽くしたい気持ちが現れた庭に立ち、後ろにいるラルフに尋ねる。
「ルシルは向こうで周知された存在か?」
静かな庭にラルフの息を呑む音が聞こえたような気がした。
「シーヴァ…だけです」
シーヴァ…呼び捨てる仲…かよ…待てよ…俺ははっきりとラルフ・リードの子だとは聞いてない…黒髪を持ちリードが執着してるからって…まさか…シーヴァ・レグルスが父親…って二人には十の差もない…いや…精通が早ければ…可能…
「陛下」
「ふぇ……ん!ん?」
やば…変な声が出ちゃった。
「ルシル様は安全です。ここに…いや…身籠ることをしなければ」
それはわかったんだよ。今俺の気になるところは…
「…ルシルの母は…紅眼です」
さすがの俺も顔が強ばる。後ろを振り向きラルフを見つめても嘘は見つけられない。
「レグルスの王族に犯され…リード辺境に逃げた女の腹から生まれた娘がルシル様の母親です」
「生きて…?」
「ルシル様を産んで直ぐに…」
なるほどな。レオンはこのことを俺に教えようとしたか。
「そうか。レグルス王がルシルの存在を知った上で放っているならいいんだ。消そうと動き出されては困るから」
ルシルを害そうとしたらサーシャを病気にしてやる。レオンにも俺の気持ちを伝えとこう。
「ルシルは孕まないし死ぬまで安全だ」
ゾルダーク領に邸を造ったんだ。この離宮の造りに似せた邸。庭はここよりも広いからルシルも飽きないだろう。いつか…俺が動けるうちに行ってみたいもんだな。
「ありがとうございます、陛下」
「ああ」
ラルフは白髪の頭を深く下げる。すでに七十は越えている年だろうに元気だな。リード辺境急襲の噂は聞いてるだろうに俺に何も尋ねない。余生をルシルのために使うという誓いは本気だったか。
「俺のいない間、話し相手になってくれ」
今もそうして過ごしているだろうが、お前には念を押す。リード辺境のことは忘れていい。シーヴァ・レグルスのことも考えなくていい。ルシルのことだけ考えていろ。
ゾルダーク邸、レオンの寝室の近くにあるエイヴァの私室には寝台に横になるエイヴァと端に座るレオンがいる。
「疲れたろう?」
「すこし…あ…ふ」
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「エイ…わたし…じょうずにできた?」
クレアを見本にしているのか、背伸びをしようと頑張るエイヴァが可愛らしい。
「ああ、エイヴァは上手に話せてた…当分王宮には行かない。エイヴァがクレアくらい大きくなったら、また一緒に行こう」
「うん」
耐えられない紅眼が閉じられていく。隠れた紅眼に口を落とし亜麻色の頭を撫でる。力の抜けた手を掛け布の中に入れて腰を上げ寝台から離れ、部屋の端にいるアンナリアを見つめる。
「交替で側に」
「はい」
エイヴァがゾルダーク邸に来てから一人にしていない。アンナリアとモリカ、ダントルが交替で夜も侍る。この邸に危険はないとわかってはいるが、それでも…
廊下に出ると静かに扉が閉められる。
「報告は?」
隣を歩くハロルドに尋ねる。
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だろうな。ゾルダーク公爵家の婚約者、紅眼を持つ王女…気にならないわけがない。
「ゾルダークの強さは知れ渡ったか?」
「はい。ゾルダーク公爵家の騎士に死者はいない…と」
さすがに商人の口まで抑えることはできない。恐れられることは悪いことじゃない。難癖をつける奴が出なければいい。
「サラ・ハインスが王都に入ったと」
「くく…知ってしまったか。動きがないから弱ったかルーカスが教えていないと思っていたけど…ま、どうでもいい。噛みつきたいならルーカスに噛みつく。ゾルダークに乗り込むほどの度胸はないだろ」
そんな者はいないだろうな。どうやって知ったか…使用人の噂話か?交流のある夫人か?まぁいつかは知られるんだ。
「サラ・ハインスの滞在している間に兄を連れて乗り込むか」
「それは…私も同席させてください」
ハロルドの言葉に笑ってしまう。
「ははっ何を想像してる?」
「サラ・ハインスの怯える姿ですよ」
「殺しに行くわけじゃないぞ」
くく…それはルーカスのやることだ。
「今日もクレア様の唇が赤くなっていました…ルーカス様は堪え性がないですね」
…なんとも言えない。ルーカスだけのせいだろうか…?クレアから求めてないか?閉じ込めて育てた結果、ルーカスという刺激はクレアの心を大きく占めている。そのうえ…
「ハロルド、いつかお前を殴るかもしれない」
クレアの読んだ上級指南書を俺も読んだ。あれを実践するとは思えないが知識を与えてしまった。案外度胸のあるクレアだ…何が起こるか…
「指南書のことですか?レオン様、あれは知られずに馬車の中や四阿では行えません。婚姻まで実行できませんよ」
「…だな」
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