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エゼキエル来訪
しおりを挟むカイランが貴族院に出掛けた一刻後、ゾルダーク公爵邸の門に馬に乗った男と荷馬車が現れた。報せを走り届けた門番が口にしたのはギデオンの名だった。察したレオンは開門を指示し、外へと向かう。蹄の音と荷馬車の出す音が近づき、マントを被った男を先頭に姿が現れる。馬から降りた男は被ったマントを外して微笑んだ。
「突然ですまないね。会いに来いと言われたから来てしまった」
来ないと思っていたレオンの眼差しは険しくなる。
「あれは?」
レオンの視線が荷馬車に移る。
「贈り物なんだ。買い集めていたらどんどん増えてしまってね。君の判断に任せるが捨てる前に見せてあげてほしい」
レオンの雰囲気とは違い、機嫌が良さそうなエゼキエルに呆れ、首を傾げて中へと誘う。
「荷馬車の中身はホールに並べてください」
「何か調べなくてもいいのかい?」
レオンよりも大きなエゼキエルを睨み頷く。
「貴方は馬鹿ではない。危険な物をこの邸に入れないだろう?」
クレアの住む邸に、と黒い瞳に乗せて伝える。
「もちろん」
エゼキエルは頷いて、荷馬車の中身を並べるよう命じレオンの後ろをついていく。
ザックの開けた執務室の扉から中へ入り、レオンはソファに腰かけた。
「座ってください。そろそろ来ますから」
エゼキエルが頷きソファに腰を下ろした瞬間、執務室の扉が開きガブリエルが大股で入ってくる。
「ゼキ!おお…近くで見ると老けたな!胸の痛みは治ったか?」
ガブリエルは座るエゼキエルの肩を叩きながら隣に座る。
「一の父上も老けましたね」
「ああ!動きが鈍くなったぞ。何しに来た?何かあったか?」
「…会いに来いと仰ったのは父上でしょう…」
「ああ!そうだった。報せもなしに来るとは思わなくてな」
「父上にそんな常識が……ゾルダークに渡したい物をチェスターから持ってきたんです。私は数日後に戻りますから顔でも見ようかと」
「おお!見ろ。額の傷が勇ましさを増しただろ?いい位置だ」
額から髪の生え際まで走る傷痕を自慢げに指差すガブリエルから視線をレオンに戻す。器を口につけ飲み込む様を見てから願いを口にする。
「話せるかな?」
音を立てず器を置いた黒い瞳が銀眼と交わる。
「夜会では話せなかったから。いいかな?側に人をつけていい」
クレアと話したいとエゼキエルは言っている。
「妹に決めさせましょう」
レオンはザックに合図をして向かわせる。
「ありがとう」
「妹が断るなら礼は無駄ですよ」
「いや、君は私を拒絶できる。それをしなかったからね。私を好ましく思ってはいないだろう?」
レオンは頷きそうになるのを止める。元々レオンが好ましく思う者は少ない。だが、同じ色を持つ銀眼を見ると情けをかけたくなる。エゼキエルの隣に座りハロルドに酒を要求するガブリエルを見てレオンはベンジャミンの気持ちをなんとなく理解した。
「陛下は危害を加えないと知っています。妹の心にもです」
「もちろんだ」
扉が叩かれザックが顔を出し頷いた。レオンはエゼキエルを見据える。
「庭のブランコにいます」
「ありがとう」
エゼキエルは立ち上がり扉から出ていった。
「この酒は弱いぞ、ハロルド。棚の奥に年代物のいいのが…」
「ギィ、強い酒は夜だけって言ったろ?」
「レオンが飲める前に飲んでおかないとな。俺の分が減るじゃないか。いいのか?誰か側に置くのか?」
「クレアに決めさせる。対話術を習いたいと指南書を読んでいるから実践したらいい」
「ははっ国王相手にか?練習になるか?はははっ」
「エゼキエル相手に失敗しても構わない。あいつはクレアに何を言われても嬉しいだろ。開き直った顔をしていたな…」
「開き直った?清々しい顔か?ゼキも父親になったからな成長したか」
見当外れなことを言うガブリエルにため息を吐く。
「婚姻しても想いは消せなかったんだろ。抑えることができないから、あの貢ぎ物だよ。強く拒絶をして思い詰められたら面倒だ。会って話すくらいならいいだろ。テオは文句を言うかもしれないけど」
「ゼキは一途な男だったか」
「…触れたなら牙を向ければいい…抗議はしないだろ」
クレアは近頃、ボーマの頭を膝に乗せてブランコに乗りながら書物を読む。エゼキエルが隣に座ることは叶わない。
「国王に噛みつくのか?怒られるぞ?」
「ははっエゼキエルはクレアに嫌われたくないんだ。噛まれたって謝りそうだ。見ているだけで満足するなら…チェスターをそれで抑えられるなら…クレアに拒絶されないよう言動には気をつけてくれエゼキエル」
「ははっクレアに嫌だと言われたらゼキは泣くな!俺にとってのベンか?ははっ」
数年前にも歩いた道を進み目的の場所へ近づくエゼキエルの視界にブランコに乗ったクレアの後ろ姿が入った。俯いた頭は紺色の髪が流れて風に揺れる。意外にも周りに人の気配がなかった。ザックが止まり脇にずれ、エゼキエルに道をあける。胸を高鳴らせながら近づき声をかける。
「こんにちは」
顔を上げたクレアの膝には白い獣が頭を乗せ、赤い瞳でエゼキエルを見ている。
「こんにちは、陛下」
「場所を取られているね、よく懐いてる」
「はい。とても可愛い子ですの」
膝を隠すほど大きな頭を微笑み撫でている姿は数年前にこの場所で会ったときよりも大人びていて、エゼキエルはその様を焼き付ける。
「夜会は楽しかった?」
「はい。あんなに大勢の人を見るのは初めてで少し酔いましたけど、見たい人だけに集中すれば案外平気でしたわ。踊ることも好きですから…たくさん踊りました」
話し方まで大人びたクレアの成長にエゼキエルの胸は苦しくなる。
「来年の話、覚えている?」
「あの…はい。参加します。私の従妹のオリヴィア嬢がデビューの年ですから…」
エゼキエルはそれを知っていて申し込んだ。クレアとオリヴィアはとても仲がいいと知っている。血も繋がっているなら尚更、二人は気心も知れ大切な存在だと理解していた。
「何番目でもいい。最後でもいいんだ」
「…はい」
「ありがとう」
クレアの言質を取ったエゼキエルは嬉しそうに笑う。
「君に贈り物をチェスターから持ってきた。ホールに並べたから後でゆっくり見てほしい。要らないなら捨てても構わない」
「なんですの?」
「絵だよ。いろんな風景の絵画を見る度に君を想った。つい買いすぎたけどね」
「ありがとうございます」
エゼキエルはクレアの前で膝を突き黒と空色の瞳を見つめる。
「ごめんね。しつこく君に縋る私は醜いと理解しているんだけど諦めることができなかった。悩んで決めた、心は自由にしていいとね。そして、君に会えたら伝えたかった。私は君が好きだ。心を囚われたまま今も生きてる。私は君を愛している」
クレアは突然の告白に呼吸が止まった。クレアの変化にボーマが手を舐め始める。身上書が送られたりダンスの申し込みはされても愛を伝えられたのは初めてだった。クレアの胸は重くなる。
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