上 下
14 / 231

エゼキエル来訪

しおりを挟む


カイランが貴族院に出掛けた一刻後、ゾルダーク公爵邸の門に馬に乗った男と荷馬車が現れた。報せを走り届けた門番が口にしたのはギデオンの名だった。察したレオンは開門を指示し、外へと向かう。蹄の音と荷馬車の出す音が近づき、マントを被った男を先頭に姿が現れる。馬から降りた男は被ったマントを外して微笑んだ。

「突然ですまないね。会いに来いと言われたから来てしまった」

来ないと思っていたレオンの眼差しは険しくなる。

「あれは?」

レオンの視線が荷馬車に移る。

「贈り物なんだ。買い集めていたらどんどん増えてしまってね。君の判断に任せるが捨てる前に見せてあげてほしい」

レオンの雰囲気とは違い、機嫌が良さそうなエゼキエルに呆れ、首を傾げて中へと誘う。

「荷馬車の中身はホールに並べてください」

「何か調べなくてもいいのかい?」

レオンよりも大きなエゼキエルを睨み頷く。

「貴方は馬鹿ではない。危険な物をこの邸に入れないだろう?」

クレアの住む邸に、と黒い瞳に乗せて伝える。

「もちろん」

エゼキエルは頷いて、荷馬車の中身を並べるよう命じレオンの後ろをついていく。
ザックの開けた執務室の扉から中へ入り、レオンはソファに腰かけた。

「座ってください。そろそろ来ますから」

エゼキエルが頷きソファに腰を下ろした瞬間、執務室の扉が開きガブリエルが大股で入ってくる。

「ゼキ!おお…近くで見ると老けたな!胸の痛みは治ったか?」

ガブリエルは座るエゼキエルの肩を叩きながら隣に座る。

「一の父上も老けましたね」

「ああ!動きが鈍くなったぞ。何しに来た?何かあったか?」

「…会いに来いと仰ったのは父上でしょう…」

「ああ!そうだった。報せもなしに来るとは思わなくてな」

「父上にそんな常識が……ゾルダークに渡したい物をチェスターから持ってきたんです。私は数日後に戻りますから顔でも見ようかと」

「おお!見ろ。額の傷が勇ましさを増しただろ?いい位置だ」

額から髪の生え際まで走る傷痕を自慢げに指差すガブリエルから視線をレオンに戻す。器を口につけ飲み込む様を見てから願いを口にする。

「話せるかな?」

音を立てず器を置いた黒い瞳が銀眼と交わる。

「夜会では話せなかったから。いいかな?側に人をつけていい」

クレアと話したいとエゼキエルは言っている。

「妹に決めさせましょう」

レオンはザックに合図をして向かわせる。

「ありがとう」

「妹が断るなら礼は無駄ですよ」

「いや、君は私を拒絶できる。それをしなかったからね。私を好ましく思ってはいないだろう?」

レオンは頷きそうになるのを止める。元々レオンが好ましく思う者は少ない。だが、同じ色を持つ銀眼を見ると情けをかけたくなる。エゼキエルの隣に座りハロルドに酒を要求するガブリエルを見てレオンはベンジャミンの気持ちをなんとなく理解した。

「陛下は危害を加えないと知っています。妹の心にもです」

「もちろんだ」

扉が叩かれザックが顔を出し頷いた。レオンはエゼキエルを見据える。

「庭のブランコにいます」

「ありがとう」

エゼキエルは立ち上がり扉から出ていった。

「この酒は弱いぞ、ハロルド。棚の奥に年代物のいいのが…」

「ギィ、強い酒は夜だけって言ったろ?」

「レオンが飲める前に飲んでおかないとな。俺の分が減るじゃないか。いいのか?誰か側に置くのか?」

「クレアに決めさせる。対話術を習いたいと指南書を読んでいるから実践したらいい」

「ははっ国王相手にか?練習になるか?はははっ」

「エゼキエル相手に失敗しても構わない。あいつはクレアに何を言われても嬉しいだろ。開き直った顔をしていたな…」

「開き直った?清々しい顔か?ゼキも父親になったからな成長したか」

見当外れなことを言うガブリエルにため息を吐く。

「婚姻しても想いは消せなかったんだろ。抑えることができないから、あの貢ぎ物だよ。強く拒絶をして思い詰められたら面倒だ。会って話すくらいならいいだろ。テオは文句を言うかもしれないけど」

「ゼキは一途な男だったか」

「…触れたなら牙を向ければいい…抗議はしないだろ」

クレアは近頃、ボーマの頭を膝に乗せてブランコに乗りながら書物を読む。エゼキエルが隣に座ることは叶わない。

「国王に噛みつくのか?怒られるぞ?」

「ははっエゼキエルはクレアに嫌われたくないんだ。噛まれたって謝りそうだ。見ているだけで満足するなら…チェスターをそれで抑えられるなら…クレアに拒絶されないよう言動には気をつけてくれエゼキエル」

「ははっクレアに嫌だと言われたらゼキは泣くな!俺にとってのベンか?ははっ」





数年前にも歩いた道を進み目的の場所へ近づくエゼキエルの視界にブランコに乗ったクレアの後ろ姿が入った。俯いた頭は紺色の髪が流れて風に揺れる。意外にも周りに人の気配がなかった。ザックが止まり脇にずれ、エゼキエルに道をあける。胸を高鳴らせながら近づき声をかける。

「こんにちは」

顔を上げたクレアの膝には白い獣が頭を乗せ、赤い瞳でエゼキエルを見ている。

「こんにちは、陛下」

「場所を取られているね、よく懐いてる」

「はい。とても可愛い子ですの」

膝を隠すほど大きな頭を微笑み撫でている姿は数年前にこの場所で会ったときよりも大人びていて、エゼキエルはその様を焼き付ける。

「夜会は楽しかった?」

「はい。あんなに大勢の人を見るのは初めてで少し酔いましたけど、見たい人だけに集中すれば案外平気でしたわ。踊ることも好きですから…たくさん踊りました」

話し方まで大人びたクレアの成長にエゼキエルの胸は苦しくなる。

「来年の話、覚えている?」

「あの…はい。参加します。私の従妹のオリヴィア嬢がデビューの年ですから…」

エゼキエルはそれを知っていて申し込んだ。クレアとオリヴィアはとても仲がいいと知っている。血も繋がっているなら尚更、二人は気心も知れ大切な存在だと理解していた。

「何番目でもいい。最後でもいいんだ」

「…はい」

「ありがとう」

クレアの言質を取ったエゼキエルは嬉しそうに笑う。

「君に贈り物をチェスターから持ってきた。ホールに並べたから後でゆっくり見てほしい。要らないなら捨てても構わない」

「なんですの?」

「絵だよ。いろんな風景の絵画を見る度に君を想った。つい買いすぎたけどね」

「ありがとうございます」

エゼキエルはクレアの前で膝を突き黒と空色の瞳を見つめる。

「ごめんね。しつこく君に縋る私は醜いと理解しているんだけど諦めることができなかった。悩んで決めた、心は自由にしていいとね。そして、君に会えたら伝えたかった。私は君が好きだ。心を囚われたまま今も生きてる。私は君を愛している」

クレアは突然の告白に呼吸が止まった。クレアの変化にボーマが手を舐め始める。身上書が送られたりダンスの申し込みはされても愛を伝えられたのは初めてだった。クレアの胸は重くなる。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

旦那様に離縁をつきつけたら

cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。 仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。 突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。 我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。 ※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。 ※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

離れていても君を守りたい

jun
恋愛
前世の俺は最愛の妻を裏切り、その妻をズタズタに傷付けてしまった。不倫相手と再婚したが、家族からも周りからも軽蔑の視線を向けられ続けた。 死ぬ直前まで後悔し続けた俺の最後の言葉は「フローラに会いたい」と呟いて死んだ。 次に目が覚めた時、俺は第二王子になっていた。 今世の“アルトゥール・ガイエ”の中身は誰? そして一番会いたかったフローラの側にはやっぱり“アルトゥール”がいた。 *子供を亡くす表現があります。 性行為の描写も軽くありますので気になる方は読み飛ばして下さい。 投稿は10時、初回のみ22時、2話投稿です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。しかしこれは反撃の始まりに過ぎなかった。 

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

愛されなくても構いません

hana
恋愛
結婚三年目。 夫のセレスは私に興味を無くし、別の令嬢と日々を過ごすようになっていた。 幸せではない夫婦生活に絶望する私だが、友人の助言を機に離婚を決断して……

処理中です...