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カイランの腕に手を添え、ゾルダークの黒い騎士に囲まれて王宮の廊下を歩く。私達の後ろにはレオンと手を繋ぐ双子がついてくる。話が通っているのか、誰も私達を止めない。奥庭園に着くと前を歩くゾルダークの騎士が横へと動き道を開く。

「着いたね、行こうか。久しぶりだよ。昔、アンダルとよく遊んだんだ」

カイランは懐かしそうに庭園に足を踏み入れた。ゾルダークの騎士は横に整列して壁になる様子は物々しい。

「テオ、クレア。お祖父様から手を繋いでいなさいって言われているからね。離してはだめだよ」

レオンは双子に言い聞かせてから私の手を握り花が咲き乱れる庭園に向かい歩き始めた。私の後ろにはダントルがついてくる。私はカイランを見つめ話しかける。

「カイラン、テオとクレアの側にいて。私にはダントルがいるわ」

「レオン、庭園から出るなよ」

「はい、父様。母様、行こう」

手を繋いだレオンと花垣に近づく。陛下が命じてくれたのか机と椅子が用意してある。

「母様、僕はゾルダーク邸の花園の方が好きだな」

「ふふっそうね…王宮の解放されてる花園はとても広いわ。ここは奥庭園なの。訪れた貴族は勝手に入れないのよ。いつか…広い庭園に行ってみてね、レオン」

「母様は行ったことがあるの?」

「ええ、ディーターにいた頃よ」

レオンと二人で花垣に沿ってゆっくり歩む。

「母様」

「なあに」

「…心配はいらないよ、僕達は強くなる」

花垣を見ている紺色を見下ろす。

「あの邸の絵は僕がもらう…残すよ」

「レオン…」

私はハンクと共に逝くと話していないわ…ハンクがすでに伝えたの?早いわ…まだ五つなのよ。黒い瞳が見上げ私を見つめる。

「母様、泣かないで。僕は母様が大好きなんだ。母様は幸せなんだよね?父上が無理強いしているの?」

「レオン…お父様は無理強いなんてしていないわ。母様が望んだの…」

自分の産んだ子よりハンクを選んだと思われても仕方ないわ。

「それならいいんだ。一度確認しておきたかった…父上は母様に甘えていいって言ったよ」

私を見上げる愛しい紺色は額を指差す。私は屈んで額に口を落とす。レオンが腕を伸ばして私に抱きついた。

「母様…」

小さな紺色の頭を撫でる。貴方に全てを背負わせてしまう。

「大好きよ、レオン」

「うん。母様、僕も愛してる」

ふふっちゃんと言葉の意味をわかっているのかしらね。

「大きくなったわ。もう母様は抱き上げることができないわ」

「いいんだ、抱きしめてくれるだけで。甘えていいって言ったからね」

ハンクの許可を得ているのね。レオンは濡れた私の頬に懐から出した空色のハンカチをあてる。

「持っていたの?嬉しいわ」

「へへ、母様からの初めての贈り物だよ。僕の宝物なんだ」

「ありがとう、レオン」

もう一度小さな額に口を落とす。黒い瞳は笑んでいる。

「どうした…キャスリン」

「父様、僕が母様に甘えていたんだ」

私の後ろからかけられたカイランの声に返事をしたのはレオンだった。

「かーさま?」

「テオ、クレア。お花は見たの?」

「見たよ。かーさま…早く邸に帰りたい」

クレアが話すようになってからはテオが話さなくなったのに珍しく弱気なことを言う。知らない場所で黒い騎士と白い近衛に驚いたのかもしれない。双子は寄り添い手は固く結ばれている。

「お祖父様を待つのよ、白い騎士は近寄らないわ。テオ、不安?」

「少し」

「私達を襲う者はいないわ。見て、ゾルダークの騎士が守っている。いらっしゃい」

テオはクレアと離れず近寄り、私の服を掴んだ。私はテオの耳に小声で囁く。

「白い騎士よりゾルダークの騎士の方が強いの。ギデオン様が鍛えてくれているのよ」

テオとクレアはよく騎士の訓練所を見ていると聞いている。テオは興味があるのかもしれない。

「白いのはギィより弱いの?」

「ええ」

レオンと双子のようなテオの頬を撫でる。口角が少し上がる様はハンクに似ている。

「キャスリン、マイラ様だ」

「見つかったわね」

王族が住む私的な扉からマイラ様がジョセフ王子を抱いて私達に近づいてくる。ハンクからマイラ様は来るだろうと聞いていた黒の騎士は動かない。

「キャスリン様!まぁまぁクレア様も…可愛いわぁ。ジョセフ、下りなさい。歩くのよ」

「マイラ様、お久しぶりですわ。お邪魔しております。嫡男のレオンと次男のテオ、長女のクレアですわ」

私はレオンの背に手を添えて、その横にテオとクレアを並べる。

「マイラ様、ご機嫌麗しく。大勢で押し掛けて申し訳ない」

「小公爵、いいんですのよ。眼福だわぁ」

マイラ様はカイランを見ず、返事をしながら並んだ子供達を見つめ膨らんだ腹を撫でている。

「ご懐妊おめでとうございます」

「ありがとうキャスリン様。無事に二人目を産まなくてはならない身、ジョセフの後、なかなか孕まなくて…安心しましたわ。ジョセフ、挨拶なさいな」

足元に掴まり、子供達を見ているジョセフ王子にマイラ様が伝えている。

「ご機嫌麗しく、ジョセフ王子」

レオンは頭を下げて挨拶をした。

「うん…」

「ジョセフの容貌は殿下に似ていますけど何故か内気で…」

「子は成長して変わりますわ。テオ、クレア。挨拶できる?」

私の言葉に先に反応したのはテオだった。

「ごきげんうるわしく」

「ごきげん…うるあしく…」

緊張しているのか少し固いわね。ジョセフ王子はクレアを指差した。

「いろがちがう…」

クレアはテオの背に回り隠れてしまった。

「ジョセフ…その指を下ろしなさいな」

「ジョセフ王子、クレアは生まれつき瞳の色が違うのです」

カイランは屈んで膝をつき、ジョセフ王子に伝える。

「私と妻の色を継いだ大切な娘です」

カイランはクレアに手を伸ばして抱き上げる。クレアの潤んだ瞳はカイランの肩に吸われていく。

「きれいだよっきれい…ほんとうだよ」

ジョセフ王子はカイランに抱かれているクレアを見上げて褒めてくれた。

「ありがとうございます。ゾルダークの自慢の娘ですの」

私の言葉にジョセフ王子は頷きマイラ様の足元に戻っていく。

「キャスリン様、座りません?」

マイラ様は用意されていた椅子を指差す。

「キャスリン、座ろう。まだかかるよ。クレアは父様の膝に座るだろ?」

「いやよ、テオとすわるのよ」

クレアはカイランの横に立つテオに手を伸ばす。

「ならテオも父様の膝に座ればいい」

「父様、ちゃんと椅子に座らせて」

「レオン…冗談だよ」

カイランは屈んでテオも抱き上げ椅子へと向かう。私もマイラ様と並んで歩く。

「膨らみましたわね。叩きますか?」

「ええ、毎日。元気に生まれてくれないと困りますわ。小公爵は子の世話ができますのねぇ」

カイランはクレアを椅子に座らせ、隣にテオを座らせて双子の頭を撫でている。自分の子ではないのに厭うこともなく可愛がっている。二年前に話してから私に近寄ることも、乞い願うこともせず過ごしてくれる。外に女性を囲うこともせずに…婚姻して数年経ってもカイランの心情はよくわからない。子供達と話す彼は穏やかで幸せそうに見える…続いて欲しい。

「はい」

マイラ様は立ち止まり私を見下ろす。

「私の弟は頭が良くて学園など社交のみの参加で十分ですのよ。なのに、シャルマイノスに留学すると手紙がきましたわ」

それはハンクから聞いて知っている。私は口を噤みマイラ様の言葉を待つ。

「すでに私がいるこの国に留学なんて必要ないのに来ると言うのです。あの子は私と同じ趣味を持っておりますわ。本人は隠していますけど」

同じ趣味…小さくて可愛いものが好き、かしら。

「どこで見たのか聞いたのか…クレア様に会いたいのかしらと思いまして。だからといって会わせて欲しいなどと言いませんわ、心配なさらず。あの子は敏くて…私は苦手。警戒はしておいてくださいな」

警告をしてくれたのよね。マイラ様とエゼキエル様は仲が良くないのかしら。

「心配してくださったのですね。ありがとうございます。夫に伝えますわ」

「キャスリン様、クレア様はこの国から出さない方がよろしいわ。ゾルダークの近くに置いた方が安全。お会いしてそう感じましたの」

マイラ様は銀髪の頭を差して指を回した。

「ここら辺で感じますのよ、何かを」

怖いわ。よくわからないことを言っているわ。

「ふふ、チェスターの父の血が濃いのかしら」

「特技ですわね」

マイラ様は微笑み私の腕に手を回した。

「ありがとうございます…ジョセフに嫁いで貰いたかったわぁ。残念ですわ」

ハンクが嫁がせないと宣言したのは有名な話。例えクレアが、ジョセフ王子が望んでも覆せない。

「ははうえ…」

マイラ様の足元にいたジョセフ王子が見上げて、レオン達の座る方を指差している。

「ええ、行きましょう。ジョセフ、レオン様の隣に座りなさいな。キャスリン様は私の隣に」

「はい」

ハンクは今頃話し合っているのよね。心配していないといい。


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