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以前のように夕食を食堂でとるようにして数週間、結局私は自室に戻っていない。変わらずハンクの側で過ごして夜も共にしている。


食堂には公爵家の三人と給仕やメイドが付き添い静かに時は流れる。

「ハンク…」

股から温かい液が流れる感覚につい名前を呼んでしまった。ハンクは大きな声でソーマを呼び、私に駆け寄る。着ている妊婦服が濡れ、椅子から水が滴る。

「痛むか?」

私は首を横に振る。

「キャスリン!父上、産室へ運びますか?」

「椅子を引け」

カイランはゆっくりと椅子を引き、ハンクは私の下に腕を差し込み抱き上げる。

「掴まらんでいい、落とさん」

ハンクは使用人が開いた扉から産室へと私を運ぶ。

「アンナリア!」

ハンクの声を聞いてハロルドはアンナリアを呼びに行く。先に駆けたカイランが産室の扉を開き待っていた。ハンクは寝台に私を置いて頬を撫でる。

「直ぐにライアンがくる」

アンナリアが部屋に入り、私の服を着替えさせるとハンクに伝える。

「貴様は外にいろ」

カイランは黙ったまま部屋を出ていく。入れ代わりにライナが湯の入った盥を寝台の脇に置いていく。

「閣下、まだ痛くないわ」

手を上げてハンクを求める。

「ああ、側にいる」

ハンクは床に跪き手をとり口を落とす。

「ふふ、着替えて、閣下も濡れたわ」

私の腹の液で濡れてしまった。

「鋏を持ってこい」

ハンクは渡された鋏を手に妊婦服を掴む。

「動くなよ」

肌に触れぬよう妊婦服を切り開き、下のシュミーズも同じように開く。下着も切り、私を持ち上げアンナリアに服を片付けさせる。湯を固く絞った布で濡れた体を拭いていく。夜着を頭から被せ掛け布をかける。

「若奥様、眠れるようなら眠ってください。いつ陣痛が始まるかわかりません、始まったら眠れませんよ」

「でも眠くないわ。ジュノが廊下にいるはずよ、入れてあげて」

心配顔のジュノが産室に入る。

「お嬢様!」

「大丈夫よ、まだ痛くないわ」

「アンナリア、湯は絶やさず作れ」

「閣下、座って」

私は近くに来てくれるよう寝台を叩く。座るハンクの広い背に体を預け抱きつく。

「心配しないで、私は大丈夫よ」

ハンクは何も答えない。ただ動かず私の側にいてくれる。
扉が叩かれライアン様が顔を出す。

「キャスリン様、腹はどんな感じです?」

ハンクに寄りかかりライアン様と向き合う。

「服が濡れるほど水が出ました、今は鈍い痛みが時々…」

ハンクの体が揺れる。

「これから痛みが強くなり間隔も短くなります。頑張りましょう。閣下、我らは部屋を出ますよ」

「ライアン様、皆、出てくれる?」

私の言葉を聞き、部屋にはハンクと二人きりになる。

「待っていて」

「ああ」

「お顔を見せて」

ハンクは振り向き、常より険しい顔をして私を睨んでいる。

「わかっているな」

「ええ」

ハンクは私の額に口を落とし部屋から出ていく。



キャスリンが産室に入りアルノ医師が呼ばれ、乳母を部屋で待機させて二刻ほど経った時、産室からキャスリンのくぐもった声が聞こえ始め、メイド達が慌ただしく産室へ湯を運び入れる。僕は産室の部屋の前で壁を背に寄りかかり待っている。アルノ医師が来てから父上は自室に戻っていった。産室からはアルノ医師の声が響き出す。

「カイラン様」

僕の隣に佇むハロルドが話しかける。

「そろそろかと」

産室から慌ただしい声が聞こえはじめ、小さな泣き声が微かに届いた。僕はトニーに手を振り合図を送る。父上を呼びにトニーが足早に動く。

「おめでとうございます」

「うん」

ハロルドの言葉に瞳が潤む。今は泣いてもいいだろう。

父上が険しい顔で近づいて産室の扉の前に立ち止まり動かなくなってしまった。中からは小さな泣き声が聞こえているだろうに、開くのを待っているのか。
扉を開けたのはアルノ医師だった。

「うっわ!閣下!?壁かと思いましたよ。片付けたので中へどうぞ、おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

それでも父上は動いてくれない、早くキャスリンの無事な姿を見たいんだけど。

「閣下」

部屋からキャスリンの声が聞こえる。その声に反応して父上は動き出し、僕もその後に続く。キャスリンが寝台に横になり、布に包まれた赤子を横に置いて微笑む姿が見え、駆けそうになるのをアルノ医師に止められる。父上はキャスリンに近づき跪いた。

「出てろ」

父上の声にアルノ医師に腕を引かれ部屋から出されてしまった。




「閣下」

「ああ」

髪は整えられているが疲れた顔をしている。小さな手が俺の眉間に触れ撫でる。

「一層険しくなったわ」

微笑んでいるな。屈んで口を合わせるが子が邪魔な位置にいる。

「閣下、名前を教えて」

「レオン」

「素敵な名前ね」

「こいつは邪魔だ、どかしていいか」

空色が微笑んで頷いたんだ、いいだろう。
声を上げてソーマを呼ぶと驚いた赤子が泣き始めた。

「こいつを持ってろ」

手を振り部屋から出す。寝台に乗り上げ空色の顔の横に肘を付いて小さい体を上から囲い見つめる。

「ここで寝るのか?」

「子に乳をあげなくてはならないの、部屋に戻るわ」

「そうか」

口を合わせ顔を離す。頬に触れ、指に髪を巻き付ける。

「よくやったな」

「ふふ、私の部屋で共に寝るでしょう?」

「ああ」

ハンクは起き上がり、ライアンを呼んだ。

「動かしていいのか?」

「はい、十日ほどは寝台で過ごしてください。風呂には入れませんから布で清めてくださいね。僕は念のためゾルダークに滞在します」

ハンクはキャスリンを掛け布で包み抱き上げる。部屋から出るとカイランが待っていたが無視をして上階へ向かう。



キャスリンは久しぶりに自室へ戻った。居室には赤子を抱いたソーマが待ち、ダントルが寝室の扉を開ける。

「閣下、レオンに乳をあげたいの」

ハンクはソファに座りジュノにレオンを連れてくるよう命じ、キャスリンを包む掛け布を開き、釦を外し胸を晒す。

「ジュノ、レオンをちょうだい」

ジュノの腕の中で泣いているレオンを受け取り、アンナリアに教わったように抱いて乳を含ませると小さな口が吸い付いてくる。初めは出にくいから赤子に吸ってもらい刺激するとよく出ると聞いた。出が悪ければ乳母に任せる。

「ハンクに似ているわ。私の好きな紺色よ。瞳はまだ見せてくれないの、空色かしら」

「果実水をくれ」

ハンクはジュノに命じて器を手に持つ。

「喉が乾いたろ」

そうね、あまり飲んでないわ。ハンクは口に含み私の口を覆い流し込む。美味しいわ、もっとと口を開くとまた注いでくれる。

「頑張ったな」

「ええ、ライアン様は安産だったと、よかったわ」

「ああ」

レオンは口を離し眠そうにしている。

「乳母を呼んで面倒をみさせろ」

待機している騎士の妻のサリーを呼びにジュノが動く。

「口を開けろ」

口を開けると食らいつかれた。厚い舌が差し込まれ私の舌と絡まりハンクの唾液が送られてくる。私の舌を吸いハンクの中へ入れ執拗に舐め回す。口が離れるころにはハンクの唾液が顎から垂れて濡れてしまったがレオンが腕の中にいて拭えない。

「離れないわ」

「ああ」

きっとジュノが扉の前でサリーを連れて待ってる。




ソーマはキャスリンの居室で待っていた。先ほど抱いていた赤子の名前を十ほど挙げて主に渡していたが教えて貰えず、ジュノが赤子に乳をと渡したときに、レオン様を…とジュノが言葉にしていた。廊下へと顔を出し、壁に寄りかかるカイラン様に名を伝える。カイラン様はただ頷き自室へと戻っていった。

主は子が生まれるまで二刻、執務机に肘を付き微動だにしなかった。顔は険しさを増し、言葉も発せず待ち続けていた。
予想通り、主は子に興味が無さそうだ。キャスリン様と睦み合うのに邪魔だと思われたくらいだ。もしかしたらキャスリン様との子は可愛がるかと思ったが、主は主だったな。
ジュノが寝室から出てサリーを呼びに乳母の部屋へ向かう。開いた扉からライアン様が覗いている。

「ライアン様、お疲れ様でした」

「ソーマさん、まぁアンナリアさんがいてくれましたからね、初産にしては問題なく生まれてくれて一安心ですよ」

ライアン様は呼べば半時の場所に医院があったがキャスリン様の身を案じ、主の命で五日前から本邸の客間で待機していた。
ジュノがサリーを連れて戻って来たが寝室の扉を叩いても返事がない。睦み合っているのだろうな。サリーにも慣れてもらわなくてはならないな。



赤子は乳母が連れていき、俺は空色を抱きしめ寝台に横になる。

「俺は隣で仕事をする」

疲れきった空色は返事をしない。もう寝てるかもしれん。

「お前は休んでいればいい」

もう意識は落ちているだろう。届いてなくてもいい。この十日を乗りきれば、俺の中の恐怖は和らぐだろう。これを追う覚悟は変わらんが、まだ空色と生きていたいからな。

「キャスリン放さんぞ」

眠る耳元で囁く。お前は望みの子を成した。だからといって俺から放れるのは許さん。


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