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ハンクに連れられ久しぶりに上階に向かった。私の自室の隣に用意した子の部屋を見せてくれるという。扉を開けると部屋には赤子用の寝台に仮眠用の大きなソファ、抽斗を開けると沢山の布と産着が揃えてある。
ハンクはソファに座り見物する私を見つめている。私は産着を手に取り広げて見る。

「小さいわ、とても可愛い」

振り向いてハンクにも見せる。

「こい」

産着を仕舞いハンクの元へ行き、広げた腕の中に入る。

「ありがとうございます」

「ああ」

ハンクの胸に頭を預け巻き付く腕に触れる。

「子が生まれても側にいる」

「共に眠ってくれるの?」

「ああ」

嬉しい、と呟く。そこへ扉の叩かれる音が聞こえ、入れとハンクが声を出す。カイランが顔を出し、私を見つけ駆け寄ってくる。

「キャスリン!ああ久しぶりだ。元気かい?」

ハンクの膝で抱かれる私の前に跪き、今にも触れようと手を伸ばす。

「止まれ」

低いハンクの声が響く。カイランの体は揺れ、伸ばされた手は下へと落ちる。

「元気よ、変わりないわ」

「よかった」

ハンクは黙って私の頭を撫でているだけで去ろうとはしない。私に会うことを許したのね。

「腹が膨れた、触れていいかい?」

「駄目よ」

カイランは悲しそうな顔をする。断る私に傷ついたみたいね。けれど嫌なの、撫でられたくないの。

「腹だけだ」

ハンクの声に見上げると、カイランを睨んで許可を与えている。

カイランはゆっくり手を伸ばし大きくなった腹を撫でて瞳を潤ませている。




キャスリンに会えると聞いてついていくと、父上が用意した子の部屋の扉をソーマが叩く。父上の膝に座り頭を預け微笑むキャスリンがいて思わず駆け寄り触れようとしたが低い声が僕を止め、腹に触れるのも断られた。いきなり会えなくなって、やっと会えたら拒否されるなんて何があったんだ。父上の許可を得て腹に触れると随分膨らんだ。頬擦りしたいが駄目なんだろうな。

「大きくなったでしょう?もう少しよ」

「そうだね」

寝ているのか、叩いてはくれないな。

「離れろ」

父上の声は聞こえたが離れたくない。

「父上、キャスリンに会うのはいいでしょう?触れません。ただ話すだけだ」

「貴様は俺と話したいと言ったな」

頷きで答えるが、それは二月も前の話だ。

「なんだ」

エドガー・ハインスのことを聞きたいがキャスリンがいるから聞けない。

「触れられなくても僕は夫です。子の父親は僕だ。キャスリンに会えないのはつらいんです、夕食くらい食堂でとってください」

父上の顔が険しくなるが事実だろう。

「何故つらい?貴様はこれを愛していないだろ」

「僕はキャスリンを愛してる!会えないのは不安なんだ」

僕は跪いたまま告げる。

「カイラン、私のことを愛しているの?」

キャスリンは不思議そうな顔をする。本気で気づいてなかったのか。

「そうだよ、君の側にいたいんだ」

「初めて聞いたわ、愛しているから共に生きたいと言ったのね」

「そうだよ」

「カイランの愛は変わりやすいわ、信じられない」

まだリリアンのことを言うのか。

「リリアンのことは初恋なんだ、それだけだよ。今僕は君を愛しているんだ」

キャスリンは困ったように父上の胸に顔を向け隠れてしまった。

「俺は死ぬまでこれを離さん、諦めろ。他を探せ」

「他などいらない。待つ覚悟をしたんだ」

キャスリンは僕を見ずに父上の服を掴み話し出す。

「私はハンクについていくの、約束したの」

何を言ってる?どこへついていくって言うんだ。

「これは共に逝きたいと望んでる」

「やめろ!駄目だ!頭がおかしくなったか」

腹に強い衝撃を受け、僕は床に転がった。父上が蹴ったんだ。

「大声を出すな。頭がおかしいかはしらんが、俺はこれの願いは叶える。貴様の愛など続かんだろうよ」

父上はキャスリンの頭を掴み顔を上げさせて、小さな赤い口に食らいついている。父上の舌がキャスリンの中に入る様が見える。キャスリンは目を見開き、顔を赤くして父上を叩いているがそれでも父上は僕に見せるために止めない。キャスリンの喉が鳴り飲み込んでいる。

「我慢できんだろ。他を探せ」

キャスリンの口周りは父上の唾液で濡れひかり、赤くさせた顔を僕から背けた。

「話はそれだけか?」

腹を押さえ床に転がったまま父上を睨み付ける。体が怒りで震える。

「エドガー・ハインスは父上が殺しましたか?」

抱き込まれているキャスリンが揺れる。父上が好き勝手にするなら僕は遠慮なんてしない。

「俺は殺してないが、誰が始末したかは知ってるな」

やはり、エドガーが関わっていたのか。だから死んだか。

「では毒が塗られていたのは事実ですか」

父上はキャスリンの耳を手で塞ぎ、額に口を落とした。

「死産薬だった。エドガーが用意した」

殺されても仕方がないな。

「僕がキャスリンに触れたら?殺すか」

「…殺さん、毒は盛るがな」

息子に言う言葉か、何も食べられなくなるじゃないか。

「お前には感謝している。これを俺にくれた。俺を殺したいならこれを先に殺してみろ、直ぐに追うからな。俺を殺せるぞ。後は好きに生きればいい」

「なんだよそれは、狂ってる」

「ははっそうらしいな。俺にはわからんがな。どうする?これを今から抱くが見ていくか?」

頭に血がのぼる。どうしてくれよう、本当に殺したくなる。

「もう濡らしてるんだ、入れてやらんとな」

「やめろ!やめてくれ。なぜ僕を苦しめる」

父上はキャスリンの頭に口を落とし頬擦りをする。その顔にいつもの厳しさはない。

「貴様も俺を苦しめた。これの寝顔を見たろ、共寝までして額にも触れた。許せんだろ」

それだけだろう!それぐらい許せよ。だから今まで閉じ込めたのか。

「夫だぞ、キャスリンは拒絶できない」

「腹が立つがそうだろうな、だから離せん。貴様が触れるから閉じ込めたんだ」

僕のせいで閉じ込められていた?怒られたのか?

「酷いことをしたのか?」

「したな」

「泣かせるなよ!そこまで執着するなら傷つけるなよ」

「これは俺が何をしても許すと言った」

僕は夫なのにこの邸で邪魔なのは僕じゃないか。なんて惨めなんだ。

「俺の子を厭うか?」

わからない。僕の子じゃない、父上の子だ。キャスリンにも触れられない。

「貴様が子を憎むなら王都を離れる」

キャスリンも子も連れて三人でどこへ行くつもりだ。

「貴族院はどうする?」

「貴様が行けばいい」

「当主を譲るのか?」

「死ぬまで譲らん。誰も俺には何も言えん」

それは陛下も入るのか、そこまで父上は強いか。

「子は大切にする、憎んだりしない。だからキャスリンを連れていくなよ。父上が死ぬまで待つ覚悟はできてる。キャスリンと話すくらいいいだろ?手に触れるくらい許せよ!」

「二人きりにはなれんぞ。貴様は夫だからな話すくらいは許す。二人目の子ができたら手に触れていい」

いつになるんだよ!父上は狂ってる。執着が強すぎる。

「貴様にはこれが愛に見えるか?」

「知るか」

「俺は愛など知らんからな理解できんが、貴様のが愛なのか疑問だな」

「僕のは愛だ。見てろよ」

ふざけるな!これが愛でないならなんなんだよ。父上が死ぬまで待ってやる。

「俺は知らん、勝手にやってろ」

「キャスリンは子が生まれたら変わるさ。父上より子を選ぶ」

父上の目が険しくなる。不安か?キャスリンは子を生すために父上に子種をもらったんだ。全ての始まりは子のためだったんだ。

「そうなったら閉じ込める。離れようとしたら脚の腱を切ってもいいと許しは出てる。そのために二人も乳母を雇った」

こんなことを聞くとキャスリンを連れて逃げたくなる。可能性を読んで動くのが早い、畜生が。誰か止めろよ。

「父上、頼むからキャスリンを連れて逝くなよ」

父上が説得すれば考え直す。後追いなんてさせてたまるか。

「これは狂うぞ。お前のことを俺だと思うかもしれんな」

それでもいい、ハンクと呼ばれてもいい。連れて逝かないでくれ。

「覚悟はできてるよ。髪には触れていいだろ」

駄目か、今にも殴りかかってきそうな顔をしている。

「二人目ができたら触れていい」

夫なのになんでこんなことを父上に聞かなければならない。ハロルドの勧めが一番楽で僕も幸せになれたじゃないか。だがもう無理だ。キャスリンの近くにいたい。僕が愛人など作ったら僕の愛を信じないだろう。

「早く死んでくれ」

僕がキャスリンを連れて逝かせない。必ずだ。

キャスリンが父上を叩いている。やっと耳から手が離れ髪を手櫛で直している。

「閣下、何も聞こえなかったわ」

怒っているのか、父上を睨んでいる。

「キャスリン、父上は話すことを許してくれた。夕食は食堂でとろう」

キャスリンは父上を見上げ答えを待ってる。父上が本当に許したのか確認しているんだろう。

「そうするか」

キャスリンの額に口を落とし頬を撫でる。

「そうね、閣下の部屋で食べるのは楽だけど習慣にしてはよくないわね」

ソーマもハロルドも置かず二人だけで食べているのか。

「朝は変えん」

その言葉を聞いたキャスリンは微笑み頷いている。本当に父上の側がいいんだな。もう、泣けない。二度と泣くものか。耐えるんだ!胸が張り裂けそうだ!畜生!今日ほど過去の自分を止めたいと思ったことはない。


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