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私は家のために義務を果たす。それは両家の橋渡し、良好に事業をするために。ゾルダークとディーターの血をゾルダークに残すこと。カイランは義務を放棄したのだ。まだリリアンを想っていたとは、なんて諦めの悪い男なんだろう。二人の間には何かがあったのかもしれない。それは私にはわからない、確証もないもの。でもこのままカイランのいうとおりにするなんて…私は子供を産みたいわ。自分の愛する我が子を。夫の愛なんて求めても無駄だものね、早々にカイランの本音がわかったのは良かったのかもしれない。期待しないですむもの。でも子供は一人ではできないわ。ゾルダークとディーターの血。カイランに兄弟はいないのなら、私がとる選択肢はもう一つしかない。


初夜の日から数週間が経つ。朝食は一緒にはとらないけれど夕食はこの邸に住むカイランの父親ハンク・ゾルダークと三人でとる。ハンク・ゾルダークは陛下の側近で友人でもあった。それで年の同じアンダルとカイランも自然と仲良くなった。でもアンダルの騒動でカイランは父親の信用を失った。アンダルを諌め貴族社会に混乱を起こすことを防げなかったカイランにハンクは失望していた。そしてカイランとキャスリンが床を共にしていないと知っている。執事からそう聞いているはず。キャスリンは報告しなくても、知られているだろうとは思っていた。夫婦の寝室を使用していないのだから。

キャスリンは決断をし、それを実行しようと動き出していた。ジュノにハンクの執事ソーマへ相談があると伝えてもらった。ソーマはキャスリンの自室へとやってきた。ハンクよりも十ほど年上だろうか、それでも背筋を伸ばし白髪を後ろに撫で付け老いを感じさせない雰囲気がある。

「突然呼び出してごめんなさいね」

「いいえ。若奥様のご用となれば、しかし私にご用とはなんでしょうか」

「実は閣下に相談があるの。公爵家の未来のため、と伝えてくれない?でも他の人には言わないように」

ソーマは少し考えた後、本日夕食の後会えるようにすると言って礼をして去った。扉が閉まった直後ジュノが私に聞いてきた

「公爵閣下にカイラン様のことを話すのですか?」

ジュノは私が夫婦の問題をまさか父親に相談するなんてことはないと思っていたようだ。しかし、この問題はハンクにしか頼めないことは事実。もう私は決めたのだから。ハンクに解決してもらおうと。

夕食後にソーマと共にハンクの執務室へ向かっていた私はさすがに緊張していた。カイランの父親だからといってそんなに会話もしたことがなかった。両家で合っても寡黙なハンクの声はあまり私には届かなかった。いつも眉間に皺を寄せて何か考えている顔をしているがカイランによく似ている。カイランよりも濃い紺色の髪にカイランと同じ黒い瞳。体も大きく威圧感がある。本当に数えるくらいしか会話をしたことがない。
ハンクの執務室の扉をソーマが叩くと中から低く強い声で入れと聞こえてきた。ソーマが扉を開け私を中へと勧める。執務室の窓際に置かれた重厚な机で書類を捲っていたハンクは私が近づくと顔を上げて手を止めた。

「なんだ」

私が頭を下げ感謝の意を伝えても無言だ。用件を言えと沈黙が言っている。

「ご存知かと思いますが、カイランが私との子作りを拒否しています」

ハンクの表情は変わらない先を続けろと言っている。

「ある女性に操を捧げると、子は時期をみて親族から養子をもらうと。ですが私はゾルダークとディーターの子を欲しいのです。子が産めない体でもないのに養子は考えられません」

「そうか、それで?俺に息子を叱れと、さっさと子作りしろと説教してくれと頼みにきたのか」

まぁそう思われるだろうとは予想していたが私の望みは違う。カイランの子など欲しくはない。私はハンクの瞳からそらさず見つめてお願いを口にする。

「いいえ。そのようなことは頼みません。これから永い年月清い身のまま生きると言うカイランを尊重します。ですので私に閣下の子種をくださいませ」

さすがのハンクも目を見開いて驚いたようだ。固まってしまった。だがここで諦めはしない。

「閣下の子種ですとゾルダークとディーターの子ができます。駄目でしょうか?」

二人の間に沈黙が流れる。私の隣にはソーマがいるけれども、ハンクは私と目をそらさず組んだ手を顔の前まで持ってきて私の言葉を呑み込んでいるようだった。

「…まだ婚姻したばかりだ。あいつも気が変わるかもしれん。それまでまつ…」

「!いいえ!待つ事はありません。カイランはリリアン様を想ってます」

まさかカイランの想い人がリリアン様だとは知らなかったようだ。ハンクは手で目をふさいでため息をはいた。

「スノーの。あれはあの女に恋慕しているのか」

「学園の頃からです。あの騒動があった夜会で私は決めていたのです。次はないと」

私が騒動の日に夜会に置いていかれたことはディーターからゾルダークへは話していなかった。話そうとする前にカイランが謝罪してきたからだ。だからハンクにはこちらから話してはいない。カイランから報告しなければ。

「次?」

「あの日、カイランはアンダル様からリリアンを頼むと言われ、私を会場に置き去りリリアン様を連れてゾルダークの馬車で去りました。アルノ騎士団長に馬車を用意してもらわなければディーター邸には帰れませんでした」

ハンクはソーマに目配せしソーマは首を振った。ソーマにも報告がなかったということだ。

「言いたいことはわかった。しかし、いいのか?まだ時間はあるんだ…いや、お前はあれを見限ったか…」

「はい。私がゾルダークに嫁いだ覚悟を」

無下にしたのだ。

強い覚悟を持ったキャスリンの言葉を聞いたハンクは思考を巡らせていた。
あいつを説得しようか親族から養子をとるか、自分がこの娘を孕ませるか。親族から養子をとなるといずれその親たちがうるさくなるやもしれない。だから養子は最後の手段だ。あいつの説得は目の前の少女から女性へと向かうこの娘が拒んでいるが説得するのは父親である自分だ。説得してもこのままではこの夫婦は破綻する、しかし、自分が孕ませても破綻する。この娘を孕ませ、あいつは中継ぎとしてこの娘との子供を後継に…ハンクはこの時、カイランに兄弟を作らなかったことを悔いていた。キャスリンは責務を果たそうと嫁いだというのに子を産ませないと言われたのだ。見限られても仕方なしか…ハンクは覚悟を決めた。

「俺も年だぞ、できるとは限らん」

ハンクの答えを聞いてキャスリンは笑顔で頷いた。

「わかっています。私も石女かもしれません。閣下との子ができなければ養子を」

ハンクは顔には出さなかったが驚いていた。キャスリンの心からの笑顔を見るのははじめてだったからだ。少女のような笑顔だった。

「ありがとうございます閣下。それともう一つお願いが。この事はカイランには伝えないで欲しいのですが」

「なぜだ?孕んだら知るんだぞ?」

「閣下の子種が実を結びましたら私から話したいのです。カイランの願いを損なうことなく正統なゾルダークの後継を得るのですから。素晴らしい報告を」

キャスリンは笑顔でハンクと会話ができてとても満足していた。

「私はこれから医師と相談して妊娠しやすい時期を算出してもらいます。その時閣下の元を訪れても構いませんか?一月のうち二、三日、時を作っていただきたく」

ハンクはうなずいてキャスリンを見た。笑顔でこれからの予定を話す少女を見つめていると自然と思えた。この少女がゾルダークの後継を産む未来を。


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