上 下
25 / 27

番外編 レオン

しおりを挟む
 ミシェルから手紙が届いた。

 これまで手紙に対して返信が来ることはなかった。
 それでも自分の近況を伝えるのを口実に手紙を書いていたのは自分の存在まで忘れられたくはなかったからだ。そして今でもミシェルのことを思っているという事も端々に含ませている。もしかしたらまたミシェルがこちらを向いてくれるかもしれないという一縷の望みをかけて。

 ようやくミシェルから届いた手紙をはやる気持ちで開封した。

 手紙を読んで、足が震えその場にしゃがみこんだ。
 まさか義兄上(フレデリク)と婚約したなんて。
 その日はそのあと何をしたのか覚えていないほど、レオンは動揺したのだった。

 翌日の勤務でも注意不足で何度も小さいミスをしてしまった。
 それでも何とか勤務時間が終わったが、誰もいないあの家に帰るのは耐えられなかった。
 だから騎士団の休憩室でぼんやりと外の喧騒を聞きながら座っていた。
 頭の中に去来するのはミシェルの事ばかり。
 仕事で王都を回るたびに、ミシェルと暮らすならここがいいとか、結婚式を挙げるならあの教会がいいとか考えてきたことが頭をよぎる。
 どれほど時間がたったかわからない頃、一人の先輩騎士が入ってきた。

「ほら。これでも飲め」
 目の前に湯気の立つカップを置かれる。
 レオンははっとしたように姿勢を正し敬礼した。
「いい、遠慮するな。それよりお前が休憩室でものすごく暗いオーラを出しているから誰も気兼ねしてここに入れないんだぞ。もっとしゃっきりしろ」
「それは申し訳ありませんでした」
「あの子の事か?」
「……はい」
 その先輩騎士はローザを捕縛するときに来てくれて、レオンの事情もよく知る騎士だった。
「別の人と婚約をしたそうです」
「そうか。辛いな」
「はい」
「でもな。どれほど辛くともお前は騎士だ。私情を挟むと命にかかわる仕事だ。今日もミスをしたと聞いたが、取り返しのつかない事ならどうするんだ。お前は騎士なるためにすごく頑張ってきたのだろう」
 レオンは先輩騎士から自業自得だと責められるのだと思っていた。
 しかし、騎士としての在り方を説きながらも励ましてくれてるのだ。
「申し訳ありません。ミシェルも……元婚約者も俺の性格は騎士に適しているから、頑張ってほしいって言ってくれました」
「お前を信じてそう言ってくれる彼のためにも頑張らなきゃならんな」
「はい……そうですね。こんな情けない姿ミシェルに見せられない。先輩。ありがとうございます! 俺、ミシェルが俺のことを誇りに思ってもらえるような騎士を目指します」
「ああ、がんばれ」
 吹っ切れた様子のレオンはすっきりした顔でお茶を飲むと先輩騎士に頭を下げて出ていった。


「全く、あのローズという女。一体何人の人を不幸にしたんだ」
 出ていくレオンの後姿を見て先輩騎士はつぶやいた。
 あの女がいなければレオンは今でも婚約者と寄り添って幸せだったはず。
 ローズに殺されてしまった青年もその婚約者も。あの女の罪はそれだけではなく次々と出てきていた。その悪質さからローズは処刑と決まった。
 しかしローズが処刑されたからと言って、彼女に巻き込まれ悲しい目に遭った人々の人生は戻らないのだ。
 自分の息子でさえ不幸にしたあの女。
「償えない罪ってもんがあるんだよ」

 レオンを見送った後、先輩騎士はそうつぶやいたのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

処理中です...