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レオンサイド

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 レオンは頭を抱えていた。
 連絡もなく急に王都に来たミシェルも悪いではないかと初めは八つ当たりだと分かっていても苛立ちを感じた。

 しかしあれからミシェルが行方不明になり、無事発見された後も記憶を失ったと聞いてひどく後悔し、ミシェルのことが心配でたまらなかった。どうにかして会って謝り、ミシェルの記憶が戻るまでそばで寄り添いたいと思うのに一度も会わせてもらえないままに、親同士により婚約が解消されていた。

 ミシェルしか愛していないのは確かで、ミシェルがみた女性と子供は赤の他人であった。
 自分にはやましいことなど全くない・・・と言えない自分が情けなく、ミシェルに謝りようもないことをしてしまったのは事実。
 もともとは、街で子供を抱いている女性から助けて欲しいと急にしがみつかれたのが始まりだった。女性は元夫の暴力に悩まされており、今もつけられているので少し知り合いの振りをしてほしいと言われ一緒に店に入ってお茶をして時間をつぶしたのが始まりだった。

 その時はそれで別れたものの、幾度か街で会うたびにお礼を言われるようになり、親しく話をするようになった。しかしある日、彼女の顔が殴られたような痣があり、彼女はおびえたように泣いていた。
 そして、ほんの数日でいいので匿ってもらえないかと女性から頼まれたのだ。ここ数日、旦那につけられていたが復縁を迫られて、断ると殴られたという。
 あの男は小心者で他に人がいると、手を出せない情けない男なので家に泊めて欲しいといった。

 正直、面倒なことに巻き込まれたくないと思ったが小さい子供が不安そうにその女性の服を握り締めていたのを見て、二、三日ならと許可したのだ。
 元夫の暴力におびえていた彼女は久しぶりに安心して過ごせる、感謝するとレオンに頭を下げた。レオンはいいことをしたのかもしれないと、その時少しいい気分になった。騎士という職業意識も手伝い、誰かを守る自分というものに少々酔っていたのかもしれない。
 翌日、朝起きると食卓に温かい食事が並んでいた。女性はお世話になっているお礼ですと、はにかんで笑ったのだ。子供も起きてきて、『おはよう』と昨日のおびえた表情とは違って満面の笑みで挨拶をしてくれる。そこでもレオンは、ああ助けてよかったと思ったのだ。

 それから数日にわたり、女性は家のことをきっちりとやってくれ、忙しい身のレオンにとってはまるで実家にいるときのような楽さを味わってしまったのだ。
 だから二、三日の予定が五日六日となり、気が付けば二週間は経っていた。
 これまで家に戻ってきても誰とも話をすることなく、どれだけ疲労していても家事をしなければならない。面倒で掃除もせず、食事もパンを齧るだけだった生活に彼女たちが来たことで、人並みの生活と温かみが添えられたのだ。

 ミシェルに勘違いさせるようなことはしたくないとそろそろ出ていってもらわないといけないかと思いながらも、ずるずると日ばかりが伸びてしまった。
 そんなある夜、騎士仲間と深酒をして帰ってきた時、女性は泣いていた。
 あの男の姿を近くで見かけた、まだ付きまとっていたようで怖いと言って身を震わせていた。殺されてしまうのではないか、子供を奪われるのではないかと涙を落とし、私はどうなってもいいから子供を助けてと抱き着かれた。

 判断能力が欠けるほど酔っていたレオンは女性の香水の香りと、押し付けられる胸、縋られる心地よさに突き飛ばすことができなかった。
 そして恐怖を忘れさせてほしい、助けて欲しいと顔を寄せられると、衝動のまま彼女に口づけをいてそのまま結ばれてしまった。
 そういう欲がいっぱいの年齢にもかかわらず、これまで禁欲生活をしていたレオン。酔っていたことも手伝って彼女の誘惑をはねつけることなどできなかったのである。
 その経験は強烈で、レオンの気持ちを大いにかき乱したが、それでもミシェルへの想いが勝り、こんなことになった以上は出ていってほしいと告げた。


 しかし彼女の方は、もう二度とこんなことはしない。元夫が彼女とその子供に手を出さないよう、仮初の夫婦を演じて親子三人での姿を周囲に見せつけるだけでいいから協力をしてほしいといった。騎士のレオンと夫婦だと知れば元夫は必ずあきらめてくれるからと。
 レオンは望んだこととはいえなかったが一度は関係を持ってしまった彼女に少し責任を感じていた。だからそれを承知する代わりに、一緒に暮らす間に再婚なり、生計を立てる道を探すという条件を付けた。
 
 だがミシェルを呼び寄せるために少しでも出世しよう、立地のいい地域の屋敷を用意しようと仕事に励めば励むほど、食事を用意して迎えてくれる以前のような温かい生活に慣れてしまいずるずると日が経過してしまった。

 ミシェルと結婚し王都に迎えるときは、この土地を離れて誰も知らない所で新生活を始めるつもりだった。
 それなのに・・・ミシェルに見られてしまった。
 あの時咄嗟に友達と言ったのは、元夫がどこかで見ているかもしれないと思ったことと、お父さんと呼んだ子供の気持ちを傷つけないためだった。
 すぐにとって返して説明すれば問題なくミシェルとの未来は変わらないはずだった。


 ミシェルとの件があってから親子に出て行くように言ったが、行く場所が見つからない、もう少しおいて欲しいと懇願された。せっかく元夫から逃れられたのに、今出て行って何かあれば、レオンも後味が悪いだろうとレオンの後ろめたさを盾に出て行かなくなってしまった。
 これ以上拗れると取り返しがつかないと思ったレオは、休暇をとり実家に戻った。

 そして父に事実を伝え、ミシェルと話し合いを持ちたいと願った。
 父親は眉間にしわを寄せ
「……何が誤解だ。立派に不貞をしているではないか。不貞どころかすでに家族ではないか。情けない!」
「不貞などではありません。彼女に……何の気持ちもありません」
 レオンは後ろめたさは多分にあったものの、一切の気持ちがなくあれは事故に過ぎないと思っていた。
「どうでもいい。そもそもどんな理由があろうと婚約者以外の女性と暮らしていたんだ。婚約は解消した。ミシェル君はショックで記憶をなくしている。私のことでさえ、ご両親のことでさえ忘れているんだ。ご家族がお前などに会わせるはずがないだろう」
「謝ることさえできないのですか」
 レオンはうつむいてそうこぼす。
「ああ、そうだ。彼の記憶が戻れば、一度話し合いをとお願いはしたが、それはお前が潔白だと思っていたからだ。もはや復縁はありえない。ああ、その子連れの女を連れて来てもうちには迎えないからそのつもりで」
「そんなつもりはありません!」
「好きにしろ。もうお前は王都で生涯自由に暮らせ」
 父親は疲れたように言う。
「それは……私を廃嫡するという事ですか」
「うちのことは心配しなくていい。話は以上だ」
「父上……」
 レオンは屋敷を出て、ミシェルの実家のラフォン家を訪ねるも門前払いをされた。

 裏口でメイドを待ち伏せし、顔見知りのメイドに『誤解でこうなった』と同情を買い、手紙を渡すことに成功した。
 それでも返事は来ず、ラフォン家から再び抗議の手紙が届いただけだった。
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