4 / 27
記憶喪失
しおりを挟む
馬車は何事もなく順調に進んだ。
道中、ミシェルは窓の外を眺めながら、時折自分の顔を何か確かめるように触っていた。
「どうした?」
「……いえ。すいません」
会話もうまくかみ合わないミシェルに胸を痛めながら、今後についてフレデリクは考え込んだのだった。
そしてようやく家に到着すると両親が走ってきた。
「ミシェル! 大丈夫だったか⁈ 怪我はないか⁈」
フレデリクが早馬を頼んで、両親に事の次第をすでに報告していたのだ。
「ああ、ミシェル! よく無事で帰ってきてくれた」
父親のジルベールがミシェルを抱きしめたが、ミシェルは体をこわばらせて立ちすくんでいた。
「ミシェル? もう大丈夫よ? お母様もお父様もいるわ」
そう母が語りかけてもミシェルはうつむいたまま何も言わなかった。
「父上、母上。ミシェルは疲れていると思います」
「そ、そうだな。すまなかった。話はゆっくりと後で聞こう。まずはゆっくり休みなさい」
そういったが、ミシェルは一歩も動かなかった。
少し不安げに両親を見た後、フレデリクを見た。
「あ、あの……僕は……」
「どうしたミシェル?」
「……僕はミシェルというのですか?」
そう言って三人を驚愕させた。
フレデリクと両親はひとまず落ち着かなくてはとメイドにお茶の用意をさせると人払いをした。
「ミシェル、何も覚えていないのか? 私たちのことも?」
「……はい。申し訳ありません」
ミシェルは消え入るような声でうつむいた。
「昨日のことも……レオンのこともわからないか?」
「はい」
「そうか……」
父のジルベールは悲しそうに小さく息を吐きながら自分たちが両親であること、フレデリクが兄であると説明し、不安だろうがゆっくりと休むように言った。
「ありがとうございます」
「何があったのかフレデリクから説明してくれ。私たちも詳しく聞きたい」
「ええ、解りました。ミシェルは大丈夫かい? もし途中でつらいと思えばやめるから教えてくれ」
「……はい」
フレデリクは両親とミシェルに起こったここ数日のことを説明した。両親は怒りに顔をゆがめていたが。ミシェルはただ困惑するような顔をするだけだった。
「ミシェル、大変だったわね。あとのことは私たちに任せて頂戴。あなたは長旅で疲れているでしょうから少し休んだほうがいいわ」
「……はい、お母様」
自分の部屋がどこかもわからないミシェルを連れて行った母のエリーナは、ミシェルが横になるのを見届けるとリビングに戻ってきた。
「ミシェルは大丈夫だったか?」
「部屋に入っても他人の部屋のように見渡して、ベッドに寝るのも躊躇していたわ」
エリーナは涙をこらえる。
念のため、メイドたちにはミシェルを見ておくよう指示をしていた。
「実はな、フレデリクから手紙をもらった後、レオンとモンテ家からも手紙が届いた」
難しい顔をしてシルベールは言った。
「お前から早便をもらったときは、あのレオンがまさかと思ったが、本人から弁解の手紙が届いたんだ」
「なんといってきたのですか」
「誤解を解きたいから会いたいと」
フレデリクはふんと鼻で笑った。
「レオンは女性と並び、抱いていた子供が父と呼んでいたのですよ。おまけにミシェルの事をその子供に友達だと紹介したのです。ミシェルは見ていてかわいそうなほど泣き続けて……。私がもっとしっかりしていればミシェルが宿を抜け出してこんな目に遭うこともなかったのに。申し訳ありませんでした」
「いや、お前はよくやってくれたよ。無事に帰ってこれたのはフレデリクのおかげだ。それにしてもあの若造……ミシェルを大切にすると思ったから目をかけてやったのに。あの若造とミシェルは二度と会わせん」
「当たり前です。どのような弁解があろうとも許されるはずがない。父上、必ずこの婚約は解消して下さい」
「もちろんだ。任せておけ。この縁がもとでこちらから融資をしているのだからな。グダグダいうようならそれを引き上げる」
ジルベールとフレデリクは記憶を失ってしまったミシェルの代わりに怒りを倍増させるのだった。
道中、ミシェルは窓の外を眺めながら、時折自分の顔を何か確かめるように触っていた。
「どうした?」
「……いえ。すいません」
会話もうまくかみ合わないミシェルに胸を痛めながら、今後についてフレデリクは考え込んだのだった。
そしてようやく家に到着すると両親が走ってきた。
「ミシェル! 大丈夫だったか⁈ 怪我はないか⁈」
フレデリクが早馬を頼んで、両親に事の次第をすでに報告していたのだ。
「ああ、ミシェル! よく無事で帰ってきてくれた」
父親のジルベールがミシェルを抱きしめたが、ミシェルは体をこわばらせて立ちすくんでいた。
「ミシェル? もう大丈夫よ? お母様もお父様もいるわ」
そう母が語りかけてもミシェルはうつむいたまま何も言わなかった。
「父上、母上。ミシェルは疲れていると思います」
「そ、そうだな。すまなかった。話はゆっくりと後で聞こう。まずはゆっくり休みなさい」
そういったが、ミシェルは一歩も動かなかった。
少し不安げに両親を見た後、フレデリクを見た。
「あ、あの……僕は……」
「どうしたミシェル?」
「……僕はミシェルというのですか?」
そう言って三人を驚愕させた。
フレデリクと両親はひとまず落ち着かなくてはとメイドにお茶の用意をさせると人払いをした。
「ミシェル、何も覚えていないのか? 私たちのことも?」
「……はい。申し訳ありません」
ミシェルは消え入るような声でうつむいた。
「昨日のことも……レオンのこともわからないか?」
「はい」
「そうか……」
父のジルベールは悲しそうに小さく息を吐きながら自分たちが両親であること、フレデリクが兄であると説明し、不安だろうがゆっくりと休むように言った。
「ありがとうございます」
「何があったのかフレデリクから説明してくれ。私たちも詳しく聞きたい」
「ええ、解りました。ミシェルは大丈夫かい? もし途中でつらいと思えばやめるから教えてくれ」
「……はい」
フレデリクは両親とミシェルに起こったここ数日のことを説明した。両親は怒りに顔をゆがめていたが。ミシェルはただ困惑するような顔をするだけだった。
「ミシェル、大変だったわね。あとのことは私たちに任せて頂戴。あなたは長旅で疲れているでしょうから少し休んだほうがいいわ」
「……はい、お母様」
自分の部屋がどこかもわからないミシェルを連れて行った母のエリーナは、ミシェルが横になるのを見届けるとリビングに戻ってきた。
「ミシェルは大丈夫だったか?」
「部屋に入っても他人の部屋のように見渡して、ベッドに寝るのも躊躇していたわ」
エリーナは涙をこらえる。
念のため、メイドたちにはミシェルを見ておくよう指示をしていた。
「実はな、フレデリクから手紙をもらった後、レオンとモンテ家からも手紙が届いた」
難しい顔をしてシルベールは言った。
「お前から早便をもらったときは、あのレオンがまさかと思ったが、本人から弁解の手紙が届いたんだ」
「なんといってきたのですか」
「誤解を解きたいから会いたいと」
フレデリクはふんと鼻で笑った。
「レオンは女性と並び、抱いていた子供が父と呼んでいたのですよ。おまけにミシェルの事をその子供に友達だと紹介したのです。ミシェルは見ていてかわいそうなほど泣き続けて……。私がもっとしっかりしていればミシェルが宿を抜け出してこんな目に遭うこともなかったのに。申し訳ありませんでした」
「いや、お前はよくやってくれたよ。無事に帰ってこれたのはフレデリクのおかげだ。それにしてもあの若造……ミシェルを大切にすると思ったから目をかけてやったのに。あの若造とミシェルは二度と会わせん」
「当たり前です。どのような弁解があろうとも許されるはずがない。父上、必ずこの婚約は解消して下さい」
「もちろんだ。任せておけ。この縁がもとでこちらから融資をしているのだからな。グダグダいうようならそれを引き上げる」
ジルベールとフレデリクは記憶を失ってしまったミシェルの代わりに怒りを倍増させるのだった。
1,422
お気に入りに追加
1,802
あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中



家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている
香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。
異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。
途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。
「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。

お前が結婚した日、俺も結婚した。
jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。
新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。
年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。
*現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。
*初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる