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さぁ、はじめようか
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「こらぁ!!お前は王宮騎士団長たるぞ!こんな所で油を売っていてはいかんと何度言わせる気か!!」
ハーゼルゼットが聖女の部屋でのんびりとお茶をするオズワルドの元へと駆け込んでくる。
「それはこっちのセリフだ、何度言わせる、俺は辞める、姫の騎士になると決めた」
「お前はまだそんな子供じみた事を言っておるのか!こんのぉ戯け者!!ジークヴァルト陛下も言ってやってください!!」
リディアの隣でお茶をするジークヴァルトを見る。
「まぁまぁ、あなた、いいじゃないの、それよりイザークのお茶はとても美味しいのよ、あなたもいかが?」
「お前はまた聖女様の部屋に!このお方様はぁああ――――」
「あ、あの、えーとお義父様?私は大丈夫ですよ」
リディアの『おとうさま』にハーゼルゼットの鼻の下がびよーんと伸びる。
「あらあらまぁまぁ、この人ったら娘は初めてで嬉しくて仕方ないのですよ」
ハーゼルゼットの奥さんであるシャルリーヌがほほほっと楽しそうに笑う。
「それはそうと…、ハーゼルゼット、お前に聞きたいことがあったのだ」
ジークヴァルトがティーカップを置く。
「どうか致しましたか?陛下」
「ああ、どうかした、オズワルドの雷魔法に雷神の剣、その説明をしてもらおうか」
「!?!!!」
ハーゼルゼットが言葉にならない声を上げる。
「‥‥まさか、聖具が壊れた…、そんな事が…」
「聖具?ほぉ、それで封印していたのか」
「どういう事?雷魔法とか雷神の剣に何か問題が?」
「リディア様、私の黒魔法が魔物のみと同じく、雷魔法は神のみが使える魔法にございます」
「へ?てことはオズワルドは神様なの?」
「それが解らないのです」
「でも雷魔法使えるんでしょ?」
「確かに雷魔法は神のみ使える魔法ですが、神は巨人だと伝えられています、オズワルド様は大きな方ですが巨人には及びません」
「これから大きくなるとか?」
「流石にもう大人だからそれはないんじゃないかしら?ねぇあなた」
「今まで人間らしく普通に成長をしてきてはいるんじゃが…」
「だったらやっぱり人間?」
「解らないのです…」
首を横に振るハーゼルゼットを見る。
「話せ、ハーゼルゼット」
ジークヴァルトの言葉に諦めたかのように息を吐く。
「解りました、全てをお話ししましょう、リディア様には知ってもらっている方がいいですからな」
そう言うとハーゼルゼットは語り始めた。
それは遠い過去に遡る。
ハーゼルゼットが狂暴な猛獣が出たという事でその山深くに討伐に向かった。
だがおかしい事に狂暴な猛獣が出たというのに山はのどかで猛獣の「も」の字も感じない。
偽情報を掴まされたかと思い皆が引き返そうとしたその時、物凄く山深いというのに煙が上がった。
こんな山深くに誰か居るのかと、その煙が上がる場所へと向かった。
そしてその場に辿り着いて目にしたものに皆が目を疑った。
「そこには小さな男の子が…、大きな熊を丸焼きにしている幼子がいたのです…そう、その男の子がオズワルドだったのです」
男の子に何をしていると聞くと「食事だ」と答えた。
その熊は?と聞くと「狩った」と答えた。
信じられない答えに皆が不信を抱くも、周りには大人どころかひとっこひとりいない。
ここで一人かと聞くと「そうだ」と答えた。
どうしてここに居る?と聞くと「気づいたらここに居た」と。
親は?と聞くと、「知らん」と。
男の子は記憶がないと言う。
まだとても幼いから無理もない、きっと親が貧困から子を山に捨て運よく生き残ったのやもしれない。
そんな事を思いつつ、ここは危険だ、狂暴な猛獣が出るかもしれないから山から出る方がいいと言うと、「それなら倒した、大したことなかった、つまらん」と答えた。
その言葉に驚くも大きな熊を丸焼きにしているその男の子の姿に、もしかしたら本当の事かもしれないと皆言葉に詰まった。
そしてこの男の子をどうしたものかと悩み、ハーゼルゼットが自分の息子に迎える事を決めた。
名を聞くと「知らん」と答えたので、『オズワルド』と名を与えた。
「これがオズワルドとの出会いです」
ハーゼルゼットもイザークの淹れたお茶を一口飲む。
それからがまた大変だった。
家に迎え入れたまでは良かったが、オズワルドは悪戯好きで暴れん坊だった。
庭に大量のミミズを撒き散らしたり、せっかく新設した通路を大きな岩で塞いだりと、オズワルドの悪戯は度が越えていて悩まされた。
それだけではない。
オズワルドは作法や勉強が大嫌い、作法や勉強の時間になると力いっぱい暴れまくり家が崩壊しかけたほどだ。そしていつも「強い奴はどこにいる!こんな事より俺は強くなりたいんだ!」二言めにはこれだった。
そんなある日、兄たちが揶揄って適当に強い奴なら裏山にいるなどと言うから、オズワルドは裏山へと勇み足で駆けて行ったと聞き、ハーゼルゼットは慌てて裏山へ向かった。
そこで目にしてしまった。
雷を操るオズワルドの姿を。
驚き慌てたハーゼルゼットはこのままではいかんと考えた。
この力は新たな諍いや争いを産む。
それでなくても国は二分して大変な時に、この力が知れ渡れば大変だと。
どうにかしなければと雷の魔法について色々調べている最中、あらゆる魔法を封じ込める聖具があると知った。
「その聖具を何とか手に入れ、雷魔法の封印を施しました」
「それで今まで発動しなかったわけか」
「はい」
だが、オズワルドが雷魔法を使わなくとも四大元素の魔法の威力も量も破格。そんなオズワルドが勉強は嫌だと暴れまくり破壊を繰り返しどうしたものかと途方に暮れた。
「つまらんつまらんつまらん!!強い敵はどこだぁあああっっ!!」と喚き暴れるオズワルドの前にハーゼルゼットの妻シャルリーヌが1冊の本を持って現れた。
『つまらないならお話ししましょう、とーっても面白い物語なのよ、きっとオズワルドも気に入るわ』
そう言うとオズワルドの前に座り、その物語を話し出した。
その物語は騎士がお姫様を守るために次々と現れる強敵を倒していくというよくある物語だった。
だけどオズワルドはそれに食いついた。
最後にお決まりの『そうして騎士はお姫様と結婚しいつまでもいつまでも幸せに暮らしました』と話し終え本を閉じるや否やオズワルドが立ち上がり剣を振り上げた。
『俺、お姫様の騎士になる!強い敵を薙倒してやる!!』
それを聞いたシャルリーヌが提案を出した。
「お姫様の騎士になるなら、礼儀作法やちゃんとした剣を学ばなければいけないわ?できる?」と。
幼いオズワルドは「そんなの簡単だ!」と答え、まんまとシャルリーヌの提案に乗った。
そこからは驚くことにあれだけ暴れまくっていたオズワルドはちゃんとハーゼルゼットやシャルリーヌの言いつけを守り、騎士になるべく勉強に勤しんだ。
驚く事にオズワルドの呑み込みの早さには舌を巻いた。
兵法に関してはこちらが教える事がない程頭が切れる。
礼儀作法も初めからこちらが教える事がない程に素晴らしいものだった。
剣の腕前も素晴らしく、悪戯好きや暴れん坊を除けば、物凄く優秀な子だった。
あまりに優秀過ぎて、先にやっていた息子達がへそを曲げ騎士にはならないと言い出し終いには違う道に歩んでしまった程、幼き頃からオズワルドは逸していました。
とはいえ優秀過ぎるためか、傲慢で物凄く合理的で常識も逸していました。
そのため、騎士として表に出すのはどうかと不安を覚え悩んだが、「姫の騎士になる」とか子供の夢などいずれ消え失せるかもしれないと淡い期待を抱きながら時が過ぎました。
「だが、それも終わりの時がやって来ました…」
成長したオズワルドに色々理由を付け先延ばしにしていたある日、
『いつになったら騎士になれるんだ?』
と、聞いてきた。
「まだまだ」と答えると「嘘だ」と答えた。
いつの間にか調べていたオズワルドは家にいては騎士になれないと、騎士団へ連れて行けと喚いた。
「それはできない」と答えると「だったら今から姫を探しに行く」と言い出した。
出ていこうとするオズワルドを止めようとするも聞かない。
そんなオズワルドを止めるにも力では何ともすることが出来ない。
「姫の騎士」など子供じみた夢をいい加減に捨てろと言ったが、「姫の騎士」以外に興味がないと言い放った。だから「心が、常識がお前には足りないから無理だ」とハッキリと告げたら「何も見えていないのはお前達の方だ」と言い放ち、そのまま家を出て行こうとする。
慌て困り果てたハーゼルゼットはもしものために手に入れていた聖具でオズワルドを裏山に閉じ込めた。
それに怒ったオズワルドが裏山を破壊。
「ここから出せ!」と喚くオズワルドに聖具の破壊も時間の問題、さてどうしたものかと、仕方なくジークヴァルト殿下に相談をしたら、「なら騎士団に入れればいい」と言う。
それは無理だと、大人しく自分より弱い人間の言う事を聞くとは到底思えないと言うと、
『ならば隊を任せてみればどうだ?丁度煩わしいのを内密に処理できる隊を作ろうと思っていた所だ』
と仰って、オズワルドを表向き隊長として騎士団に迎え入れた。
迎え入れる際、ジークヴァルトを君主としお守りする事、団長であるハーゼルゼットとジークヴァルト殿下の命令は絶対である事、騎士の規律、国の法律は絶対守る事、あまりに強すぎる力を使わず制御すること、そしてボロが出てはいけないと、できるだけ喋らない事を約束させた。
そうして騎士団に入り色々と言われはしたが、王宮騎士団長の息子ならいきなり隊長だと言ってもそこまで強く言ってくるものはいなかった。
そして驚くことに、いや、当然の如くオズワルドは見事なまでの手腕を見せつけ、当時は戦乱の世、その活躍は表上隠されたが、相当な戦力となりお陰でかなり難しい戦況は随分といい方向へ向けることが出来た。
そこで気づいた事があった。オズワルドは傲慢で乱暴者だが目的を成し遂げるためならどんな事にも耐え、状況に応じて臨機応変に別人かと思えるほどの変容をし、ギリギリではあるが言われたルールや約束は必ず守る男だという事を。
「ああ、だから、このままにしておくのは勿体ないと王宮騎士団長にしてみるかと言ったのだ」
「それはいいかもしれないと思いました、規則でがんじがらめにし、その力を国のためにしっかりと働いてもらうために」
「あのー、本人の目の前でそんな話していいの?」
「問題ない、こいつはそんなもの気にもせん」
「言わなくても、もう気づいている、そんな男だ」
ジークヴァルトの言う通り、気にもせずイザークにお茶のお代わりを貰おうとしているオズワルドが居た。
(本当に気にしてないみたい…)
「なんだ?」
ちらりと見ていたリディアにオズワルドが目だけで振り向く。
「あーうん、本当に気にしてないのかと思って?」
「気にするに値しない、愚能過ぎて相手にする気にもならん」
「な…」
「オズワルド!」
バンっと机を叩き怒鳴るハーゼルゼット。
「愚能とは何だ!陛下に向かって何たることを!!」
「本当の事を言ったまでだ」
「オズワルド!」
「参考までに聞く、どこが愚能だと思う?」
ジークヴァルトがオズワルドに問う。
「法律や規則など愚かな事だと言っている、自分の首を絞めているのも解らず暢気なものだ」
「首を?‥‥」
「しかし、それがないと規律が保てん」
「ここまで世界が落ちればある程度は仕方ないだろうが、それよりもやる事があるだろう」
「それは何だ?」
「それも解らんから愚能だと言っている」
「オズワルド!陛下の質問にちゃんと答えよ!」
「この答えを自ら得られない様では、俺が教えたところで結果は結局同じことになるから意味がない」
「訳が分からん、法律や規則のどこが悪い?秩序を保つためには必要だろう?」
「ふっ」
オズワルドが鼻で笑う。
「陛下に向かってその態度は何だ!」
「よい、お前は秩序を保つのに法律や規則は必要ないと言うのか?」
「さっきも言ったが、ここまで落ちた世界ではある程度は必要だろうが、必要以上に作るのは愚かな行為、それはただの表面上の制圧にしかすぎん」
「表面上の…」
「上に立つ者の都合のいい支配と何ら変わらん」
「‥‥では、根本を正せばという事か?だがしかし、どこをどう正せばというのだ?規則やルールに正しいと思う行いを示しているように思うが…」
「だから愚能だと言っている、お前の見方は平たん過ぎる」
「オズワルド!!陛下に向かって何たる言い草!!」
ガタンッと椅子をこかし立ち上がり怒鳴るハーゼルゼット。
「まぁまぁ落ち着いて、あなた」
ふるふる震えるハーゼルゼットを宥めるシャルリーヌ。
「はぁ~‥落ち着いていられるわけがなかろう」
ハーゼルゼットが机に手をつく。
「陛下への態度もそうじゃが、それだけじゃない!」
そう言ってハーゼルゼットがリディアをまっすぐ見る。
「あなた様を『姫』にすると言い出しおったのじゃ!!こやつは!!」
こめかみに怒りマークを付け怒鳴りオズワルドを指さす。
「いいじゃないですか、やっとオズワルドが自分のお姫様を見つけましたのよ、喜ばしい事だわ」
「何が喜ばしい事か!規則でがんじがらめにしていないオズワルドがどうなるかお前も知っておろうに!!ああぁああっっ、今すぐ宣言を取り消せ!!オズワルド」
「嫌だ」
「はぁ~、確かに大問題だ、リディア、お前から言え、でないとこいつは宣言を取り消さん」
眉間に手を当てジークヴァルトも取り消せと催促する。
「こいつは関係ない、俺が決めた」
「オズワルド!」
「お前にはまだ王宮騎士団長の任務があるだろ、この件はまだ保留だ!」
「それは辞めると何度も言っている」
「認めん!」
「姫を見つけるまでという約束だ」
「だがまだ任務中だ!リディア、こいつに命令してやれ!傍に近づくなと、姫の命令は宣言でも絶対だ」
「それがよい、こいつに遠慮なぞいりませんぞ!普通なら王が否を唱えても実行に移している場合、処刑処分になるが、オズワルド相手ではそれも難しい、お前を納得させるにはリディア様から直接言ってもらうのが一番じゃ」
「認めないのではないのか?では宣言は有効でいいな」
「認めていない!だがお前が認めないと言っているのに勝手に行動に移すからそれが問題だと言っている」
「陛下のおっしゃる通りじゃ!罰などお前には効かん、誰もお前に敵わんからな、それに、お前ならリディア様を攫ってどこかへとんずらすることも容易、だから保留にしているだけだと解っているじゃろう!」
「最初の約束通り、姫を見つけたから行動に移しているだけだ」
「いい加減にせんかーい!姫探しを許したがリディア様だけはダメじゃ!他を探すんじゃ、オズワルド」
「ああ、リディア以外なら認めてやる」
わいやわいやと騒がしい中、シャルリーヌがパンと手を打つ。
「さぁさ、楽しい時間はお終いです、そろそろお仕事に戻らないと」
そう言うと部下たちが駆けてくる靴音を聞く。
「ほぉら、お呼びですわ」
「全く、せわしない、オズワルド!話はまた後だ!」
「陛下もほらほら」
シャルリーヌが男二人の背を押すと部屋を後にした。
「あー、心配だ心配だ」
「まぁまぁ、そう心配は要らないと思いますわ」
「なぜ言い切れる?」
「相手はリディアさんですもの、大丈夫です」
「それが問題だ」
「あら、陛下…、もしかして…」
「仕事に戻る」
ジークヴァルトもまた部下に連れられその場を後にした。
「あらあらまぁまぁ」
シャルリーヌが微笑ましく笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、騒がしくして」
「いえ、お気になさらず」
「じゃ、私もそろそろお暇させて頂こうかしら」
シャルリーヌの言葉にリディアは慌てて帰るシャルリーヌを送るためドアに近寄った。
そんなリディアを見てシャルリーヌがぽつり呟いた。
「私はね、時々感じるのよ‥‥」
「?」
「あの子は何か大きなものを背負っているように思うの」
「大きなものですか?」
「ええ…、でもね、あの子は全てにおいて優れてはいるけれど、それを表現するのがあまり上手じゃないの、色々と私たちに伝えたいと思うのにもどかしく思っているような…そんな感覚を幼い頃から見ていて感じていたわ」
「‥‥」
「もっと話をして導いてあげたかったけれど、男の子はダメね、外ばっかりでゆっくり話すという事が出来なくて…、お陰で騎士団に入ってからはより一層風当たりもきつく疎外されるようになってしまったわ…」
「そうだったんですか…」
「リディアさん」
「?」
そこでシャルリーヌがリディアの手を両手で握り絞めた。
「あの子が姫と選んだあなたなら、きっとあの子の事を解ってあげられると思うの、どうか力になってあげて欲しいの」
「え…」
「あの子はね、あの通り容姿もよくハーゼルゼットの息子という地位もあり、とてもモテるけれど誰一人として目もくれなかった、そんなあの子が初めて興味を示したのがリディアさん、あなたなの」
正統ヒロインなら「もちろんです!」という所だ。だが残念ながらこの物語のヒロインはリディアだ。
(あー何だか重くなってきちゃったな…しかも面倒なこと言いだしたし、話逸らした方がいいかしら?)
見事下衆思考全開である。
「お願いね、それでは私もそろそろ…」
「今日はお越し頂きありがとうございます」
「今度は美味しいお菓子を持ってくるわね」
「まぁ、楽しみです」
「ふふ、ではまたね」
笑顔で挨拶をし、去って行く姿を見送ると、オズワルドがソファに移動し寝転がり自分の部屋のように寛ぎお菓子を食べる近くの椅子に座る。
「やっと行ったか」
「できればあなたも消えてくれると気が楽になるのだけど」
「お前の騎士になったのだから諦めろ」
「騎士が姫以上に寛いでるってどうよ?」
「お前もそういうの気にするのか?」
そう言われて、考える。
「‥‥そこは置いといて」
(どうでもいいのですね…)
イザークが心の中で呟く。
「さっきの答え、気になるんだけど?」
「さっきとは?」
「法律や規則が自分の首を絞めるって話」
「ああ、それか」
「法律や規則よりやる事って?」
「お前はどう思う?」
「私?」
うーんと頭を巡らす。
さっきのオズワルドの言葉を一つ一つ思い出してみる。
「そうねぇ…、確かに規則とかって結局作る側のコントロールよね、親のしつけとあんま変わらないのかも‥‥、親の扱いやすいようにするための家庭内ルールみたいな?のが、家庭でなく国という大きな枠組みになっただけな感じ?」
「確かに規則やルールは秩序を保つためですが、それはある意味人の支配に似ていますね、だけど、やはり乱す者がいるなら保つためのルールは必要かと思いますが…」
「‥‥乱す者ねぇ‥、乱す者…、そうか、乱す者がいなければいいのか、てことは、あ…」
「何か思いつかれましたか?」
イザークが首を傾げる。
「根底を変えないといけないのかも…」
「根底とは?」
「例えば、教育…いえ、道徳から…」
「? 教育や道徳をですか?それはなぜ?」
「だってそこがこの世のルールの仕組みなのではないかなって…」
「この世の?」
「家庭のルールって暗黙の了解的な根底のモノがあるでしょ?目に見えるわけではない、生まれた時からしつけられ記憶にも残ってない、それがその子の常識となっている、それをこの世に置き換えたら基盤となるものって、教育や道徳で教わるでしょ?」
「言われてみれば…そうですね、そう考えると教育や道徳は上手く使えば支配者の思う通りの人間を作る事ができるということですか…、ですが教育はともかく道徳はこの世の秩序を保つには必要かと…」
「そうね、でも、道徳も取り違いを意図して教えられていたら?」
「! ‥‥なるほど、本来の意味とは違う意味に見えるようにですか…、それで自分の首を絞めると表現なされた」
「うーん、そこがちょっと違う気がするのよね」
「?」
「だって、それは洗脳者側の意味になるってのもあるし、そこには支配者も洗脳者もどちらも幸せにみえるじゃない?」
「確かに…」
「首を絞めるってどういう事かしら…? っ!」
オズワルドの顔が目の前にあり、驚く。
「やはり、お前はいいな」
「お離れ下さい!」
イザークが慌ててリディアを抱き寄せる。
「ジークも少し考えればこれぐらいの発想できると思うけど?」
「どうだかな、まだまだ寝ぼけた状態だが」
「そう?でも愚能は言い過ぎだったんじゃない?」
「愚能だろう?」
「どこが?」
「まだまだ甘い、俺ならばこんなに手間取らずもっと早い段階でこの国をまとめあげられた、あの男の甘さがここまで拗れさせたのだ」
「そう?結構頑張ってたと思うけど…」
「お前も聡いが甘いからな」
「まぁ、私は甘々なのは認めるけど、そこまで自信あるならアドバイスとか力貸してあげようとか思わないの?」
どの口が言うである。
「それでは俺がいなくなればたちまちこの国は立ち行かなくなるだろう、それをあの男は解っているから俺に頼らない、そこはなかなかに賢く見込みがある」
「それって、いなくなる前提?」
「この国に世界に興味はない」
「興味がない?」
「こんなつまらん世界に興味を持てという方が無理がある」
「‥‥」
「さてと、そろそろ行く」
「あ、うん」
オズワルドが席を立つと扉じゃなく窓から外へ出て行く。
そして皆が去った部屋のソファに突っ伏した。
「はぁ~疲れた」
「お疲れ様です」
テーブルの上のティーセットを可憐な魔法で片付けていくそれをボーっと見る。
「如何なさいましたか?」
「うん、何か引っかかるなと思って」
「何をです?」
「うん…何て言うか…」
あの騎士宣言をしたオズワルド、そして今日のオズワルドの過去など一連の話を思い返す。
「…うーん優秀なオズがなぜ『姫』に拘るんだろうってね」
「オズワルド様は、常識を逸していると言われるお方です、数々の逸話を聞くと『お伽噺』の夢を持ち続けてもおかしくない人物かと…」
「そう…」
(そのまま受け取るべきか…、でも何だろう…この違和感は?)
ハーゼルゼットが聖女の部屋でのんびりとお茶をするオズワルドの元へと駆け込んでくる。
「それはこっちのセリフだ、何度言わせる、俺は辞める、姫の騎士になると決めた」
「お前はまだそんな子供じみた事を言っておるのか!こんのぉ戯け者!!ジークヴァルト陛下も言ってやってください!!」
リディアの隣でお茶をするジークヴァルトを見る。
「まぁまぁ、あなた、いいじゃないの、それよりイザークのお茶はとても美味しいのよ、あなたもいかが?」
「お前はまた聖女様の部屋に!このお方様はぁああ――――」
「あ、あの、えーとお義父様?私は大丈夫ですよ」
リディアの『おとうさま』にハーゼルゼットの鼻の下がびよーんと伸びる。
「あらあらまぁまぁ、この人ったら娘は初めてで嬉しくて仕方ないのですよ」
ハーゼルゼットの奥さんであるシャルリーヌがほほほっと楽しそうに笑う。
「それはそうと…、ハーゼルゼット、お前に聞きたいことがあったのだ」
ジークヴァルトがティーカップを置く。
「どうか致しましたか?陛下」
「ああ、どうかした、オズワルドの雷魔法に雷神の剣、その説明をしてもらおうか」
「!?!!!」
ハーゼルゼットが言葉にならない声を上げる。
「‥‥まさか、聖具が壊れた…、そんな事が…」
「聖具?ほぉ、それで封印していたのか」
「どういう事?雷魔法とか雷神の剣に何か問題が?」
「リディア様、私の黒魔法が魔物のみと同じく、雷魔法は神のみが使える魔法にございます」
「へ?てことはオズワルドは神様なの?」
「それが解らないのです」
「でも雷魔法使えるんでしょ?」
「確かに雷魔法は神のみ使える魔法ですが、神は巨人だと伝えられています、オズワルド様は大きな方ですが巨人には及びません」
「これから大きくなるとか?」
「流石にもう大人だからそれはないんじゃないかしら?ねぇあなた」
「今まで人間らしく普通に成長をしてきてはいるんじゃが…」
「だったらやっぱり人間?」
「解らないのです…」
首を横に振るハーゼルゼットを見る。
「話せ、ハーゼルゼット」
ジークヴァルトの言葉に諦めたかのように息を吐く。
「解りました、全てをお話ししましょう、リディア様には知ってもらっている方がいいですからな」
そう言うとハーゼルゼットは語り始めた。
それは遠い過去に遡る。
ハーゼルゼットが狂暴な猛獣が出たという事でその山深くに討伐に向かった。
だがおかしい事に狂暴な猛獣が出たというのに山はのどかで猛獣の「も」の字も感じない。
偽情報を掴まされたかと思い皆が引き返そうとしたその時、物凄く山深いというのに煙が上がった。
こんな山深くに誰か居るのかと、その煙が上がる場所へと向かった。
そしてその場に辿り着いて目にしたものに皆が目を疑った。
「そこには小さな男の子が…、大きな熊を丸焼きにしている幼子がいたのです…そう、その男の子がオズワルドだったのです」
男の子に何をしていると聞くと「食事だ」と答えた。
その熊は?と聞くと「狩った」と答えた。
信じられない答えに皆が不信を抱くも、周りには大人どころかひとっこひとりいない。
ここで一人かと聞くと「そうだ」と答えた。
どうしてここに居る?と聞くと「気づいたらここに居た」と。
親は?と聞くと、「知らん」と。
男の子は記憶がないと言う。
まだとても幼いから無理もない、きっと親が貧困から子を山に捨て運よく生き残ったのやもしれない。
そんな事を思いつつ、ここは危険だ、狂暴な猛獣が出るかもしれないから山から出る方がいいと言うと、「それなら倒した、大したことなかった、つまらん」と答えた。
その言葉に驚くも大きな熊を丸焼きにしているその男の子の姿に、もしかしたら本当の事かもしれないと皆言葉に詰まった。
そしてこの男の子をどうしたものかと悩み、ハーゼルゼットが自分の息子に迎える事を決めた。
名を聞くと「知らん」と答えたので、『オズワルド』と名を与えた。
「これがオズワルドとの出会いです」
ハーゼルゼットもイザークの淹れたお茶を一口飲む。
それからがまた大変だった。
家に迎え入れたまでは良かったが、オズワルドは悪戯好きで暴れん坊だった。
庭に大量のミミズを撒き散らしたり、せっかく新設した通路を大きな岩で塞いだりと、オズワルドの悪戯は度が越えていて悩まされた。
それだけではない。
オズワルドは作法や勉強が大嫌い、作法や勉強の時間になると力いっぱい暴れまくり家が崩壊しかけたほどだ。そしていつも「強い奴はどこにいる!こんな事より俺は強くなりたいんだ!」二言めにはこれだった。
そんなある日、兄たちが揶揄って適当に強い奴なら裏山にいるなどと言うから、オズワルドは裏山へと勇み足で駆けて行ったと聞き、ハーゼルゼットは慌てて裏山へ向かった。
そこで目にしてしまった。
雷を操るオズワルドの姿を。
驚き慌てたハーゼルゼットはこのままではいかんと考えた。
この力は新たな諍いや争いを産む。
それでなくても国は二分して大変な時に、この力が知れ渡れば大変だと。
どうにかしなければと雷の魔法について色々調べている最中、あらゆる魔法を封じ込める聖具があると知った。
「その聖具を何とか手に入れ、雷魔法の封印を施しました」
「それで今まで発動しなかったわけか」
「はい」
だが、オズワルドが雷魔法を使わなくとも四大元素の魔法の威力も量も破格。そんなオズワルドが勉強は嫌だと暴れまくり破壊を繰り返しどうしたものかと途方に暮れた。
「つまらんつまらんつまらん!!強い敵はどこだぁあああっっ!!」と喚き暴れるオズワルドの前にハーゼルゼットの妻シャルリーヌが1冊の本を持って現れた。
『つまらないならお話ししましょう、とーっても面白い物語なのよ、きっとオズワルドも気に入るわ』
そう言うとオズワルドの前に座り、その物語を話し出した。
その物語は騎士がお姫様を守るために次々と現れる強敵を倒していくというよくある物語だった。
だけどオズワルドはそれに食いついた。
最後にお決まりの『そうして騎士はお姫様と結婚しいつまでもいつまでも幸せに暮らしました』と話し終え本を閉じるや否やオズワルドが立ち上がり剣を振り上げた。
『俺、お姫様の騎士になる!強い敵を薙倒してやる!!』
それを聞いたシャルリーヌが提案を出した。
「お姫様の騎士になるなら、礼儀作法やちゃんとした剣を学ばなければいけないわ?できる?」と。
幼いオズワルドは「そんなの簡単だ!」と答え、まんまとシャルリーヌの提案に乗った。
そこからは驚くことにあれだけ暴れまくっていたオズワルドはちゃんとハーゼルゼットやシャルリーヌの言いつけを守り、騎士になるべく勉強に勤しんだ。
驚く事にオズワルドの呑み込みの早さには舌を巻いた。
兵法に関してはこちらが教える事がない程頭が切れる。
礼儀作法も初めからこちらが教える事がない程に素晴らしいものだった。
剣の腕前も素晴らしく、悪戯好きや暴れん坊を除けば、物凄く優秀な子だった。
あまりに優秀過ぎて、先にやっていた息子達がへそを曲げ騎士にはならないと言い出し終いには違う道に歩んでしまった程、幼き頃からオズワルドは逸していました。
とはいえ優秀過ぎるためか、傲慢で物凄く合理的で常識も逸していました。
そのため、騎士として表に出すのはどうかと不安を覚え悩んだが、「姫の騎士になる」とか子供の夢などいずれ消え失せるかもしれないと淡い期待を抱きながら時が過ぎました。
「だが、それも終わりの時がやって来ました…」
成長したオズワルドに色々理由を付け先延ばしにしていたある日、
『いつになったら騎士になれるんだ?』
と、聞いてきた。
「まだまだ」と答えると「嘘だ」と答えた。
いつの間にか調べていたオズワルドは家にいては騎士になれないと、騎士団へ連れて行けと喚いた。
「それはできない」と答えると「だったら今から姫を探しに行く」と言い出した。
出ていこうとするオズワルドを止めようとするも聞かない。
そんなオズワルドを止めるにも力では何ともすることが出来ない。
「姫の騎士」など子供じみた夢をいい加減に捨てろと言ったが、「姫の騎士」以外に興味がないと言い放った。だから「心が、常識がお前には足りないから無理だ」とハッキリと告げたら「何も見えていないのはお前達の方だ」と言い放ち、そのまま家を出て行こうとする。
慌て困り果てたハーゼルゼットはもしものために手に入れていた聖具でオズワルドを裏山に閉じ込めた。
それに怒ったオズワルドが裏山を破壊。
「ここから出せ!」と喚くオズワルドに聖具の破壊も時間の問題、さてどうしたものかと、仕方なくジークヴァルト殿下に相談をしたら、「なら騎士団に入れればいい」と言う。
それは無理だと、大人しく自分より弱い人間の言う事を聞くとは到底思えないと言うと、
『ならば隊を任せてみればどうだ?丁度煩わしいのを内密に処理できる隊を作ろうと思っていた所だ』
と仰って、オズワルドを表向き隊長として騎士団に迎え入れた。
迎え入れる際、ジークヴァルトを君主としお守りする事、団長であるハーゼルゼットとジークヴァルト殿下の命令は絶対である事、騎士の規律、国の法律は絶対守る事、あまりに強すぎる力を使わず制御すること、そしてボロが出てはいけないと、できるだけ喋らない事を約束させた。
そうして騎士団に入り色々と言われはしたが、王宮騎士団長の息子ならいきなり隊長だと言ってもそこまで強く言ってくるものはいなかった。
そして驚くことに、いや、当然の如くオズワルドは見事なまでの手腕を見せつけ、当時は戦乱の世、その活躍は表上隠されたが、相当な戦力となりお陰でかなり難しい戦況は随分といい方向へ向けることが出来た。
そこで気づいた事があった。オズワルドは傲慢で乱暴者だが目的を成し遂げるためならどんな事にも耐え、状況に応じて臨機応変に別人かと思えるほどの変容をし、ギリギリではあるが言われたルールや約束は必ず守る男だという事を。
「ああ、だから、このままにしておくのは勿体ないと王宮騎士団長にしてみるかと言ったのだ」
「それはいいかもしれないと思いました、規則でがんじがらめにし、その力を国のためにしっかりと働いてもらうために」
「あのー、本人の目の前でそんな話していいの?」
「問題ない、こいつはそんなもの気にもせん」
「言わなくても、もう気づいている、そんな男だ」
ジークヴァルトの言う通り、気にもせずイザークにお茶のお代わりを貰おうとしているオズワルドが居た。
(本当に気にしてないみたい…)
「なんだ?」
ちらりと見ていたリディアにオズワルドが目だけで振り向く。
「あーうん、本当に気にしてないのかと思って?」
「気にするに値しない、愚能過ぎて相手にする気にもならん」
「な…」
「オズワルド!」
バンっと机を叩き怒鳴るハーゼルゼット。
「愚能とは何だ!陛下に向かって何たることを!!」
「本当の事を言ったまでだ」
「オズワルド!」
「参考までに聞く、どこが愚能だと思う?」
ジークヴァルトがオズワルドに問う。
「法律や規則など愚かな事だと言っている、自分の首を絞めているのも解らず暢気なものだ」
「首を?‥‥」
「しかし、それがないと規律が保てん」
「ここまで世界が落ちればある程度は仕方ないだろうが、それよりもやる事があるだろう」
「それは何だ?」
「それも解らんから愚能だと言っている」
「オズワルド!陛下の質問にちゃんと答えよ!」
「この答えを自ら得られない様では、俺が教えたところで結果は結局同じことになるから意味がない」
「訳が分からん、法律や規則のどこが悪い?秩序を保つためには必要だろう?」
「ふっ」
オズワルドが鼻で笑う。
「陛下に向かってその態度は何だ!」
「よい、お前は秩序を保つのに法律や規則は必要ないと言うのか?」
「さっきも言ったが、ここまで落ちた世界ではある程度は必要だろうが、必要以上に作るのは愚かな行為、それはただの表面上の制圧にしかすぎん」
「表面上の…」
「上に立つ者の都合のいい支配と何ら変わらん」
「‥‥では、根本を正せばという事か?だがしかし、どこをどう正せばというのだ?規則やルールに正しいと思う行いを示しているように思うが…」
「だから愚能だと言っている、お前の見方は平たん過ぎる」
「オズワルド!!陛下に向かって何たる言い草!!」
ガタンッと椅子をこかし立ち上がり怒鳴るハーゼルゼット。
「まぁまぁ落ち着いて、あなた」
ふるふる震えるハーゼルゼットを宥めるシャルリーヌ。
「はぁ~‥落ち着いていられるわけがなかろう」
ハーゼルゼットが机に手をつく。
「陛下への態度もそうじゃが、それだけじゃない!」
そう言ってハーゼルゼットがリディアをまっすぐ見る。
「あなた様を『姫』にすると言い出しおったのじゃ!!こやつは!!」
こめかみに怒りマークを付け怒鳴りオズワルドを指さす。
「いいじゃないですか、やっとオズワルドが自分のお姫様を見つけましたのよ、喜ばしい事だわ」
「何が喜ばしい事か!規則でがんじがらめにしていないオズワルドがどうなるかお前も知っておろうに!!ああぁああっっ、今すぐ宣言を取り消せ!!オズワルド」
「嫌だ」
「はぁ~、確かに大問題だ、リディア、お前から言え、でないとこいつは宣言を取り消さん」
眉間に手を当てジークヴァルトも取り消せと催促する。
「こいつは関係ない、俺が決めた」
「オズワルド!」
「お前にはまだ王宮騎士団長の任務があるだろ、この件はまだ保留だ!」
「それは辞めると何度も言っている」
「認めん!」
「姫を見つけるまでという約束だ」
「だがまだ任務中だ!リディア、こいつに命令してやれ!傍に近づくなと、姫の命令は宣言でも絶対だ」
「それがよい、こいつに遠慮なぞいりませんぞ!普通なら王が否を唱えても実行に移している場合、処刑処分になるが、オズワルド相手ではそれも難しい、お前を納得させるにはリディア様から直接言ってもらうのが一番じゃ」
「認めないのではないのか?では宣言は有効でいいな」
「認めていない!だがお前が認めないと言っているのに勝手に行動に移すからそれが問題だと言っている」
「陛下のおっしゃる通りじゃ!罰などお前には効かん、誰もお前に敵わんからな、それに、お前ならリディア様を攫ってどこかへとんずらすることも容易、だから保留にしているだけだと解っているじゃろう!」
「最初の約束通り、姫を見つけたから行動に移しているだけだ」
「いい加減にせんかーい!姫探しを許したがリディア様だけはダメじゃ!他を探すんじゃ、オズワルド」
「ああ、リディア以外なら認めてやる」
わいやわいやと騒がしい中、シャルリーヌがパンと手を打つ。
「さぁさ、楽しい時間はお終いです、そろそろお仕事に戻らないと」
そう言うと部下たちが駆けてくる靴音を聞く。
「ほぉら、お呼びですわ」
「全く、せわしない、オズワルド!話はまた後だ!」
「陛下もほらほら」
シャルリーヌが男二人の背を押すと部屋を後にした。
「あー、心配だ心配だ」
「まぁまぁ、そう心配は要らないと思いますわ」
「なぜ言い切れる?」
「相手はリディアさんですもの、大丈夫です」
「それが問題だ」
「あら、陛下…、もしかして…」
「仕事に戻る」
ジークヴァルトもまた部下に連れられその場を後にした。
「あらあらまぁまぁ」
シャルリーヌが微笑ましく笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、騒がしくして」
「いえ、お気になさらず」
「じゃ、私もそろそろお暇させて頂こうかしら」
シャルリーヌの言葉にリディアは慌てて帰るシャルリーヌを送るためドアに近寄った。
そんなリディアを見てシャルリーヌがぽつり呟いた。
「私はね、時々感じるのよ‥‥」
「?」
「あの子は何か大きなものを背負っているように思うの」
「大きなものですか?」
「ええ…、でもね、あの子は全てにおいて優れてはいるけれど、それを表現するのがあまり上手じゃないの、色々と私たちに伝えたいと思うのにもどかしく思っているような…そんな感覚を幼い頃から見ていて感じていたわ」
「‥‥」
「もっと話をして導いてあげたかったけれど、男の子はダメね、外ばっかりでゆっくり話すという事が出来なくて…、お陰で騎士団に入ってからはより一層風当たりもきつく疎外されるようになってしまったわ…」
「そうだったんですか…」
「リディアさん」
「?」
そこでシャルリーヌがリディアの手を両手で握り絞めた。
「あの子が姫と選んだあなたなら、きっとあの子の事を解ってあげられると思うの、どうか力になってあげて欲しいの」
「え…」
「あの子はね、あの通り容姿もよくハーゼルゼットの息子という地位もあり、とてもモテるけれど誰一人として目もくれなかった、そんなあの子が初めて興味を示したのがリディアさん、あなたなの」
正統ヒロインなら「もちろんです!」という所だ。だが残念ながらこの物語のヒロインはリディアだ。
(あー何だか重くなってきちゃったな…しかも面倒なこと言いだしたし、話逸らした方がいいかしら?)
見事下衆思考全開である。
「お願いね、それでは私もそろそろ…」
「今日はお越し頂きありがとうございます」
「今度は美味しいお菓子を持ってくるわね」
「まぁ、楽しみです」
「ふふ、ではまたね」
笑顔で挨拶をし、去って行く姿を見送ると、オズワルドがソファに移動し寝転がり自分の部屋のように寛ぎお菓子を食べる近くの椅子に座る。
「やっと行ったか」
「できればあなたも消えてくれると気が楽になるのだけど」
「お前の騎士になったのだから諦めろ」
「騎士が姫以上に寛いでるってどうよ?」
「お前もそういうの気にするのか?」
そう言われて、考える。
「‥‥そこは置いといて」
(どうでもいいのですね…)
イザークが心の中で呟く。
「さっきの答え、気になるんだけど?」
「さっきとは?」
「法律や規則が自分の首を絞めるって話」
「ああ、それか」
「法律や規則よりやる事って?」
「お前はどう思う?」
「私?」
うーんと頭を巡らす。
さっきのオズワルドの言葉を一つ一つ思い出してみる。
「そうねぇ…、確かに規則とかって結局作る側のコントロールよね、親のしつけとあんま変わらないのかも‥‥、親の扱いやすいようにするための家庭内ルールみたいな?のが、家庭でなく国という大きな枠組みになっただけな感じ?」
「確かに規則やルールは秩序を保つためですが、それはある意味人の支配に似ていますね、だけど、やはり乱す者がいるなら保つためのルールは必要かと思いますが…」
「‥‥乱す者ねぇ‥、乱す者…、そうか、乱す者がいなければいいのか、てことは、あ…」
「何か思いつかれましたか?」
イザークが首を傾げる。
「根底を変えないといけないのかも…」
「根底とは?」
「例えば、教育…いえ、道徳から…」
「? 教育や道徳をですか?それはなぜ?」
「だってそこがこの世のルールの仕組みなのではないかなって…」
「この世の?」
「家庭のルールって暗黙の了解的な根底のモノがあるでしょ?目に見えるわけではない、生まれた時からしつけられ記憶にも残ってない、それがその子の常識となっている、それをこの世に置き換えたら基盤となるものって、教育や道徳で教わるでしょ?」
「言われてみれば…そうですね、そう考えると教育や道徳は上手く使えば支配者の思う通りの人間を作る事ができるということですか…、ですが教育はともかく道徳はこの世の秩序を保つには必要かと…」
「そうね、でも、道徳も取り違いを意図して教えられていたら?」
「! ‥‥なるほど、本来の意味とは違う意味に見えるようにですか…、それで自分の首を絞めると表現なされた」
「うーん、そこがちょっと違う気がするのよね」
「?」
「だって、それは洗脳者側の意味になるってのもあるし、そこには支配者も洗脳者もどちらも幸せにみえるじゃない?」
「確かに…」
「首を絞めるってどういう事かしら…? っ!」
オズワルドの顔が目の前にあり、驚く。
「やはり、お前はいいな」
「お離れ下さい!」
イザークが慌ててリディアを抱き寄せる。
「ジークも少し考えればこれぐらいの発想できると思うけど?」
「どうだかな、まだまだ寝ぼけた状態だが」
「そう?でも愚能は言い過ぎだったんじゃない?」
「愚能だろう?」
「どこが?」
「まだまだ甘い、俺ならばこんなに手間取らずもっと早い段階でこの国をまとめあげられた、あの男の甘さがここまで拗れさせたのだ」
「そう?結構頑張ってたと思うけど…」
「お前も聡いが甘いからな」
「まぁ、私は甘々なのは認めるけど、そこまで自信あるならアドバイスとか力貸してあげようとか思わないの?」
どの口が言うである。
「それでは俺がいなくなればたちまちこの国は立ち行かなくなるだろう、それをあの男は解っているから俺に頼らない、そこはなかなかに賢く見込みがある」
「それって、いなくなる前提?」
「この国に世界に興味はない」
「興味がない?」
「こんなつまらん世界に興味を持てという方が無理がある」
「‥‥」
「さてと、そろそろ行く」
「あ、うん」
オズワルドが席を立つと扉じゃなく窓から外へ出て行く。
そして皆が去った部屋のソファに突っ伏した。
「はぁ~疲れた」
「お疲れ様です」
テーブルの上のティーセットを可憐な魔法で片付けていくそれをボーっと見る。
「如何なさいましたか?」
「うん、何か引っかかるなと思って」
「何をです?」
「うん…何て言うか…」
あの騎士宣言をしたオズワルド、そして今日のオズワルドの過去など一連の話を思い返す。
「…うーん優秀なオズがなぜ『姫』に拘るんだろうってね」
「オズワルド様は、常識を逸していると言われるお方です、数々の逸話を聞くと『お伽噺』の夢を持ち続けてもおかしくない人物かと…」
「そう…」
(そのまま受け取るべきか…、でも何だろう…この違和感は?)
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