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さぁ、はじめようか

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 あれからどれぐらいの時が経ったのだろう。

「ふわぁああぁ~」

 お気に入りのブランコ椅子に揺られながら大きな欠伸をする。
 ゆらゆらと心地よく視界が揺れる。

「本の精霊さん、もうこれいいわ」

 ポンと精霊が現れるとその本を仕舞う様に消し去った。

「次は‥‥」

 そう言いかけて止まる。
 読みたいと思う本が思い浮かばない。
 というかどれも気分じゃない。
 あれだけ本の世界にどっぷりハマりたかったのに、今はハマりたいという気持ちすら湧き起こらない。

「今はいいわ」

 そう言うと本の精霊が首を傾げながらスッと消えた。

「‥‥」

 あれからしばらくは嬉しくて幸せを満喫していたはず。
 思いっきり自由な時間を謳歌していたはず。

(なのに…)

 自分の胸に手を当てる。
 心がぽっかりと穴が開いたような虚無感。
 自分が思うままの好きな時間を過ごしているというのに死にたいとさえ思うこの気持ち。
 全てが消え去ればいいと思う心。

「‥‥~♪」

 不意に口遊んだ歌。
 悲しい歌。
 なぜその歌を歌ったか解らない。



 それから毎日、本を読むでなくブランコ椅子に揺られながら揺れる世界を眺めながら悲しい歌を口遊む。
 毎日毎日毎日毎日。
 そして今日もゆらゆらと動くブランコ椅子に揺られがら歌う寂しく悲しい恋の歌。

「~~~♪」

 空を覆った雨雲がゆらゆらと動く。
 頬にぽつぽつと雨粒が落ちる。
 心を慰めるようにしとしと降り注ぐ雨を眺めながら止まる事のない寂しく悲しい恋の歌を口遊む。

(なんでこんな歌を口遊んでんだろう…)

 ぼーっと雨の雫を見つめながら思う。

(幸せなはずなのに‥‥)

 悲しい悲しい歌を歌う。
 この世界でやっと自由を手に入れたのに。
 働かずしても食べていける、人に接する煩わしさも必要ない世界。
 そうすれば自分は幸せになれると思っていた。
 一番望んだ世界なのに、虚無感が半端ない。

(楽しい歌も思い出せない…なぜ?)

 思いつく歌は全て寂しく悲しい歌ばかり。
 そして脳裏に浮かび上がるのは懐かしい者達の顔。

(どうして?私は一人で居たかったはずなのに‥‥)

 しとしと降る雨。
 雨の音以外何の音もない静寂な空間。
 その中で自分の悲しい歌声だけが宙を舞う。

(なんでこんなに虚しいんだろう‥‥)

 歌声が静寂に吸い込まれるように消えていく。

(なんで…こんなに思い出しちゃうんだろう‥‥)

 歌い疲れた体を横たえ瞼を閉じる。

「もしかして私‥‥」



(会いたいんだろうか?)




 そう思った途端、蹄の音を聞く。
 ハッとして閉じた瞼を再び開けると、雨は止み雲間から陽の光が差し込んでいた。






「見つけた!!!」






 蹄の音が近くで止まる。
 そして見上げたその先に懐かしい面々の顔があった。

「やはりお前だったか!探したぞ!」

 紅い髪を靡かせた男がニカーッと笑う。

「全く、世話が焼けます、生きているならそうと仰い」

 そう言って見たことがない優しい笑みを浮かべる。

「心配しました、本当に‥‥ご無事で何よりです」

 嬉しそうにその紅い目を潤ませ輝かせる。

「生きているって信じてたよ!僕!だからずっとずっと探してたんだよ!!」

 バッと飛びつき腰に巻き付き泣く男の頭上を見る。

「リディアの歌声が聞こえて辿って来たんだ…まさかと‥‥生きて‥‥よかった…よかった‥‥」

 ぐすぐすと馬上で肩を震わせ涙するボンキュッボンな女騎士。

「みんな‥‥どうして?」

 ここは誰も来ない筈なのに突然現れた懐かしい面々に戸惑う。

(もしかして、私が今思ったから…?)

 だけど今思ったのは疑問形だ。

(どうして?)

 そこでふと思っただけでここまでの世界が作りあがった事を思い出す。
 その時心でここまで思っていたわけでない。
 それどころか疑惑な思いすら考えた。
 でもこの世界が現れた。

(私が心…顕在意識で思ったんじゃない…、潜在意識で真に望んだから…?)

「私が…真に…?」

(嘘…)

 唖然とするリディアの前に大きな影が出来た。
 その影を見上げる。

「オズ‥‥」
「お前に聞きたいことがある」
「?」

 何なのかと首を傾げる。





「お前は聖女になりたくなかったのか?」





 皆が驚き見る。

「オズワルド!会っていきなりそれはないだろう」
「そうです、まずはリディア嬢と再会できたことに祝福―――――」



「どうなんだ?」



 オズワルドがリディアを真っ直ぐ見つめ下ろす。
 そんなオズワルドにこくりと頭を頷かせる。

「っ‥‥」

 ジークヴァルトが口を噤む。
 サディアスも解っていた事とは言え、少し後ろめたさに目線を少し逸らす。

「理由は?」
「?」
「団長!まだリディアを疑ってんですか?!私達を助けてくれたリディアを!!」

 キャサドラがオズワルドに詰め寄る。

「疑ってはいない、伝説の聖女だということは認めている」
「だったらどうして?」
「知りたいのだ」
「――っあ、団長…」

 キャサドラを押しのけ、もう一度リディアに向き直る。

「答えろ、どうして聖女になりたくない?その理由が知りたい」

 オズワルドがリディアの視線を外す事を許さないというように見つめる。
 その瞳にリディアの心が大きく揺れる。

(本当の事を言ったら?)




――――― 嫌われる?




 心に浮かぶそのワードに体が凍える。


(あれ?おかしい‥、嫌われるなんてへでもないのに‥‥)


 というか、嫌われることの方が遥かに多い人生を送ってきたと自信を持って言える。
 嫌われることなど全く気にもとめないはずの自分が目の前に居る皆に嫌われるかもしれないと思うと心が恐怖に震える。
 そんな自分に戸惑いつつも、一つ深呼吸をする。


(落ち着け、落ち着け…、私の考えが共感を得られないのはいつもの事でしょ… 落ち着け…)


 いつもならスッと出る言葉が、それでもなかなか出てこない。

(どうして、声が出ないの?距離が近づき過ぎたから?…ううん、違うわね…)

 それはきっとこの世界を彼らを知り過ぎたからだろう。
 この世界で生きる彼らは、必死に生きていた。
 そしてこの世界をよりよくするために命懸けで頑張っていた。


(っ‥‥ああ、そうか…)


 オズに抱かれた時の激痛を思い出す。
 あの時に自分は気づいてしまったんだ。
 この世界がシナリオだとしても、彼らはこの世界で生きている事に。
 

(はぁ~、こんなはずじゃなかったんだけど)


 自分なりには結構ちゃんとしたつもりだ。
 大団円も迎えられるよう努力はしたし、達成したと思っていた。
 ただ、この魔物退治までセットとは思っていなかったのだ。
 大団円だから、魔界の扉が開かず終わり、次第に収まっていくと考えていた。
 まさか終わったと思って逃亡した結果、ジークが処刑される運命になるとは思いもしなかった、しかしそれも何とか助けた。
 魔物討伐までが必須項目だとは知らなくて大変な事になってしまったが、それもちゃんと倒した。
 だから自分がやれることは全部やったつもりだ。


(でも、やっぱ理解はしてもらえないよねぇ…)


 どう考えたって理解してはもらえない。
 彼らは苦しみ死を覚悟し、命懸けでこの世界を守っていた。
 だから彼らから見た自分は、この世界の人々が苦しみ悲しみ藻掻いている時に伝説の聖女である事を隠し、自分のためだけに逃げていた事になる。
 ちゃんと聖女の力で助けはしたが、彼らからしたらそれは当然でこれからもこの力を国のため人のために使えと当然思うだろう。
 この力を求め、この力は国のため人のために使って当然と思う。
 それが彼らの常識だ。
 そこに”私の意思”は関係ないのだ。
 だけど私は聖女なんてやりたくない。嫌なもんは嫌だ。どうしようもない。
 だから、自分が協力できる範囲だけはちゃんとやったつもりだ。
 これ以上は無理。てか、もう聖女の力なくても何とかなるだろうと思うけれど、そういうのは関係ないのだ。
 私の考えは彼らにしたらただの言い訳、そんな言い訳は彼らに通用しないだろう。
 こんな自分を彼らは受け入れられないだろうし、理解できないだろう。
 外から見ればそれはあまりに自己中。
 こんな自分を彼らが受け入れるはずがない。


 解っていた。
 解っていたけど。


(それでもできないモノは出来ない、これは譲れない、私の権利だもの――――)

 
 そう思うが、皆が落胆し嫌われると思うと心が震える。
 オズワルドの視線が心をズキズキと刺す。


「答えろ」


 答えない事を許さないという瞳。


(恐れるな、私は譲れる範囲の出来る事はやったんだ…)


 ふるふると震える唇が動く。


「‥‥たの」


 カラカラになった喉から声を絞り出す。
 なんと言ったか解らず皆が首を傾げる。

「聞こえない、何と言った?」

 容赦ないオズワルドの投げかけに、大きく深呼吸をする。


(‥‥もう逃げられない)


 声が震える。体が震える。心が震える。





「…… その…ぐーたら生活がしたかったの」





 リディアの言葉に皆がキョトンとする。

「まさか…、それだけのために逃げまくっていたのか?」

 唖然とするジークヴァルトの言葉に頷く。
 呆気に取られた皆の顔が落胆していく様が見て取れる。
 そりゃそうだ。今さっきも思った、解っていた反応だ。
 彼らは命懸けでこの世界を人々をこの国を必死に守ってきたのだから真っ当な反応だ。
 そしてそれを救う力を持つ者が『ぐーたら生活』のために逃亡していたとなったら、落胆し呆れられるのも無理はない。
 怒ってきてもおかしくないぐらいだ。怒らないだけ彼らの優しさだろう。
 呆気にとらわれる皆の前でサディアスが眉間に手を当てはぁーっと深いため息を付く。

「全くあなたという人は、世界を左右する一大事という時にそんな暢気な事を…それでは脳のない愚貴族と同じ‥‥第一、その力がある限りどこに居ても隠していても結局邪魔が入るぐらいあなたなら解るでしょう?相も変わらずまったく仕方のない人ですね」
「ですが、誰にも見つからずご無事でよかった‥‥、心配しました」
「ああ、無事で何より、…しかし上手く隠れたな、随分と探したが見つけられなかった、今もお前の歌声に導かれなければ見つけられなかったぞ」

 皆の呆れはするものの気を遣うその気遣いにリディアはぐっと掌を握りしめ顔を俯けた。

(解ってる、理解してもらえないのは当たり前…)

 彼らは本当に命懸けでこの国を民を守ってきたのだ。
 それが当然と思う彼らに自分の考えを理解してもらうのは不可能だ。
 彼らと私の常識は違う。
 私の考えはいつだってどこにいたって理解はしてもらえない。
 こういうのは慣れっこだ。

「まぁ…リディアらしいと言えば…だけどこの世界を救うためにあなたの力は必要だわ、救えるのはリディアしかいない、私も手伝うからがんばろう、リディア」
「その力はこの国だけじゃない、世界を救います、あなたも見たでしょう?魔物に襲われる人々を、あれを見て何とも思わないのですか?あなたはそういう人ではないでしょう?私の父を皆を助けてくれたあなたなら…」
「リディア様…、リディア様の夢、叶えて差し上げたいのですが…、この力が知れ渡った今、この世界に安全という場所はありません、世界中からあなたの力を欲し刺客がやってくるでしょう、城に戻り匿ってもらうのが一番よい判断かと」

(どこにいても同じ、そしてあなたたちも同じだ…)

「!…そうか、姉さまの力を狙って…、二人だけで逃亡は難しいのか…くそっ、あの時姉さまを一人にしなければ城に来ることも、こんな事にもならなかったのに… どうすれば…」
「間違いなく世界中から狙われるだろうな、その力を得れば、世界征服も夢ではないからな」

 ジークヴァルトの言葉にリオの顔が青ざめる。

「だが、その夢、この世界が平和になれば叶う、そのためにも…共に戦おう、リディア」

 皆が期待に満ちた目でリディアを見る。

(そうじゃない…)

「そうだ、その夢をかなえるために一緒に頑張りましょう」
「私もリディア様の夢のためにお傍でお守り致します」
「姉さま!僕も戦うよ!」

(そうじゃない…)

 守るとか一緒に頑張るとか、そんなのいらない。

「城へ帰ろう、リディア」
「気持ちは解らなくはありません、ですがもし見つけたのが私達でなかったらどうなっていたか…、ここで一人でいるのは危険です、さぁ、一緒に帰りましょう」
「俺たちの所が安全だ、必ずお前を守ってやると約束する」
「あなたは伝説の聖女です、この国だけでなくこの世界の希望となったのです、必ずあなたを大切にお守りすると誓いましょう、だからさぁ手を、一緒に参りましょう」

(これが普通の反応よね…、どう言ったって私の心は通じない…)

 畳み掛ける皆の言葉に押し黙る。






「いい夢だな」






「!」

 場にそぐわない爽やかな声と言葉。
 リディアは驚きオズワルドを見上げる。


「ふっ…」


 見上げたオズワルドが堪らないというように噴き出す。

(え…?)

 するとオズワルドが高らかに豪快に笑い出した。





「はーっはっはっは!まさか、お前のような思考を持つ者がまだこの世界にいたとはな!」





「団長?!」

 オズワルドが高笑いをする様を皆が唖然と見る。

「想定外だ、なるほどお前の思惑が解らないはずだ!想定に、はなからなかったからな!だが今なら納得がいく、俺の大誤算だ!惨敗だ!惨敗して清々しいと、愉快だと思ったのは初めてだ!はーはっはっはっは!」

 豪快に笑うオズワルドに皆がぽかーんと口を開ける。

「オ、オズワルド王宮騎士団長!全くあなたも何を呑気なことを…、今この国の、いえ、世界の運命に関わる大事な話をしているのです、口を慎みなさい」
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「はぁ~やれやれ、理由が現実的でないくだらない夢と解った今、説得している流れが解りませんか?」
「夢や望みは、いつから評価対象となったのだ?いつから人の夢や望みを人が変更できる世界になったのだ?」
「そ、それは…」


「夢や望みは自由だ、ジャッジなど必要ないものだ」


「ですが無理な夢なら夢を見せない方が遥かにマシです」
「無理かどうか他人が決めるものではない、それにお前は夢を諦めさせた責任が取れるのか?せいぜい己の正統性のために諦めてよかった理由を集めてみせるぐらいしかできないだろう」


「っ‥‥」

 オズワルドの言葉に皆が押し黙る。
 そんな中ふとキャサドラがリディアを見てギョッとする。

「リディア?!」

 リディアの瞳からポタポタと涙が零れ落ちていた。
 皆が焦り見る。

「ど、どうしたの?!」
「姉さまっ、泣かないで!」
「あなたが涙するとは…」

 戸惑い焦る皆の前でオズワルドがリディアに向き直る。

「なぜ泣く?」

 そんな皆の前で大粒の涙が零れ落ちる。

「‥‥解らない、ただここが凄く熱い」

 とんとんと胸に自分の手を当てる。
 熱く溢れる感情に息が苦しい。

「‥‥」

 そんなリディアをオズワルドがじっと見つめる。
 皆にも見つめらているのに込み上げる涙が止まらず地面が自分の涙で湿っていく。

(あーもーっ恥ずかしいっっ、止まれっっ)

 恥ずかしいと思うのに止まらない涙にぐっと奥歯を噛みしめた。


「お前に興味がわいた」


 不意にオズワルドがそう言うと大きな体を折り曲げ剣をリディアの前に置く。
 そして膝を折り跪くとリディアを見上げた。



「その夢、この俺が叶えてやる」



 そう言うとリディアの手を取り口づけた。






「ここにお前の騎士を宣言する」







「え‥‥?」

 リディアが瞼を瞬かせる。

「待て!ダメだっ認めん!」
「誓いでなく宣言なんて以ての外ですっっ?!今すぐ取り消しなさい!あなただけは絶対ダメです!」
「姉さまから離れろ!」
「流石団長!やる事が大胆!しかも宣言を選ぶなんてやっぱり団長は常識を逸しているわ…」

 皆が慌てる中、首を傾げるリディア。

「騎士の宣言?」
「『騎士の誓い』は主に認められて成立し正統な騎士となります、常に傍に主と共に行動することが許可された騎士となります、『騎士の宣言』は主の意志関係なく主のために命を懸けお守りする事にございます、よって正統ではないため栄誉もなく給金も支払われません、ですが規則に縛られず自由に行動し主を守ることが出来ます…が、普通は得が全くない上、命だけを捧げる宣言より玉砕覚悟で国の補償もあり地位も名誉も得られ、いつも近くでお守りできる栄誉を得たいと誓いを選ぶのですが…」

 イザークがリディアの背後に立ち説明する。

「‥‥それって‥‥‥ストーカー?」

 リディアの唇が引き攣る。

「でもなんで二通りに?」
「正統な騎士は一人のみと規定があるため、どうしても命を懸けて守りたいという者への思いをくんだのが宣言…なはずですが、最初から宣言をする騎士は過去に例がありません…」
「宣言自体、数えるほどしかないのよ、おいしいとこなしで命かけて守りたい主なんてそうそういるもんじゃないしね」
「ダメだ!!王である俺が認めん!よってこれは承認されん!」
「宣言は王に承認拒否の権限があります!諦めなさい!」
「どうして急にそんな事を‥‥」
「こいつといれば強い敵に事欠かないだろう、しかも容姿も美しく、それなりの道理を感覚的に解っている、まさに俺の思う条件にピッタリだ」
「条件?一体何の条件です?」
「まずいっ」

 皆が首を傾げる中、ジークヴァルトの焦り見る。
 オズワルドが真っすぐに見つめ言い放つ。



「俺の姫はこいつに決めた」



「はぁ?!」
「ひ、姫???」
「ぴ、ぴかちゅぅ?」
「あぁああ‥‥」

 突拍子もない言葉に皆が唖然とする中、ジークヴァルトが頭を抱える。

(ぴか…?)

 イザークがその後ろで首を傾げる。

「またおかしなことを言って…、いい加減になさい」
「ひ、姫って…団長?」
「あいつが騎士になったのは姫を探すことが目的だからな」
「え?!」
「まさか本当とは…、聞いてはおりましたが、ジーク様が私をお揶揄いになったのかと思っておりました…」
「そのまさかだ、はじめて城に来た時、レティシアを見た途端、他の城へ行くと言い出して止めるのに難儀したほどだ、とにかく自分が姫と認める女が姫だと言いくるめたが」
「あー‥‥」

 想像に容易くて皆が苦笑いを零す。
 そんな皆を他所にオズワルドが立ち上がりリディアを見る。

「式は何時にする?」
「へ?」
「オズワルド様!何を突然仰るのですか!結婚ではなく養子と伺っております!」

 イザークがリディアを抱きしめ声を荒げる。

「養子?」
「ああ、お前の義理の両親には離縁を言い渡していたのだが、誰の所にやるか決まらず保留だったのだ」
「私の所も色々ありますし、ジーク様の養子だとそれこそ色々問題が…、ですので安心できるところが見つかるまで保留していたのです、そこへハーゼルゼット夫妻が是非にと、弟のリオ含め我が養子に来て欲しいと願い出てくれたのです」
「ハーゼルゼット様の所なら安心ね」
「「まぁリディア嬢の気持ちが定まれば受け入れるつもりでい(たが)(ましたけれど)」
「「!」」

 ジークヴァルトとサディアスの間に冷たい空気が流れる。

「で、何でそれが姉さまとの結婚になるんだよ?」

 キッとリオがオズワルドを睨む。

「順番は後先になるが、姫と騎士は最後に結婚するだろう?養子になるなら二度手間になる、なら今籍を入れる方が面倒がなくて済む、何も問題はない」
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「どこが?!」

 皆がオズワルドに詰め寄る。

「リディアは俺を好きと言った、そして俺も…」
「?!」
「いつからだ?!」
「そんな素振り一度も‥‥」
「初めて会った時だ」
「はぁああぁああ?!」

 素っ頓狂な声が辺りを木霊する。
 そんな中キャサドラが「あっ!」と何かを思い出したように声を上げた。

「団長、初めての出会いの時リディア見て反応したって…もしかして?!」
「ああ、初めてこいつを目にした時、内から零れ出る美しい光を纏ったこいつに目を奪われた、だがこいつは敵だったからな、その気持ちはすぐに捨てた」
「な‥‥」
「簡単に捨て過ぎです!そこはずっと苦しむところでしょう?!恋愛の醍醐味です‼」
「醍醐味ではあるが、話がズレているぞ、ドラ」
「そうなのか?だが、これで問題もないだろう、心も通じ合ったし身も一応繋がってるし、ずっと一緒にいるのは騎士なら当然だしな」
「待て!今聞き捨てならんことを聞いた気がしたが?」
「ええ、身も繋がってるとは一体どういう事か説明なさい」
「いつどこで!!団長!?!」

 皆が凄い剣幕で詰め寄る。
 そんな中、オズワルドが平然と口にした。




「 殿下の処刑の日、こいつを攫って強姦した 」


 

――――― ザッッ!!!


 皆の刃がオズワルドの首に集まる。

「強姦だと?」
「どういうことです?」

 低い声で問う。

「拷問だ、こいつは敵だと思ってたから当然だろう」
「当然じゃない!!流石に拷問でもそんなひどい…」
「拷問はひどいのは当たり前だ、それにあの時は魔力を使い切りケガも負っていたから一番良い方法を取ったまで、吐けば止めた、吐かないから少しはいい思いさせて吐かせて最後にしてやろうと思ったのを煽ったのはこいつの方だ」
「え?」

 皆が一斉にリディアを見る。

「あ、いや…あははは…」

 リディアの目線が泳ぐ。
 確かにあの時、誤解かもしれないと気づいて手を止めてくれたが、己の欲のために煽った張本人である。
 見事に自業自得だ。

(自業自得といえばそうなんだけど…いやぁ、あれはもう二度とごめんだわ…)

 あの後しばらく痛みに苦しみ身体を起こす事すらできなかった。
 煽るんじゃなかったと強がるんじゃなかったと心底後悔しながら痛みに耐えた数日間。

「なるほど、それであの時口を割らなかったのですか」

 『生きている』だけしか言わなかったオズワルドを思い出す。

「貴様―――っっ」
「団長!それでもそりゃないですってーっ!酷いっっ酷すぎます!」
「酷い?こいつが正直に話して止めなかったら酷いが、話さず、しかも煽ったのはこいつだぞ?」

(‥‥確かに調子に乗りました、はい)

 リディアの目がさらに泳ぐ。

「それでもあんまりですっっ!!」

(この話止めてくんないかな…私の黒歴史‥‥)

「サディアス様…、リディア様の養子の件取り消していただけないでしょうか」

 イザークも珍しく怒りを露わに低い声色を出す。

「大丈夫だ、責任はとる、それで式は何時がいい?」
「人の話を聞きなさい!」
「こいつだけは絶対だめだ!リディア、すぐに断れ」
「殺す」

 殺気に満ちたリオが襲い掛かる。

――― カキンカキンッカキーンッ

 目に見えない速さのナイフを片手で余裕で相手する。

「早速弟がじゃれつくとは、兄として嬉しいぞ」
「黙れっっ」
「そうか弟…今まで俺が一番下だったからな、兄とはこんな気持ちなのか」
「何が兄だ!気持ち悪い事を言うその口を二度と喋れないようにしてやる!!」

――― カキンカキンッカキーンッ

「いい動きだ、これは遊びがいがある」

 完全に遊ばれているその様に皆が愕然とする。

「あのリオを…流石団長‥‥凄い」
「何が凄いですか、この結婚断固として認めるわけにはいきません!」
「リディア、悪い事は言わん、こいつだけは絶対ダメだ!」

 ジークヴァルトが珍しく焦った表情を表に出す。 

「突拍子もないこと言い出したり、常識を知らないとか常識はずれなのはいつものことじゃないですか、それよりも…団長がこんなに色んな表情を見せるなんて」

 オズワルドウオッチャーなキャサドラが蒼白する男達を他所に今まで見たことない団長の姿にただただ驚き口をポカンと開く。

「あー、あれは元々あーだぞ」
「?ジーク陛下?」
「表情無いのは、ただつまらなかっただけだ、ああ、あと、約束でもあったしな」
「??」
「はぁ~~~~‥‥あいつは野放しにしてはならんのだ」
「野放し?」
「騎士の宣言だと奴は自由に動けてしまう、それは絶対阻止せねばならん」
「そう言えばそうですね、誓いと違い宣言だと主の命令は絶対というのは変わらないけど、それ以外は命令関係なく自由に動けますね」
「それが奴の狙いなのでしょう」
「はぁ~困った‥‥」
「ジーク陛下?」
「あれは心理は解っても愛を知らん…、俺も偉そうに言える立場でないが…それに‥‥」

(あれは主君である俺のためでも我が国のために動いているわけでもない…味方のうちはいいが…)

「ええ、危険です」
「ディアまでどうしたの?」

(力を持ち過ぎている、その上、伝説の聖女を手に入れられては…危険な男だ)

 そんなジークヴァルト達を他所にオズワルドがリディアの手を取る。

「安心しろ、次は優しくする」
「!!」
「お前に極上を味合わせてやる」
「!?」

 カーっとリディアの顔が赤く染まる。
 あの極上のタッチと舌遣いを思い出し脳内パンクしそうになる。
 だが次にあの痛みを思い出し恐怖に青ざめた。

「怖がらなくていい、次は痛みなど微塵も感じさせはしない」
「団長――――っっ!!」
「死ねっっ」


――― ッキンキンキンキンキンッッ


「リディア様に近づかないで下さい、オズワルド様!」

 イザークがリディアを胸に抱き込む。そのイザークの体の周りにはドス黒いオーラが蠢く。

「オズワルド王宮騎士団長!いい加減になさい!」
「てか、団長!!まずリディアの気持ちを聞かないと!!!」

 キャサドラの言葉に皆の動きがピタッと止まる。

「そう言えば…聞いていませんね‥‥」

 サディアスが思い出したようにリディアを見る。
 皆もまた固唾を飲み見守る。

「リディア様…、リディア様のお気持ちをお教え下さい」

 イザークが神妙な面持ちでリディアを抱きしめるその手を緩める。




「あ、あー、そのリアル男子はちょっと…、今は私、誰とも結婚する気も付き合う気もないんで」





「!?」

 まさかの発言に皆が言葉を失う。

「てことで、ごめんなさい、結婚はお断りします」
「解った」


(((((いいのかよ?!)))))

 ズルっと皆がこけた。


「そんなあっさりと…」
「団長の気持ちが解りません―――っっ」


 そんな皆の背に馬車の音を聞いた。






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現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

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