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さぁ、はじめようか
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「これは一体どういう事?」
キャサドラが訪れ、違う部屋へと連れられた。
その場所の兵の数がやけに多い。
厳戒態勢のその状況にリディアが怪訝にキャサドラを見上げる。
「ナハル戦が始まった」
「!」
驚き目を見張る。
「城が危ないの?」
「いや、戦は心配ないが…」
「内乱ですか」
イザークが厳しい顔つきで口にする。
キャサドラが頷く。
「今、城の中は手薄だ、聖女となったリディア嬢の命をアナベルが狙わない筈がない」
「なるほど、それでこちらの部屋に移動となったわけね」
「ああ、ここならそうそうアナベル派も近づけない、ま、私が近づけさせないから安心しろ」
「心強い」
「じゃ、ちょっくら様子を見てくるわ、リディア嬢はここでゆっくりしているといい」
「ありがとう」
そのままキャサドラが部屋を去る。
「ディーノ様のおっしゃる通りになりましたね」
「ほんと、勘弁してほしいわ」
やれやれとソファに腰掛ける。
するとドアのノックが鳴る。
顔を見合わせると、イザークがドアの近くに行く。
「何です?」
誰も近づけないはずで、外には兵しかいないはずだが、誰なのかと警戒しながら声を掛ける。
「はっ、それが…、部屋に閉じ込められて暇を持て余している事だろうとプレゼントが次々と…、一応中はこちらで確認しますが、凄い勢いで贈られてきていまして‥‥どう致しましょう?」
緊張していたイザークとリディアは脱力し呆れ果てた。
「プレゼントは一切受け取りません、全てお返ししてください」
「はっ了解しました」
やれやれとソファーの背に凭れ掛かる。
「はぁ~こんな時まで‥‥ というか、情報早っ」
「まぁ、少し考えればどういう状況かは容易に想像できる範囲です」
「それもそうね」
「きっと戦が起こったと知って、リディア嬢の行方を急いで見張らせたのでしょう」
「こういう事だけは、こういう奴らって頭が回るわね…」
「全くです」
「戦が起こってる時に、暢気なのだか阿呆なのだか…」
ため息を付きながら、イザークが淹れてくれたお茶を飲む。
「そう言えば…」
「?」
「リオ!」
不意にリディアが叫ぶ。
「現れませんね」
「という事は、連れていかれたのね」
「…少し、幻術を掛けておきましょうか?」
「相手はアナベルよ?城の中で黒魔法はやっぱりダメ、まぁキャサドラが守ってくれているから大丈夫でしょう」
「‥‥」
「どうしたの?」
「その、本来ならリオ様が護衛には適役、そのリオ様まで連れていかれたとなると今回の戦、厳しい状況なのかもしれないと…」
「確かに…、またキャサドラが来た時に、聞いてみましょう」
「はい」
「何としてでも前線を押し上げろ!!ウラヌ線を割らせるな!!」
ジークヴァルトの怒号に兵達が攻防戦を繰り広げる。
「第二軍準備!!」
「サディアス軍師!ドルフリー様率いる援軍がやって参りました!」
「来ましたか、助かりま―― ! ジーク様」
サディアスが不意に敵軍の動きに眉を寄せる。
それに気づきジークヴァルトも敵軍を見て厳しい表情を浮かべた。
「敵軍が大きく北西に展開しています!」
「ドルフリーに北へ向かえと伝えろ!」
「はっ」
「あれはっジーク様!ミクトラン兵です!」
サディアスの言葉にナハル兵後方からやってくるミクトラン兵を目に捉える。
「やはり、ミクトランも動き出したか…」
「それで大きく展開したわけですね」
「ゲラルト!」
「はっ」
「リオを連れて前線へ!」
「はっ!リオっ、来い」
「人使い荒すぎ」
「姉さまのためだっ、さ、行くぞ!」
「チッ面倒くさい、そこ邪魔っ」
目の前にいた兵を蹴飛ばすとゲラルトの後について走り出す。
「てぇっ、何なんだ、あの男はっ」
「気が立ってるんだ許してやれ」
「しかしっ」
一国相手ではない今、かなり状況が厳しい。
しかも味方に使える駒が少なすぎる。
(くそっ、オズワルドがいれば…)
オズワルドは戦神と言えるほど戦術、戦闘ともに人間のレベルを逸していた。
この男がいればどんな戦でも勝利をおさめられるんじゃないかと思えるほどだ。
正直、オズワルドを一度使ってしまうとすべてを頼り切ってしまいたくなるほどに神レベルだ。
戦場を共にすればするほど自分はまだまだだと思い知らされる。
いや、まだまだどころではない、オズワルドは政と戦に関しては神だ。
この世界に奴に敵う者は一人もいないだろう。
だから甘えてしまいそうになるのをいつも抑えるのに必死だった。
(しかし今の状況、存分に甘えたいとこだが…)
だが、今、オズワルドは使えない。
レティシアの下僕の間は戦場で使うことは出来ない。
敵は2国となった今、この限りある戦力で何とかしなければならない。
(これは苦戦を強いられるな、今使えるのは…)
「今は、あれが要となる」
「っ…、要だからって好き勝手が許されると?」
「好き勝手と言えば、あちらの方が問題です」
前線でアナベル派の軍が勝機を得ようと列を乱す。
「戯けがっ!あれでは前線が乱れて流れ出てしまう!」
「だからリオをやったのです」
乱れたところから流れ出る敵軍をリオとゲラルトが次々と華麗に倒していく。
「二軍出撃準備!」
「はっ」
文句を言っていた第二軍隊長がサディアスの命に持ち場に戻る。
「攻撃開始!」
「はっ」
「前線を何としてでも維持、または押し上げろ!!」
「おおおっっ」
―――― バキッ
キャサドラの前で男が倒れていく。
その倒れた先でリディアの護衛兵が貴族のプレゼントを断っていた。
「次から次へと、全く…」
刺客も利権欲にまみれた貴族も後を絶たない。
ボキボキと首を鳴らすとキャサドラと対照的な細身の引き締まったボディの女が姿を現す。
「隊長、精が出ますね」
「全くだわ、で、戦況はどうなの?」
「それが―――」
一通り報告を聞き終えるとキャサドラが考え込む様に俯いた。
「じゃ、またちょっくら行ってきます」
「ああ、気を付けて、またの報告待ってる」
「はーい」
報告に来た部下はまた姿を晦ました。
「これは時間が掛かりそうね…」
(団長にも知らせたいけど、しばらくはレティシアに取っ捕まったままだろうから無理ね…)
アナベルやレティシアはアリバイを作るために、部屋からは出ないだろう。
こうして刺客をたくさん寄こしながらも知らぬ存ぜぬを通すために。
目撃証言に、ジーク派のオズワルドが傍に居るのはレティシアにとっては好都合だ。
「おいっそこのでかいの!リディア嬢はここか?」
背後から偉そうな声掛けにやれやれと振り返る。
「リディア嬢の面談は許されていない、さっさと戻られよ」
「お前の許可など要らぬわ!さっさとそこをどけっ―――うわぁっ」
ひょいっとプレゼントを抱えた貴族の首根っこを持ち上げる。
「ジークヴァルト殿下のご命令です、そしてリディア嬢より、プレゼントは一切受け取らないと、てことで、とっととお帰りく・だ・さ・いーっっと♪」
「ひゃぁーっっ」
そのまま遠くに投げ飛ばされて姿が見えなくなる。
「おーっ、飛んだ飛んだ」
「キャサドラ隊長、いいんですか?」
「大丈夫大丈夫、何か言って来たらジーク殿下か聖女様の命令とでも言っときゃいいのよ」
「そこの者!リディア嬢はここか?」
「またか…」
はぁ~とため息つくと護衛兵の肩に手を置く。
「任せた」
「隊長!逃げるんですかっずるいっ」
「そろそろ聖女様の様子を伺わないといけないだろ?」
そう言ってキャサドラがその場を後にした。
―――― サクッ
「これで何匹目?」
「11匹目です」
ナイフに刺さった毒蛇を火魔法でボワッと消し去る。
「おー、こっちもやってるねー」
「キャサドラ」
ソファに寝っ転がっていたリディアが体を起こす。
「そっちはどう?」
「こっちも大漁さ」
「ありがとう」
「いえいえ、聖女様を守るためならば何てことありません」
「お茶飲む?」
「ありがたい、喉カラカラなのよ」
「では、すぐにご用意致します」
「悪いね」
リディアのソファの背に手を掛ける。
「そうそう、戦況が長引きそうなんだ」
「そうなの?」
「ああ、なので下手すれば何日かここに居続けてもらう事になるかもしれないわ」
「はぁ~‥」
「悪いね、読みたい本とかあったら取りに行かせるから戸の前の護衛兵に声を掛けるといい」
「解ったわ」
「どうぞ」
「ありがとう」
イザークが淹れてくれたお茶を受け取ると美味しそうに喉を鳴らせ飲む。
「はぁ~うまっ、生き返るわ」
「それはよかった、もう一杯お入れしましょうか?」
「いや、ありがとう」
「ところで、長引くという事は苦戦しているの?」
「まぁね、ミクトランも加わった事で五分五分になってしまった」
「ミクトランが?」
キャサドラが頷く。
「激戦なのね」
「いや」
「?」
「遅滞戦闘だ」
「え…」
目を瞬かせキャサドラを見上げる。
「どっちが?」
「敵側」
「なぜ?…あ、攻めに入ったアグダスの地が目的?」
「多分…」
「曖昧ね」
「正直あの場所は戦しても何にしても利はあまりないんだ…、後がないから伝説の聖女のシールド内であるアグダスの地、要は避難場所と食料や安全な水が欲しいということかと考えるのが妥当なのかもしれないが…攻めやすい立地条件ではあるし…」
考え込む様に俯くキャサドラ。
「何か、気になる事でも?」
「…ああ、ミクトランも加わったとはいえ体力は我が軍の方が有利なのになぜ遅滞戦闘を選んだのかと思ってね」
「うーん…、壁を作り、何らかの策を後ろでやっているかもしれないわね」
「ああ、それで策を講じられる前にジーク殿下はウラヌ線を押し上げようとしている」
「ウラヌ線?」
「ナハルとミクトランはウラヌ山脈が壁となりそれ以上アグダスには入れない、その入り口となるウラヌ山脈の端からナハルまでをウラヌ線とし、そこを封鎖すればアグダスに入り込むことは不可能ってわけ」
「ふーん、じゃ、そのナハルとミクトランとウラヌ山脈の間の土地を欲しがっているという事?」
「そう考えるのが妥当だろうね、だからその前線を押し上げていく戦法を取っている、そんな広い場所でもないしね、地形的にも押し上げ可能だし」
「なるほど」
「というわけで、時間かかりそうな戦だが、ウラヌ線を越えられない限り問題はない、まぁ仮にウラヌの東南側を取られても、そこまで深刻な問題にならないだろう、どっちかっつーと外より内が問題だけど」
「内?」
「準聖女(元聖女候補)が住んでいる場所なんだ」
「なるほど‥」
「さっきも話したようにあの場所自体にはあまり利はないんだ、鉱物資源も採れないしね、だから状況もさほど変わらない、境界線がウラヌ山脈になったというだけの話だ」
「入口を塞いで、アグダスに侵入されなければって事ね」
「まぁでも、大丈夫さ、長引けばこちらが有利だし、ジーク殿下がウラヌ線は割らせないだろうから問題ないよ、大丈夫大丈夫」
安心させるようにニッコリ笑うキャサドラにリディアも笑みを返す。
「アナベル派の刺客は私が全部追い払ってあげるから安心して寛いでればいい、あ、ちなみに毒消しもあらゆる種類揃えてあるから♪」
「心配には及びません、私が全て処分致します」
「お、頼もしいな!イザークと私が居れば、ここは問題ない、ただし部屋からは出ちゃだめよ?手練れに狙われている事を忘れないで」
「はーい」
「いい返事、ま、城は安全だから、リディアの場合は城のこの部屋に居れば安全だから、のんびりしてるといーよ、はっはっはっ」
「痛いっ痛いっ」
「だいじょーぶ!」
バシバシ背中を叩かれる。
「解った解ったから、城は安全なのは解ったから‥‥」
(あれ?何か引っかかる…)
そう口にして何かが心に引っかかる。
「どうかなさいましたか?」
「ん?」
イザークの言葉にキャサドラもリディアの顔を覗き込む。
「どうした?何か心配あるなら言ってごらん、解決できることなら力になるよ」
「‥‥うん、何か…引っかかるの」
「何に引っかかっているのですか?」
「えーと、さっき言った言葉で…」
「城は安全ってやつか?やっぱり怖いよね…、いらない事を言ってしまったな、悪い」
「ううん、ちがう、違う‥‥の」
「リディア様?」
キャサドラが戦況を伝えたことでリディアを怖がらせたと思い謝ってくれるが、リディアに恐怖心は今のところない。
そうじゃない。引っかかるのだ。
(何…この違和感…)
胸騒ぎがする。
「もう一度整理しよう…、戦況は今ウラヌ線で遅滞戦…」
「ええ、そしてウラヌ山脈とミクトラン、ナハルの間の土地が目的、策を講じられる前にウラヌ線を押し上げようとしている」
「あと、ウラヌ線を突破してアグダスに進出されないように――――」
「待って」
「?」
リディアが止め、額に手を当てる。
「城は安全、ウラヌ線突破‥‥」
「ああ、ウラヌ山脈が壁になっているから入り口塞いでいれば城は安全――――」
「それだ!!」
「?」
声を上げバッと顔を上げる。
「何がそれなの?」
「ウラヌ山脈は壁じゃない」
「え?」
「確かウラヌ山脈は城の東側に面しているわね…」
「そうだけど、ウラヌ山脈は一度入ると二度と出られないと言われるほどの場所よ、そこを横切るなんて事は不可能、だから安心していい」
リディアを安心させるように背に手を当てる。
そんなキャサドラに顔を横に振る。
「不可能じゃない、可能なのよ」
「え?」
「ウラヌ山脈に住む部族ならウラヌ山脈を横切れる」
「あっはっは、リディア、それはない、部族とかおとぎ話さ」
「おとぎ話ではないわ、私はその部族とお友達だから」
「へ…?」
キャサドラがきょとんとしてリディアを見る。
そんなキャサドラを真剣な眼差しでリディアが見上げる。
「もし、部族に知り合いが居たなら、道案内を頼みウラヌ山脈を横切ることが可能だわ」
「!」
「あなたも引っかかったのでしょ?遅滞戦闘だという事に」
「‥‥土地が目的じゃない…」
ハッとしてキャサドラがリディアを見る。
そんなキャサドラに頷く。
「目的は『手薄になった城』だとしたら?」
「そう‥か、それなら納得だわ、不利な戦闘をする意味が解る、アグダスを落とし、聖女リディアを手にするのが目的か!」
「しかし、今戦況は五分と五分ならジークヴァルト殿下に知らせても意味がありません」
「城は戦力になるモノは出払って手薄…どうすれば…」
キャサドラが思案するように俯く。
「キャサドラ、お願いがあるわ」
「?」
「連れて行って欲しい場所があるの」
キャサドラが訪れ、違う部屋へと連れられた。
その場所の兵の数がやけに多い。
厳戒態勢のその状況にリディアが怪訝にキャサドラを見上げる。
「ナハル戦が始まった」
「!」
驚き目を見張る。
「城が危ないの?」
「いや、戦は心配ないが…」
「内乱ですか」
イザークが厳しい顔つきで口にする。
キャサドラが頷く。
「今、城の中は手薄だ、聖女となったリディア嬢の命をアナベルが狙わない筈がない」
「なるほど、それでこちらの部屋に移動となったわけね」
「ああ、ここならそうそうアナベル派も近づけない、ま、私が近づけさせないから安心しろ」
「心強い」
「じゃ、ちょっくら様子を見てくるわ、リディア嬢はここでゆっくりしているといい」
「ありがとう」
そのままキャサドラが部屋を去る。
「ディーノ様のおっしゃる通りになりましたね」
「ほんと、勘弁してほしいわ」
やれやれとソファに腰掛ける。
するとドアのノックが鳴る。
顔を見合わせると、イザークがドアの近くに行く。
「何です?」
誰も近づけないはずで、外には兵しかいないはずだが、誰なのかと警戒しながら声を掛ける。
「はっ、それが…、部屋に閉じ込められて暇を持て余している事だろうとプレゼントが次々と…、一応中はこちらで確認しますが、凄い勢いで贈られてきていまして‥‥どう致しましょう?」
緊張していたイザークとリディアは脱力し呆れ果てた。
「プレゼントは一切受け取りません、全てお返ししてください」
「はっ了解しました」
やれやれとソファーの背に凭れ掛かる。
「はぁ~こんな時まで‥‥ というか、情報早っ」
「まぁ、少し考えればどういう状況かは容易に想像できる範囲です」
「それもそうね」
「きっと戦が起こったと知って、リディア嬢の行方を急いで見張らせたのでしょう」
「こういう事だけは、こういう奴らって頭が回るわね…」
「全くです」
「戦が起こってる時に、暢気なのだか阿呆なのだか…」
ため息を付きながら、イザークが淹れてくれたお茶を飲む。
「そう言えば…」
「?」
「リオ!」
不意にリディアが叫ぶ。
「現れませんね」
「という事は、連れていかれたのね」
「…少し、幻術を掛けておきましょうか?」
「相手はアナベルよ?城の中で黒魔法はやっぱりダメ、まぁキャサドラが守ってくれているから大丈夫でしょう」
「‥‥」
「どうしたの?」
「その、本来ならリオ様が護衛には適役、そのリオ様まで連れていかれたとなると今回の戦、厳しい状況なのかもしれないと…」
「確かに…、またキャサドラが来た時に、聞いてみましょう」
「はい」
「何としてでも前線を押し上げろ!!ウラヌ線を割らせるな!!」
ジークヴァルトの怒号に兵達が攻防戦を繰り広げる。
「第二軍準備!!」
「サディアス軍師!ドルフリー様率いる援軍がやって参りました!」
「来ましたか、助かりま―― ! ジーク様」
サディアスが不意に敵軍の動きに眉を寄せる。
それに気づきジークヴァルトも敵軍を見て厳しい表情を浮かべた。
「敵軍が大きく北西に展開しています!」
「ドルフリーに北へ向かえと伝えろ!」
「はっ」
「あれはっジーク様!ミクトラン兵です!」
サディアスの言葉にナハル兵後方からやってくるミクトラン兵を目に捉える。
「やはり、ミクトランも動き出したか…」
「それで大きく展開したわけですね」
「ゲラルト!」
「はっ」
「リオを連れて前線へ!」
「はっ!リオっ、来い」
「人使い荒すぎ」
「姉さまのためだっ、さ、行くぞ!」
「チッ面倒くさい、そこ邪魔っ」
目の前にいた兵を蹴飛ばすとゲラルトの後について走り出す。
「てぇっ、何なんだ、あの男はっ」
「気が立ってるんだ許してやれ」
「しかしっ」
一国相手ではない今、かなり状況が厳しい。
しかも味方に使える駒が少なすぎる。
(くそっ、オズワルドがいれば…)
オズワルドは戦神と言えるほど戦術、戦闘ともに人間のレベルを逸していた。
この男がいればどんな戦でも勝利をおさめられるんじゃないかと思えるほどだ。
正直、オズワルドを一度使ってしまうとすべてを頼り切ってしまいたくなるほどに神レベルだ。
戦場を共にすればするほど自分はまだまだだと思い知らされる。
いや、まだまだどころではない、オズワルドは政と戦に関しては神だ。
この世界に奴に敵う者は一人もいないだろう。
だから甘えてしまいそうになるのをいつも抑えるのに必死だった。
(しかし今の状況、存分に甘えたいとこだが…)
だが、今、オズワルドは使えない。
レティシアの下僕の間は戦場で使うことは出来ない。
敵は2国となった今、この限りある戦力で何とかしなければならない。
(これは苦戦を強いられるな、今使えるのは…)
「今は、あれが要となる」
「っ…、要だからって好き勝手が許されると?」
「好き勝手と言えば、あちらの方が問題です」
前線でアナベル派の軍が勝機を得ようと列を乱す。
「戯けがっ!あれでは前線が乱れて流れ出てしまう!」
「だからリオをやったのです」
乱れたところから流れ出る敵軍をリオとゲラルトが次々と華麗に倒していく。
「二軍出撃準備!」
「はっ」
文句を言っていた第二軍隊長がサディアスの命に持ち場に戻る。
「攻撃開始!」
「はっ」
「前線を何としてでも維持、または押し上げろ!!」
「おおおっっ」
―――― バキッ
キャサドラの前で男が倒れていく。
その倒れた先でリディアの護衛兵が貴族のプレゼントを断っていた。
「次から次へと、全く…」
刺客も利権欲にまみれた貴族も後を絶たない。
ボキボキと首を鳴らすとキャサドラと対照的な細身の引き締まったボディの女が姿を現す。
「隊長、精が出ますね」
「全くだわ、で、戦況はどうなの?」
「それが―――」
一通り報告を聞き終えるとキャサドラが考え込む様に俯いた。
「じゃ、またちょっくら行ってきます」
「ああ、気を付けて、またの報告待ってる」
「はーい」
報告に来た部下はまた姿を晦ました。
「これは時間が掛かりそうね…」
(団長にも知らせたいけど、しばらくはレティシアに取っ捕まったままだろうから無理ね…)
アナベルやレティシアはアリバイを作るために、部屋からは出ないだろう。
こうして刺客をたくさん寄こしながらも知らぬ存ぜぬを通すために。
目撃証言に、ジーク派のオズワルドが傍に居るのはレティシアにとっては好都合だ。
「おいっそこのでかいの!リディア嬢はここか?」
背後から偉そうな声掛けにやれやれと振り返る。
「リディア嬢の面談は許されていない、さっさと戻られよ」
「お前の許可など要らぬわ!さっさとそこをどけっ―――うわぁっ」
ひょいっとプレゼントを抱えた貴族の首根っこを持ち上げる。
「ジークヴァルト殿下のご命令です、そしてリディア嬢より、プレゼントは一切受け取らないと、てことで、とっととお帰りく・だ・さ・いーっっと♪」
「ひゃぁーっっ」
そのまま遠くに投げ飛ばされて姿が見えなくなる。
「おーっ、飛んだ飛んだ」
「キャサドラ隊長、いいんですか?」
「大丈夫大丈夫、何か言って来たらジーク殿下か聖女様の命令とでも言っときゃいいのよ」
「そこの者!リディア嬢はここか?」
「またか…」
はぁ~とため息つくと護衛兵の肩に手を置く。
「任せた」
「隊長!逃げるんですかっずるいっ」
「そろそろ聖女様の様子を伺わないといけないだろ?」
そう言ってキャサドラがその場を後にした。
―――― サクッ
「これで何匹目?」
「11匹目です」
ナイフに刺さった毒蛇を火魔法でボワッと消し去る。
「おー、こっちもやってるねー」
「キャサドラ」
ソファに寝っ転がっていたリディアが体を起こす。
「そっちはどう?」
「こっちも大漁さ」
「ありがとう」
「いえいえ、聖女様を守るためならば何てことありません」
「お茶飲む?」
「ありがたい、喉カラカラなのよ」
「では、すぐにご用意致します」
「悪いね」
リディアのソファの背に手を掛ける。
「そうそう、戦況が長引きそうなんだ」
「そうなの?」
「ああ、なので下手すれば何日かここに居続けてもらう事になるかもしれないわ」
「はぁ~‥」
「悪いね、読みたい本とかあったら取りに行かせるから戸の前の護衛兵に声を掛けるといい」
「解ったわ」
「どうぞ」
「ありがとう」
イザークが淹れてくれたお茶を受け取ると美味しそうに喉を鳴らせ飲む。
「はぁ~うまっ、生き返るわ」
「それはよかった、もう一杯お入れしましょうか?」
「いや、ありがとう」
「ところで、長引くという事は苦戦しているの?」
「まぁね、ミクトランも加わった事で五分五分になってしまった」
「ミクトランが?」
キャサドラが頷く。
「激戦なのね」
「いや」
「?」
「遅滞戦闘だ」
「え…」
目を瞬かせキャサドラを見上げる。
「どっちが?」
「敵側」
「なぜ?…あ、攻めに入ったアグダスの地が目的?」
「多分…」
「曖昧ね」
「正直あの場所は戦しても何にしても利はあまりないんだ…、後がないから伝説の聖女のシールド内であるアグダスの地、要は避難場所と食料や安全な水が欲しいということかと考えるのが妥当なのかもしれないが…攻めやすい立地条件ではあるし…」
考え込む様に俯くキャサドラ。
「何か、気になる事でも?」
「…ああ、ミクトランも加わったとはいえ体力は我が軍の方が有利なのになぜ遅滞戦闘を選んだのかと思ってね」
「うーん…、壁を作り、何らかの策を後ろでやっているかもしれないわね」
「ああ、それで策を講じられる前にジーク殿下はウラヌ線を押し上げようとしている」
「ウラヌ線?」
「ナハルとミクトランはウラヌ山脈が壁となりそれ以上アグダスには入れない、その入り口となるウラヌ山脈の端からナハルまでをウラヌ線とし、そこを封鎖すればアグダスに入り込むことは不可能ってわけ」
「ふーん、じゃ、そのナハルとミクトランとウラヌ山脈の間の土地を欲しがっているという事?」
「そう考えるのが妥当だろうね、だからその前線を押し上げていく戦法を取っている、そんな広い場所でもないしね、地形的にも押し上げ可能だし」
「なるほど」
「というわけで、時間かかりそうな戦だが、ウラヌ線を越えられない限り問題はない、まぁ仮にウラヌの東南側を取られても、そこまで深刻な問題にならないだろう、どっちかっつーと外より内が問題だけど」
「内?」
「準聖女(元聖女候補)が住んでいる場所なんだ」
「なるほど‥」
「さっきも話したようにあの場所自体にはあまり利はないんだ、鉱物資源も採れないしね、だから状況もさほど変わらない、境界線がウラヌ山脈になったというだけの話だ」
「入口を塞いで、アグダスに侵入されなければって事ね」
「まぁでも、大丈夫さ、長引けばこちらが有利だし、ジーク殿下がウラヌ線は割らせないだろうから問題ないよ、大丈夫大丈夫」
安心させるようにニッコリ笑うキャサドラにリディアも笑みを返す。
「アナベル派の刺客は私が全部追い払ってあげるから安心して寛いでればいい、あ、ちなみに毒消しもあらゆる種類揃えてあるから♪」
「心配には及びません、私が全て処分致します」
「お、頼もしいな!イザークと私が居れば、ここは問題ない、ただし部屋からは出ちゃだめよ?手練れに狙われている事を忘れないで」
「はーい」
「いい返事、ま、城は安全だから、リディアの場合は城のこの部屋に居れば安全だから、のんびりしてるといーよ、はっはっはっ」
「痛いっ痛いっ」
「だいじょーぶ!」
バシバシ背中を叩かれる。
「解った解ったから、城は安全なのは解ったから‥‥」
(あれ?何か引っかかる…)
そう口にして何かが心に引っかかる。
「どうかなさいましたか?」
「ん?」
イザークの言葉にキャサドラもリディアの顔を覗き込む。
「どうした?何か心配あるなら言ってごらん、解決できることなら力になるよ」
「‥‥うん、何か…引っかかるの」
「何に引っかかっているのですか?」
「えーと、さっき言った言葉で…」
「城は安全ってやつか?やっぱり怖いよね…、いらない事を言ってしまったな、悪い」
「ううん、ちがう、違う‥‥の」
「リディア様?」
キャサドラが戦況を伝えたことでリディアを怖がらせたと思い謝ってくれるが、リディアに恐怖心は今のところない。
そうじゃない。引っかかるのだ。
(何…この違和感…)
胸騒ぎがする。
「もう一度整理しよう…、戦況は今ウラヌ線で遅滞戦…」
「ええ、そしてウラヌ山脈とミクトラン、ナハルの間の土地が目的、策を講じられる前にウラヌ線を押し上げようとしている」
「あと、ウラヌ線を突破してアグダスに進出されないように――――」
「待って」
「?」
リディアが止め、額に手を当てる。
「城は安全、ウラヌ線突破‥‥」
「ああ、ウラヌ山脈が壁になっているから入り口塞いでいれば城は安全――――」
「それだ!!」
「?」
声を上げバッと顔を上げる。
「何がそれなの?」
「ウラヌ山脈は壁じゃない」
「え?」
「確かウラヌ山脈は城の東側に面しているわね…」
「そうだけど、ウラヌ山脈は一度入ると二度と出られないと言われるほどの場所よ、そこを横切るなんて事は不可能、だから安心していい」
リディアを安心させるように背に手を当てる。
そんなキャサドラに顔を横に振る。
「不可能じゃない、可能なのよ」
「え?」
「ウラヌ山脈に住む部族ならウラヌ山脈を横切れる」
「あっはっは、リディア、それはない、部族とかおとぎ話さ」
「おとぎ話ではないわ、私はその部族とお友達だから」
「へ…?」
キャサドラがきょとんとしてリディアを見る。
そんなキャサドラを真剣な眼差しでリディアが見上げる。
「もし、部族に知り合いが居たなら、道案内を頼みウラヌ山脈を横切ることが可能だわ」
「!」
「あなたも引っかかったのでしょ?遅滞戦闘だという事に」
「‥‥土地が目的じゃない…」
ハッとしてキャサドラがリディアを見る。
そんなキャサドラに頷く。
「目的は『手薄になった城』だとしたら?」
「そう‥か、それなら納得だわ、不利な戦闘をする意味が解る、アグダスを落とし、聖女リディアを手にするのが目的か!」
「しかし、今戦況は五分と五分ならジークヴァルト殿下に知らせても意味がありません」
「城は戦力になるモノは出払って手薄…どうすれば…」
キャサドラが思案するように俯く。
「キャサドラ、お願いがあるわ」
「?」
「連れて行って欲しい場所があるの」
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