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さぁ、はじめようか

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 試験会場を後にしたオーレリーが誰もいない廊下でニヤリと笑う。

(やっとここまできた‥‥)

 これでやっとレティシアとリディアの一騎打ちとなった。
 リディアはきっとまた最低点を取りにくるだろう。

(逃がしませんよ)

「次の手はずは整っていますか?」
「はい」

 助手を務めた聖職者がオーレリーに頷く。
 レティシア側が太刀打ちできないように動く前に仕留めなくてはいけない。

(次で必ず仕留めてみせます)

「よろしい、次の試験、決して漏れないよう厳重注意するように」
「はい」
「ロドリゴ教皇にも、ですよ」
「はい」

(聖女リディア、絶対あなたを逃がさない)







 レティシアは部屋に入るなり荒れていた。

「ひっ、お願いでございますっっもうご勘弁ください…」
「うるさい!!メイドの分際で口答えする気?」
「っっ…っ!!」

 声にならない悲鳴を上げ血を流すメイドが床に転がる。

「このっこのっ あの女めっっ!!」

 聖女を取り逃がした鬱憤を晴らすためメイドをヒールで怒りに任せ蹴り捲る。

「あの女が一位なんてっ、このっ!!やはり勝算があったのね!」

 オズワルドを助ける宣言と共にキスをするド派手なパフォーマンスをしてみせ、その上このアナベルの娘に対し宣戦布告までしたのだ。
 勝算や自信がなければあんな事はできまい。
 当のリディアはこんな算段まるでなかったのだが、レティシアはそう思い気が狂いそうになるほどの怒りに身を震わせた。

「私が聖女を獲得する手はずだったのに!!」
「うっ‥‥」

 メイドがレティシアの靴の下でくたっとなり動かなくなる。
 リディアが1位取ることで自分と並んだ。
 いや、並んだんじゃない。
 MAX以上を叩き出し多くの加算点も獲得した事で、逆にレティシアが総合2位になってしまったのだ。
 リディアは2つの重要試験をダントツトップになり大量得点を獲得してしまった。
 フェリシーがいなければそれでもレティシアが1位となり聖女となれた。
 だが、運悪くも自分と同等に張り合うフェリシーの登場に得点が分散してしまったのだ。

「デルフィーノ!次の聖女試験は何?」

 次の試験を落とせばかなり危うい。 
 もし、リディアがまた1位だけでなく加算点を取るようなことがあれば、聖女降格だ。
 もう後がない。
 あのド派手なパフォーマンスをしたのだ。
 次も必ずリディアは狙ってくるはず。
 加算点を取る様な事を。

「それが、今探らせているのですが…」

 ここからは試験内容は伏せられる。
 そのため情報戦で優位に立つ必要がある。

「教会側も手強いわね…お母さまに相談しようかしら…」
「それがよろしいかと、ロドリゴ教皇はアナベル様贔屓ですし情報を得られるかもしれません」
「すぐに行きましょう、あの女勝算があるはずよ、次の試験で一気に勝負に打って出てくるやもしれないわ」
「ええ、‥‥」

 デルフィーノは掌を握りしめる。

(もう後がない、…あの魔物めっ、警告を無視しやがってこの俺に楯突くとは…)

「何か気になる事でも?」
「いえ…」

 レティシアがこちらをじっと見ていることに気づき我に返りいつものポーカーフェイスを取り戻す。

「大丈夫です、レティシア様が最後に勝利し、必ずや聖女に」
「当然ですわ!さっさとお母さまの所に行くわよ」
「はい」

 オズワルドの横を通り過ぎ部屋を出て行く。
 それをオズワルドの目だけが動き見送る。

(完全に試験の事で頭一杯だな、さてと…)

 気配を消し佇んでいたオズワルドの目がギロリと様相を変える。

(あの女、どう動く?)





 部屋を出た所で見知った顔が胸に飛び込んでくる。

「レティシア!お願い、話を聞いて!」
「あなた…」

 涙で目を潤ませたフェリシーを見下ろす。

「私、リディアに誑かされたの!あの魔物執事に!」

 必死に縋りつく、フェリシーを魔法で虫のように払い除ける。

「汚らわしいっ」
「痛っ…っ!? ‥‥・・・レティシア?」

 床に転がったフェリシーは驚き何が起こったのか理解できずレティシアを見上げた。

「行きますわよ」
「はい」
「ま、待って!」

 そのまま歩き出そうとするレティシアに縋りつこうと手を伸ばす。

「デルフィーノ」
「はい」
「きゃぁっっ」

 今度はデルフィーノの魔法で吹き飛ばされ壁へと背中をぶつける。

「レ…レティシア?どうして…」

 今まで沢山親切にしてくれて、ジークヴァルトの花嫁候補にも後押ししてくれた親友でライバルだと思っていたレティシアの振る舞いにフェリシーは頭の理解が追いつかず呆然とレティシアを見上げる。

「田舎の虫けら如きが私に近寄らないで、臭くて仕方がありませんわ」
「!」

 レティシアの言葉に驚き瞠目する。

「やっと駆除出来てスッキリしましたわ、さ、行きましょう」
「はい」

 何事も無かったように立ち去っていくレティシアに体がわなわなと震え出す。
 そこでやっと自分はレティシアに鼻から相手にされていなかったことを理解する。
 思わせぶりの態度を取っていただけで、内心では蔑んで見ていたのだと。
 脳裏にはリディアを賞賛するサディアスや自分を馬鹿にするリディアが浮かぶ。
 大粒の涙がボタボタと頬から伝う。

「皆…私を馬鹿にして‥‥」

(こんなの酷い…酷過ぎるわ…みんな…みんな‥‥)

 レティシアの小さくなった背を潤み揺れる視界で見る。
 聖女降格となった途端、去っていった友達達が、冷たく見下ろすサディアス軍師が、リディアを大事に抱え去っていくジークヴァルト殿下がリディアと共に自分を馬鹿にした目で見つめる映像が目の前に現れる。

(酷い、酷い、私が何をしたっていうの?私はみんなのためを思って頑張ってただけなのに!こんなにも優しく人を思って頑張っていたのに…可哀そうと思わないの?‥‥みんな酷い…)

 ボタボタと止めどなく大粒の涙が零れ落ち床を濡らしていく。

(どうして…?どうしてこうなってしまったの…?何で…? あ‥‥)

 脳裏にリディアがニヤつき笑っている姿が映る。

「これも全て‥‥」








「これがいいわね、だけどもう少し胸元に強調が欲しいわ」
「はい」
「あと、裾ももう少し長めに」
「畏まりました、すぐに直しに掛かります」
「お母さま」
「おや、レティシア」

 アナベルの部屋は沢山の誕生祭用の試着ドレスが持ち込まれ埋もれていた。

「もういいわ、下がりなさい」
「はっ」

 急いで収納魔法具を使いドレスが片付けられ、職人たちが下がる。

「あの女にしてやられたようね」
「ええ‥‥」
「あの阿呆な豚め、何度も注意したと言うのに…」
「ロドリゴ教皇に?」
「次の試験で『力』魔法にするようにと、強力な『力』を封じ込めた魔法石まで用意していたと言うのに…」

 ギリっと手にしていた宝石を握りしめる。

「そうでしたの…」

(ロドリゴ教皇にお母さまは手を打っていらしたのね…)

「でもまぁお陰で、次の情報は手に入れ安くなったわ」
「その事でお伺いしたのですわ」
「安心なさい、既にロドリゴ教皇に情報をこちらに流す様仕向けてある」
「流石お母さま、もう手を回していらしているとは」
「当然、それに…」
「それに?」
「アナベル妃殿下、ナセル殿下の試着が終わりました」
「こちらへ」
「はい」

 ナセルのメイドが返事を返すと隣の部屋に戻る。

「ナセルも来ているの?」
「誕生祭の本当の主役よ」
「?」

 メイドに連れられ無の表情のナセルが登場する。
 そのこの上なく上等で高貴な衣装にレティシアが目を見張る。

「素晴らしいわ!これなら誰しも次期国王はナセルと思うわね」
「お母さま…これは…」
「ロレシオを逃したけれど、次こそ一掃してやるわ」
「私が聖女…、そしてナセルが国王に…」

 そうなればジーク派を一掃できる。

(でも、それだけじゃないわ‥‥)

 もしも私が聖女を逃した時の布石。
 国王は病に伏せている。
 弱っている国王にお母さまならば次期国王をナセルにと確約を取らせることも可能。
 誰もがまだ見た目にも幼いナセルが国王とは考えていまい。
 だからこそ敵の裏をかき新たな期待や希望をこの時期に見せる事で救世主が現れたと幼さが神聖さに見える皆の心を揺れ動かす効果的手法。

(流石はお母さま、ずっと前から周到に何重にも策を巡らせているとは…)

 次期国王らしい恰好をしたナセルを見る。
 その姿に胸が少しざわつく。

(本当は…私が王女となりたかった…)

 徴が出た事で聖女になる事にしたが、それまでは自分こそは王女に相応しいと思っていた。
 ジークヴァルトを倒し、私が王女となり、この国のトップに君臨したかった。

(とはいえ目的は同じ、ジークヴァルトを倒す事…)

 そしてジーク派を一掃する事。

(でもナセルが生まれなければ…)

 私は聖女だけでなく王女も狙っていただろう。
 両方を手にしたかった。
 そしてジークヴァルトを、ジーク派の全てを嘲笑い踏み潰してやりたかった。
 お母さまよりも凄いと、全てを蹂躙し、この国最強となりたかった。

(私はまだまだね…、お母さまの考えにも及ばない…、もっともっと賢くならなくては…)

 少し嫉妬に満ちた眼差しでナセルを見る。
 母アナベルがナセルを賞賛するのを黙って聞く。

(母の期待は次期国王となるナセルのみ…、私がもっと賢く振舞い母の期待に応えなくては‥私は本当に見捨てられてしまう)

 母アナベルにとって必要なのは男として生まれたナセルだ。
 時折母アナベル自身が自ら訪れる場所がある。
 この世界でとても大切な存在がいるという組織の元へとナセルと共に行く。
 レティシアは一度も連れて行ってもらったことがなかい。
 それだけ母アナベルにとって大切なのはナセルであり、レティシアではなかった。

(私も連れて行ってもらえるような存在にならなくては・・・)

 女として生まれた以上、それ以上のモノを見せなくては認めてはもらえない。
 それにそうならなくてはこの国を君臨するには値しない。

(お母さま以上のレベルにならなければ‥‥)

「あなたは必ずや聖女におなりなさい」
「はい、お母さま」

(情報を仕入れればこちらのもの)

 権力も金もこちらが優位。
 情報さえ入れば、リディアを抑えられる。

(見ていなさい、目にものを言わしてやるわ!)








「ジーク様、これを」
「!」

 サディアスから手に渡された書類に目を見張る。

「オーレリーめ、手を打って出たな」
「そのようですね」

 本来の試験予定日よりも随分早い。

「試験内容を『量』にしたことで、もしやと思いましたが確信が持てました」
「リディアを聖女に、オーレリーもそう思っているという事だな、…」
「どうかなさいましたか?」
「いや…、だが、この分だと俺達が動かなくともリディアを聖女に仕立てる事が可能かもしれないと思ってな」
「ええ、これだけ予定日を早められれば、アナベルも情報を得たとして先手を打てません」
「なかなかにやるな、あの男」

(あの男もやはりリディアを伝説の聖女と思っている、という事はもしやアレを知っている?)

 ジークヴァルトが思案するように口元に手を当てる。

「あの枢機卿、考えが読めません、今回の事だって『量』にした時には少々焦りましたが、前回彼女を庇った事で何か策があるとは思いましたが…」

(リディアが『量』にして勝てるという自信があったのだろう…、やはりあの男知っている…)

「次の試験も時期を早め先手打っただけとは考えにくいかと…」
「他にも策を?」
「はい、可能性はあるかと」
「ならば、今は動かず様子見か…」
「ええ、次の試験を落としたとて、まだリディアの方が優位」
「ふむ…、下手に動いてアナベル優位に持っていかれても困るしな…、では、今は様子見とする」
「はっ」
「リディアには厳重警護を」
「畏まりました」

 サディアスが軽く頭を下げ去っていく。

「あと…ドラにも逃亡の見張りを強化させおくか…」

 顎に手を置き擦りながら宙を見上げる。

(時間がない…早く手に入れたいが…くそっ どこにある…)

 父親の部屋に忍び込んだ時にちらりと見たもの。
 それは二度と目にすることはなかった。
 今もあちこち探っているがそれが何処にもみつからない。

「狙うは誕生祭…か…」

 オーレリーが動いた。
 リディアはおそらく次の試験で聖女に決まる。
 そうなれば問題はないのだが、相手はアナベルだ。
 徴が偽物だと騒ぎだす可能性もある。

(そうなる前に、何としてでも手に入れたいのだが…)

 そうすれば丸く収まる。
 一番良い方法だ。
 だが見つからない可能性も高い。

(オーレリーに掛けるしかないか)

 ロドリコ教皇はアナベル派だ。
 だがオーレリーはリディアを聖女だと知っている。
 頭のキレる男だ、策は練っているだろう。

(だが、引っかかるな、あれは危険だ…)

 今までの経験からの勘が危険だと言っている。
 あのオーレリーにリディアをやってはならないと。
 出来ればオーレリーの手を借りずに終わりたい。

(‥‥くそ、どこにある?もう一度、探るか・・・)





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