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さぁ、はじめようか
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ジークヴァルトはリディアから差し出されたコップを見る。
このコップは特殊で、毒があれば色が変わる。
リディアの手に持つコップがほんの微かに色を変化させていた。
普段なら見逃していただろうぐらいほんの僅かな変化だった。
きっとリディアがここに来なければ普通に飲んでしまっていたかもしれない。
だが、一度も自ら会いに来たことのないリディアが会いに来たこと。
しかも夜更けに会いに来たこと。
真っ先に気にしたのは剣。
更には、あのリディアが自ら水を淹れるなど言い出した事。
不審だらけの行動に、この色の微々たる変化に気づくことが出来た。
(所詮この程度の女だったか‥‥)
生まれた時から騙し合いの世界に身を投じてきた。
信じた者に裏切られるなど日常茶判事で珍しいことでもなんでもない。
いつでも誰かが自分を殺害するため身を顰め狙っている。
(この女、聖女ではなく刺客だったか…)
そう解り、自分が思っている以上に落胆している事に驚く。
もちろん、リディアが刺客の可能性も念頭にはあった。
だからそうであっても残念と思う程度だろうと思っていた。
だけど今思いのほか心にきている事に戸惑う。
今までの奇怪であるが面白い行動、こちらの戯れも笑って楽しんでくれた、そして極めつけは皆の前でこの自分の為に裸体を晒した時は正直、痺れた。
(思っていた以上に俺はお前に期待していたのだな…)
願っても手に入らない恋焦がれたモノ。
それがこの女かもしれないと期待した。
灯に照らされた美しいリディアを見る。
(それがお前の望みか?)
全ては気に入られるため大胆な行動を取って見せていたのかと思うと、胸が締め付く。
裏切りなど数えられぬ程経験したと言うのに。
リディアの瞳を真っすぐに見る。
(さてどうするか‥‥)
予知など驚きの力を発揮するような女の毒。
飲めば即死かもしれない。
普通なら飲む選択肢などないのだが。
自分の為にためらいなくドレスを脱ぎ捨てたリディアが脳裏から離れない。
――― お前の毒なら…まぁ飲んでやってもいい‥
「頂こう」
(死ぬか生きるか、これも運命か…)
意を決し、手を伸ばしたその先のコップが予想に反してリディアの口へと運ばれる。
「?!」
(なぜ…?!)
ハッとして、自分の胸に押し付けられた小刀を見る。
リディアがコップを落とし、カランッと床に転がる音と同時にリディアの体がぐらりと揺れる。
「おいっ」
そのままベッドへ倒れかける中、リディアの身体が一瞬光ると同時に刺客の姿を確認する。
「っっ!!」
―――― カキンッ
間一髪、リディアの小刀で刺客の剣を抑えると、蹴り飛ばし刺客の剣を奪う。
(かなりの手練れっ…3人か)
同時に襲い掛かってきた残りの二人も奪った剣で切り倒す。
「チッ失敗かっっ」
舌打ちすると刺客達があっという間に去っていく。
「リディア!!」
急いでぐったり倒れたリディアの元へ寄る。
「‥‥あ…れ…」
(おかしい…、光魔法使ったのに…毒が‥消えない‥‥)
意識が朦朧とする。
「リディア!!大丈夫か!?誰か!!至急医師を呼べ!!あるだけの解毒剤を持ってこい!!」
ジークヴァルトの声が遠くに聞こえる。
(意識が…そうだ…伝えなきゃ‥‥)
「しっかりしろっっ!!」
「‥‥ロ…」
毒で舌が上手く回らない。
「どうした?しっかりしろ、意識を保て!」
「‥‥ロ…レ‥‥シ・‥‥」
「!」
(…ダメ… 意識が…もう…)
リディアの意識がそこで途絶える。
「‥‥そういう事か」
「殿下、どうされましたか!?」
「医師と薬はまだか?!すぐに軍師を呼べ!あと逃げた刺客3人を追え!!」
「はっっ」
「リディア!リディア!!返事をしろ!!おいっっ」
意識を失いぐったりと身体をベットに沈めるリディアに必死に呼び掛ける。
そうこうしていると医師が駆けつけてきた。
「やっと来たか!早くしろっ」
「は、はいっっ」
次々と解毒剤を投与していくがどれも当てはまらず、更にリディアの身体がぐったりとしていく。
「…マズいですね、どの解毒剤も効果がありません」
お手上げだという様に医師が肩を落とす。
「この状態ですと、もう…」
「くそっ」
「これはっ一体…」
そこへサディアスが駆けつけ、この状況に驚き眼を見張る。
「ジーク様どこへっ」
「お前はリディアを見ておけ!」
そう叫ぶとサディアスを押しのけ部屋を飛び出していく。
「ジーク殿下はまだか?!」
ジークヴァルトが出て行ってから、どれほどの時間が経っただろうか。
「リディア様!!リディア様!!どうか目を開けてください!」
イザークも知らせを受け血相を変えやってきて、ずっとリディアの名を呼び続けている。
だがその呼びかけも空しく、リディアの息がどんどん弱まっていく。
「もう時間がありません…、ご覚悟を…」
リディアの脈を測る医師が静かに言葉にする。
「そんな…、嫌です!リディア様!どうか目を!!」
「リディア嬢!こんなのでくたばるあなたですか!目を開けなさい!!」
息が殆どしているのかいないのか解らない程に弱まる。
医師が首を振る。
その時、ドアがバンッと壊れる勢いで開くとジークヴァルトが駆け込んできた。
「リディアはまだ無事か?!」
「もう…息が僅かにございます…」
「!」
その言葉に皆を押しのけリディアに駆け寄ると頭を抱き上げる。
「ジーク様、それは…」
サディアスがジークヴァルトの手に持たれた小瓶に気づく。
「解毒剤だ」
「どこで…」
問いには答えず急いで瓶のふたを口で折ると、そのまま薬を含みリディアへ口付けた。
流し込まれた薬が唇の端から少し零れ落ちるも、喉が一つ上下に動いた。
それを確認し、唇から自分のを離す。
皆が固唾を飲んで見守る。
しばらくすると、息が少しずつ回復し始めた。
医師がリディアの脈を取る。
「‥‥命は取り留めたようです」
その言葉に皆が肩を撫で下ろす。
「良かった…」
「これでもう大丈夫なのか?」
ジークヴァルトが医師を見ると、とても厳しい顔つきとなった。
「かなり毒が体に回った後となります、これだけの強い毒…、このまま意識が回復するかどうか…」
「!」
「今は安静にして、目覚めるのを祈るしかないでしょう」
「‥‥そうか」
「毒の影響で熱が出るやもしれません、解熱剤を置いていきます」
医師がベットの隣の机に解熱剤を置く。
「それでは私はこれで‥‥」
落胆の色を隠せない皆に医師はお辞儀をし去っていく。
「ジーク様」
「ああ、解っている」
リディアをベットにそっと寝かす。
「イザーク、お前は戻れ」
「ですがっ」
「気持ちは解るがお前の立場も弁えろ」
「‥‥っ」
ここは国王代理であり、次期国王ジークヴァルト殿下の部屋だ。
魔物と言われる執事の立場のイザークがずっと居ていい場所ではない。
「しばらく、リディアはここに置く、今は動かさない方がいいだろう」
「‥‥解りました」
「行け」
渋々、イザークが部屋を去る。
それを確認するとサディアスへと向き直った。
「それで…犯人は?」
「ロレシオだ」
「! …薬はロレシオ様から?」
ジークヴァルトが頷く。
「サディ、ロレシオは自室で待機している、まだ話は聞いていない」
「待機を?」
「リディアが毒を飲んだと知って大人しくしている、あれはリディアに心を開いていたからな‥」
「なるほど、それで大人しく…では、私が行って参ります」
「ああ、頼む、あれは俺では素直に口を割らぬやもしれぬからな」
眉がほんの少し歪む。
「…しょうがない奴よ」
小さく息を吐く。
「すぐにバレるだろうが、今は出来うる限り隠密に動け」
サディアスも頷く。
「では行って参ります」
「ああ、頼んだ」
そのままサディアスが部屋を後にした。
一人になった所で、リディアの傍らに腰を掛ける。
顔に掛かった髪をそっと指先で除けてやる。
色を失っていた頬も少し色を取り戻していた。
「早く目を覚ませ…、お前はそんな柔な女じゃないだろう?リディア」
頬に手を当てる。
するとリディアの身体が少しガタガタと震え出した。
「ああ、熱が出て寒くなったか」
そのままベットに横たわるとリディアをそっと抱きしめた。
ジークヴァルトとリディアの周りが紅い光に包まれる。
「どうだ?温かいか?」
熱を帯びた光に包まれ、温まってきたのか暫くすると震えが止まり、規則正しい寝息が聞こえる。
(あの時、部屋に来た時点で気づいていれば…)
悔やんでも悔やみきれない思いが胸を焦がす。
今までの予知を考えれば導き出せたはずの答え。
だが、剣を気にし、毒の入ったコップを手にしたリディアを見て刺客と判断してしまった。
それもまた仕方のない事。
リディアが何者か明かさない限り、信じ切るのは不可能だ。
「目を開けろ…リディア」
リディアが目を開けない事が苦しい。
「こんなに苦しいなんてな…」
(こんな気持ちは初めてだ…)
母が死んだ時も多少は胸は痛んだが、正直あまり何とも思わなかった。
仲間や、友が無くなった時も、仕方ない事だとこれも運命だと思い、割り切れた。
だがリディアが死ぬとなった時、酷く動揺した。
失いたくないと強く願った。
そして今目を開けないリディアに胸が苦しい。
「リディア、早く目を覚ませ、また俺を楽しませろ」
一向に開く気配がない瞼。
ギュッとリディアを抱き締める。
「ほら、早く目を覚まさないと、襲うぞ?」
何も反応を示さないリディアに苛立ちを覚える。
「くそっ‥‥ くそ!!」
抱きしめる腕がふるえる。
「どうすればよかった?‥‥どうしようもできんだろっ」
ロレシオ自身が越えなければいけない問題。
兄弟であるが故、自分の言葉は届かない。
せめて、自分にもっと正面から来てくれればよかったが、ロレシオの性格上、出来なかったのだろう。
それも解っていたから、自分の兄殺害まで思い詰める前に何とかしたかった。
だが、開かそうとこっちが動けば心を閉ざしてしまう。
「どうしてお前も何も語ってくれない… 俺にこんな思いをさせるなっこの馬鹿がっ」
この世に命を受けてから化かし化かし合いの世界だ。
母親さえ自分を利用した。誰もが他者を利用する世界。
自分も親だろうが何だろうが利用した。
そんな世界で育った俺が素性の知れない者を信じるのは不可能だ。
「くそっ‥‥」
だが、その結果がこれだ。
リディアはこちらの兄弟間の問題に巻き込まれたに過ぎない。
「っ‥‥、リディア‥‥ 」
自分の腕の中で眠るリディアに深く口付ける。
「頼む…目を…覚ましてくれ‥‥」
熱でぐったりしたリディアをぎゅっと抱きしめる。
そして目を瞑り、生まれて初めて人の生を真剣に願った。
このコップは特殊で、毒があれば色が変わる。
リディアの手に持つコップがほんの微かに色を変化させていた。
普段なら見逃していただろうぐらいほんの僅かな変化だった。
きっとリディアがここに来なければ普通に飲んでしまっていたかもしれない。
だが、一度も自ら会いに来たことのないリディアが会いに来たこと。
しかも夜更けに会いに来たこと。
真っ先に気にしたのは剣。
更には、あのリディアが自ら水を淹れるなど言い出した事。
不審だらけの行動に、この色の微々たる変化に気づくことが出来た。
(所詮この程度の女だったか‥‥)
生まれた時から騙し合いの世界に身を投じてきた。
信じた者に裏切られるなど日常茶判事で珍しいことでもなんでもない。
いつでも誰かが自分を殺害するため身を顰め狙っている。
(この女、聖女ではなく刺客だったか…)
そう解り、自分が思っている以上に落胆している事に驚く。
もちろん、リディアが刺客の可能性も念頭にはあった。
だからそうであっても残念と思う程度だろうと思っていた。
だけど今思いのほか心にきている事に戸惑う。
今までの奇怪であるが面白い行動、こちらの戯れも笑って楽しんでくれた、そして極めつけは皆の前でこの自分の為に裸体を晒した時は正直、痺れた。
(思っていた以上に俺はお前に期待していたのだな…)
願っても手に入らない恋焦がれたモノ。
それがこの女かもしれないと期待した。
灯に照らされた美しいリディアを見る。
(それがお前の望みか?)
全ては気に入られるため大胆な行動を取って見せていたのかと思うと、胸が締め付く。
裏切りなど数えられぬ程経験したと言うのに。
リディアの瞳を真っすぐに見る。
(さてどうするか‥‥)
予知など驚きの力を発揮するような女の毒。
飲めば即死かもしれない。
普通なら飲む選択肢などないのだが。
自分の為にためらいなくドレスを脱ぎ捨てたリディアが脳裏から離れない。
――― お前の毒なら…まぁ飲んでやってもいい‥
「頂こう」
(死ぬか生きるか、これも運命か…)
意を決し、手を伸ばしたその先のコップが予想に反してリディアの口へと運ばれる。
「?!」
(なぜ…?!)
ハッとして、自分の胸に押し付けられた小刀を見る。
リディアがコップを落とし、カランッと床に転がる音と同時にリディアの体がぐらりと揺れる。
「おいっ」
そのままベッドへ倒れかける中、リディアの身体が一瞬光ると同時に刺客の姿を確認する。
「っっ!!」
―――― カキンッ
間一髪、リディアの小刀で刺客の剣を抑えると、蹴り飛ばし刺客の剣を奪う。
(かなりの手練れっ…3人か)
同時に襲い掛かってきた残りの二人も奪った剣で切り倒す。
「チッ失敗かっっ」
舌打ちすると刺客達があっという間に去っていく。
「リディア!!」
急いでぐったり倒れたリディアの元へ寄る。
「‥‥あ…れ…」
(おかしい…、光魔法使ったのに…毒が‥消えない‥‥)
意識が朦朧とする。
「リディア!!大丈夫か!?誰か!!至急医師を呼べ!!あるだけの解毒剤を持ってこい!!」
ジークヴァルトの声が遠くに聞こえる。
(意識が…そうだ…伝えなきゃ‥‥)
「しっかりしろっっ!!」
「‥‥ロ…」
毒で舌が上手く回らない。
「どうした?しっかりしろ、意識を保て!」
「‥‥ロ…レ‥‥シ・‥‥」
「!」
(…ダメ… 意識が…もう…)
リディアの意識がそこで途絶える。
「‥‥そういう事か」
「殿下、どうされましたか!?」
「医師と薬はまだか?!すぐに軍師を呼べ!あと逃げた刺客3人を追え!!」
「はっっ」
「リディア!リディア!!返事をしろ!!おいっっ」
意識を失いぐったりと身体をベットに沈めるリディアに必死に呼び掛ける。
そうこうしていると医師が駆けつけてきた。
「やっと来たか!早くしろっ」
「は、はいっっ」
次々と解毒剤を投与していくがどれも当てはまらず、更にリディアの身体がぐったりとしていく。
「…マズいですね、どの解毒剤も効果がありません」
お手上げだという様に医師が肩を落とす。
「この状態ですと、もう…」
「くそっ」
「これはっ一体…」
そこへサディアスが駆けつけ、この状況に驚き眼を見張る。
「ジーク様どこへっ」
「お前はリディアを見ておけ!」
そう叫ぶとサディアスを押しのけ部屋を飛び出していく。
「ジーク殿下はまだか?!」
ジークヴァルトが出て行ってから、どれほどの時間が経っただろうか。
「リディア様!!リディア様!!どうか目を開けてください!」
イザークも知らせを受け血相を変えやってきて、ずっとリディアの名を呼び続けている。
だがその呼びかけも空しく、リディアの息がどんどん弱まっていく。
「もう時間がありません…、ご覚悟を…」
リディアの脈を測る医師が静かに言葉にする。
「そんな…、嫌です!リディア様!どうか目を!!」
「リディア嬢!こんなのでくたばるあなたですか!目を開けなさい!!」
息が殆どしているのかいないのか解らない程に弱まる。
医師が首を振る。
その時、ドアがバンッと壊れる勢いで開くとジークヴァルトが駆け込んできた。
「リディアはまだ無事か?!」
「もう…息が僅かにございます…」
「!」
その言葉に皆を押しのけリディアに駆け寄ると頭を抱き上げる。
「ジーク様、それは…」
サディアスがジークヴァルトの手に持たれた小瓶に気づく。
「解毒剤だ」
「どこで…」
問いには答えず急いで瓶のふたを口で折ると、そのまま薬を含みリディアへ口付けた。
流し込まれた薬が唇の端から少し零れ落ちるも、喉が一つ上下に動いた。
それを確認し、唇から自分のを離す。
皆が固唾を飲んで見守る。
しばらくすると、息が少しずつ回復し始めた。
医師がリディアの脈を取る。
「‥‥命は取り留めたようです」
その言葉に皆が肩を撫で下ろす。
「良かった…」
「これでもう大丈夫なのか?」
ジークヴァルトが医師を見ると、とても厳しい顔つきとなった。
「かなり毒が体に回った後となります、これだけの強い毒…、このまま意識が回復するかどうか…」
「!」
「今は安静にして、目覚めるのを祈るしかないでしょう」
「‥‥そうか」
「毒の影響で熱が出るやもしれません、解熱剤を置いていきます」
医師がベットの隣の机に解熱剤を置く。
「それでは私はこれで‥‥」
落胆の色を隠せない皆に医師はお辞儀をし去っていく。
「ジーク様」
「ああ、解っている」
リディアをベットにそっと寝かす。
「イザーク、お前は戻れ」
「ですがっ」
「気持ちは解るがお前の立場も弁えろ」
「‥‥っ」
ここは国王代理であり、次期国王ジークヴァルト殿下の部屋だ。
魔物と言われる執事の立場のイザークがずっと居ていい場所ではない。
「しばらく、リディアはここに置く、今は動かさない方がいいだろう」
「‥‥解りました」
「行け」
渋々、イザークが部屋を去る。
それを確認するとサディアスへと向き直った。
「それで…犯人は?」
「ロレシオだ」
「! …薬はロレシオ様から?」
ジークヴァルトが頷く。
「サディ、ロレシオは自室で待機している、まだ話は聞いていない」
「待機を?」
「リディアが毒を飲んだと知って大人しくしている、あれはリディアに心を開いていたからな‥」
「なるほど、それで大人しく…では、私が行って参ります」
「ああ、頼む、あれは俺では素直に口を割らぬやもしれぬからな」
眉がほんの少し歪む。
「…しょうがない奴よ」
小さく息を吐く。
「すぐにバレるだろうが、今は出来うる限り隠密に動け」
サディアスも頷く。
「では行って参ります」
「ああ、頼んだ」
そのままサディアスが部屋を後にした。
一人になった所で、リディアの傍らに腰を掛ける。
顔に掛かった髪をそっと指先で除けてやる。
色を失っていた頬も少し色を取り戻していた。
「早く目を覚ませ…、お前はそんな柔な女じゃないだろう?リディア」
頬に手を当てる。
するとリディアの身体が少しガタガタと震え出した。
「ああ、熱が出て寒くなったか」
そのままベットに横たわるとリディアをそっと抱きしめた。
ジークヴァルトとリディアの周りが紅い光に包まれる。
「どうだ?温かいか?」
熱を帯びた光に包まれ、温まってきたのか暫くすると震えが止まり、規則正しい寝息が聞こえる。
(あの時、部屋に来た時点で気づいていれば…)
悔やんでも悔やみきれない思いが胸を焦がす。
今までの予知を考えれば導き出せたはずの答え。
だが、剣を気にし、毒の入ったコップを手にしたリディアを見て刺客と判断してしまった。
それもまた仕方のない事。
リディアが何者か明かさない限り、信じ切るのは不可能だ。
「目を開けろ…リディア」
リディアが目を開けない事が苦しい。
「こんなに苦しいなんてな…」
(こんな気持ちは初めてだ…)
母が死んだ時も多少は胸は痛んだが、正直あまり何とも思わなかった。
仲間や、友が無くなった時も、仕方ない事だとこれも運命だと思い、割り切れた。
だがリディアが死ぬとなった時、酷く動揺した。
失いたくないと強く願った。
そして今目を開けないリディアに胸が苦しい。
「リディア、早く目を覚ませ、また俺を楽しませろ」
一向に開く気配がない瞼。
ギュッとリディアを抱き締める。
「ほら、早く目を覚まさないと、襲うぞ?」
何も反応を示さないリディアに苛立ちを覚える。
「くそっ‥‥ くそ!!」
抱きしめる腕がふるえる。
「どうすればよかった?‥‥どうしようもできんだろっ」
ロレシオ自身が越えなければいけない問題。
兄弟であるが故、自分の言葉は届かない。
せめて、自分にもっと正面から来てくれればよかったが、ロレシオの性格上、出来なかったのだろう。
それも解っていたから、自分の兄殺害まで思い詰める前に何とかしたかった。
だが、開かそうとこっちが動けば心を閉ざしてしまう。
「どうしてお前も何も語ってくれない… 俺にこんな思いをさせるなっこの馬鹿がっ」
この世に命を受けてから化かし化かし合いの世界だ。
母親さえ自分を利用した。誰もが他者を利用する世界。
自分も親だろうが何だろうが利用した。
そんな世界で育った俺が素性の知れない者を信じるのは不可能だ。
「くそっ‥‥」
だが、その結果がこれだ。
リディアはこちらの兄弟間の問題に巻き込まれたに過ぎない。
「っ‥‥、リディア‥‥ 」
自分の腕の中で眠るリディアに深く口付ける。
「頼む…目を…覚ましてくれ‥‥」
熱でぐったりしたリディアをぎゅっと抱きしめる。
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