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序章

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 それはある日突然訪れた。
 眠っている最中に前世の記憶を思い出したのだ。

「うわぁ~、マジかぁ」

 寝起き早々、ため息交じりに呟く。

 前世はこうだ。



 私は32歳で、乙女ゲームを生きがいに働くOLだった。
 容姿は普通よりちょい上で、まぁ彼氏が出来ないわけでもなく、過去に五人付き合ったことがある。
 付き合った男が悪かったのか、自分が悪かったのかは解らない。
 彼とかに憧れを抱いていた10代ではなく、リアル男子を知って、五人目で男に幻想を抱くのを辞めた。

 一人がいい。
 男も人付き合いも、面倒くさい。
 たまにの恋愛が絡まないまぁまぁ気が合う友達との飲み会ぐらいが丁度いい。
 恋愛は、乙女ゲームの中で幻想を夢見ている方がよっぽどいい…という結論から、28歳の冬から乙女ゲームへと、どっぷりとハマっていた。


 そんなある日――――


 32歳の真夏日の日曜の夕方、エアコンをガンガンに効かせた部屋の中でやり切った感から伸びをしながらソファへと倒れ込む。

「はぁ~、いいわぁ、久々にハマったわ~!絵師も最高!シナリオも最高!声優最高!BGMも最高‼!」

 コンプした後の感無量感に浸りながら、クッションを抱きしめる。

「やっぱいい奴ってのは全員がそれぞれに個性も脚本もいいよねぇ、甲乙つけがたい!それでもって攻略順最高じゃん、私、神だわ」

 今までのストーリーを思い出しながらソファーの上で体をゴロゴロさせる。

「うーっ、これファンディスク出てたっけ?」

 スマホを手に弄る。

「おおっ、出てるじゃん!…けど、今月、お金ピンチだしな~…でも欲しいっっ」

 女友達の結婚式や出産祝いやらで、金銭的にピンチだった。

「はぁ~~、どうすっかなぁ~~」

 机の上にあったポテチの袋の横にある残りのビールをぐびっと飲み干す。
 
「そだ、そろそろ、いらないの売りに行くか」

 たまった乙女ゲームの箱を引きずり出す。

「これもいらん、これも、こんなのあったっけ?内容覚えてないや」

 ポイポイと取り出す。
 十数個放り出した乙女ゲームをコンビニ袋に入れると、中古屋さんへ行くために部屋を後にした。




 で、

 その中古屋へ行く道中、交通事故という異世界転生のお決まりパターンを辿ったわけだ。




「うわっちゃぁ~、異世界転生起きた時の気持ちってこんなのなのか」

 今世の記憶と前世の記憶が入り混じり、頭がごちゃごちゃする。
 部屋の空き箱を引っ繰り返した台に置かれた鏡の端切れから自分を映す。

「うーん…、何か見覚えあるな~」

 見覚えあるという事は乙女ゲームの中か?と、頭をひねる。
 今世では絶賛、家族いびりにあっている、部屋も屋根裏部屋に押しやられている。

「いびられてるってこたぁ、悪役令嬢とかじゃなく主人公だよなぁ~」

 鏡の切れ端に映る姿は、食事もろくにとることも出来ず、風呂も入ることも出来ず、髪もいつから梳いてないだろう、その姿はスラム街に住む孤児と変わらなかった。

「でも、結構、可愛い?」

 今までちゃんと自分の姿を見たこともなかったが、髪もぐちゃぐちゃ、頬もこけているにも関わらず、顔の作りは悪くないように見える。とはいえ、鏡の切れ端なのでハッキリと見えないから、これだけで判断するのも難しい。

「うーん、やっぱ見覚えある様な…」

 思い出そうと、今度は屋根裏部屋を一望する。
 実は、この屋根裏部屋も結構気に入っていたりする。
 もちろんボロいし埃っぽいんだけど、それもまた絵になっているというか悪くないのだ。
 そういや、この家自体も、いや、家の装飾品や調度品も全て、なかなかに好みなのである。
 それがまたどこかで見たことある様な気がして過去の乙女ゲームを色々と思い浮かべる。


「あ!」


 そこで、ハッと思い出す。

「あれか?!…うわ、マジで?勘弁してよ~」

 思い出したのは、時に下げてたコンビニ袋の中に入っていた乙女ゲームの一つ。
 その乙女ゲームには苦い思い出があった。
 黒歴史と呼んでも過言ではない。

 その乙女ゲームは当時、話題を呼んでいた。
 私ももれなくその話題に期待を膨らませていた一人であった。
 何と言っても、その絵師がヤバい程好みで、立ち絵も背景も全てが自分の中でドストライクだったから。
 もちろん、買うぞー!と意気込んだわけだが、困難が立ちふさがっていた。
 というのも、そのソフトが持っていないハードのもので、まず、ハードから購入しないといけない。
 更には、1万という乙女ゲームでも高額なソフトだったからだ。

 それでも、絵師が好みで攻略男子全てが好みのイケメンだったのと、とりわけその中でも黒短髪黒目長身デカマッチョのキャラに一目惚れし、このキャラに会いたい!堪能したい!という煩悩に負け、高額な料金を支払い手に入れた代物だった。
 なので、手に入れた瞬間はどれほどワクワクしたことか、その高揚感を今でも覚えているぐらいだ。

 だが、問題はそこから始まった。

 意気揚々と乙女ゲームを始めたものの、シナリオは何処かで見たようなストーリーばかり、主人公は私が苦手とするお花畑の女の子でほんわか鈍感タイプの聖女設定。攻略もお粗末過ぎるお花畑語で簡単にホイホイ落ちていくイケメン男子。
 チョロ過ぎるにも程があるだろのレベルだ。
 余りの雑さにリモコンを絨毯に叩きつけたぐらいだった。
 ”やってられねー”と、正直思ったものの、とにかく高額料金支払っただけに、半ば意地になって攻略本そのままに選択し、親指の高速連打を繰り返して全てのキャラを苦痛の面持ちで全派した代物の乙女ゲームだった。

 このゲームで唯一の救いは、絵師がドスライクに好みだったためシナリオはクソでもスチルは最高だったということに尽きるだろう。
 それすらなければ、挫折していたと断言できる。

「はぁ~どうして、神よ、どうして、これにした!!」

 ファンディスクも買おうとしていた、今ドハマりしている乙女ゲームではなく、一番苦い経験をした一番つまらなかった乙女ゲームに転生してしまったのかと、神を恨む。

「あぁぁああぁ―――、あの時、手にしていたからか?手にしていたからかぁあぁあー?」

 それでもあの中古屋に売りつけようとしていた十数個の乙女ゲームの中にはそこそこいいのもあった。
 なのに、よりにもよって、よりにもよってこれなのかとがっくしと床に手を突く。

「この世界で生きろと?異世界転生って普通ウハウハだよね?普通は大好きな乙女ゲームの世界に飛ばされちゃったぁ~うふふ♪パターンだよね?普通はねぇ、ねぇ?神様きいてる? …て、あれ?」

 転生させた神に恨み節を込めた愚痴を呟く中ふと気づく。

「いや、まてよ?」

 よく考えれば、設定も雑、イケメン攻略男子もチョロい。

「チョロい世界‥‥てことは‥‥」



―― 下手に複雑で精密な面倒くさい乙女ゲームの世界より、このチョロい世界の方が楽にいい生活を手に入れられるのでは?



 一筋のクモの糸のような光の筋が頭上に差した。
 その光の糸をガシッと掴む。

「これは… いけるかも」
 
 光の糸に縋るように急速回転で頭を巡らす。

(まずはストーリーですよ、ストーリーを思い出さなければ!乙女ゲーム転生の最初の作業ってば定番よね!)

「この内容どうだったっけ?えーっと‥‥」

 思い出そうと頭をひねる。

「‥‥‥」

 思い出そうと頭をひねる。

「‥‥‥」

 思い出そうと頭をひねる。

「‥‥‥」

 思い出そうと‥‥



「あぁああぁあああ、内容がクソ過ぎて飛ばしまくって殆ど覚えてねぇーーーっっ!!」



 親指の高速連打で読み飛ばしていったことが見事に仇になっていた。
 しかも元々、適当かつ面倒くさがりの性格が災いして見事にまるっと覚えていなかった。
 辛うじて覚えているのは最初の序章段階だけだ。そう、まだ期待を持って進行していた序章段階だけ。とはいえ、黒歴史として記憶から葬り去っていた乙女ゲームなだけに、序章段階も微妙に記憶が怪しい。
 しかも致命的に痛いことは、攻略イケメンの名前すら思い出せない。

「えっと、あの黒短髪黒目デカマッチョが…オ…オ…オズ?」

 やり終えた後は黒歴史を消し去るように記憶から消した作品だっただけに、一目惚れしたキャラの名すらあやふやだ。

「あああ、やっぱり今ハマっているのであれば、隅から隅まで覚えているのに!」

 ハマった奴に限っては、とことんやり尽くしオタク本領発揮するが、興味のないモノには見事なほどに適当な自分を2世代生きて今、初めて呪う。

「いや、でも、やっていれば大体のこうなるってのは解るよね、うん、大体見たことあるパターンだったと思うし、うん、なんてったってチョロいし雑いわけだし!」

 そして、開き直りも早かった。

「とりあえず、今の状況を整理しよう」

 私の名は……




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