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   ◇

「二次会行かないのー?」と高校時代の友人に声を掛けられて、「ごめーん。ちょっと用事があっていけないんだー」と返す。
 用事なんてなかったが、嘘をついて由佳は会場を離れた。
 敗者である自分が、あのような煌びやかな空間に留まっているのには耐えられそうになかった。
 歩きながら、高二の夏の夜のことを考える。あのときも、嘘をついたんだよなと。
 花火大会が終わったあとで、誕生日プレゼント何がいいだろう? と和人から相談を受けたのは本当だった。
 ただし、妹ではなく、それは志帆に送るプレゼントの話だったのだが。
「志帆のことが好きなの?」と問いただすと、和人は「いやあ」などと曖昧に笑ってごまかしていたが、否定しない時点で明々白々だったのだ。
 彼いわく、他に相談できる相手がいないんだ、とのことだった。
 わからない話ではなかった。志帆はそこまで友だちが多い子ではなかったから。それにしても私に聞くのかと、肝心なときに空気が読めない和人を、由佳は心中で恨んだ。高揚感が、瞬く間に冷え込んでいった。
 他ならぬ親友と想い人の恋だ。応援しないわけではない。
 だが同時に、このまま引き下がるつもりもなかった。
「わかった。志帆が欲しいものを聞き出してあげる。その代わり、ひとつ条件があるの」と由佳は言った。
 私のことを一度だけでいいから抱いてほしい。私は、和人のことが好きなの、と。
 勝算はあった。
 この年代の男子は、なんだかんだ言って性に興味津々だ。和人はよくモテていたが、これまで特定の相手はいなくて、童貞なのを心得ていた。セックスの気持ちよさを一度知ってしまったら、溺れてしまうに違いないとそう踏んでいた。
 実際に、和人は溺れた。
 花火が終わったそのあとで、由佳は自分の家に和人を招いてさっそく関係を持った。お互いに初めてだったからそれはとてもたどたどしい行為で。それゆえなのか、お互いに行為そのものにひどく興奮したりもして。
 それから、週に一度の割合で関係を持ち続けた。
 和人を振り向かせるために、由佳はいろいろな知識を蓄えた。さまざまなテクニックを駆使して、和人を悦ばせた。
 自分から離れられなくなるように、和人の体をつなぎとめようと必死だった。しかし、体はつなぎとめられても、和人の心が由佳に向くことはついぞなかったのだ。
 志帆が欲しいものは、お菓子作りの道具だった。それを和人に伝えた上で、志帆の誕生日の前日を、告白決行の期日にあえて選んだ。
 そこまで策を巡らせたのに、結局負けたのは由佳だった。
「バカみたい」
 なんとも滑稽な話だった。まるでピエロみたいだな、と由佳は苦笑する。

 由佳は繁華街に出た。通りがかった店先のショーウインドウに、自分の姿が映っているのに気付き立ち止まる。
 口角がわずかに上がっていた。笑ってはダメでしょ――と由佳は思う。
 私は敗者なのだから。
 高二の夏。あのときなぜ和人が自分の誘いに乗ってきたのかと思っていたが、なんてことはない。お互いにクズで、お互いに考えていることは同じだったのだ。
 これからは、連絡する回数を月に一度くらいまで減らさなくちゃな、と由佳は思う。

 いい夫婦になってね、二人とも。
 志帆はいい子だよ。
 私と違って。

 了。
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