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第四章「総力戦」

総力戦①

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 襲撃の報告が『ヒートストローク』の面々にもたらされたのは、夜明けまで、あと数時間という頃合いだった。
 ラガン王国の大地より飛来した魔物の群れが、ブレストの街を襲ったのである。時刻が夜半過ぎであった事。遥か高空より魔物が侵入してきたこともあって警備体制は一時混乱をきたしたが、ルール=ディール聖王国のリアンヌ女王自らが陣頭指揮を取ることにより、現在は戦線を持ち直しているらしい。

「ですが、予断を許さない状況です。魔物の強さや数。被害状況などまだ把握できていない部分がとても多い。お休みのところ申し訳ないのですが、準備を急いでください」

 報告に来たテッドの声にコノハは頷く。彼の姿が扉の向こうに消えたのち、即座に夜着を脱ぎ捨て着替えを始めた。
 長い髪を頭頂部でまとめ、魔術師の杖を握り締めて扉を開けると、「わっ」という小さな悲鳴が聞こえてくる。
 部屋の前に立っていたのは、親友であるカノンだ。革鎧を着て、コノハと異なるデザインの杖を持っている。どうやら彼女も、戦いに参加するつもりらしい。

「もう準備出来てたんだ。心配だったから、一応呼びに来たの」
「うん。さすがにこんな状況じゃ寝てられないよ。……いま、戦況どんな感じかわかる?」

 テッドですらわかんないのに野暮な質問だったかな……そんなことを思いつつも尋ねてみる。

「正直、あんまり良くない」

 どちらかというと物事をはっきり言わない親友が即答したことで、これは、予想以上に戦闘が激化していそうだ、とコノハは瞬時に理解した。

「そっか。じゃあ、急がないとだね。カノンも、戦いに出るんだね?」
「うん」とカノンは力強く頷いた。「侍の人たちと一緒に行動することになった。街全体が脅威に晒されているんだから、他人事じゃないしね」
 それに、とカノンが続ける。
「遠まわしにも自分が当事者の一人だとわかった今、指を咥えてみているわけにもいかないでしょ」
「うん。そうだね」

 ラガン王国の血縁者であるカノンは、魔術師としての能力も決して低くない。だが、経済的な事情など様々あって、魔法学校を中退しているし、数年レベルでブランクがあることは否めない。
 それでも、とコノハは思う。決して逸らされることのない、力強い輝きを放つ目を見てコノハは思う。カノンの意思は固いんだな、と。だから、彼女を止める気持ちは端からなかった。

「強くなったね、カノンは」
「コノハほどじゃないよ」
「どうかな」
「本丸に乗り込む人が、そんな謙遜けんそん言わないでよ」
「ん。そうだね」
「気をつけて。それから、絶対に無事で帰って来てね。コノハは私の親友であると同時に──」
 カノンは一度言葉を切って深呼吸すると。
「目標なんだから」
 と声高らかに宣言した。

 真っすぐ向けられる親友の感情に、コノハの頬が意図せず紅潮する。

「……うん、必ず戻ってくるよ。それまで、街の方は任せたからね!」

『無事で』
 二人で拳を一度合わせる。
『また会おう』
 角度を変えて、もう一度。

 二人はしっかり拳を合わせた後、振り返ることなく駆け出した。それぞれが、やるべきことに向かって。
 もう二度と、振り返ることはなかった。

* * *

 コノハが神殿の屋上に到着すると、既に、ルティスと仲間たち全員が顔を揃えていた。
 屋上の端から身を乗り出すようにして、リンは眼下の様子を確認する。灰褐色の魔物と冒険者たちとの戦いが、いたるところで繰り広げられていた。最早、街全体が戦場といって差し支えない状況。
 しかし──敵がいるのは下だけではない。リンが見上げた視線の先、ラインの街上空を埋め尽くすほどの、魔物の群れが見えた。
 地上での戦いは確かに一進一退。だが、数の上では圧倒的に不利なのだ。それなのに、魔物たちは数の利を生かして一気呵成に攻め立てることもなく、むしろ順々に波状攻撃をしかけているのだ。こちらの出方を伺っているのか。それとも、舐められているだけなのか、まったく意図は読めないが……。

「……これは、とんでもない数ですねぇ」

 皆の緊張を解そうとでもしているのだろう。少々間の抜けた声でオルハが言う。

「ラガン王国が生み出した守護兵ガーディアンの一種ですね。防御力を多少削ることで、機動力に特化させたタイプです。人工生命体であるがゆえに、恐怖を感じることもない優秀な兵士ですが、力自体はそんなに大したことはありません」

 もはや隠す必要もないとでもいいたげに、白い翼を大きく広げてルティスが街の様子を見下ろした。

「大したことないとは言ってもねぇ……この数じゃ、そんなに長くもたないかも」

 ルティスの隣に進み出て、コノハが不安げに口元を覆う。「まったくですね」と神妙な面持ちでシャンも同意した。
 コノハの懸念ももっともだ、とルティスは思う。なにせ、相手は無尽蔵に生成可能な人工生命体。とはいえ、よもやこれ程の数がラガンに備蓄がされていたとは、私自身思っていなかったが。

「……なんとか、間に合ったみたいやな」

 その時、聞き覚えのある溌剌はつらつとした声が背後から聞こえ、みんなが一斉に振り向いた。集まった視線の先にいたのは、リリアンとレンの二人。
 前をかき合わせる形の水色の病衣を着たリリアンは、幾重にも巻かれた包帯が、胸元から覗き見えていた。全身に火傷を負ったと聞いていたが、なんとも痛々しい。普段頭の両脇で結い上げている髪は、すらりと腰の辺りまで流されていた。

「リリアン、もう起きてきて大丈夫なのか?」

 支えられていたレンの手から離れ、よろよろと歩いてきたリリアンを、シャンが両手で抱きとめた。

「大丈夫な訳ないやろ。ばーか」

 憎まれ口を叩いたあと、ふっと相好を崩してこう言った。

「……でもな、鈴蘭亭でナンバーワンの冒険者パーティが戦地に赴くときに、うちが寝ていられるわけもないやろ」
「うん、ありがとう。それから、無理させてごめんね。ちゃんと、鈴蘭亭の仇はとるからね」

 リリアンの手を握り締めて宣言したコノハに、彼女は苦笑いを浮かべて「ええのや」と首を振った。

「僕たちは無力なのでただ祈ることだけしかできませんが、絶対に成し遂げられると信じています。みなさん、どうかご無事で」 
 レンが一言だけ激励をおくる。
「ちゃんと帰ってくる。なにも心配するな」
 視線を逸らしたまま、シャンが答えた。
「ま~うちからも、激励の言葉っちゅ~もんを送ろうかと思ったんやけど、『頑張ってな』なんて、今さら言うつもりは毛頭ない。もうみんなは、十分頑張っとるわけだしな。──つーわけで」

 リリアンが右手の甲を上にして真っ直ぐ差し出すと、彼女の手のひらに、一人、また一人と其々の手が重なっていく。やがて七つの手のひらが、リリアンの手を中心に大きな輪になった。
 すー……と胸一杯に大きく息を吸い込んだあと、声も限りにリリアンが叫んだ。

「みんな揃って必ず戻ってこいや! 応援しとるからな……!!」

 リリアンの声に続いて、全員の気合の声が揃った。
 それは最早「おう!」だったのか「やあ!」だったのかすら定かじゃなかったが、漂っていた重苦しい空気が払拭されて全員が清々しい表情に変わった。
 流石はリリアンね、と感心しながら、ルティスは全員の顔を見渡した。

「じゃあ、行きましょうか」

 力強く同意が戻ってきたのを見たのち、ルティスは正面に向き直る。

「さあ、抗ってやろうじゃないの運命さま!」

 遠く見える祖国の方に顔を向けて、左手を胸のあたりに添える。

 ──リリス。あなたが勝つか。私が勝つか。これが最後の勝負ね……!!
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