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第四章「総力戦」
懺悔①
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タケルと入れ違いに入ってきたのは、コノハ始めヒートストロークの面々だった。
コノハは真っすぐルティスの方に駆け寄ってくると、勢いもそのままに抱き付いた。
「ルティス! 心配したんだからね!! 一人で飛び出していったらダメじゃない!!」
「あはは……。くすぐったいのですよ、コノハ」
頬ずりをしてくるコノハの髪が、ルティスの鼻のあたりをくすぐる。でも今は、そんな彼女の真っすぐな思いが少しだけ胸に痛い。
「それはそうと、蛙が潰れたような声が聞こえたのだけれど」と冗談めかしてリオーネが言うと、「ああ……。蛙が潰れたんじゃないですかね?」とリンが素っ気なく返した。
「リリアンの容態も、鈴蘭亭がたどった顛末も聞きました。全てボクの祖国が行ったこと。本当に申し訳ないです……」
「それはしょうがねえことさ、それ自体は、ルティスが悪いわけじゃないんだし」
そう言ってリンは、ルティスの頭をわしゃわしゃと撫でた。こうして気にかけてもらえることが、なんだか嬉しい、とルティスの心がすとんと落ち着く。
「リン。現在ラガンはどうなっていますか?」
「ブレストの街から東へ約二十キロの地点で停止している。あれ以降光線が発射されることもなく、また、何かが襲ってくる、なんてこともない。だが、いつまたあの攻撃がくるかわからないという恐怖から、街全体が恐慌状態に陥りつつある。そのため、市民に落ち着くよう促すとともに、外出禁止令が国王から出された。また、街にある四つの門を中心に、警備を固めているところだ」
「わかりました」
「なあ」
「はい?」
「率直に質問する。あの光線がもう一度発射される可能性はあるか?」
「……無いと思います。光線を放った兵器の名は『ソウル・レイ』というのですが、弾丸はヒトの命。連結したヒトの命を吸い上げて、エネルギーに変換して発射する兵器なのですから」
「ヒトの命……! なんという」
シャンが憤りの声を上げた。聖職者である彼女にとって、ヒトの命を冒涜する行為は、とてもじゃないが看過できない。
「残酷な話ですが、事実です。なので、無人のラガンでは次の弾を確保できないでしょう」
「信じられない……。ラガンを止めなければならない理由。またひとつ増えましたね」
「……でも、妙な話ですね。だとしたら何故一発目を撃てたんです? それに、撃ったのは誰です?」
オルハの疑問に、「侵入者が自分の命を使ってたりして」とコノハがお道化て見せたが、誰も笑わなかった。「ごめん。冗談だよう……」
「コノハのジョークは兎も角として、なんとも不思議な話。では──と言いたいところだが、先ずは本当のことを語ってもらいましょうか? リオーネさん」
そう言ってリンが話の水を向けると、ふふ、とリオーネが自嘲気味に笑った。
「私の話は、既に聞いているのよね?」
「もちろんです」とリンが露骨に苦い顔になる。「カノンから全部聞いた。正直、頭の整理がおいつかねぇけど、もう少し詳しく説明してくれるかい? ああ、それと。これもカノンから聞いているが、本当に俺たちの敵にまわるつもりはないんだな?」
「心配しないで。寝首をかくつもりだったらとっくにやってるわ」
「だろうけどな」
二本目の煙草に火を点けながら、リオーネは語り始める。
彼女の正体は、瘴気を打ち込まれて邪悪化した魔族。元々、ラガン王国で暮らしていた貴族の令嬢であったリオーネだが、ある優秀な能力を持っていたことで神官たちに目をつけられ、邪悪化の実験台にされたのだ。
「優秀な能力、ですか? それはつまり、カノンなんかが持っているのと同種の力?」
シャンがそう訊ねると、リオーネは深く頷いた。
「私が持っている力は割と地味なものだけれどね。手先の器用さと、驚異的な記憶力」
「なるほど。医師としての肩書きは潜伏するのに都合がいいし、その能力も、ラガンの情報を集める上で好都合だ。それにしても解せませんね。元人間であるあなたが、邪悪化したとは言え簡単に魔族側に加担したのですか」
「簡単に、っていう訳じゃないわよ」
リオーネが、ふう、と紫煙を吐いた。
「でもね。朱に交われば赤くなる、とでも言うのかしら。邪悪化した人間は、結局、身も心も魔族になってしまうのよ。人の命なんてなんとも思わなくなったし、魔族たちに協力するのも当たり前だと思うようになった」
「けど、あなたはボクを助けてくれました」
ルティスの言葉に、リオーネは肩をすくめてみせた。
「ふふ、まあね。長いこと人間界に潜伏していたことで、私も甘くなったんでしょうね。人の命を尊いと考えるようになったし、彼ら魔族の考え方に、必ずしも同調できなくなった。だからあなたを手元に置きつつも、私の心はずっと揺れていた。そんな感じかしらね」
「人間界に潜伏している魔族の実例が、こんな身近にあるとは思っていませんでした」とリンが、なんとも名状しがたい顔で言う。「で、これからどうするつもりですか?」
「むろん、神殿にはちゃんと話を通すわよ。今の仕事を続けるのは難しいでしょうけどね。……断罪されちゃうのかしら」
両手で体を抱き、リオーネが身震いをしてみせる。
「どうでしょうね。いずれにしろ、あなたの処遇を決めるのは俺たちじゃなくて神殿です」
「流石に、見損なってしまったかしら……?」
神経質に襟を正しながらリオーネが訊ねると、「それはまあ」とリンが事もなげに答える。
「いくら寛容な俺たちでも、信用していた相手が魔族であった上に敵国のスパイとくれば内心複雑です。でも……今のあなたを非難する気にはなれない。なんだかんだ言ってあなたは、ルティスの命を救ってくれた恩人じゃないですか」
その言葉に、一同が一斉に頷いた。
「ふふ……。やっぱり、あなたたちは寛容だと思うわ」
リオーネは両の掌を胸の前で合わせ、懺悔でもするように俯いた。──ありがとう、と。
「じゃあ、一旦話を戻そう」
リンが、ルティスの方に話題を振ると、心ここにあらずといった調子だった彼女が、思いなおしたように唇を真一文字に結んだ。
「ラガン王国を動かした人物に、心当たりはあるかい?」
暫く思案したのち、「そうですね」とルティスが複雑な表情で答える。すっかり茜色に染まった窓の外に目を向け、ぽつり、ぽつりと語りだした。
「先ずは、四人の神官の話からしましょうか」
「よろしく頼む」
コノハは真っすぐルティスの方に駆け寄ってくると、勢いもそのままに抱き付いた。
「ルティス! 心配したんだからね!! 一人で飛び出していったらダメじゃない!!」
「あはは……。くすぐったいのですよ、コノハ」
頬ずりをしてくるコノハの髪が、ルティスの鼻のあたりをくすぐる。でも今は、そんな彼女の真っすぐな思いが少しだけ胸に痛い。
「それはそうと、蛙が潰れたような声が聞こえたのだけれど」と冗談めかしてリオーネが言うと、「ああ……。蛙が潰れたんじゃないですかね?」とリンが素っ気なく返した。
「リリアンの容態も、鈴蘭亭がたどった顛末も聞きました。全てボクの祖国が行ったこと。本当に申し訳ないです……」
「それはしょうがねえことさ、それ自体は、ルティスが悪いわけじゃないんだし」
そう言ってリンは、ルティスの頭をわしゃわしゃと撫でた。こうして気にかけてもらえることが、なんだか嬉しい、とルティスの心がすとんと落ち着く。
「リン。現在ラガンはどうなっていますか?」
「ブレストの街から東へ約二十キロの地点で停止している。あれ以降光線が発射されることもなく、また、何かが襲ってくる、なんてこともない。だが、いつまたあの攻撃がくるかわからないという恐怖から、街全体が恐慌状態に陥りつつある。そのため、市民に落ち着くよう促すとともに、外出禁止令が国王から出された。また、街にある四つの門を中心に、警備を固めているところだ」
「わかりました」
「なあ」
「はい?」
「率直に質問する。あの光線がもう一度発射される可能性はあるか?」
「……無いと思います。光線を放った兵器の名は『ソウル・レイ』というのですが、弾丸はヒトの命。連結したヒトの命を吸い上げて、エネルギーに変換して発射する兵器なのですから」
「ヒトの命……! なんという」
シャンが憤りの声を上げた。聖職者である彼女にとって、ヒトの命を冒涜する行為は、とてもじゃないが看過できない。
「残酷な話ですが、事実です。なので、無人のラガンでは次の弾を確保できないでしょう」
「信じられない……。ラガンを止めなければならない理由。またひとつ増えましたね」
「……でも、妙な話ですね。だとしたら何故一発目を撃てたんです? それに、撃ったのは誰です?」
オルハの疑問に、「侵入者が自分の命を使ってたりして」とコノハがお道化て見せたが、誰も笑わなかった。「ごめん。冗談だよう……」
「コノハのジョークは兎も角として、なんとも不思議な話。では──と言いたいところだが、先ずは本当のことを語ってもらいましょうか? リオーネさん」
そう言ってリンが話の水を向けると、ふふ、とリオーネが自嘲気味に笑った。
「私の話は、既に聞いているのよね?」
「もちろんです」とリンが露骨に苦い顔になる。「カノンから全部聞いた。正直、頭の整理がおいつかねぇけど、もう少し詳しく説明してくれるかい? ああ、それと。これもカノンから聞いているが、本当に俺たちの敵にまわるつもりはないんだな?」
「心配しないで。寝首をかくつもりだったらとっくにやってるわ」
「だろうけどな」
二本目の煙草に火を点けながら、リオーネは語り始める。
彼女の正体は、瘴気を打ち込まれて邪悪化した魔族。元々、ラガン王国で暮らしていた貴族の令嬢であったリオーネだが、ある優秀な能力を持っていたことで神官たちに目をつけられ、邪悪化の実験台にされたのだ。
「優秀な能力、ですか? それはつまり、カノンなんかが持っているのと同種の力?」
シャンがそう訊ねると、リオーネは深く頷いた。
「私が持っている力は割と地味なものだけれどね。手先の器用さと、驚異的な記憶力」
「なるほど。医師としての肩書きは潜伏するのに都合がいいし、その能力も、ラガンの情報を集める上で好都合だ。それにしても解せませんね。元人間であるあなたが、邪悪化したとは言え簡単に魔族側に加担したのですか」
「簡単に、っていう訳じゃないわよ」
リオーネが、ふう、と紫煙を吐いた。
「でもね。朱に交われば赤くなる、とでも言うのかしら。邪悪化した人間は、結局、身も心も魔族になってしまうのよ。人の命なんてなんとも思わなくなったし、魔族たちに協力するのも当たり前だと思うようになった」
「けど、あなたはボクを助けてくれました」
ルティスの言葉に、リオーネは肩をすくめてみせた。
「ふふ、まあね。長いこと人間界に潜伏していたことで、私も甘くなったんでしょうね。人の命を尊いと考えるようになったし、彼ら魔族の考え方に、必ずしも同調できなくなった。だからあなたを手元に置きつつも、私の心はずっと揺れていた。そんな感じかしらね」
「人間界に潜伏している魔族の実例が、こんな身近にあるとは思っていませんでした」とリンが、なんとも名状しがたい顔で言う。「で、これからどうするつもりですか?」
「むろん、神殿にはちゃんと話を通すわよ。今の仕事を続けるのは難しいでしょうけどね。……断罪されちゃうのかしら」
両手で体を抱き、リオーネが身震いをしてみせる。
「どうでしょうね。いずれにしろ、あなたの処遇を決めるのは俺たちじゃなくて神殿です」
「流石に、見損なってしまったかしら……?」
神経質に襟を正しながらリオーネが訊ねると、「それはまあ」とリンが事もなげに答える。
「いくら寛容な俺たちでも、信用していた相手が魔族であった上に敵国のスパイとくれば内心複雑です。でも……今のあなたを非難する気にはなれない。なんだかんだ言ってあなたは、ルティスの命を救ってくれた恩人じゃないですか」
その言葉に、一同が一斉に頷いた。
「ふふ……。やっぱり、あなたたちは寛容だと思うわ」
リオーネは両の掌を胸の前で合わせ、懺悔でもするように俯いた。──ありがとう、と。
「じゃあ、一旦話を戻そう」
リンが、ルティスの方に話題を振ると、心ここにあらずといった調子だった彼女が、思いなおしたように唇を真一文字に結んだ。
「ラガン王国を動かした人物に、心当たりはあるかい?」
暫く思案したのち、「そうですね」とルティスが複雑な表情で答える。すっかり茜色に染まった窓の外に目を向け、ぽつり、ぽつりと語りだした。
「先ずは、四人の神官の話からしましょうか」
「よろしく頼む」
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