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第二章「すれ違う記憶と真実」
第二章エピローグ~その日の深夜~
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レンが抱えていた心臓の病は嘘のように消え去った。すっかり顔色もよくなり、体調不良をうったえることも最早ない。
なんのことはない、とシャンは鼻じろむ。
自分たちの記憶障害もレンの病も、全て魔族──フレイによって操作されていたのだから。レンの病は継続的に瘴気を浴びせられることによって生じたものだったし、記憶の改竄は、彼を邪悪化させるという本当の目的を隠すために行われていたものだった。
──昔話の中にだけ存在していた王国ラガンの名が、この日、明らかになった。ラガン王国を裏側から支配していたとされる神官たちが、今もなお生存しているという衝撃の真実とともに。もっともこれらの情報は秘匿され、王族の一部やヒートストロークの面々たちを除けば、『なにやら不思議な雲が現れた』程度の認識しかなかったであろうが。
ルティスは認めた。
ラガン王国が存在していることも。
自身が、ヒトとは違う何かであろうことも。
だが、最終兵器とはいったいなんなのか、という事を含めて、それ以上は黙して語らない。今なお暗躍を続けている神官の残り二名の情報も、また、自分と兄、バルティスの出生やこれまでどうしていたのかも。
『まだ、思い出せないことも多いのですよ』というルティスの言葉に、なにか裏がありそうだと感じたのは、なにもシャンだけではないだろう。同時に、彼女が最終兵器復活のカギを握る存在である、というのはどういう意味なのか? 神官たちがルティスを取り戻そうと積極的に動かないのは何故なのか? ということ含め疑問点も多くのこる。
それでも、無理矢理聞きだそうとはしなかった。
心のどこかで、みな感じているのかもしれない。ルティスに対して、畏怖の念を。
いや──とコノハは首を振る。ルティスは仲間だもん。私が信じてあげなくてどうするの。
この先彼女がどんなに残酷な運命に襲われようとも、私だけは彼女の味方でいよう。彼女を信じる者が、誰一人いなくなってしまったとしても、私だけはルティスの味方でいよう、とコノハは心中でそう誓う。
* * *
同日の深夜。
エストリア王国と、隣国ルール=ディールの国境付近で停滞していたラガンの大地に、灯りを消し、闇夜に紛れて接近する船影があった。
プロペラを二つ備えた飛行船の横腹に描かれているのは、ディルガライス帝国の紋章。船内にいたのは、皇帝ルイ・カージニスと、ディルクス大佐以下数十名だ。
「ところでディルクス。本当に大丈夫なんだろうな?」
操舵室の窓から下界を見下ろし呟くルイに、『それはもう、問題ありません』とディルクスが笑顔で答える。
「船の修理は万全ですし、この間のように邪魔が入ることもありますまい」
「だといいのだが? ラガンを覆い隠している雲はかなり厚いと報告があがっているが、本当にこの船は耐えられるのだろうな?」
ははは、とディルクスは笑った。
「心配性ですね、ルイ陛下は。装甲板を以前より十ミリほど厚くしましたし、多少の落雷を受けたところでビクともしませんよ」
なんてな、我ながら白々しい、とディルクスは鼻じろむ。これからやってくるであろう真の脅威は、島を覆っている積乱雲ではないのだがな。このまま何も起こらずとも無論問題はないし、起こったとしたらそれはむしろ、願ったり叶ったり──。
その時のこと。
ドスン、という音と縦揺れが船体を揺らした。「何事か!?」と叫んだルイに、操舵室からでてきた男が進言する。
「申し訳ありません。進行方向に人影を発見し、船を緊急停止させました」
「人だと?」とルイの表情が険しくなる。喉元に刃物を突きつけられたような息苦しさを感じ、男は萎縮した。「この場所は、高度数百メートルという高空だぞ? 天翼族かなにかだとでもいうのか?」
「いえ、それが……翼を持った人間のようで」
双眼鏡を用いて窓の外を窺いながら、また別の男が答えた。
どうなっているんだ、と苛立つルイを尻目に、ようやく来たか、とディルクスの頬が緩んだ。遅かったではないか。
「ディルクス!」
「はっ。仰せのままに。私が船外に出て排除してきましょう」
やはり来ましたかバルティス、と彼は思う。私の好きにさせておくはずがないのですから、そろそろだろうとは思っていましたが。
確かにお前たち強い。私には少女のような『回復』の力がないのだから、組み伏せるのは容易いと目論んでいるのかもしれませんね。でも、それは見当違い。もっとも、気づいたときはもう、手遅れかもしれませんが?
それに、とディルクスが左の袖を捲りあげると、手首に嵌っている深紅の宝石が露呈した。力が戻ってきているのは、何も少女だけではない。私も同様なのだから。
「肩慣らしには丁度いい。本気を出して、相手をしてさしあげねばならないでしょうね」
拳をぽきぽきと鳴らしながら、ディルクス大佐は船外を目指した。二週間ぶりとなる、青い瞳の少年との対峙に思いを馳せながら。
なんのことはない、とシャンは鼻じろむ。
自分たちの記憶障害もレンの病も、全て魔族──フレイによって操作されていたのだから。レンの病は継続的に瘴気を浴びせられることによって生じたものだったし、記憶の改竄は、彼を邪悪化させるという本当の目的を隠すために行われていたものだった。
──昔話の中にだけ存在していた王国ラガンの名が、この日、明らかになった。ラガン王国を裏側から支配していたとされる神官たちが、今もなお生存しているという衝撃の真実とともに。もっともこれらの情報は秘匿され、王族の一部やヒートストロークの面々たちを除けば、『なにやら不思議な雲が現れた』程度の認識しかなかったであろうが。
ルティスは認めた。
ラガン王国が存在していることも。
自身が、ヒトとは違う何かであろうことも。
だが、最終兵器とはいったいなんなのか、という事を含めて、それ以上は黙して語らない。今なお暗躍を続けている神官の残り二名の情報も、また、自分と兄、バルティスの出生やこれまでどうしていたのかも。
『まだ、思い出せないことも多いのですよ』というルティスの言葉に、なにか裏がありそうだと感じたのは、なにもシャンだけではないだろう。同時に、彼女が最終兵器復活のカギを握る存在である、というのはどういう意味なのか? 神官たちがルティスを取り戻そうと積極的に動かないのは何故なのか? ということ含め疑問点も多くのこる。
それでも、無理矢理聞きだそうとはしなかった。
心のどこかで、みな感じているのかもしれない。ルティスに対して、畏怖の念を。
いや──とコノハは首を振る。ルティスは仲間だもん。私が信じてあげなくてどうするの。
この先彼女がどんなに残酷な運命に襲われようとも、私だけは彼女の味方でいよう。彼女を信じる者が、誰一人いなくなってしまったとしても、私だけはルティスの味方でいよう、とコノハは心中でそう誓う。
* * *
同日の深夜。
エストリア王国と、隣国ルール=ディールの国境付近で停滞していたラガンの大地に、灯りを消し、闇夜に紛れて接近する船影があった。
プロペラを二つ備えた飛行船の横腹に描かれているのは、ディルガライス帝国の紋章。船内にいたのは、皇帝ルイ・カージニスと、ディルクス大佐以下数十名だ。
「ところでディルクス。本当に大丈夫なんだろうな?」
操舵室の窓から下界を見下ろし呟くルイに、『それはもう、問題ありません』とディルクスが笑顔で答える。
「船の修理は万全ですし、この間のように邪魔が入ることもありますまい」
「だといいのだが? ラガンを覆い隠している雲はかなり厚いと報告があがっているが、本当にこの船は耐えられるのだろうな?」
ははは、とディルクスは笑った。
「心配性ですね、ルイ陛下は。装甲板を以前より十ミリほど厚くしましたし、多少の落雷を受けたところでビクともしませんよ」
なんてな、我ながら白々しい、とディルクスは鼻じろむ。これからやってくるであろう真の脅威は、島を覆っている積乱雲ではないのだがな。このまま何も起こらずとも無論問題はないし、起こったとしたらそれはむしろ、願ったり叶ったり──。
その時のこと。
ドスン、という音と縦揺れが船体を揺らした。「何事か!?」と叫んだルイに、操舵室からでてきた男が進言する。
「申し訳ありません。進行方向に人影を発見し、船を緊急停止させました」
「人だと?」とルイの表情が険しくなる。喉元に刃物を突きつけられたような息苦しさを感じ、男は萎縮した。「この場所は、高度数百メートルという高空だぞ? 天翼族かなにかだとでもいうのか?」
「いえ、それが……翼を持った人間のようで」
双眼鏡を用いて窓の外を窺いながら、また別の男が答えた。
どうなっているんだ、と苛立つルイを尻目に、ようやく来たか、とディルクスの頬が緩んだ。遅かったではないか。
「ディルクス!」
「はっ。仰せのままに。私が船外に出て排除してきましょう」
やはり来ましたかバルティス、と彼は思う。私の好きにさせておくはずがないのですから、そろそろだろうとは思っていましたが。
確かにお前たち強い。私には少女のような『回復』の力がないのだから、組み伏せるのは容易いと目論んでいるのかもしれませんね。でも、それは見当違い。もっとも、気づいたときはもう、手遅れかもしれませんが?
それに、とディルクスが左の袖を捲りあげると、手首に嵌っている深紅の宝石が露呈した。力が戻ってきているのは、何も少女だけではない。私も同様なのだから。
「肩慣らしには丁度いい。本気を出して、相手をしてさしあげねばならないでしょうね」
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