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第二章「すれ違う記憶と真実」
すれ違う記憶
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「ルティス!」
人通りの多い往来を、叫びながらシャンが往復する。
「ルティス! 何処にいるんだルティス!」
しかし元いた場所に少女の姿はもうなく、足取りもまったく掴めない。すれ違う人の波に目を配っていくが、その中にもルティスの姿は見付からない。
「いない……くそっ!」
シャンの足は完全に止まってしまった。ルティスと別れた通りの一角をじっと睨んで思案する。
確かにこの場所に居たはずなんだ。私が迂闊にも目を離したばかりにルティスが──。膝に手をつき、肩で息をしながら視線と考えを巡らせていく。
やっぱりさらわれてしまったのだろうか? でも、あれからまだ十分ほどしか経ってないというのに。諦めるもんか。きっとこの近くにいるはずなんだ。
「絶対に見つけ──あ」
その時シャンの視線がとらえたのは、ネックレスを購入した青空市場の簡易店舗。駆け寄って、先ほどの親父に声をかけた。
「ねえ、おじさん。ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「ん──っ? ってさっきの坊主じゃないか」
「すいません、私こう見えて女なんです」
私はそんなに色香がないんだろうか──っと、今はそんな事に拘っている場合じゃない。シャンは、浮かびそうになった自嘲の笑みをひっこめた。
「そうだったか。そいつはすまんかったの。長髪の小僧かと思うとった」
「まあ、そんな事はこの際いいです。さっき私と一緒に居た、緑色の髪の女の子、見ませんでしたか? たぶん、そこの角あたりに立っていたかと思うんですが……」
「おう」と親父は頷いた。「目立つ容姿だったからな、よく覚えとる。つい先ほどまで確かにそこに立っていたが、マントを着た男と一緒に、奥の通りに入っていったぞ」
「男……。そっか、ありがとうおじさん」
返事もそこそこに走り出すと、人波を掻き分けて親父が指さした通りに飛び込んだ。
左右に民家が立ち並ぶなか細い小路をひたすら走る。右に左に数回曲がりくねった後で、小路はやがて突き当たる。そこから道は二手に別れていた。右と左に。
「なんてことだ……どっちに行ったんだ」
視線を左右に配った末、直感で右と判断して走り出すと、そのまま十メートルほど進んだ先で、小柄な男の姿を見つける。真っ赤なマントを羽織った背中と、手を引かれているルティスの姿。見つけた。あいつか──とシャンの怒りが頂点に達した。
「そこの男、止まってください!」
「ああん?」
不満そうな声をあげ、赤マントの男が振り返る。先ほどの男と同様フードを目深に被っているため、表情を窺い知るのは困難だ。
「シャンさん!」
こちらに気づいたルティスが笑みを浮かべる。良かった、取りあえず怪我などはなさそうだ、とシャンは安堵した。
「その女の子は、私の連れなんだよ。悪いけど、こっちに返してくれないかなあ?」
意識して穏やかな口調で言った。身の丈の低い小人族であるシャンは、ともすると実力を低く見られがちだ。そこを逆手にとって、相手を油断させようという試みだった。むろん、並の男に遅れを取るつもりなどないが、相手の目的がわからぬ以上、慎重になる必要がある。
じりっとシャンがすり足で距離を縮めたその時、「あれ?」とフードの男が軽い声で言った。
「なんだよ。てっきりさっきの男の仲間かと思って警戒してたのに、シャンじゃないか──って、そういえば、このお嬢ちゃんが先程言ってたか」
「へ?」
今度は、シャンが間抜けな声を上げる番だった。男がフードをはだけると、でてきたのは齢十六~十七くらいの少年の顔。
「テッド!?」
「よお。久しぶりだな、シャン」
それは、シャンにとって数年ぶりとなる、親友との再会だった。
* * *
テッド・シモンズ。
神官になるため、シャンがブレストの街の神殿で修行をしていた当時、ともに心身を鍛えるため競い合ったライバルであり親友。人間の男性で、年齢は十八歳。つんつんと逆立てた赤毛の短髪と、鼻の周辺に浮いたそばかすが印象的で、見た目どおり溌剌とした性格である。
テッドの話は、こんな感じだった。不審な男が年はもいかない少女を路地裏に連れ込む様子を見て、怪しいと感じ後をつけた。やがてルティスが抵抗する素振りを見せたので、おかしいと判断して救済のため割って入った。
男はナイフを抜いて多少抵抗の意思を見せたが、テッドと対峙した瞬間実力の差を感じたのかたちまち戦意喪失、そのまま脱兎の如く逃げ出したらしい。
大通りを外れ路地を抜け、民家がぽつりぽつりとしか建っていない地域に到達すると、空き地を見つけて草地の上に三人並んで腰を下ろした。
「わりぃな。本当は取り押さえてしまえば良かったんだろうけど、この娘を置いていくのも不味そうだったんで」
「いや、いいよ。それで正解だと思う」
実際のところ、身の危険を感じてそそくさと退散してしまう様から、雇われの冒険者か下っ端である可能性が高かった。たとえその男を取り押さえたとしても、大元の尻尾がつかめるとは到底思えない。狡猾な人間ほど、実行犯に身内を使わないものなのだ、とシャンは知っていた。
「テッドさんとシャンさんは、お知り合いなのですか?」
「ああ、そうそう、そうなんだよ。腐れ縁って奴かな。それよりさ……お前だよ」
ルティスの質問に答えたのち、シャンは話を切り返す。「ん?」とテッドが反応して首を傾げた。
「どうしてお前がブレストなんかに居るんだよ。ルール=ディールで神官をやっているお前が」
ルール=ディール聖王国。ブレストの東に位置している神聖国家で、国民の大半が熱心な信徒である。君主制ではあるが世襲は否定し、代々国王は聖騎士団や神官の中から選ばれることが慣例である。
現在の女王であるリアンヌ・ヘンリーも、神官として優秀だったことから推挙された人物だった。
「んー、まあそうだな。ちょいとばかりやんごとなき事情があってな」
「なんだそりゃ。大袈裟な物言いだな」
シャンが眉を潜めると、テッドは顔を寄せて彼女に耳打ちをした。距離、近いんだよ、と相変わらずフランクな親友の態度に、辟易しながら耳を傾ける。
「あんまり大きな声では言えないんだけど」
「ああ」
もったいぶるなよ、とシャンは思う。
「今、この街にリアンヌ様が滞在しているんだ。俺は、リアンヌ様の御付きの一人としてここに来ている」
「嘘だろ!?」
「声がデカい。辺りに人が居なくても、あんま大きい声で言うな」
「いや、ゴメン。テッドがそこまで出世しているという事実にも驚きなんだけど、ルール=ディールの女王様が来ているなんてな……またどうして?」
すると、ん~と彼は腕を組んで考えこんだ。
「まあ、シャンなら口も堅いしいいか。『ヒートストローク』という冒険者グループと秘密裏に面会するためだよ。これ、絶対に内緒だからな──」
テッドが言い終わるより早く、シャンが噴きだした。
「なんだよ、汚いな!」
「いや、待って。なんで隣国の女王様が私たちに会いにくるわけ?」
「は?」
「ああ、そうか。お前は知らないもんな」と、ここでようやくシャンは気がついた。「その『ヒートストローク』の構成メンバーの一人が、私なんだよ」
「は? はぁぁぁぁぁぁ!?」
今度はテッドが素っ頓狂な叫びをあげた。大きな声では言えない、とはいったいなんだったのか。
テッドいわく、先日の飛行船騒ぎについて情報収集を行うため、ブレストの神殿がルール=ディールに情報提供を求めたのだという。そうして何度かやり取りを重ねていく中で、『禁断の地』の情報に女王自らが強く反応し、是非、『ヒートストローク』のメンバーから直接話をうかがいたい、という運びになったらしい。
「なるほど」と粗方聞き終えてからシャンが呟く。「これは思っていたより、大事になりそうだ」
「どうなんだろうな。裏でどんな情報がやり取りされているのか俺は知らんけど、リアンヌ様が血相を変えてスケジュールを立案したところを見るに、まあ、重要ななにかがあるんだろうか」
その時、不安そうな顔をしているルティスに気が付き、シャンが彼女の頭を撫でる。
「ごめんな。こんな話をしていたら、不安になるよな」
「いいえ、大丈夫なのですよ。ボクも、自分の過去については知っておきたいですから」
「ああ、もしかしてその子が?」
テッドが気後れしたように口を挟んでくる。
「そう。飛行船から落ちた女の子──といっても、確証はないんだけどね。まあ、この話は後にしようか。明日になればわかることだし」
「だな」と頷き、テッドは話題を変えた。「でも、懐かしいな~。こうして来てみると、ブレストの街も変わったもんだ。俺とお前が毎日神殿で修行していたあのころは、裏通りももうちょっと閑散としてた」
「ブレストの街も、年々人口が増えているからね」
「懐かしいといえば、シャンの弟のレン君……だっけ。最近どう? 元気にしてる」
「ん~……病状は一進一退ってところかな。日毎の体調の変化が大きくてね。なかなか外出もままならないよ」
「病状って……。なんか病気でも患ってんのか?」
首をかしげたテッドを見て、シャンが怪訝そうな顔をする。
「いや、ほら。私の弟は心臓に持病を抱えているから」
「は? 持病? いや、初耳だけど」
「え?」
話が噛み合わない、とばかりに今度はシャンが首をかしげる。
「いやいや、なに言ってんだ。俺とお前が修行しているところを、度々レン君が見学しに来てたじゃないか」
テッドの反応に、なんだそれは、とシャンが失笑した。
「それこそ、そんなはずない。レンは体が弱くて外出すら満足にできないのに、神殿に見学だなんて来られるはずがないだろう」
「待て待て。一度話を整理しよう」
「大丈夫なのですか?」
危うく口論になりかけている二人を見兼ねて、ルティスが口を挟んでくる。「いや、すまん」と言ってシャンは一度深呼吸をした。
テッドから聞いた話はこうだった。
シャンとテッドは、数年前、ブレストの神殿で修行に明け暮れていた。彼いわく、だいたい週に一~二日くらいのペースで、レンは見学に訪れていたらしい。彼の夢もまた、自分たちと同じく神官になることだったんだろう、とのこと。夢の話を直接聞いたことはないが、少なくともそれが彼の見解であったし、心臓に持病がある、なんて話はまったく耳にしたことがない。それこそ、健康そのものにしか見えなかった、と。
「おかしい。そんなはずは」
納得できない、とばかりに腕を組んで考え込むシャンであったが、結局のところ、それ以上追求せずに留めておいた。議論をしたところで話は平行線になりそうだったし、じゃあ、テッドが自分たち以外の誰かと記憶違いをしているのか、と自問したところで、納得のいく答えは見つかりそうにない。
「まあ、取り敢えず、明日頼むわ」
結局はそんな感じに、事務的な会話をしてテッドと別れた。どこか釈然としないのも事実だったが、今は一先ず心の片隅に留め置くことにした。
「まったく、どうなっているんだ」
茫然自失という様子のシャンの顔を、心配そうにルティスが見つめていた。
* * *
「勝手なことをしてくれたな」
ブレストの街を一望できる小高い丘の上。
フード付きのマントを羽織った銀髪の男が街の光景を見下ろしていると、近づいてきた金髪碧眼の中年男が話し掛けてきた。
「おやー? なんのことですかね?」
「またまたご挨拶だな」と中年男が嘆息する。「奴らが娘を攫い易いように、余計なサポートをしただろうが──頼んでもいないのに」
冷たい秋の風を遮るようにフードを被りなおして、銀髪の男が「あはは」と笑う。
「見られてたんですかぁ。勘付かれないよう、上手く財布を抜き取ったつもりでしたが」
「当たり前だ。俺の目は節穴じゃないぞ」
「流石ですね、ディルクス。いや、今の名前はディルクス大佐でしたかぁ?」
「お前までその名前で呼ぶな。背中が痒くなる」
ははは、ともう一度銀髪の男が笑う。
「でも、これではっきりしたでしょう? ルイ皇帝は、あなたの事を完全に信頼しているわけじゃあない。だからああして、少女を攫おうとしたのでしょう? こちらが隠している情報を探ろうとして、ね」
「だろうな。おおかた、あの少女が『最終兵器』を復活させる為の鍵だと思っているんだろう」
「実際、その通りでしょう?」
「まあな」と中年男がほくそ笑んだ。「伊達に皇帝をやっている人間ではない、ということだろう。だが、ちょいとばかり詰めが甘かったな。自らの手を汚そうとせず冒険者を雇ったことで、結果として誘拐計画は失敗した。アイツらだってバカじゃない。もう、易々と攫うチャンスなんて与えてはくれんだろうな」
「で、どうするんですかぃ? もうそろそろ潮時なのでは? 我々に帝国の助けなんて、もはや不要でしょうに」
「ああ、その通りだ。俺たちの力もそろそろ戻りつつあるからな。何か、次の策を講じておくさ」
会話が終わると、二人の姿は瞬時に消失した。
冷たい秋の風が、何事もなかったかのように丘の上の下草を揺らした。
人通りの多い往来を、叫びながらシャンが往復する。
「ルティス! 何処にいるんだルティス!」
しかし元いた場所に少女の姿はもうなく、足取りもまったく掴めない。すれ違う人の波に目を配っていくが、その中にもルティスの姿は見付からない。
「いない……くそっ!」
シャンの足は完全に止まってしまった。ルティスと別れた通りの一角をじっと睨んで思案する。
確かにこの場所に居たはずなんだ。私が迂闊にも目を離したばかりにルティスが──。膝に手をつき、肩で息をしながら視線と考えを巡らせていく。
やっぱりさらわれてしまったのだろうか? でも、あれからまだ十分ほどしか経ってないというのに。諦めるもんか。きっとこの近くにいるはずなんだ。
「絶対に見つけ──あ」
その時シャンの視線がとらえたのは、ネックレスを購入した青空市場の簡易店舗。駆け寄って、先ほどの親父に声をかけた。
「ねえ、おじさん。ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「ん──っ? ってさっきの坊主じゃないか」
「すいません、私こう見えて女なんです」
私はそんなに色香がないんだろうか──っと、今はそんな事に拘っている場合じゃない。シャンは、浮かびそうになった自嘲の笑みをひっこめた。
「そうだったか。そいつはすまんかったの。長髪の小僧かと思うとった」
「まあ、そんな事はこの際いいです。さっき私と一緒に居た、緑色の髪の女の子、見ませんでしたか? たぶん、そこの角あたりに立っていたかと思うんですが……」
「おう」と親父は頷いた。「目立つ容姿だったからな、よく覚えとる。つい先ほどまで確かにそこに立っていたが、マントを着た男と一緒に、奥の通りに入っていったぞ」
「男……。そっか、ありがとうおじさん」
返事もそこそこに走り出すと、人波を掻き分けて親父が指さした通りに飛び込んだ。
左右に民家が立ち並ぶなか細い小路をひたすら走る。右に左に数回曲がりくねった後で、小路はやがて突き当たる。そこから道は二手に別れていた。右と左に。
「なんてことだ……どっちに行ったんだ」
視線を左右に配った末、直感で右と判断して走り出すと、そのまま十メートルほど進んだ先で、小柄な男の姿を見つける。真っ赤なマントを羽織った背中と、手を引かれているルティスの姿。見つけた。あいつか──とシャンの怒りが頂点に達した。
「そこの男、止まってください!」
「ああん?」
不満そうな声をあげ、赤マントの男が振り返る。先ほどの男と同様フードを目深に被っているため、表情を窺い知るのは困難だ。
「シャンさん!」
こちらに気づいたルティスが笑みを浮かべる。良かった、取りあえず怪我などはなさそうだ、とシャンは安堵した。
「その女の子は、私の連れなんだよ。悪いけど、こっちに返してくれないかなあ?」
意識して穏やかな口調で言った。身の丈の低い小人族であるシャンは、ともすると実力を低く見られがちだ。そこを逆手にとって、相手を油断させようという試みだった。むろん、並の男に遅れを取るつもりなどないが、相手の目的がわからぬ以上、慎重になる必要がある。
じりっとシャンがすり足で距離を縮めたその時、「あれ?」とフードの男が軽い声で言った。
「なんだよ。てっきりさっきの男の仲間かと思って警戒してたのに、シャンじゃないか──って、そういえば、このお嬢ちゃんが先程言ってたか」
「へ?」
今度は、シャンが間抜けな声を上げる番だった。男がフードをはだけると、でてきたのは齢十六~十七くらいの少年の顔。
「テッド!?」
「よお。久しぶりだな、シャン」
それは、シャンにとって数年ぶりとなる、親友との再会だった。
* * *
テッド・シモンズ。
神官になるため、シャンがブレストの街の神殿で修行をしていた当時、ともに心身を鍛えるため競い合ったライバルであり親友。人間の男性で、年齢は十八歳。つんつんと逆立てた赤毛の短髪と、鼻の周辺に浮いたそばかすが印象的で、見た目どおり溌剌とした性格である。
テッドの話は、こんな感じだった。不審な男が年はもいかない少女を路地裏に連れ込む様子を見て、怪しいと感じ後をつけた。やがてルティスが抵抗する素振りを見せたので、おかしいと判断して救済のため割って入った。
男はナイフを抜いて多少抵抗の意思を見せたが、テッドと対峙した瞬間実力の差を感じたのかたちまち戦意喪失、そのまま脱兎の如く逃げ出したらしい。
大通りを外れ路地を抜け、民家がぽつりぽつりとしか建っていない地域に到達すると、空き地を見つけて草地の上に三人並んで腰を下ろした。
「わりぃな。本当は取り押さえてしまえば良かったんだろうけど、この娘を置いていくのも不味そうだったんで」
「いや、いいよ。それで正解だと思う」
実際のところ、身の危険を感じてそそくさと退散してしまう様から、雇われの冒険者か下っ端である可能性が高かった。たとえその男を取り押さえたとしても、大元の尻尾がつかめるとは到底思えない。狡猾な人間ほど、実行犯に身内を使わないものなのだ、とシャンは知っていた。
「テッドさんとシャンさんは、お知り合いなのですか?」
「ああ、そうそう、そうなんだよ。腐れ縁って奴かな。それよりさ……お前だよ」
ルティスの質問に答えたのち、シャンは話を切り返す。「ん?」とテッドが反応して首を傾げた。
「どうしてお前がブレストなんかに居るんだよ。ルール=ディールで神官をやっているお前が」
ルール=ディール聖王国。ブレストの東に位置している神聖国家で、国民の大半が熱心な信徒である。君主制ではあるが世襲は否定し、代々国王は聖騎士団や神官の中から選ばれることが慣例である。
現在の女王であるリアンヌ・ヘンリーも、神官として優秀だったことから推挙された人物だった。
「んー、まあそうだな。ちょいとばかりやんごとなき事情があってな」
「なんだそりゃ。大袈裟な物言いだな」
シャンが眉を潜めると、テッドは顔を寄せて彼女に耳打ちをした。距離、近いんだよ、と相変わらずフランクな親友の態度に、辟易しながら耳を傾ける。
「あんまり大きな声では言えないんだけど」
「ああ」
もったいぶるなよ、とシャンは思う。
「今、この街にリアンヌ様が滞在しているんだ。俺は、リアンヌ様の御付きの一人としてここに来ている」
「嘘だろ!?」
「声がデカい。辺りに人が居なくても、あんま大きい声で言うな」
「いや、ゴメン。テッドがそこまで出世しているという事実にも驚きなんだけど、ルール=ディールの女王様が来ているなんてな……またどうして?」
すると、ん~と彼は腕を組んで考えこんだ。
「まあ、シャンなら口も堅いしいいか。『ヒートストローク』という冒険者グループと秘密裏に面会するためだよ。これ、絶対に内緒だからな──」
テッドが言い終わるより早く、シャンが噴きだした。
「なんだよ、汚いな!」
「いや、待って。なんで隣国の女王様が私たちに会いにくるわけ?」
「は?」
「ああ、そうか。お前は知らないもんな」と、ここでようやくシャンは気がついた。「その『ヒートストローク』の構成メンバーの一人が、私なんだよ」
「は? はぁぁぁぁぁぁ!?」
今度はテッドが素っ頓狂な叫びをあげた。大きな声では言えない、とはいったいなんだったのか。
テッドいわく、先日の飛行船騒ぎについて情報収集を行うため、ブレストの神殿がルール=ディールに情報提供を求めたのだという。そうして何度かやり取りを重ねていく中で、『禁断の地』の情報に女王自らが強く反応し、是非、『ヒートストローク』のメンバーから直接話をうかがいたい、という運びになったらしい。
「なるほど」と粗方聞き終えてからシャンが呟く。「これは思っていたより、大事になりそうだ」
「どうなんだろうな。裏でどんな情報がやり取りされているのか俺は知らんけど、リアンヌ様が血相を変えてスケジュールを立案したところを見るに、まあ、重要ななにかがあるんだろうか」
その時、不安そうな顔をしているルティスに気が付き、シャンが彼女の頭を撫でる。
「ごめんな。こんな話をしていたら、不安になるよな」
「いいえ、大丈夫なのですよ。ボクも、自分の過去については知っておきたいですから」
「ああ、もしかしてその子が?」
テッドが気後れしたように口を挟んでくる。
「そう。飛行船から落ちた女の子──といっても、確証はないんだけどね。まあ、この話は後にしようか。明日になればわかることだし」
「だな」と頷き、テッドは話題を変えた。「でも、懐かしいな~。こうして来てみると、ブレストの街も変わったもんだ。俺とお前が毎日神殿で修行していたあのころは、裏通りももうちょっと閑散としてた」
「ブレストの街も、年々人口が増えているからね」
「懐かしいといえば、シャンの弟のレン君……だっけ。最近どう? 元気にしてる」
「ん~……病状は一進一退ってところかな。日毎の体調の変化が大きくてね。なかなか外出もままならないよ」
「病状って……。なんか病気でも患ってんのか?」
首をかしげたテッドを見て、シャンが怪訝そうな顔をする。
「いや、ほら。私の弟は心臓に持病を抱えているから」
「は? 持病? いや、初耳だけど」
「え?」
話が噛み合わない、とばかりに今度はシャンが首をかしげる。
「いやいや、なに言ってんだ。俺とお前が修行しているところを、度々レン君が見学しに来てたじゃないか」
テッドの反応に、なんだそれは、とシャンが失笑した。
「それこそ、そんなはずない。レンは体が弱くて外出すら満足にできないのに、神殿に見学だなんて来られるはずがないだろう」
「待て待て。一度話を整理しよう」
「大丈夫なのですか?」
危うく口論になりかけている二人を見兼ねて、ルティスが口を挟んでくる。「いや、すまん」と言ってシャンは一度深呼吸をした。
テッドから聞いた話はこうだった。
シャンとテッドは、数年前、ブレストの神殿で修行に明け暮れていた。彼いわく、だいたい週に一~二日くらいのペースで、レンは見学に訪れていたらしい。彼の夢もまた、自分たちと同じく神官になることだったんだろう、とのこと。夢の話を直接聞いたことはないが、少なくともそれが彼の見解であったし、心臓に持病がある、なんて話はまったく耳にしたことがない。それこそ、健康そのものにしか見えなかった、と。
「おかしい。そんなはずは」
納得できない、とばかりに腕を組んで考え込むシャンであったが、結局のところ、それ以上追求せずに留めておいた。議論をしたところで話は平行線になりそうだったし、じゃあ、テッドが自分たち以外の誰かと記憶違いをしているのか、と自問したところで、納得のいく答えは見つかりそうにない。
「まあ、取り敢えず、明日頼むわ」
結局はそんな感じに、事務的な会話をしてテッドと別れた。どこか釈然としないのも事実だったが、今は一先ず心の片隅に留め置くことにした。
「まったく、どうなっているんだ」
茫然自失という様子のシャンの顔を、心配そうにルティスが見つめていた。
* * *
「勝手なことをしてくれたな」
ブレストの街を一望できる小高い丘の上。
フード付きのマントを羽織った銀髪の男が街の光景を見下ろしていると、近づいてきた金髪碧眼の中年男が話し掛けてきた。
「おやー? なんのことですかね?」
「またまたご挨拶だな」と中年男が嘆息する。「奴らが娘を攫い易いように、余計なサポートをしただろうが──頼んでもいないのに」
冷たい秋の風を遮るようにフードを被りなおして、銀髪の男が「あはは」と笑う。
「見られてたんですかぁ。勘付かれないよう、上手く財布を抜き取ったつもりでしたが」
「当たり前だ。俺の目は節穴じゃないぞ」
「流石ですね、ディルクス。いや、今の名前はディルクス大佐でしたかぁ?」
「お前までその名前で呼ぶな。背中が痒くなる」
ははは、ともう一度銀髪の男が笑う。
「でも、これではっきりしたでしょう? ルイ皇帝は、あなたの事を完全に信頼しているわけじゃあない。だからああして、少女を攫おうとしたのでしょう? こちらが隠している情報を探ろうとして、ね」
「だろうな。おおかた、あの少女が『最終兵器』を復活させる為の鍵だと思っているんだろう」
「実際、その通りでしょう?」
「まあな」と中年男がほくそ笑んだ。「伊達に皇帝をやっている人間ではない、ということだろう。だが、ちょいとばかり詰めが甘かったな。自らの手を汚そうとせず冒険者を雇ったことで、結果として誘拐計画は失敗した。アイツらだってバカじゃない。もう、易々と攫うチャンスなんて与えてはくれんだろうな」
「で、どうするんですかぃ? もうそろそろ潮時なのでは? 我々に帝国の助けなんて、もはや不要でしょうに」
「ああ、その通りだ。俺たちの力もそろそろ戻りつつあるからな。何か、次の策を講じておくさ」
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