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第二章「すれ違う記憶と真実」

冒険者の店「鈴蘭亭」

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 冒険者の店『鈴蘭亭』
 一階が酒場兼斡旋所。二階が宿泊施設となっているこの店は、昼夜問わず多くの冒険者らで溢れ返っている。
 そろそろお天道様が頂点に達する時間帯。盗賊団を討伐した成功報酬を受け取ったヒートストロークの面々が、店内に顔を揃えていた。
 だが、貰えた報酬が思いのほか小額だったのが、コノハは悔しくて仕方ない。
 今も窓際のテーブルに突っ伏して、悔しさに爪を立てている。

「くやしい~~~っ、報酬が半分なんてまったく納得いきません」

 ポニーテールに結った赤い髪を揺らしながら、何度か頭が上下する。握った拳が数度にわたってテーブルの表面を叩く音が、肉や魚が焼ける匂いが立ち込める店内に響きわたった。

「いや、俺は納得しているけどね。そもそも取り逃がしたのはお前のまほ──」
「リンのせいです」
「はあっ!?」

 コノハが突っ伏していた顔を上げて宣言すると、彼女を窘めていたリンが素っ頓狂な声を上げた。

「どの辺が俺のせいなんだ!? 目の前で火球の魔法なんぞ爆発させられたら、そりゃあ数秒単位で視線を切ることだってあるわ!」

 降伏勧告に応じることなく逃げ出した盗賊たちのうち、二名を彼女らは取り逃がしていた。リンが行く手を阻み、またオルハの弓矢で足止めをしたのだが、リンと盗賊のど真ん中で火力調整を怠った火球が爆発したため、その熱風と火力に二人とも一瞬だけ視線を逸らしたのだ。
 死を覚悟した人間というのはこんな時こそ強いもので、形振り構わず逃げ出した族二人を見失ってしまったのだ。

「……まあ、いいじゃないですか。結局、誰一人として被害者はでなかったのですから~」

 運ばれてきた焼き鳥を一本つまみ、エール酒のジョッキを片手に持ったオルハは機嫌がいいようだ。真昼間からいい身分だと思われそうだが、仕事が入っていないときの冒険者なんて、まあこんなものである。
 ぱこん。

「あ痛っ!」

 その時、追加オーダーされたエール酒のジョッキを配りながら、ウェイトレスの女の子がコノハの後頭部を盆で叩いた。

「あのなあ……コノハ。報酬が半分になったのは族を二人取り逃したから、ではないんや。アンタが放った二発目の魔法が、どんな事態を引き起こしたのか忘れたんか?」

 少女の声はトーンの高いソプラノだ。喧騒に包まれている店内でも非常によくとおる。
 彼女の名前は、リリアン・ウィンスレット。
 遺跡の街として知られるブレストのメインストリートの中で、一際大きく目立つ看板を掲げている冒険者の店、『鈴蘭亭』店主の長女である。
 リリアンの指摘事項、コノハの放った二発めの魔法は、火力と撃った場所がなんとも悪かった。爆発後、周囲の下草に引火して、山野火災をおこしかけたのだ。盗賊を取り逃した理由としては、全員が消火活動に追われたほうが主な理由かもしれない。

「そもそもなに言うてんねん。ちゃんと相場通りの謝礼なら出しとるやろ。アンタらにしてみれば荷が軽い仕事なんだからそんなもんや」

 少女がふんぞり返った拍子に、ピンクブロンドのツインテールがふわりと揺れる。
 この鈴蘭亭は、冒険者たちへ仕事の仲介をする傍ら、冒険で必要になる武器・防具類や、薬草も販売している。そしてリリアンは齢十二の少女にして、仕事の斡旋と資材の発注業務を一手に担っている。冒険者の店としての基本的業務は彼女の父親が行っているとはいえ、合間で給仕の仕事までこなすという、まさに獅子奮迅の働きだった。

「え~……結局私が悪いのか」
「そうだ」
「そんな~~」

 リンに即答されると、もう一度コノハがテーブルにつっぷした。まあまあ、とオルハが彼女を慰める。

「……火力を調節するなんて、コノハは得意じゃないですもんねえ」
「うん」
「……タイミングを上手く計るなんて、コノハらしくないですもんねえ」
「ん、やっぱそうかな?」

 おい、と言わんばかりに、リンの顔色が変わった。

「……そうですよ。だからコノハらしくいきましょう。もういっそ、深く考えることなく、思い切りぶつけましょう! 思い切りの良さは、時として良い結果を生むのですから」
「そっか。そうだよね! わかったよオルハ!」
「待て待て待て! 前線で戦っている俺の身にもなってくれ! 全力の魔法を背中からぶつけられたら俺が死ぬわ! 頼むからタイミングと座標も考えてくれ! そもそも、いい結果生んでねーだろ!?」

 堪らずリンが突っ込みを入れると、全員がどっと沸いた。ただ一人、浮かない表情をし先ほどから会話に参加しないシャンを除いて。

「どうした、シャン? なんだか元気なさそうやの?」

 リリアンは声を掛けると、そのままシャンの隣に座る。

「いやあ、たいしたことじゃないんだけどな。最近レンの体調があまり思わしくないんだ」
「そう、なんか? ん~変えた薬が合わんのやろか」
「薬? ああ、精神を安定させる薬を追加したとか言ってたなあ、そういえば」
「そうそう、カノコソウの根を煎じて作る薬草で、ウチがフレイさんに紹介したんや」

 鈴蘭亭では薬の類も複数扱っている。という訳で、レンが日々服用している薬草類も、この店から入手していた。カノコソウの根を煎じて作った薬は茶色の粉末で、多少匂いはきついが精神を安定させる効果が云々かんぬんとリリアンが続けるが、正直意味は半分もわからない。適当に聞き流しつつシャンは相槌を打っておいた。

「薬草といえば」と突然リリアンが話題を変える。「例の盗賊団が取り引きしていた麻薬も、薬草から調合されるものなんや」
「え? 麻薬の原料が薬草なの?」

 興味を示したように、リリアンの話にコノハが割り込んでくる。

「せやで。薬草と一口に言うても様々な種類があってな。飲み薬や塗り薬として使われる薬草の中には、使用する部位──たとえば根であったり葉であったり、によって、毒になってしまう物も多いんや。……つまり、麻薬と薬草はまったく違うものに思えて案外そうでもない。どちらも人体に摂取することで何らかの薬理学的影響を及ぼすものであり、その中で人体に有益である場合を薬と呼び、医療上有益な効果が一部あったとしてもなんらかの副作用がともなうものを、毒、もしくは麻薬と呼んでいる。広義ではまあ、そんな感じや」
「おお~?」
「双方は非常によく似ている物であるがゆえに、流通ルートが被ってくるケースも多い。薬物の流通にかかわる規制が厳しくなってしまうと、普通の薬草を取り扱う業者──つまり、ウチらも弱ってしまうわけやな」

 ここまで無言で耳を傾けていたコノハがぽん、と手のひらを拳で叩く。

「なるほどっ、よくわかんない」

 あっはっは、とリリアンが腹を抱えて笑った。

「コノハさんには少々難しい話だったみたいやな。ちなみに今回の盗賊団が横流ししていた麻薬は、心地よい幻覚を見れて幸せな気分になる反面、効果が失われると免疫力の低下を引き起こし、強い発熱や倦怠感などの症状がでるものや」
「副作用付きか。でも、用法と容量さえ守っていれば、そこまで問題ないようにも感じるな」
 リンが意見をのべる。
「まあ~そういう受け取り方もできるかもな。でも、免疫力の低下を甘く見たらあかん。色んな病の元になるし、第一、これを国が違法薬物と認めている以上は黒なんやで」
「それはまあ」
「麻薬の名称は『レッド・ブラッド』。見た目は、赤黒い色をした粉末や。服用するのはもちろん、売り買いにも絶対手を出しちゃいけんで」
「出すわけないだろう」とリンは嘆息したのち、話題を変えた。「それはそうと、例の件はどうなってる?」

 例の件というのは、一週間ほど前に禁忌の場所の探索を行った際、神殿に提供した情報の解析結果についてである。
 あの紋章はなんかのか。
 壁画に描かれていた浮遊する都市とはなんなのか。
 ディルガライス帝国との関連性はあるのか。
 神殿が抱えている文献資料の数は膨大だ。調査した結果導き出された情報が、リリアンを仲介役として報告される手はずとなっていた。一行がこうして鈴蘭亭に集まったのも、むしろこちらが本命。
 彼女らが保護した少女ルティスと関連があるのはほぼ確実なのだし、彼女の真相を知る上で、有益な情報がでてくるものと期待されていた。
 ふむ、と呟いたのち、リリアンは全員を見渡すようにして話し始めた。

「先ず、ディルガライス帝国の関与について。こちらは、少女についてはなに一つ認知していない。知らぬ存ぜぬの一点張り、だね」
「そんなバカな!」

 とリンが大きな声を上げる。上げてから、大声でする話題でもなかったな、と周囲を見渡し声を潜めた。

「飛行船に描かれていた紋章は、確かに帝国のものだったんだぞ!」

 なあ、とリンが、あのとき間違いなく紋章を視認していたオルハに話題を振ると、彼女は同意するように軽く顎を引いた。

「そうやな。紋章の目撃情報が寄せられている以上、言い逃れできんと思ったんだろう。自国の飛行船であった事実はちゃんと認めちょるよ。……けど、質問を返すようで悪いけど、少女が飛行船から落ちたという証拠は?」
「ぐっ……」
 それは、とリンが言葉に詰まる。
「そういう事や。どんなに疑わしき事柄であっても、証拠がなければ灰色のまま。相手がシラを切ったら、これ以上話は進展せんのや」

 結局、ルティスに纏わる情報は何も得られなかったのか、とリンは項垂れてしまう。彼女の正体はなんなのか。そして何処からやって来たのか。何もわからず仕舞いなのか?

「では、禁忌の場所に描かれていた壁画についてはどうだ?」

 気を取り直したようにリンが話題を変えると、リリアンの表情が微妙に変化した。ピンク・ブロンドの長い髪を指で弄びながら、言葉を探すように黙り込んだ。

「ん~……。まあ、調査自体は終わっとるかな」

 リリアンにしては歯切れの悪い回答だ、とシャンは思う。

「ここでは話しにくい、ということか。一旦場所を変えるか?」とリンが二階を指差し提案するも、「いや、その必要はない」とリリアンが即答する。
「……何か言えない事情でもあるのかしら?」

 表情の変化を見逃さず、オルハがリリアンに訊ねた。

「調査を進めていくうちに、幾つか問題が発生したらしい。それがもとで──」
「……情報の整理が終わっていない?」
「いや、それも終わっとる」
「……じゃあ、問題ないのではないかしら?」
「ところが、大有りなんや。端的に言って、ウチの口から直接伝える権利がなくなった」
「権利? なんだそりゃ。また随分ともったいぶるんだな」

 リンが複雑な表情で首をかしげた。

「申し訳ないね……明日の正午過ぎ、もう一度この店に集まってもらえるやろか。全員が顔を揃えたのち、神殿に向かう。この先の情報については、神殿から直々に説明する手筈になっておるんや」
 リリアンの発言に、リンは腕を組んで考えこんでしまった。
「神殿が、一介の冒険者である俺たちを呼び出すのか……。もう悪い予感しかしないんだけど」
「トラブルの予感かな!?」

 そんな言葉とはうらはらに、瞳を輝かせてコノハが身を乗り出してくる。即座にリンの手刀が彼女の後頭部に突き刺さった。

「こんな時だけ口を挟んでくるな! そもそもなんで嬉しそうなんだ!」

 場の空気が重くなってくると、コノハが茶化すという普段通りのやり取り。みんながどっと湧いて笑顔に変わる。それなのにシャン一人だけが、輪の中に加わらず、ただ物憂げに耳を傾けていた。
 報酬が入った手元の袋に視線を落とす。自分の取り分だけでも結構な金額にはなる。これだけのお金があれば、当分の間、弟の医療費にも薬代にも困らないだろう。
 ささやかな達成感を得られているはずなのに、なぜかシャンの心は沈んでいた。

「……そういえばシャン。最近ルティスはどんな様子かしら?」
 オルハの質問に、「元気ですよ」と抑揚のない声でシャンは答えた。

 空き時間などを利用して、シャンとコノハの二人はたびたび診療所を訪れていた。
 ルティスはいつも、笑顔で二人を出迎えた。記憶を失ったことで不安なはずなのだが、そんなことはおくびにも出さず、努めて明るく振る舞っていた。二人に色々街のことを質問してみたり、時にはリオーネの仕事を手伝えないか、と気回しをしたり。それはまるで、失った記憶を埋め合わせるため、この世界の情報を吸収しようとしているようでもあった。
 よく笑い。
 そして、よく遊ぶ。
 しかしその無邪気さは、微笑ましくあると同時にどこか生き急いでいるようにすら見え、シャンは内心で、言い知れぬ不安を覚えていた。

「……そう。……ごめんなさい。今ひとつわからないわ」

 流石に言葉が足りなかっただろうか。困惑したオルハを見てシャンが自嘲の笑みを浮かべる。

「食べ物の好き嫌いも全然ないし、とても偉いんだよ! 私ととっても仲良しになったから、最近はよく一緒にお絵かきもしているの!」
「幼女かよ!」

 リンがコノハの発言に突っ込みを入れると、もう一度みんなが笑う。シャンも釣られて笑おうとして、同時に気が付いた。

「しまった! 約束してたの忘れてた!」

 今日の午後から街を案内してやると、ルティスと約束をしていたのだ。食べかけの焼き鳥を皿に戻し、シャンは慌てて店を飛び出していった。
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