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イノセンシア国立学園高等部

作戦開始

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公爵家に到着してから、あっという間に二時間以上が経過していた。
ビビアナ様と顔を寄せ合って、乙女ゲームトーク、いや、作戦会議をしていたら、侍女がお茶を持ってきたことにも気づかなかった。
「嬉しいわ!お兄様に話しても、分かっているのかどうか怪しかったんですのよ」
「私も、同じ気持ちです。ああ、でも、こんな身近に分かり合える仲間がいたなんて……」
私達はがっちりと握手を交わした。
「お兄様を手に入れたメラニアは、次の標的を探すでしょうね」
「当然、ニコラスでしょう」
「あら、どうしてそう思うんですの?」
「殿下の周りには常に護衛がいますし、傍にいるルカも一緒に守られていると思っていいでしょう。イルデフォンソは神力持ちで、実力は不明。メラニアが勝てない相手に手を出すとは考えにくいです。その点、ニコラスは脳筋、神力でどうにでもなります」
「そうね。ニコラスを守るには……」
ビビアナ様が頬に指先を当てて考えこんだのを首を振って否定する。
「いいえ。ニコラスには生贄になってもらいましょう」
「い、生贄?」
「私に考えがあります。ビビアナ様、私を生徒会の皆様に紹介していただけませんか」
私はまた、ビビアナ様の手をぎゅっと握った。

   ◆◆◆

翌日の昼休み。
ビビアナ様の呼びかけで生徒会室に集まったメンバーを見て、私はごくりと唾を呑んだ。
すごい。
……まあ、これが乙女ゲームの攻略対象者よね。
皆キラッキラなんだけど。ビビアナ様も含めて。
「話があると言ったな」
ルカが口火を切った。司会役ってことね。
「はい。皆様に集まっていただいたのは、クラウディオを元の彼に戻すためです」
「元に、戻す?」
イルデフォンソが首を傾げた。
「あれはあれで良いのでは?腑抜けたところがなくなったように思いますが」
「ダメですわ!お兄様はわたくしのことも覚えておりませんのよ?」
「なるほど。家族の記憶を失うほど、強い神力を使われたのか」
セレドニオ殿下がルカに目配せをすると、ルカは本棚から一冊の本を取り出した。
「グランディア語……?」
「魔法の本だ。モンタネール公爵家で匿われていたルーベンを診た神官が、内々に父上に報告した。国内で闇魔法を使う者がいると。君も知っていると思うが、イノセンシア王国では、グランディアにおける魔法に当たるものは、習得も使用も厳しく管理されている。怪我の治療に必要な光魔法を神力と呼び、神殿で修練した者のみ使用が許されている。魔法には六つの属性があるが、我が国で他の五つを使用させない。――理由はただ一つ、国民の命を守るためだ」
「命を……」
「多くの外国書が翻訳されて売られても、魔法書だけは流通させない。同じ民族である以上、私達も魔法を習得することは可能だ。だが、不用意に魔法を使えば、必ず事故が起きる」
ルカが頷いて続ける。
「現にグランディアでは、毎年かなりの人数が魔法事故で死傷しているんだ。そりゃあ、ちょっとした魔法が使えれば日常生活でも便利だろうし、万が一他国と戦争状態になれば、魔導士がいたほうがいいに決まってる。でも、魔法があれば必ず、不幸になる人がいる。だからイノセンシアは光魔法以外を捨てたんだ。神殿の許可なしに習得した者は、神力で忘れさせて……」
「ルカ」
イルデフォンソがキッとルカを睨んだ。怒気を含んだ美人の怖いこと。ああ、これ、神殿の秘密だったのでは。
「あー、まあ、そういうことで、ルーベンに魔法をかけたらしいメラニアは、神殿サイドでも要注意人物になったんだ。危険な闇魔法を使った相手が宰相の息子ってだけで、即刻監獄送りになっても仕方ないくらいだが、メラニアがクラウディオに魔法を使ったという証拠がない。言い逃れられればおしまいだ」
パン、と手を叩いた音がして、皆がビビアナ様を振り返った。
「ですから、ニコラスが生贄になるのね!」
満面の笑みだ。ニコラスは面倒くさそうに前髪をかきあげた。
「やっぱ、そうだよねえー。そうくると思ってた」
「エレナ様!」
盛んにウインクを繰り返し、ビビアナ様は私に合図を送る。やりすぎて睫毛が折れたのか、涙目でルカに『取って』とせがんでいる。二人以外のメンバーが内心苛ついているのは気にならないのか。
「コホン。……皆様に、お願いがございます。生贄と申しましても、それは言葉のあやですわ。ニコラス様はあくまで、囮役になっていただければ」
「囮?あんまり変わんないじゃん」
「君の考えを聞かせてもらおうか」
椅子のひじ掛けに頬杖をついていた手を上げ、セレドニオ殿下は身を乗り出してきた。

   ◆◆◆

次の日の昼休み。
クラウディオが(クラスで浮いているからなのか)図書室に出没すると聞いて、私は彼を待ち構えていた。室内に入ったのを確認し、彼が席に着くタイミングで、近くの本棚から本を落とした。
「キャッ」
想定以上にかわい子ぶりっ子の声が出た。小さな悲鳴に気づいたクラウディオは、椅子にかけるのをやめて私に近づいた。
「……大丈夫か」
心配している顔だ。デフォルト設定のツンデレになっても、本来の優しいところは変わらないらしい。ビビアナ様が言っていたとおりだ。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
落とした本をそそくさと拾い上げ、元の場所に戻そうとする。――届かない最上段に。
「……っ!」
背伸びをしてやっと置いたはずが、不安定でまた頭の上に本を落とす。
本来の私なら、ぜっっったいやらないけど、これは『既定路線』だから仕方がない。
「フッ……。無理をするな。貸せ」
今、フッて笑った?
ヘタレクラウディオのくせに、いい男ぶってるんじゃないわよ。
おかげで変な汗が出てきたじゃない。動悸も速いし。
「これで全部、だな?」
取りたかった本まで全部戻してドヤ顔して見せる。違うだろ。
「あの……」
乙女ゲームでは、主人公の性格が選べた。クラウディオが好きなのは、内気で優しいヒロイン……と見せかけて、勝気な子が好きなんだよね、確か。
「どうした?」
「私が読みたかった本まで戻して、あなた、どういうつもりなの?」
と、これはゲームの台詞そのまま。
クラウディオは面食らって固まった。
「は……は、はははっ」
笑い事じゃないわよ。この天然ボケが。
ゲームの台詞以上は言わない。これも作戦の一つだから。
「悪かった。……取ろうとしていたのは、これか?」
「そうよ」
私に渡そうと植物図鑑を手に取り、クラウディオは一瞬言葉を失った。
「?」
「……いや、何でもない」
「何ですか?」
「以前もこうして、君にこの本を渡したような……」
そうよ。
あなたの家の書庫にあったもの。
私に花の名前を教えるために、自慢げに出して見せた本でしょ。
青い瞳が揺らいだ。
「う、ううう……」
クラウディオは頭を押さえて顰め面をし、その場に座り込んだ。
「……っ、はあ……」
「大丈夫?」
荒れる呼吸が苦しそうで、つい、言葉が出てしまった。脂汗をハンカチで拭ってやると、その手を強い力で握られ心臓が跳ねた。
「『触るな!』」
……何?声が二重に聞こえた?
「『俺に触れていいのはメラニアだけだ』」
瞳が急速に輝きを失い、何事もなかったかのようにすっくと立ちあがる。
「……」
何も言わずに私の横を通り過ぎ、彼は図書室から出て行った。
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