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イノセンシア国立学園高等部
作戦会議 ―side C―
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エレナの望みは何だろう。
……言わなくても、薄々分かっているけれど。
彼女は、自分の名前に傷がつかない形で僕との婚約を解消し、恋人を見つけたいんだと思う。
「エレナ」
「……何?」
「あの、さ……。ええと……」
「ああ、もう!はっきりしなさいよ」
「す、好きな人、いる?」
何をやっているんだ、僕は。唐突に尋ねられてエレナは驚いて動きを止めた。
「それを聞いて、どうするの?」
どうするつもりなんだ?自分が自分で分からない。多分、僕はエレナを応援したいんだと思う。
「……応援、する」
「はぁああ?」
最近、エレナはどんどん僕に対して遠慮がなくなってきている。嬉しいような悲しいような、こうして目の前で目を吊り上げられているのに、どこか嬉しいなんて、僕は相当おかしいらしい。
「正気?あなた、前に……わ、たしの、こと……」
エレナは口ごもって視線を逸らした。
「好きだよ。だから、君が喜ぶなら」
「自虐趣味?仲を取り持とうってこと?」
「……君が望むなら」
僕の目を見つめて、嘘がないと判断したのだろう。彼女は大きなため息をついた。
「少し……考えさせて」
◆◆◆
昼休みの生徒会室に集まった僕達は、皆一様に疲弊していた。
「あーーーー!イライラしてハゲそう!」
ニコラスが叫んだ。オレンジ色の髪を掻いて、身を投げ出すように長椅子に座る。
「ここのところおとなしくしていると思っていたのですが、また元に戻ってしまいましたね。二年の教室にも顔を出すとは……」
イルデフォンソの眉間の皺が深い。よほど悩まされているのだろう。
「ああ。ニコラスが生贄になってくれて助かっていたのだけれどね。仲良くなったふりをして」
「だから、それが疲れるんです!あの女、俺を嫉妬させようとしてるのか、自分のモテ自慢しかしなくて。あいつのご機嫌取りを続けるくらいなら、学院なんてやめますよ」
「まあまあ、ニコ。もうしばらくの辛抱だよ」
ルカがなだめるも、ニコラスはムッとした顔を崩さない。王太子殿下の前なのに。
「甚だ迷惑ではあるものの、彼女を追いだすまでの決定打がない。王族である私に何か仕掛けてくれば、問答無用で追放できるのに」
セレドニオ殿下が悪い笑みを浮かべた。僕は怖くて頷くことしかできない。
「流石に殿下には手出しできないでしょうね。無鉄砲に見えてしたたかです。どこまでなら踏み込めるか、境界線はしっかりわきまえているように思います。彼女は伯爵令嬢です。少なくとも自分より格上の家柄の生徒には実力行使をしないでしょう。これまで聞こえてきた噂では、揉め事になっても自分の家の権力でどうにかできる相手にしか手を出していません。そういう点では、ビビアナは安全です」
イルデフォンソが殿下と僕に視線を寄越した。殿下はビビアナの婚約者だし、僕は兄だからだ。
「じゃあ、『何か』があるとすれば、俺達は全員メラニアの家より格上だから……」
とルカが呟き、
「……リナが!」
「ニーナちゃんがっ?」
「エレナが危ない!」
と僕とイルデフォンソとニコラスが同時に叫んだ。
「落ち着くんだ、皆。君達が彼女達に構えば構うほど、メラニアは躍起になって彼女達を排除しようとするだろう」
「黙って見てろってことですか?」
殿下につかみかかりそうになったニコラスをルカが制止する。
「ああ。そうとも言えるね。私達は協力し合うんだよ。互いの婚約者が揉め事に巻き込まれないように、目を配るんだ」
「まあ、それなら……」
ニコラスとイルデフォンソが渋々納得した。彼らの婚約者は高等部の三年生だ。殿下が近くにいれば安全だろう。でも、エレナは?
「あ……」
口を開こうとして、ドアの辺りに人の気配を感じた。ニコラスがすぐに立ち上がり、足音を消してドアに近づく。
「誰だ?」
息をのむ音が聞こえただけで、相手は答えない。殿下に視線で許可を求め、ニコラスは厳しい顔でドアを開けた。
「きゃっ!」
体重を預けていたものを奪われ、令嬢が床に転がった。
……ああ。
やっぱり。
「ビビアナ!?」
ルカの声が裏返った。
「おやおや。男同士の秘密の話し合いに加わりたいのかな?」
殿下が涼しい顔で婚約者を見る。その視線はやがて兄の僕にも注がれ……うん、怒っているみたいだ。目が笑っていない。
「あの方のことでしょう?」
後ろ手にドアを閉め、ビビアナは殿下の前に進み出た。
「皆様そんなに、メラニアのことが気になりますの?」
口を尖らせた妹は、僕と同じ青い瞳を潤ませている。何か勘違いをしているな。
「気になると言えば気になるね。ねえ、ルカ?」
「は、はい、殿下」
「ルカまで……」
ビビアナの少しつり目の瞳が大きく開かれ、動揺していると分かる。まずい。これは泣く。
「よぉおおく、分かりましたわ!」
きゅっと唇を噛んでから言い放つと、癖のある黒髪を靡かせてビビアナは部屋から走り出て行った。
「ビビアナ!」
ルカが叫ぶ。出て行こうとする彼の上着を殿下が引いた。
「……!」
「大事な話し合いの途中だろう?出ていくのは感心しないね。ビビアナはメラニアには狙われない。心配は要らないよ」
「殿下は心配なさらないのですか?ビビアナは殿下の婚約者ですよ?」
「うん。私の婚約者だ。君ではなく、私の」
俯いたルカの顔がどことなく泣きそうに見えたのは、僕の気のせいだっただろうか。エレナを守る方法を考えようと、僕は気持ちを切り替えた。
◆◆◆
エレナを四六時中守ることはできない。不審者扱いされた件で、中等部には出入り禁止になっている。見張ってくれる年下の友人もいない。と言うより、僕の交友関係はものすごく狭い。留学先で友人を作ったけれど、国内にも友達を作っておけばよかった。
王太子殿下を除き、校内に使用人を連れてくることは禁止されている。迎えの馬車は例外だ。うちの従僕を連れてきても、エレナのいる校舎には入れない。どうしたものかと思案しながら、何も解決策を思いつかず、暗い気持ちで邸に帰った。
モンタネール公爵邸は王都の一等地にあって、王宮に出入りする商人を除いて普段はそれほど人通りが多くない。が、門に近づくにつれ、何か騒ぎになっていると分かった。
「何があったんだ?」
迎えに出た従僕に尋ねる。彼はおろおろするばかりで要領を得ない。
「あなた!クラウディオが戻りましたわ!」
玄関ホールに入るなり、母の甲高い声がした。
「待っていたぞ、クラウディオ!」
「ち、父上?」
僕の肩を抱いて、父はふうとため息をついた。
「お前が帰るのを今か今かと待っていたんだ。実は、ビビアナが……」
生徒会室で盗み聞きをして、逃げて行った後姿を思い出す。おそらく、あの後ルカが宥めただろうけど、まだごねているのだろうか。
「部屋に籠って出てこないのよ」
「夕食には顔を出すでしょう」
「食事も要らないと言っているのよ。ああ、どうしましょう。あの子が食事をしないなんて考えられないわ……」
両親はただおろおろするばかりだ。つまり、ビビアナはあの時、生徒会室にいた面々がメラニアを好きになったと思い込んでいるのだ。……ルカまで、あの女の虜になったと。
「……説得してみます」
「頼んだぞ、クラウディオ。どうやら学校で何かあったようだ」
母が無言で僕の手を握り、潤んだ瞳で見つめてきた。そういえば、あの時のビビアナも泣いていたように見えた。
◆◆◆
「ビビアナ。入るよ」
「……」
耳を澄ましても返事はない。微かに何かぶつぶつと独り言が聞こえる。傍を見れば、全室の鍵の束を持った執事頭と目が合った。僕が頷くと、素早くドアを開けた。
「ちょ……!入っていいって言っていないわよ!」
「入りたいと思ったから入った」
「ヘタレお兄様のくせに、強引だなんてありえない!」
なにがありえないのかよく分からないが、ビビアナはベッドの上に転がってこちらを睨んでいた。僕がベッドに腰かけると、起き上がって隣に座った。
「夕食もいらないって、痩せるつもり?悩んでいるなら聞くよ」
「お兄様に話しても解決にならないもの」
「う」
ぐさ。胸に何かが刺さった気がした。
「シナリオの強制力は計り知れないわね。あのルカが、……あー、もー。腹が立つ!」
「メラニアのこと?」
「そうよ。セレドニオ様もセレドニオ様だわ。傍観者を決め込んで。あの女は危険なのに」
危険と言い切るからには、ビビアナは何か証拠を掴んでいるのだろうか。
「……何があったの?」
「図書室のある棟から、教室に戻る時よ。渡り廊下から何となく下を見たら、ピンクの髪が見えたの。あの髪、とても目立つでしょう?」
「ああ、うん」
「てっきり、セレドニオ様かニコラスあたりを追いかけ回しているのかと思って、メラニアの行く先を目で追ったら……何か、立ち入り禁止の場所に向かっていったわ」
「立ち入り禁止の場所なんてあったかな?」
転入したばかりで、一年生からずっと在籍しているビビアナほど校舎の配置には詳しくない。渡り廊下から見えるとすれば、中庭ではなさそうだ。
「とにかく、先生方に見つからないように、そうじゃなかったら、殿下やお兄様達に知られないように、こそこそ何か企んでいるのよ。ちょっと顔が可愛いからって、絆されている場合じゃないの」
「絆されてなんかいないよ」
「どうかしら?お兄様だって、好きだって言われたら悪い気はしないでしょう?エレナには振られっぱなしなんだし」
ぐさ。また何かが僕の胸をえぐった。
「この話は、ルカには?」
「言えなかったわ。メラニアの話をしようとすると、頭ごなしに気にするなって言ってくるんだもの。……って、お兄様、どうするつもり?」
立ち上がった僕の上着の裾を掴み、妹は不安げに瞳を揺らした。
「ちょっと、考えがある。……ビビアナ、このことは僕に任せて」
「任せていいのかしら……」
そこで悩むな、妹よ。頼りないのは百も承知だ。
「メラニアは自分より格下の令嬢にしか手を出さないらしい。だから……」
「エレナが危ないってこと?」
「うん。悪事の証拠を揃えられれば、メラニアを退学に追い込める!」
彼女が退学すれば、エレナが恐れている結末はやってこないし、公爵家の没落もない。早々に舞台から去ってもらえばいい。彼女の望みはよくわからないけれど、きっと喜んでもらえると思う。遠い昔に見た幼いエレナの笑顔を思い出して、僕は心が浮き立った。
「すごいわ、お兄様!」
ビビアナが手を叩いて喜んだ。
「で、どうやって?」
「え……」
期待に満ちた視線を向けられ、僕は笑顔のまま固まった。
……言わなくても、薄々分かっているけれど。
彼女は、自分の名前に傷がつかない形で僕との婚約を解消し、恋人を見つけたいんだと思う。
「エレナ」
「……何?」
「あの、さ……。ええと……」
「ああ、もう!はっきりしなさいよ」
「す、好きな人、いる?」
何をやっているんだ、僕は。唐突に尋ねられてエレナは驚いて動きを止めた。
「それを聞いて、どうするの?」
どうするつもりなんだ?自分が自分で分からない。多分、僕はエレナを応援したいんだと思う。
「……応援、する」
「はぁああ?」
最近、エレナはどんどん僕に対して遠慮がなくなってきている。嬉しいような悲しいような、こうして目の前で目を吊り上げられているのに、どこか嬉しいなんて、僕は相当おかしいらしい。
「正気?あなた、前に……わ、たしの、こと……」
エレナは口ごもって視線を逸らした。
「好きだよ。だから、君が喜ぶなら」
「自虐趣味?仲を取り持とうってこと?」
「……君が望むなら」
僕の目を見つめて、嘘がないと判断したのだろう。彼女は大きなため息をついた。
「少し……考えさせて」
◆◆◆
昼休みの生徒会室に集まった僕達は、皆一様に疲弊していた。
「あーーーー!イライラしてハゲそう!」
ニコラスが叫んだ。オレンジ色の髪を掻いて、身を投げ出すように長椅子に座る。
「ここのところおとなしくしていると思っていたのですが、また元に戻ってしまいましたね。二年の教室にも顔を出すとは……」
イルデフォンソの眉間の皺が深い。よほど悩まされているのだろう。
「ああ。ニコラスが生贄になってくれて助かっていたのだけれどね。仲良くなったふりをして」
「だから、それが疲れるんです!あの女、俺を嫉妬させようとしてるのか、自分のモテ自慢しかしなくて。あいつのご機嫌取りを続けるくらいなら、学院なんてやめますよ」
「まあまあ、ニコ。もうしばらくの辛抱だよ」
ルカがなだめるも、ニコラスはムッとした顔を崩さない。王太子殿下の前なのに。
「甚だ迷惑ではあるものの、彼女を追いだすまでの決定打がない。王族である私に何か仕掛けてくれば、問答無用で追放できるのに」
セレドニオ殿下が悪い笑みを浮かべた。僕は怖くて頷くことしかできない。
「流石に殿下には手出しできないでしょうね。無鉄砲に見えてしたたかです。どこまでなら踏み込めるか、境界線はしっかりわきまえているように思います。彼女は伯爵令嬢です。少なくとも自分より格上の家柄の生徒には実力行使をしないでしょう。これまで聞こえてきた噂では、揉め事になっても自分の家の権力でどうにかできる相手にしか手を出していません。そういう点では、ビビアナは安全です」
イルデフォンソが殿下と僕に視線を寄越した。殿下はビビアナの婚約者だし、僕は兄だからだ。
「じゃあ、『何か』があるとすれば、俺達は全員メラニアの家より格上だから……」
とルカが呟き、
「……リナが!」
「ニーナちゃんがっ?」
「エレナが危ない!」
と僕とイルデフォンソとニコラスが同時に叫んだ。
「落ち着くんだ、皆。君達が彼女達に構えば構うほど、メラニアは躍起になって彼女達を排除しようとするだろう」
「黙って見てろってことですか?」
殿下につかみかかりそうになったニコラスをルカが制止する。
「ああ。そうとも言えるね。私達は協力し合うんだよ。互いの婚約者が揉め事に巻き込まれないように、目を配るんだ」
「まあ、それなら……」
ニコラスとイルデフォンソが渋々納得した。彼らの婚約者は高等部の三年生だ。殿下が近くにいれば安全だろう。でも、エレナは?
「あ……」
口を開こうとして、ドアの辺りに人の気配を感じた。ニコラスがすぐに立ち上がり、足音を消してドアに近づく。
「誰だ?」
息をのむ音が聞こえただけで、相手は答えない。殿下に視線で許可を求め、ニコラスは厳しい顔でドアを開けた。
「きゃっ!」
体重を預けていたものを奪われ、令嬢が床に転がった。
……ああ。
やっぱり。
「ビビアナ!?」
ルカの声が裏返った。
「おやおや。男同士の秘密の話し合いに加わりたいのかな?」
殿下が涼しい顔で婚約者を見る。その視線はやがて兄の僕にも注がれ……うん、怒っているみたいだ。目が笑っていない。
「あの方のことでしょう?」
後ろ手にドアを閉め、ビビアナは殿下の前に進み出た。
「皆様そんなに、メラニアのことが気になりますの?」
口を尖らせた妹は、僕と同じ青い瞳を潤ませている。何か勘違いをしているな。
「気になると言えば気になるね。ねえ、ルカ?」
「は、はい、殿下」
「ルカまで……」
ビビアナの少しつり目の瞳が大きく開かれ、動揺していると分かる。まずい。これは泣く。
「よぉおおく、分かりましたわ!」
きゅっと唇を噛んでから言い放つと、癖のある黒髪を靡かせてビビアナは部屋から走り出て行った。
「ビビアナ!」
ルカが叫ぶ。出て行こうとする彼の上着を殿下が引いた。
「……!」
「大事な話し合いの途中だろう?出ていくのは感心しないね。ビビアナはメラニアには狙われない。心配は要らないよ」
「殿下は心配なさらないのですか?ビビアナは殿下の婚約者ですよ?」
「うん。私の婚約者だ。君ではなく、私の」
俯いたルカの顔がどことなく泣きそうに見えたのは、僕の気のせいだっただろうか。エレナを守る方法を考えようと、僕は気持ちを切り替えた。
◆◆◆
エレナを四六時中守ることはできない。不審者扱いされた件で、中等部には出入り禁止になっている。見張ってくれる年下の友人もいない。と言うより、僕の交友関係はものすごく狭い。留学先で友人を作ったけれど、国内にも友達を作っておけばよかった。
王太子殿下を除き、校内に使用人を連れてくることは禁止されている。迎えの馬車は例外だ。うちの従僕を連れてきても、エレナのいる校舎には入れない。どうしたものかと思案しながら、何も解決策を思いつかず、暗い気持ちで邸に帰った。
モンタネール公爵邸は王都の一等地にあって、王宮に出入りする商人を除いて普段はそれほど人通りが多くない。が、門に近づくにつれ、何か騒ぎになっていると分かった。
「何があったんだ?」
迎えに出た従僕に尋ねる。彼はおろおろするばかりで要領を得ない。
「あなた!クラウディオが戻りましたわ!」
玄関ホールに入るなり、母の甲高い声がした。
「待っていたぞ、クラウディオ!」
「ち、父上?」
僕の肩を抱いて、父はふうとため息をついた。
「お前が帰るのを今か今かと待っていたんだ。実は、ビビアナが……」
生徒会室で盗み聞きをして、逃げて行った後姿を思い出す。おそらく、あの後ルカが宥めただろうけど、まだごねているのだろうか。
「部屋に籠って出てこないのよ」
「夕食には顔を出すでしょう」
「食事も要らないと言っているのよ。ああ、どうしましょう。あの子が食事をしないなんて考えられないわ……」
両親はただおろおろするばかりだ。つまり、ビビアナはあの時、生徒会室にいた面々がメラニアを好きになったと思い込んでいるのだ。……ルカまで、あの女の虜になったと。
「……説得してみます」
「頼んだぞ、クラウディオ。どうやら学校で何かあったようだ」
母が無言で僕の手を握り、潤んだ瞳で見つめてきた。そういえば、あの時のビビアナも泣いていたように見えた。
◆◆◆
「ビビアナ。入るよ」
「……」
耳を澄ましても返事はない。微かに何かぶつぶつと独り言が聞こえる。傍を見れば、全室の鍵の束を持った執事頭と目が合った。僕が頷くと、素早くドアを開けた。
「ちょ……!入っていいって言っていないわよ!」
「入りたいと思ったから入った」
「ヘタレお兄様のくせに、強引だなんてありえない!」
なにがありえないのかよく分からないが、ビビアナはベッドの上に転がってこちらを睨んでいた。僕がベッドに腰かけると、起き上がって隣に座った。
「夕食もいらないって、痩せるつもり?悩んでいるなら聞くよ」
「お兄様に話しても解決にならないもの」
「う」
ぐさ。胸に何かが刺さった気がした。
「シナリオの強制力は計り知れないわね。あのルカが、……あー、もー。腹が立つ!」
「メラニアのこと?」
「そうよ。セレドニオ様もセレドニオ様だわ。傍観者を決め込んで。あの女は危険なのに」
危険と言い切るからには、ビビアナは何か証拠を掴んでいるのだろうか。
「……何があったの?」
「図書室のある棟から、教室に戻る時よ。渡り廊下から何となく下を見たら、ピンクの髪が見えたの。あの髪、とても目立つでしょう?」
「ああ、うん」
「てっきり、セレドニオ様かニコラスあたりを追いかけ回しているのかと思って、メラニアの行く先を目で追ったら……何か、立ち入り禁止の場所に向かっていったわ」
「立ち入り禁止の場所なんてあったかな?」
転入したばかりで、一年生からずっと在籍しているビビアナほど校舎の配置には詳しくない。渡り廊下から見えるとすれば、中庭ではなさそうだ。
「とにかく、先生方に見つからないように、そうじゃなかったら、殿下やお兄様達に知られないように、こそこそ何か企んでいるのよ。ちょっと顔が可愛いからって、絆されている場合じゃないの」
「絆されてなんかいないよ」
「どうかしら?お兄様だって、好きだって言われたら悪い気はしないでしょう?エレナには振られっぱなしなんだし」
ぐさ。また何かが僕の胸をえぐった。
「この話は、ルカには?」
「言えなかったわ。メラニアの話をしようとすると、頭ごなしに気にするなって言ってくるんだもの。……って、お兄様、どうするつもり?」
立ち上がった僕の上着の裾を掴み、妹は不安げに瞳を揺らした。
「ちょっと、考えがある。……ビビアナ、このことは僕に任せて」
「任せていいのかしら……」
そこで悩むな、妹よ。頼りないのは百も承知だ。
「メラニアは自分より格下の令嬢にしか手を出さないらしい。だから……」
「エレナが危ないってこと?」
「うん。悪事の証拠を揃えられれば、メラニアを退学に追い込める!」
彼女が退学すれば、エレナが恐れている結末はやってこないし、公爵家の没落もない。早々に舞台から去ってもらえばいい。彼女の望みはよくわからないけれど、きっと喜んでもらえると思う。遠い昔に見た幼いエレナの笑顔を思い出して、僕は心が浮き立った。
「すごいわ、お兄様!」
ビビアナが手を叩いて喜んだ。
「で、どうやって?」
「え……」
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