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乙女ゲーム以前
特訓 ー side C ー
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イノセンシアに着いた翌朝、朝食の席で僕はビビアナに帰国の挨拶をした。
「少しは逞しくなったのかしら?……あんまり変わらないわね」
筋肉がついて留学前の服が入らなくなった僕に、妹は厳しい評価を下した。パーティーのために急遽、新しい服を作らせているところなのだ。
「ビビアナ、エヴラールを紹介するよ。手紙に書いていたよね」
「ええ。剣士なのですって?」
「君がビビアナ嬢だね。噂通り利発そうなお嬢さんだ」
エヴラールはにっこり微笑んでビビアナの手を取り、甲にキスをした。
「うわ……」
ビビアナは自分の二の腕を摩って苦笑いをした。
「寒いのか?」
「別に……うん。少し寒気がしたかも」
「無理をしてはいけないよ。パーティーに出席できなくなったら……」
「困るのはお兄様よね。誰からもフォローしてもらえなくなるんですもの」
「そうだよ。困る。助けてよビビアナ!一生のお願い!」
「……チッ」
舌打ち!?
「お兄様の一生のお願いは何回あるのかしら?それとも、私が知らないうちに、何回か死んで蘇ってでもいるのかしら?」
「うう……」
「ビビアナ嬢、お兄さんが頼んでるのに……」
「あら、部外者は黙っていてくださいます?」
ビビアナは僕を蔑むような視線を寄越して、エヴラールを軽く睨んだ。
「おお、怖え……俺、お前の前で猫被るのやめるわ」
「……猫?」
「外国に来て、カッコよく貴公子ぶってみただけさ。俺はクラウディオを応援したい。お前もだろ?」
「馴れ馴れしいわね。……まあ、さっきの鳥肌よりマシだわ」
「ビビアナ、ちょ、あの……」
背筋を伸ばしたビビアナは、自分よりかなり背が高いエヴラールに臆せず、彼の前に一歩踏み出した。
「よろしくお願いしますね、エヴラール。うちのダメ兄をビシビシ躾けてやって」
「ああ。任せておけ」
◆◆◆
エヴラールと意気投合したビビアナは、僕を再度貴公子として『躾ける』ことにしたらしい。貴公子の顔を使い分けているエヴラールは、どうすれば自分が最もカッコよく見えるかを分かっていて、僕にコツを伝授してくれた。
「廊下の角を曲がる時は……こうだ。……ダメだ、頭を突き出して行く先を見るな。背筋が曲がっている」
ビシ!
「足がもつれているわ。やり直し!」
ビビアナは幼い頃木馬に鞭を打って遊んでいたが、どこからかその鞭を持ち出してきて、僕の背中を鞭で打った。地味に痛いんだけど、痛いって言ったら軟弱者だって言われるかな?
午前中に三時間厳しい特訓が続いた。
僕はもうヘロヘロだ。ぐったりと長椅子に腰かけると、エヴラールが堂々と部屋に入ってくるのが見えた。まるで自分の家みたいな落ち着きようだ。あれ、僕がよそ者だっけ?
「どうかしら、お兄様の成果は」
ビビアナが僕の隣に座り、紅茶を一口飲むと、僕の前に置かれたケーキに躊躇なく手を伸ばす。自分の皿にはまだケーキがあるじゃないか。
「ビビアナ、それ、僕の……」
「講師料よ」
「はい……」
エヴラールは僕達のやり取りを見て口元を緩めた。少年なのに堂々としていて、所作の全てに余裕を感じる。剣が強いだけではない。すごいんだ。
「なかなか様になってきたと思うぞ。叔父上の家に来たばかりの頃は、線が細くてなよなよした感じだったから、廊下でよろけても背筋が曲がっていても、それはそれで守ってやりたくなるご婦人もいただろうな。だけど、俺と練習してかなり鍛えて、ほら」
「ぐぅふ」
鉄拳が僕のお腹に命中した。危うく口から紅茶を吹きそうになった。予告なく叩くのはやめてほしい。
「腹筋もガッチガチで、引き締まったいい身体になったんだよ。なのに仕草がとにかく自身なさげだろ?見かけだけでも堂々としていないと、そのナントカちゃんにも振り向いてもらえないぜ?」
「エレナ様よ」
「そうそう。エレナね。……んで、さっきの話、本当なのか?エレナが騎士団の練習場に日参してるってのは」
「間違いないわ。私の情報網を甘く見ないでよ?」
鼻高々で笑ったビビアナに、執事が手紙を持ってきた。
◆◆◆
「本当に、行くの?」
「当たり前だろう?折角情報が入ったんだから」
「そうよお兄様。ここで出て行かずにいつ行きますの?」
ダメだ。この二人。
完全に意気投合しているな。
ビビアナが手紙に瞬時に目を通し、直後には馬車の準備をさせていた。何事かと訊くと、
「標的が現場に現れたわ」
と告げてビビアナの青い目が光った。
何だろう、怖いよ。
練習用の剣を持って、エヴラールに引きずられるようにして馬車に乗せられた。
「エレナ様が騎士団の練習場に向かわれたそうですわ。お兄様、是非騎士と手合せなさって、強くなったことを証明して!」
「無茶言わないで!騎士だって?毎日鍛錬して給金をもらっている本職相手に勝てるわけがないじゃないか!」
「大丈夫だ、クラウディオ。お前ならできる」
腕組みをしたエヴラールは意味ありげに頷いた。
「……本当に、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「うう……」
「毎日俺と特訓してきたじゃないか。今日こそその成果を見せる時だ。頑張れ!」
大きな掌で僕の背中を叩き、エヴラールは豪快に笑った。
「少しは逞しくなったのかしら?……あんまり変わらないわね」
筋肉がついて留学前の服が入らなくなった僕に、妹は厳しい評価を下した。パーティーのために急遽、新しい服を作らせているところなのだ。
「ビビアナ、エヴラールを紹介するよ。手紙に書いていたよね」
「ええ。剣士なのですって?」
「君がビビアナ嬢だね。噂通り利発そうなお嬢さんだ」
エヴラールはにっこり微笑んでビビアナの手を取り、甲にキスをした。
「うわ……」
ビビアナは自分の二の腕を摩って苦笑いをした。
「寒いのか?」
「別に……うん。少し寒気がしたかも」
「無理をしてはいけないよ。パーティーに出席できなくなったら……」
「困るのはお兄様よね。誰からもフォローしてもらえなくなるんですもの」
「そうだよ。困る。助けてよビビアナ!一生のお願い!」
「……チッ」
舌打ち!?
「お兄様の一生のお願いは何回あるのかしら?それとも、私が知らないうちに、何回か死んで蘇ってでもいるのかしら?」
「うう……」
「ビビアナ嬢、お兄さんが頼んでるのに……」
「あら、部外者は黙っていてくださいます?」
ビビアナは僕を蔑むような視線を寄越して、エヴラールを軽く睨んだ。
「おお、怖え……俺、お前の前で猫被るのやめるわ」
「……猫?」
「外国に来て、カッコよく貴公子ぶってみただけさ。俺はクラウディオを応援したい。お前もだろ?」
「馴れ馴れしいわね。……まあ、さっきの鳥肌よりマシだわ」
「ビビアナ、ちょ、あの……」
背筋を伸ばしたビビアナは、自分よりかなり背が高いエヴラールに臆せず、彼の前に一歩踏み出した。
「よろしくお願いしますね、エヴラール。うちのダメ兄をビシビシ躾けてやって」
「ああ。任せておけ」
◆◆◆
エヴラールと意気投合したビビアナは、僕を再度貴公子として『躾ける』ことにしたらしい。貴公子の顔を使い分けているエヴラールは、どうすれば自分が最もカッコよく見えるかを分かっていて、僕にコツを伝授してくれた。
「廊下の角を曲がる時は……こうだ。……ダメだ、頭を突き出して行く先を見るな。背筋が曲がっている」
ビシ!
「足がもつれているわ。やり直し!」
ビビアナは幼い頃木馬に鞭を打って遊んでいたが、どこからかその鞭を持ち出してきて、僕の背中を鞭で打った。地味に痛いんだけど、痛いって言ったら軟弱者だって言われるかな?
午前中に三時間厳しい特訓が続いた。
僕はもうヘロヘロだ。ぐったりと長椅子に腰かけると、エヴラールが堂々と部屋に入ってくるのが見えた。まるで自分の家みたいな落ち着きようだ。あれ、僕がよそ者だっけ?
「どうかしら、お兄様の成果は」
ビビアナが僕の隣に座り、紅茶を一口飲むと、僕の前に置かれたケーキに躊躇なく手を伸ばす。自分の皿にはまだケーキがあるじゃないか。
「ビビアナ、それ、僕の……」
「講師料よ」
「はい……」
エヴラールは僕達のやり取りを見て口元を緩めた。少年なのに堂々としていて、所作の全てに余裕を感じる。剣が強いだけではない。すごいんだ。
「なかなか様になってきたと思うぞ。叔父上の家に来たばかりの頃は、線が細くてなよなよした感じだったから、廊下でよろけても背筋が曲がっていても、それはそれで守ってやりたくなるご婦人もいただろうな。だけど、俺と練習してかなり鍛えて、ほら」
「ぐぅふ」
鉄拳が僕のお腹に命中した。危うく口から紅茶を吹きそうになった。予告なく叩くのはやめてほしい。
「腹筋もガッチガチで、引き締まったいい身体になったんだよ。なのに仕草がとにかく自身なさげだろ?見かけだけでも堂々としていないと、そのナントカちゃんにも振り向いてもらえないぜ?」
「エレナ様よ」
「そうそう。エレナね。……んで、さっきの話、本当なのか?エレナが騎士団の練習場に日参してるってのは」
「間違いないわ。私の情報網を甘く見ないでよ?」
鼻高々で笑ったビビアナに、執事が手紙を持ってきた。
◆◆◆
「本当に、行くの?」
「当たり前だろう?折角情報が入ったんだから」
「そうよお兄様。ここで出て行かずにいつ行きますの?」
ダメだ。この二人。
完全に意気投合しているな。
ビビアナが手紙に瞬時に目を通し、直後には馬車の準備をさせていた。何事かと訊くと、
「標的が現場に現れたわ」
と告げてビビアナの青い目が光った。
何だろう、怖いよ。
練習用の剣を持って、エヴラールに引きずられるようにして馬車に乗せられた。
「エレナ様が騎士団の練習場に向かわれたそうですわ。お兄様、是非騎士と手合せなさって、強くなったことを証明して!」
「無茶言わないで!騎士だって?毎日鍛錬して給金をもらっている本職相手に勝てるわけがないじゃないか!」
「大丈夫だ、クラウディオ。お前ならできる」
腕組みをしたエヴラールは意味ありげに頷いた。
「……本当に、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
「うう……」
「毎日俺と特訓してきたじゃないか。今日こそその成果を見せる時だ。頑張れ!」
大きな掌で僕の背中を叩き、エヴラールは豪快に笑った。
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