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学院編 11 銀雪祭の夜は更けて

339 悪役令嬢はカーテンの陰で逆襲する

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「殿下のダンスが終わったようですわ!」
セディマリFCの一人、一年生の女子生徒が息を切らしてサロンに飛び込んできた。
「よろしいですか、皆様」
「ええ。参りましょう!」
五人ほどが出て行き、マリナは後を追って部屋を出ようとしたが、他のメンバーに捕まって椅子に座らされた。
「あの程度の雑魚、マリナ様が出て行かれるまでもございませんわ」
「あの……皆様、何を」
「アイリーン・シェリンズに身の程をわきまえるよう、言って聞かせるだけです」
――嫌な予感がするわ。
アイリーンを集団で取り囲むつもりなのか。悪役令嬢が断罪される要素が増えてしまう。

「来ましたわね」
ドアの音と共に、令嬢達がアイリーンを部屋に押し込んだ。ピンクのドレスが宙を舞い、どさりと床に倒れる。
「いったぁ……何すんのよ!」
「くじで当たっただけのくせに。王太子殿下と何曲も続けて踊るなど、許せませんわ!」
「あなた達には関係ないじゃない!」
「殿下にはマリナ様という方がいらっしゃるのに、何て図々しい!」
「そうよそうよ!貴族名鑑に載っているかも分からないような、末端貴族のくせに」
「ピンクの髪にピンクのドレス?趣味が悪いわね」

床に這いつくばったアイリーンは、起き上がりながら憎らしげに令嬢達を見た。
「ピンクは私の色なのよ!ドレスはピンク以外ありえないの!」
銀雪祭イベントのヒロインのドレスはピンクだった。ピンクの髪なのに、髪より薄いピンクのドレスで、ゲームプレイ時にはマリナも疑問に思った配色だ。ありえないと言うからには、アイリーンはゲームの記憶に従ってドレスを選んでいるのだろう。ゲームの中で王太子からヒロインに贈られるドレスと同じ色を。
彼に贈られるのと同じドレスで王太子と踊ったという事実は変わらない。確実にイベントの一つに仕上がった。セドリックがアイリーンを嫌っていたとしても、フラグを回収しているに違いない。
「二度と殿下に近づかないと約束しなさい!」
「さもないと……」
――まずいわ!やめさせないと!

「皆様、おやめになって!」
サロンに凛とした声が響いた。
「マリナ様……」
セディマリFCの面々は水をうったように静まり、何人かは手で口を覆った。
「その方は、私が引いたくじでセドリック様のパートナーを務められただけです。何度も続けて踊ったのは、セドリック様の判断でしょう。責めるのはおやめになって」
「ですが……」
「マリナ様はよろしいのですか?」
――いいわけないじゃない!!悔しいわよ。ものすごく!
視線を床に向け、少しの間言葉を失い、ぐっと顔を上げてその場にいた全員に向かって微笑んだ。
「私は……セドリック様の決定に従うまでですわ」
つうっと目尻から涙が頬を伝う。
「マリナ様、おいたわしい……」
「殿下はなんて罪なことをなさるのでしょう」

「……フン。同情を引こうったってそうはいかないわよ。『ハーリオン侯爵令嬢が私を呼び出して苛めた』……分かる?もう、つんでるのよ。ふふっ」
唯一、マリナの涙に心を動かされなかったアイリーンが、ドレスの裾を直してマリナにつかつかと歩み寄った。
「お可哀想なマリナ様。王太子妃候補でもないのに、いつまでも殿下に固執して、見苦しい限りですわね」
「なっ……!」
「せいぜい鬱陶しがられるといいわ。……では皆様、ごきげんよう」
慇懃無礼に淑女の礼をし、アイリーンは踵を返した。あまりの事態に圧倒された令嬢達はおろおろして道をあけた。マリナは力なく、とすんと椅子に腰かけると、ハンカチで目元を覆った。

   ◆◆◆

マクシミリアンは紐の結び目を握り、アリッサを自分の胸に抱き寄せた。身を捩ることもできず、アリッサはされるがままの自分が歯がゆかった。
「レイ様はそんなこと仰いません。今日も私をパートナーにしてくださいましたもの」
「会場に来ていないのが答えだと思わないのか?」
頭の上から押し殺した声が降ってくる。触れ合った身体から振動が伝わる。
「生徒会のお仕事で遅れているだけです。きっと、何かお役目があって……」
「ハーリオン侯爵家が没落する日も近い。路頭に迷いたくなかったら、黙って俺のものになれよ」
「嫌です……お願い、放して!」
「声を上げたら誰かに気づかれる。カーテンの影で俺に抱きしめられていたと、知られてもいいのか?」
「……」
アリッサの瞳は涙でぐしゃぐしゃだった。
――レイ様!助けて!
悔しい。腕が自由になっても、自分の足では逃げられない。顔を上げてキッと睨み付け、
「構いません。レイ様は信じてくださいます」
とはっきりと告げた。膝が震えて崩れ落ちそうだったが、マクシミリアンに体重を預けるのは避けたい。

「信じる?気楽なお嬢様はこれだからな。いいか?世の中は裏切りで溢れているんだぜ。自分以外に何も信じられるものなんかないんだ。恋人だろうが家族だって同じさ。腹が減りゃあ食い物を巡って殺し合う。金がなくなりゃ妻や娘を売春宿に売る奴もいる。信じたら負けだ。そいつに生殺与奪権を握られて……」
「信じたら負け?」
「お前はあいつを信じているんだろう?」
「悲しいわ……信じることは素晴らしいことなのに」
「夢見るお姫様でいたいってんなら、あいつを信じてやればいいさ。だけどな、あいつは冷酷だ。自分可愛さにあんたを切り捨てるだろうよ。……近いうちにな」

レイモンドに捨てられる?
アリッサは頭の中が真っ白になった。
いつか見た悪夢が脳裏に甦る。花嫁控室で毒を飲まされるのだろうか。それとも、家族全員断頭台の露と消えるのか。
「その絶望した顔……堪らないな」
「レイ様は……」
「チッ……『レイ様』かよ」
マクシミリアンはアリッサの両頬を手で覆い、顔を自分の方へ向けさせた。強い力で引かれ首が痛い。目の前に意地悪な笑顔が近づく。
「やっ……」
「つけてやるよ。レイモンドが捨てたら、俺が拾うって印を」
鼻と鼻が触れ合い、アリッサは恐怖のあまりに目を閉じた。荒い息遣いが聞こえ、唇に生温かい感触が広がる。逃げようにも頭と身体を押さえられて動けない。背後は壁だ。唇を執拗に嬲られ、アリッサのアメジストの瞳からとめどなく涙が溢れた。
――嫌っ!
「……うっ!」
唇を離したマクシミリアンは、目を眇めてアリッサを見下ろした。手の甲で拭った唇には、赤く血が滲んでいる。
「……放してっ」
「へえ……なかなかやるな。抗われるとは思わなかった」
「何度でも……噛んでやるんだから。噛まれたくなかったら、二度としないで」
潤んだ瞳で睨まれ、マクシミリアンの灰色の瞳が弧を描いた。

   ◆◆◆

キースの傍から離れたエミリーは、アイリーンと踊っていたセドリックを見て、マリナはどこにいるのか辺りを見回した。
――サロンに籠ったのか。まあ、妥当だな。
会場にいればまた噂の種にされてしまう。セドリックから離れるのが得策だろう。ジュリアがアレックスと踊り始め、アリッサの姿が見えないことに気づく。
「レイモンドは……あいつもいないのか」
アリッサは廊下の時計の前で待ち合わせだと言っていた。迷ってどこかへ行ってしまい、レイモンドが必死で探している最中なのかもしれない。自分が転移魔法でアリッサを見つけ出し、会場まで連れてきてやった方が親切だろうか。
「……仕方ない」
エミリーは方向音痴な姉の顔を思い浮かべ、転移魔法を発動させた。
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