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学院編 9 王太子の誕生日

283 悪役令嬢とパートナー候補

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放課後の生徒会室には、レイモンドとアリッサを除くメンバーが集まった。生徒会長のセドリック、副会長のマリナ、書記のマクシミリアンとキースだ。上機嫌のマクシミリアンとどんより沈んだキースの二人が対照を成している。
「銀雪祭のパーティーの準備は、具体的に何をするのですか?」
マリナが昨年の資料を見ながら、セドリックとマクシミリアンに尋ねる。銀雪祭のパーティーを経験したことがあるのは、四人の中ではこの二人だけだ。
「私から説明させていただいても?」
「うん。お願いするよ、マックス」
マクシミリアンは三冊の冊子を取り出した。
「これは、昨年のパーティーの後、全校生徒に書いてもらった感想です。中には運営方法に対する要望も含まれています」
「去年、一度全部読んだんだよ」

「これをご覧ください。ダンスのパートナーがいない生徒の意見です。相手を探す時間がないと書かれています」
「希望する生徒にはパートナーを紹介することにしようと思うんだ」
銀雪祭、ダンスと聞いて、マリナの脳裏に、乙女ゲーム『とわばら』の一場面がフラッシュバックした。ダンスパーティーで着るドレスがないヒロインが、ハーリオン侯爵令嬢に馬鹿にされるイベントである。一年目のパーティーは、まだ攻略対象者の好感度が低く、誰からもドレスをプレゼントされないので、ハーリオン侯爵令嬢に馬鹿にされて会場から弾き出されるだけのイベントである。しかし、二年目以降はドレスを贈られてパーティーに参加できる可能性がある。パーティーに参加できるかどうかが、攻略対象者の好感度のバロメーターでもある。当然、ヒロインにドレスを贈ったキャラとパートナーを組むことになる。
――あら、そう言えば……。
マリナは前世で何度か、王太子ルートをクリアしているうちに、初回のパーティーからドレスを贈られるようになっていた。エンディングを何度も見ると初期好感度が上がる仕様のぬるゲーとは言っても、一年生の時からドレスを贈られるなんて奇妙な話だ。ヒロインと王太子は出会ってから三か月足らずなのに。
ドレスを贈られてパートナーになると、ほぼその攻略対象者のルートに入ったと考えていい。アイリーンも誰かからドレスをもらおうと画策するのは間違いない。

「どのようにするのですか?学院の男女比は一対一ではないでしょうし」
「それなんだよ。僕も頭を悩ませているのは。……何かいい案はある?」
問いかけられた三人はしばらく考え込んだ。キースは、視線を床に落として無言で俯いている。
「希望者は……名前を書いて箱に入れていくのはどうでしょうか?剣技科は男子が多いですし、パートナーを探している男子生徒は、この日までに生徒会室に来て、自分の名前を書いた紙を入れていくんです。締め切りを過ぎたら、パートナーを探している女子生徒が生徒会室で箱から紙を引いて」
「くじ引きか!名案だね、マリナ」
「それだと……相手がいない生徒が出てしまいますね」
「パートナーがいなくても楽しめるように、何か考えないといけないかな?……うーん」

男子と女子の数が異なる王立学院で、全員がダンスのパートナーを見つけるのはそもそも無理がある。何らかの事情でパートナーが欠席することもあり得る。
「ダンスにこだわらなければよろしいのでは?」
マリナが呟くと、マクシミリアンとキースが、何を言っているんだという顔で注目した。
「ダンスを、しないってこと?」
「ええ。ダンスをしないのでしたら、パートナー不足の問題も、ドレスの貸し出しの問題も起こりませんわ」
――ついでに、アイリーンの暴走も防げるわ。
「確かに、そうだね……でも、銀雪祭は伝統だからなあ」
「誰かが悲しい思いをするのが伝統なのですか?」
「マリナ……」
「それは伝統ではなく、悪しき風習ではありませんの?」
マリナはセドリックの考えを誘導しようとした。パーティーは学院主催で行われるが、内容については多少、生徒会として意見を述べられる。ここで、セドリックがダンスをやめようと言い出せば、学院側としても王太子の意見を踏みつぶすことはしないだろう。
「今こそ、ご英断を。セドリック様」
そっと手に手を重ね、マリナは極上の笑みで彼の言葉を待った。

   ◆◆◆

「ジュリアちゃん、今帰り?」
校舎を出ようとすると、後ろから聞き覚えのある声がして、ポニーテールを靡かせて振り返った。頬に当たった銀髪が冷たく、ジュリアは軽く目を細める。
「あ、うん。レナードも?私より先に教室を出たんじゃなかった?」
「まあね。そこで三年の先輩に話しかけられてさ」
「ふうん。レナードは知り合いが多くて羨ましいな」
「全然。この頃煩わしくて仕方がないよ。銀雪祭のパートナーに、誰か女の子を紹介してくれってさ」

女子に人気があるレナードを通じて、婚約者のいない剣技科男子がダンスのパートナーを探しているのだろう。焦る気持ちも分からないわけではないが、休み時間の度に相談を受けているレナードは大変そうだった。
「皆に紹介してあげるの?」
「皆ってわけじゃない。ほら、変な奴紹介されたら嫌でしょ?俺の信用問題になっちゃう」
「ははは。一応選んでるってことか」
「ジュリアちゃんも、俺にパートナーを紹介してほしい?ここにぴったりの相手がいるんだけど」
猫目がきらりと輝く。自分を指さしたレナードは、首を傾げて流し目を寄越した。
「えー?私はアレックスがいるし」
「即答!?考える価値もなしってこと?アレックスと約束はしてないでしょ?」
「そうだけど……」

言い淀んだジュリアの前に回り込んで、レナードは立ち止まった。
「それじゃあ、アレックスと本気で手合わせして俺が勝ったら、パートナーになってくれる?」
口調は軽いが表情は真剣だ。瞳に映る自分の影が切なく揺れているのを見て、ジュリアの胸が大きく鳴った。
いつもの軽口だと簡単に流してはいけないような気がして、辺りに視線を彷徨わせると、校舎の方向から赤い髪に赤いコートの人物が走ってくるのが見えた。
「おーい、二人とも、待ってくれ」
「やだよ、待たない」
「じゃあ先に行けよ。俺はジュリアと帰るから」
「はいはい、仕方ないな」
アレックスを邪険に扱うレナードは、瞳から危うい影が消えている。
――さっきの、気のせいだったのかな?
じっと彼を見つめると、人懐こそうな笑みを向けられる。
「どうしたの?俺に見とれちゃった?」
「ジュリア、あんまりこいつを見るなよ?勘違いしてつけあがるぞ」
アレックスがレナードとジュリアの間に入り、腕を広げてレナードを隠そうとする。
「何やってんの、アレックス」
「敵に背中を見せていいのか?……はっ!」
「ぐ、う、やめろ!」
背中側から腕でレナードに首を絞められ、アレックスは身体を捩ってレナードから離れた。
「ったく、お前は隙だらけだなー」
「うるせー」
憎まれ口を叩くアレックスをからかい笑い転げるジュリアを眺めて、レナードは静かに口の端を歪めた。
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