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学院編 9 王太子の誕生日

281 悪役令嬢は王太子をイベントから救う

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「いい加減離れてくれないか!」
食堂へ入ったマリナとアリッサの耳に、苛立った声が聞こえた。
声の主を見れば、窓際の席に座ったセドリックにアイリーンが絡みついている。
「君の同席を許した覚えはない。他の席に行ってくれ」
「円卓の席が空いているのに、どうしてダメなんですかぁ?」
「僕が君と昼食を取りたくないから。それだけだよ」
はっきりと言い切ったセドリックの様子を遠くから見て、アリッサがマリナの袖をちょいちょいと引っ張った。
「ねえ、マリナちゃん。王太子様を助けに行かなくていいの?」
「……悩んでいるところよ。迂闊に近寄るとイベントにされそうなのよ」

昼のイベントの一つに、食堂で攻略対象者とランチをしているヒロインを悪役令嬢がいびるというものがあった。セドリックの意思はともかく、今の状況はヒロインが攻略対象とランチをしている。
「……うーん。ヒロインを無視したらどうかなあ」
「無視する?」
「いないものとして、王太子様とだけお話するの……あ」
視線の先では、セドリックがアイリーンの腕を振り払い、しっしっと追い払っている。
「あそこまでされて、イベントにしようなんて思わないよね?」
「どうかしら、アイリーンはしつこいから……はあ、仕方ないわね」

カツカツとわざと靴音を立て、マリナは二人が揉めているテーブルへ近寄った。
「セドリック様、お昼をご一緒させていただいてもよろしいですか」
「もちろんだよ、マリナ」
セドリックの表情が明るく輝いた。
「セドリック様は私と一緒に昼食をおとりになるのに、後から来て図々しいわ」
マリナは完全に無視した。アリッサとこれから来るジュリアとエミリーを同席させたいと言うと、セドリックは一も二もなく頷いた。
彼が座っている円卓は六人掛けだ。自分達四姉妹が座れば、王太子とアイリーンで満席になる。しかし、誰かを座らせれば、勝手に座っているアイリーンを座席から退かすことができる。
「アレックスを見かけませんでしたか?」
「ん?昼休みには見ていないなあ」

噂をしているとジュリアがエミリーを連れて現れた。途中で合流したのか、アレックスがその後ろを歩いている。
――グッジョブ!ジュリア!
「セドリック様、これで全員揃いましたわ」
にっこり。
令嬢スマイルで微笑むと、セドリックは軽く頷いた。
「そうみたいだね。……シェリンズ嬢、そこにはアレックスが座るから退いてくれないか」
「なっ……」
アイリーンが顔を強張らせた。
「騙されてはいけませんわ、セドリック様。ハーリオン侯爵令嬢が私を除け者にしようとしているんですわ。セドリック様と仲良くしているのを妬んで!」
「僕がいつ、君と仲良くしたのかな。記憶に全くないんだけど?」
王子様らしい、社交辞令の挨拶を髣髴とさせる笑顔で、セドリックはアイリーンを突き放した。
「っ……!」
「それから、僕を名前で呼んでいいって、許可した覚えもないよ」
青い瞳が冷たく光った。アイリーンは舌打ちをしそうな勢いで顔を歪めて去って行った。

   ◆◆◆

「助かったよ。しつこくて困っていたんだ」
セドリックはほっと息を吐いた。マリナは何気なく彼の手に触れて、
「うまくいってよかったですわ」
と優艶な笑みを浮かべた。
「大丈夫でしたか、殿下」
「ああ、心配ないよ、アレックス。……僕には例の腕輪があるからね」
腕輪の話は小声でする。アイリーンはいなくなったが、誰が聞いているか分からないのだ。
「レイ様が謹慎でいないからって、今度は王太子様を標的にするなんて」
アリッサは不満を口にした。レイモンドがいないことも不満の一つだ。
「レイか……謹慎している間に魔法が抜ければいいね。寮の部屋には毎日様子を見に行くことにしたんだ。今日は……全くどうしようもなかったよ」
「廊下にまで聞こえてましたね。レイモンドさんの怒鳴り声」
「うん。『俺を閉じ込めて、アイリーンを横取りするつもりか!』ってね。オマケがつくって言われても欲しくないのに」
「うわー。きっつー。アイリーンがよっぽどいい女に見えてるんじゃない?」
「俺は、ジュリアの方がい」
「煩い」
ジュリアを褒め称えようとしたアレックスをエミリーが魔法で黙らせた。

「レイが言っていたんだけど、アリッサとの婚約を解消したいと、宰相に手紙で頼んだらしいね」
「ええ。それで父からアリッサ宛に手紙が届きましたの」
「んっとに、レイ様レイ様って大泣きして大変だったんだから」
「ジュリアちゃん!言わないで……」
アリッサがジュリアの口を塞いだ。エミリーが指先を上げ、
「魔法で黙ってもいいけど?」
と眠そうな目を細める。
「婚約……解消するの?」
「私は、解消したくありません。謹慎が明けてレイ様が学校に来たら、直接話をしようと思っています。そのことを今日、おと……父に伝えるつもりです」
一つ一つ噛みしめるようにアリッサは言った。姉妹が見守っていると思うと不思議と力が出た。
「僕もそれがいいと思うよ。魔法に操られて婚約解消なんて、正気に戻ったらレイが絶望しかねないよ。アリッサに嫌われたってね」
ふふっと笑うセドリックは、レイモンドの行動を予測しているのだろう。オードファン宰相がハーリオン侯爵を説得して、どうにか婚約にこぎつけたのに、いつの間にか自分から解消したと聞かされたら、流石の彼でも混乱するに違いない。

「今日の授業は午前までですけれど、セドリック様は生徒会室に行かれますか?」
「試験の間は行ってなかったから、銀雪祭のことも気になっているんだ。パーティーは学院側主導で、僕達生徒会の出番ではないけれど、投書された要望を先生方に伝えなければいけないだろう」
「要望?」
「パートナーがいない生徒への配慮とか、ドレスが用意できない生徒への貸し出し、それから……自由参加にしてくれというのもあったかな」
「パーティーは授業の一環で、全員参加なのよ。サボっちゃだめよ、エミリー」
「……げ。寝てようと思ったのに……」
「マリナとアリッサにも準備に加わってもらえると助かるな」
「あ、あの……私、今日は家に帰るんです。婚約解消のことで、おと、父と話をするので」
ハーリオン侯爵は明日からハロルドとビルクールへ出かける。年末も帰れるか不明なので、会って話す機会は今日しかなかった。アリッサは昼食が済み次第、ハーリオン邸へ帰ることにしている。
「二人では人手が足りませんか?何なら、俺が手伝いま……ぐふ」
アレックスの腹にジュリアの肘鉄がきまった。
「アリッサが来られないようだから、僕とマリナの二人で準備を進めるよ。……僕とマリナの二人で……二人……」
呟くセドリックの顔が陰を帯び、瞳が不気味に光ったのを見て、アレックスは手伝いを言い出さなくてよかったと心から思った。


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