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学院編 8 期末試験を乗り越えろ
236-2 少年剣士は婚約者を抱き潰す
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【アレックス視点】
上の階にある剣技科二・三年の教室を回り、知っている生徒にジュリアを見なかったかと訊ねる。
「さあねー」
「見てないなあ」
レナードの友達である先輩達は、困ったように俺を見るばかりだ。
「大丈夫か、ヴィルソード。お前、すげえ怖い顔してっぞ」
「あっ」
俺は慌てて両手で顔を擦った。顔の筋肉が強張っていたのかもしれない。背が伸びてから周りに怖がられるようになった。気にしないでいられたのは、こんな俺でもジュリアは『可愛い』と言ってくれるからだ。
「何かあったのか?」
俺と先輩達が話していると、教室の中から声がかけられた。
真っ直ぐな金髪を靡かせ、堂々とした様子でグロリア先輩が近づいてくる。スカート丈が長くなり、制服のブラウスのボタンを首まできっちりはめている。一瞬誰だか分からなかった。
「ジュリアを探してるんだってさ」
「ジュリアか……何だ、喧嘩でもしたか?」
「喧嘩じゃないです。……クラスで他の奴らと話してて、俺がジュリアの方がエロいって言ったら」
「まず、そこがおかしいだろ」
うぐっ。
「で?」
「レナードとジュリアが俺に聞こえないように何か言ってて、俺、腹が立って……ジュリアの手を引っ張ったんです」
「ふん。それで、アレックスなんか嫌いとでも言われたか?」
「言われてませんよ!……似たようなものですけど」
しどろもどろになった俺を見て、グロリア先輩はけらけらと笑った。
「なっ……笑うなんて酷いです!」
「よかったな、アレックス」
「……は?」
嫌われて良かったとでも言うのだろうか。
「お前、やっと男だと認識されたらしいぞ」
「えええええっ!」
幼馴染のジュリアと婚約して、今まで何回か……本当に何回かだけど、キスもした。
なのに、今まで男だと思われていなかったのか?
「ジュリアの居場所だけど、そういう悩みを聞いてくれそうな人のところにいるかもな」
「悩み……」
「闇雲に廊下を走っても仕方がないぞ。……医務室に行ってみな!」
先輩は俺を後ろ向きにさせて、背中をポンと叩いた。
◆◆◆
言われた通り、俺は医務室に行ってみることにした。
よく知らないが、ロン先生はよく、生徒の悩み相談を受けているらしい。いつだったかレナードからこの話を聞いた時、『俺も相談してみようかな』と言ったら、『お前に悩みなんてないだろ』と一蹴された。
――俺は今、猛烈に悩んでいる!
廊下を曲がったところで、医務室から出てきた人物に呼びかけた。
「ジュリア!」
こちらに気づいたジュリアが身を翻して向こうへ走っていく。
「ジュリア!待てよ!」
多分、待ってはくれないだろう。
ジュリアは足が速いから、俺が本気を出さないと追いつけない。
廊下を突っ走り、階段を上り、また廊下を突っ走り、階段を下りて……。
どこをどう走っていたのか分からないが、廊下の角を曲がったところでジュリアを見失った。階段へ引き返そうと回れ右をして、俺は壁に凭れて肩で息をしている彼女に気づいた。
「……よかった。いきなり逃げるから、俺、焦っちまって」
笑いながら距離を縮める。
「叫びながら走ってくる方が悪いよ。……怖いじゃん」
怖い?
やっぱり、お前も俺が怖いと思うのか?
教室で拒絶された時も、今も、胸が痛くなって苦しい。
「んなこと言うなよ。お前が教室からいなくなって、追いかけなきゃって気持ちになってさ」
わざと明るく言うと、
「……何で追いかけてきたの?放っておけばいいじゃない」
とジュリアは俺と顔を合わせようとしない。
――なんだよ。急に態度変えやがって!
俺は少し苛立った。
「あのなあ。触るなって言われて突き飛ばされて、俺が傷つかないと思ってんのか?」
「アレックスは頑丈でしょ」
「打ち身がどうのって話じゃない。実際、あんなの傷にもならないしな」
普段の練習の方がずっと、あちこち傷だらけになる。
「……俺はお前に拒否されて、すごく、その……心が痛かったっつーか……」
……恥ずかしい。
心が痛いってことは、つまり。
拒否されたくなかった、拒否されると思ってなかったって、言ってるようなものだ。
「……ごめん。でも、アレックスも悪いんだからね。私のこと、エロいって言うから」
真っ赤になってジュリアが懸命に話している。少し潤んだ紫の瞳、ぷっくりと膨らんだ赤い唇。――可愛すぎる!
「あれは、あいつが……ああ、もういい!」
話すのももどかしく、俺はジュリアを抱きしめていた。
力一杯抱きしめたせいか、小さく声が漏れた。
「アレックス、ちょ、苦し……」
唇がワイシャツ越しに俺の胸に触れ、くすぐったくてたまらない。
「俺、お前に嫌われるの、嫌なんだよ。……他の奴らに、お前を裏切ってアイリーンと浮気するような男に見られるのが嫌だった」
自習室で見たジュリアの顔が思い出された。
二度とあんな顔はさせたくない。
「俺が抱きしめたいと思うのも、……キ、キスしたいと思うのもお前だけなんだ!!ジュリア!」
腕に力を込めると、ジュリアの身体から急に力が抜けた。
――え?
くたり。
「あ、あああ、ジュリア!ジュリア!目を開けてくれぇえええ!」
半狂乱になって叫ぶ俺を遠巻きにして見ていた生徒達が、何人かロン先生を呼びに行ったらしい。すぐにやってきた先生は、
「なぁにやってんのよ!」
ビシッ!
俺の額に強烈な一撃を食らわせ、ジュリアに何か魔法をかけた。
「どこも怪我はないみたいね。あんたが馬鹿力で抱きしめたんだって?少しは加減てものを学びなさいよ。……ほら、抱き上げて」
「俺が?」
「力、有り余ってんでしょ?……それとも、医務室まであたしが抱いてってもいいの?」
にやり。
ロン先生は俺の気持ちを見透かしている。絶対だ。きっと魔法に違いない。
「ダメですよ。……俺が運びます!」
◆◆◆
意識が戻ったら知らせてくれるようにと先生に頼んで、俺は教室に戻った。
「アレックス!」
「おっと」
戻るなりレナードがすごい剣幕で俺にかかってきた。
「な、何だよ」
「ジュリアちゃんに嫌われたからって、襲ったって本当か?」
「へ?」
つい間抜けな声が出てしまう。
「噂で、西棟の倉庫で抱き潰したって聞いた」
「噂?……早いな」
「なっ……」
レナードの目の色が変わった。明らかに俺を蔑み、猛烈に怒っている。
同時に、クラスメイト達が俺を見て、ごくりと唾を飲む音がした。
――何なんだ?
「抱き潰すなんて酷いじゃないか!」
「俺も加減ができなくて、ジュリアには悪かったと思ってる」
次から抱きしめる時は力加減が必要だなと痛感した。筋トレのし過ぎかな。
「仮にもここは学校だぞ。西棟の倉庫って……場所も何も、最悪じゃないか」
「倉庫じゃない。……廊下だ」
「ろ、廊下!?」
レナードは軽く眩暈を覚えたらしく、額に手を当てた。
と、さらに瞳を怒りでぎらつかせ、俺の制服の襟元を掴んで壁に押しつける。
ダン!
「最低だ。お前なんか貴族の風上にも置けない。侯爵家だろうが知ったことか。俺がこの手で成敗してやる!……死ね!」
「馬鹿、やめろ!」
首を絞めようとするレナードの腕を掴み、俺は壁から背中を離した。力比べのようになり、押し返すとレナードが体勢を崩し、二人とも床に倒れた。
ガタタタタ。
押された机がぶつかって音を立てたのと、教室のドアが開いたのは同時だった。
戸口に注意を向けると、黒い靴下の細い脚が見えた。
「何やってるの?二人とも」
膝に手を当て、前かがみになったジュリアが俺達を見て首を傾げた。第二ボタンまで開けた襟元から微かな胸が見えそうで、俺は耳まで真っ赤になった。
『お前、やっと男だと認識されたらしいぞ』
グロリア先輩の言葉が、何度も頭の中に響いて消えた。
上の階にある剣技科二・三年の教室を回り、知っている生徒にジュリアを見なかったかと訊ねる。
「さあねー」
「見てないなあ」
レナードの友達である先輩達は、困ったように俺を見るばかりだ。
「大丈夫か、ヴィルソード。お前、すげえ怖い顔してっぞ」
「あっ」
俺は慌てて両手で顔を擦った。顔の筋肉が強張っていたのかもしれない。背が伸びてから周りに怖がられるようになった。気にしないでいられたのは、こんな俺でもジュリアは『可愛い』と言ってくれるからだ。
「何かあったのか?」
俺と先輩達が話していると、教室の中から声がかけられた。
真っ直ぐな金髪を靡かせ、堂々とした様子でグロリア先輩が近づいてくる。スカート丈が長くなり、制服のブラウスのボタンを首まできっちりはめている。一瞬誰だか分からなかった。
「ジュリアを探してるんだってさ」
「ジュリアか……何だ、喧嘩でもしたか?」
「喧嘩じゃないです。……クラスで他の奴らと話してて、俺がジュリアの方がエロいって言ったら」
「まず、そこがおかしいだろ」
うぐっ。
「で?」
「レナードとジュリアが俺に聞こえないように何か言ってて、俺、腹が立って……ジュリアの手を引っ張ったんです」
「ふん。それで、アレックスなんか嫌いとでも言われたか?」
「言われてませんよ!……似たようなものですけど」
しどろもどろになった俺を見て、グロリア先輩はけらけらと笑った。
「なっ……笑うなんて酷いです!」
「よかったな、アレックス」
「……は?」
嫌われて良かったとでも言うのだろうか。
「お前、やっと男だと認識されたらしいぞ」
「えええええっ!」
幼馴染のジュリアと婚約して、今まで何回か……本当に何回かだけど、キスもした。
なのに、今まで男だと思われていなかったのか?
「ジュリアの居場所だけど、そういう悩みを聞いてくれそうな人のところにいるかもな」
「悩み……」
「闇雲に廊下を走っても仕方がないぞ。……医務室に行ってみな!」
先輩は俺を後ろ向きにさせて、背中をポンと叩いた。
◆◆◆
言われた通り、俺は医務室に行ってみることにした。
よく知らないが、ロン先生はよく、生徒の悩み相談を受けているらしい。いつだったかレナードからこの話を聞いた時、『俺も相談してみようかな』と言ったら、『お前に悩みなんてないだろ』と一蹴された。
――俺は今、猛烈に悩んでいる!
廊下を曲がったところで、医務室から出てきた人物に呼びかけた。
「ジュリア!」
こちらに気づいたジュリアが身を翻して向こうへ走っていく。
「ジュリア!待てよ!」
多分、待ってはくれないだろう。
ジュリアは足が速いから、俺が本気を出さないと追いつけない。
廊下を突っ走り、階段を上り、また廊下を突っ走り、階段を下りて……。
どこをどう走っていたのか分からないが、廊下の角を曲がったところでジュリアを見失った。階段へ引き返そうと回れ右をして、俺は壁に凭れて肩で息をしている彼女に気づいた。
「……よかった。いきなり逃げるから、俺、焦っちまって」
笑いながら距離を縮める。
「叫びながら走ってくる方が悪いよ。……怖いじゃん」
怖い?
やっぱり、お前も俺が怖いと思うのか?
教室で拒絶された時も、今も、胸が痛くなって苦しい。
「んなこと言うなよ。お前が教室からいなくなって、追いかけなきゃって気持ちになってさ」
わざと明るく言うと、
「……何で追いかけてきたの?放っておけばいいじゃない」
とジュリアは俺と顔を合わせようとしない。
――なんだよ。急に態度変えやがって!
俺は少し苛立った。
「あのなあ。触るなって言われて突き飛ばされて、俺が傷つかないと思ってんのか?」
「アレックスは頑丈でしょ」
「打ち身がどうのって話じゃない。実際、あんなの傷にもならないしな」
普段の練習の方がずっと、あちこち傷だらけになる。
「……俺はお前に拒否されて、すごく、その……心が痛かったっつーか……」
……恥ずかしい。
心が痛いってことは、つまり。
拒否されたくなかった、拒否されると思ってなかったって、言ってるようなものだ。
「……ごめん。でも、アレックスも悪いんだからね。私のこと、エロいって言うから」
真っ赤になってジュリアが懸命に話している。少し潤んだ紫の瞳、ぷっくりと膨らんだ赤い唇。――可愛すぎる!
「あれは、あいつが……ああ、もういい!」
話すのももどかしく、俺はジュリアを抱きしめていた。
力一杯抱きしめたせいか、小さく声が漏れた。
「アレックス、ちょ、苦し……」
唇がワイシャツ越しに俺の胸に触れ、くすぐったくてたまらない。
「俺、お前に嫌われるの、嫌なんだよ。……他の奴らに、お前を裏切ってアイリーンと浮気するような男に見られるのが嫌だった」
自習室で見たジュリアの顔が思い出された。
二度とあんな顔はさせたくない。
「俺が抱きしめたいと思うのも、……キ、キスしたいと思うのもお前だけなんだ!!ジュリア!」
腕に力を込めると、ジュリアの身体から急に力が抜けた。
――え?
くたり。
「あ、あああ、ジュリア!ジュリア!目を開けてくれぇえええ!」
半狂乱になって叫ぶ俺を遠巻きにして見ていた生徒達が、何人かロン先生を呼びに行ったらしい。すぐにやってきた先生は、
「なぁにやってんのよ!」
ビシッ!
俺の額に強烈な一撃を食らわせ、ジュリアに何か魔法をかけた。
「どこも怪我はないみたいね。あんたが馬鹿力で抱きしめたんだって?少しは加減てものを学びなさいよ。……ほら、抱き上げて」
「俺が?」
「力、有り余ってんでしょ?……それとも、医務室まであたしが抱いてってもいいの?」
にやり。
ロン先生は俺の気持ちを見透かしている。絶対だ。きっと魔法に違いない。
「ダメですよ。……俺が運びます!」
◆◆◆
意識が戻ったら知らせてくれるようにと先生に頼んで、俺は教室に戻った。
「アレックス!」
「おっと」
戻るなりレナードがすごい剣幕で俺にかかってきた。
「な、何だよ」
「ジュリアちゃんに嫌われたからって、襲ったって本当か?」
「へ?」
つい間抜けな声が出てしまう。
「噂で、西棟の倉庫で抱き潰したって聞いた」
「噂?……早いな」
「なっ……」
レナードの目の色が変わった。明らかに俺を蔑み、猛烈に怒っている。
同時に、クラスメイト達が俺を見て、ごくりと唾を飲む音がした。
――何なんだ?
「抱き潰すなんて酷いじゃないか!」
「俺も加減ができなくて、ジュリアには悪かったと思ってる」
次から抱きしめる時は力加減が必要だなと痛感した。筋トレのし過ぎかな。
「仮にもここは学校だぞ。西棟の倉庫って……場所も何も、最悪じゃないか」
「倉庫じゃない。……廊下だ」
「ろ、廊下!?」
レナードは軽く眩暈を覚えたらしく、額に手を当てた。
と、さらに瞳を怒りでぎらつかせ、俺の制服の襟元を掴んで壁に押しつける。
ダン!
「最低だ。お前なんか貴族の風上にも置けない。侯爵家だろうが知ったことか。俺がこの手で成敗してやる!……死ね!」
「馬鹿、やめろ!」
首を絞めようとするレナードの腕を掴み、俺は壁から背中を離した。力比べのようになり、押し返すとレナードが体勢を崩し、二人とも床に倒れた。
ガタタタタ。
押された机がぶつかって音を立てたのと、教室のドアが開いたのは同時だった。
戸口に注意を向けると、黒い靴下の細い脚が見えた。
「何やってるの?二人とも」
膝に手を当て、前かがみになったジュリアが俺達を見て首を傾げた。第二ボタンまで開けた襟元から微かな胸が見えそうで、俺は耳まで真っ赤になった。
『お前、やっと男だと認識されたらしいぞ』
グロリア先輩の言葉が、何度も頭の中に響いて消えた。
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