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学院編 8 期末試験を乗り越えろ
232 悪役令嬢は早起きの算段をする
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それぞれベッドに横になると、窓際のジュリアが三人に向かって言った。
「私、明日は早く出るね」
「どうして?練習?」
ベッドサイドのテーブルに本を置き、アリッサが姉を見る。
「ううん。アレックスと一緒に学校に行くの、つらいなって」
「ジュリア……」
マリナが眉を顰めた。
「あなた達、あれほど信頼し合っているのに、話し合わなくていいの?」
「アレックスは殿下の側近だから、殿下と一緒に登校すればいいよ。多分、アイリーンが付きまとってくるだろうね。私は……あの女にデレてるアレックスを見たくないの!」
ぼすっ。ドサッ。
ジュリアの枕が会心の一撃を受け、ベッドの下に転がり落ちた。
「ジュリアちゃん、ごめんね、ごめんね……レイ様がっ……」
姉の枕を拾い、ベッドに戻しながら、アリッサは再び嗚咽を漏らした。
「……また泣かせた」
「そんなに泣いたら萎れちゃうわよ?」
「だって、レイ様があぁぁぁ」
号泣するアリッサをマリナが慰める。エミリーは姉の様子をみて、つい
「ウザい……」
と呟いた。
「エミリーちゃん!ひどぉい!」
「ウザいのをウザいって言って何が悪いの?いつまでもメソメソ泣いてるんじゃないわよ」
「エミリー!」
マリナが非難の声を上げたが、エミリーは気にも留めなかった。
「レイモンドがアイリーンとイチャついてるのが見たくないなら、レイモンドから離れればいい」
「そうそう。エミリー、いいこと言うじゃん」
ジュリアが同調してきてエミリーは目を丸くした。
「テストが終わるまでは生徒会も休みでしょ。教室は階が違うから、一日会わないでいられるんじゃない?昼は食堂に行かないで、リリーにサンドイッチ作ってもらってさ」
「本気なの?ジュリア」
「私は同じクラスだし、顔を合わせないわけにいかないけど、アイリーンが魔法科からわざわざ剣技科のアレックスのところに来る可能性は低いと思うんだよね。その点、マリナとアリッサは顔合わせなくていいじゃん。殿下とレイモンドは上の階に教室があるもん」
「……だそうだ。どうする?アリッサ、マリナ」
無表情のエミリーが二人を交互に見て、微かに口の端を上げた。
◆◆◆
翌日はリリーが作ったサンドイッチを渡され、四人は誰よりも先に女子寮を出た。
「こんな早起きしたの、いつぶりかなあ。朝練した時以来か……」
朝練を思い出すと、必然的にアレックスの顔が浮かぶ。ジュリアの胸が軋んだ。
ハロルドが言っていたように、アイリーンを自滅させる作戦だったとしても、アレックスとヒロインが一緒にいるところは見たくはない。ましてや、乙女ゲームのスチルそのままに、彼が頬を染めている姿なんて。
「エミリーちゃん、起きて」
「んー。が……んば……る」
ガクン。
前に倒れそうになるエミリーをアリッサとマリナが支えた。
「言いだしっぺがこれか」
ジュリアがエミリーの頭をぺしっと叩いた。
「朝は弱いの」
「エミリーちゃん、低血圧だもんねえ」
「少食なのがいけないと思うよ。もっとしっかり食べてさ」
とジュリアが大食いの極意を教えようとした時、向こうから声がかけられた。
「おはようございます、皆さん」
エミリーに肩を貸していたマリナの顔が青ざめた。跳ね返ったように顔を上げる。
「お兄様……」
「おはよー、兄様。どうしたの?早いね」
「ええ。リリーが早起きをしてサンドイッチを作る話を、アビーから聞きまして」
侍女ネットワーク、恐ろしや。
義兄に情報が筒抜けだったらどうしようと、貼りつけた笑みの下でマリナは焦った。
「校舎までご一緒します」
誘い文句の『しませんか』でも『しましょう』でもなく、それはハロルドの宣言だった。
「昨日、義父上から手紙が届きました」
マリナの横に並んだハロルドは、唐突に語りだした。
義兄の登場でエミリーも目が冴えたのか、ジュリアと並んで自分で歩いている。
「お父様は、何と?」
「試験を頑張るようにと」
「……そうですか。試験前ですものね」
「……それから、一つだけ」
「試験が終わったら私は、義父上について王都を離れる予定です」
マリナの足が止まった。何か嫌な予感がする。
――お父様が王都を離れるなんて、何か起こったのね?
「では、どちらに?」
「ビルクールですよ。……何もありません。ビルクール海運本社には、義父上が時々見に行かれているでしょう?」
義兄の言う通り、ハーリオン侯爵は数か月に一度、自らが経営する会社の本社へ赴き、現地従業員に直接指示を出している。だが、年末は家族と過ごしたいと、ビルクールへ行くのを控えていたのだ。
「新学期が始まるまでには戻るつもりですが、銀雪祭と年越しには戻れないかもしれません。あなたに一番先に、新年の祝いの言葉を伝えたいのですがね」
おどけたように肩を竦める。青緑の瞳が優しく輝き、マリナの視線を捉えて放さない。
「そんなに長く……」
つまり、父侯爵と義兄の力をもってしても、問題の解決にはひと月近くかかるということなのだ。
「銀雪祭のパーティーでは、王太子殿下とペアを組まれるのでしょう?」
「え……まだ、それは……」
「王太子妃候補が王太子以外にエスコートされるなど、あってはならない。違いますか?」
ハロルドの口ぶりは、マリナがセドリックにエスコートされるのを肯定しているように感じる。彼に対する敵対心など微塵も感じさせない。
「……お兄様?」
「私が王都を離れている間のことですから、少しだけ、大目に見ることにしたのです」
美しく笑ってマリナの銀髪を撫でる。ハロルドの横顔がどこか悲しげなのは、暗い冬空のせいだけではないとマリナは思った。
「私、明日は早く出るね」
「どうして?練習?」
ベッドサイドのテーブルに本を置き、アリッサが姉を見る。
「ううん。アレックスと一緒に学校に行くの、つらいなって」
「ジュリア……」
マリナが眉を顰めた。
「あなた達、あれほど信頼し合っているのに、話し合わなくていいの?」
「アレックスは殿下の側近だから、殿下と一緒に登校すればいいよ。多分、アイリーンが付きまとってくるだろうね。私は……あの女にデレてるアレックスを見たくないの!」
ぼすっ。ドサッ。
ジュリアの枕が会心の一撃を受け、ベッドの下に転がり落ちた。
「ジュリアちゃん、ごめんね、ごめんね……レイ様がっ……」
姉の枕を拾い、ベッドに戻しながら、アリッサは再び嗚咽を漏らした。
「……また泣かせた」
「そんなに泣いたら萎れちゃうわよ?」
「だって、レイ様があぁぁぁ」
号泣するアリッサをマリナが慰める。エミリーは姉の様子をみて、つい
「ウザい……」
と呟いた。
「エミリーちゃん!ひどぉい!」
「ウザいのをウザいって言って何が悪いの?いつまでもメソメソ泣いてるんじゃないわよ」
「エミリー!」
マリナが非難の声を上げたが、エミリーは気にも留めなかった。
「レイモンドがアイリーンとイチャついてるのが見たくないなら、レイモンドから離れればいい」
「そうそう。エミリー、いいこと言うじゃん」
ジュリアが同調してきてエミリーは目を丸くした。
「テストが終わるまでは生徒会も休みでしょ。教室は階が違うから、一日会わないでいられるんじゃない?昼は食堂に行かないで、リリーにサンドイッチ作ってもらってさ」
「本気なの?ジュリア」
「私は同じクラスだし、顔を合わせないわけにいかないけど、アイリーンが魔法科からわざわざ剣技科のアレックスのところに来る可能性は低いと思うんだよね。その点、マリナとアリッサは顔合わせなくていいじゃん。殿下とレイモンドは上の階に教室があるもん」
「……だそうだ。どうする?アリッサ、マリナ」
無表情のエミリーが二人を交互に見て、微かに口の端を上げた。
◆◆◆
翌日はリリーが作ったサンドイッチを渡され、四人は誰よりも先に女子寮を出た。
「こんな早起きしたの、いつぶりかなあ。朝練した時以来か……」
朝練を思い出すと、必然的にアレックスの顔が浮かぶ。ジュリアの胸が軋んだ。
ハロルドが言っていたように、アイリーンを自滅させる作戦だったとしても、アレックスとヒロインが一緒にいるところは見たくはない。ましてや、乙女ゲームのスチルそのままに、彼が頬を染めている姿なんて。
「エミリーちゃん、起きて」
「んー。が……んば……る」
ガクン。
前に倒れそうになるエミリーをアリッサとマリナが支えた。
「言いだしっぺがこれか」
ジュリアがエミリーの頭をぺしっと叩いた。
「朝は弱いの」
「エミリーちゃん、低血圧だもんねえ」
「少食なのがいけないと思うよ。もっとしっかり食べてさ」
とジュリアが大食いの極意を教えようとした時、向こうから声がかけられた。
「おはようございます、皆さん」
エミリーに肩を貸していたマリナの顔が青ざめた。跳ね返ったように顔を上げる。
「お兄様……」
「おはよー、兄様。どうしたの?早いね」
「ええ。リリーが早起きをしてサンドイッチを作る話を、アビーから聞きまして」
侍女ネットワーク、恐ろしや。
義兄に情報が筒抜けだったらどうしようと、貼りつけた笑みの下でマリナは焦った。
「校舎までご一緒します」
誘い文句の『しませんか』でも『しましょう』でもなく、それはハロルドの宣言だった。
「昨日、義父上から手紙が届きました」
マリナの横に並んだハロルドは、唐突に語りだした。
義兄の登場でエミリーも目が冴えたのか、ジュリアと並んで自分で歩いている。
「お父様は、何と?」
「試験を頑張るようにと」
「……そうですか。試験前ですものね」
「……それから、一つだけ」
「試験が終わったら私は、義父上について王都を離れる予定です」
マリナの足が止まった。何か嫌な予感がする。
――お父様が王都を離れるなんて、何か起こったのね?
「では、どちらに?」
「ビルクールですよ。……何もありません。ビルクール海運本社には、義父上が時々見に行かれているでしょう?」
義兄の言う通り、ハーリオン侯爵は数か月に一度、自らが経営する会社の本社へ赴き、現地従業員に直接指示を出している。だが、年末は家族と過ごしたいと、ビルクールへ行くのを控えていたのだ。
「新学期が始まるまでには戻るつもりですが、銀雪祭と年越しには戻れないかもしれません。あなたに一番先に、新年の祝いの言葉を伝えたいのですがね」
おどけたように肩を竦める。青緑の瞳が優しく輝き、マリナの視線を捉えて放さない。
「そんなに長く……」
つまり、父侯爵と義兄の力をもってしても、問題の解決にはひと月近くかかるということなのだ。
「銀雪祭のパーティーでは、王太子殿下とペアを組まれるのでしょう?」
「え……まだ、それは……」
「王太子妃候補が王太子以外にエスコートされるなど、あってはならない。違いますか?」
ハロルドの口ぶりは、マリナがセドリックにエスコートされるのを肯定しているように感じる。彼に対する敵対心など微塵も感じさせない。
「……お兄様?」
「私が王都を離れている間のことですから、少しだけ、大目に見ることにしたのです」
美しく笑ってマリナの銀髪を撫でる。ハロルドの横顔がどこか悲しげなのは、暗い冬空のせいだけではないとマリナは思った。
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