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学院編 8 期末試験を乗り越えろ
225 公爵令息は参加者を募る
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【レイモンド視点】
毎朝日課になっているアリッサとの登校は、俺の楽しみの一つだ。
他愛もないことを語り合いながら寮から校舎へと続く道を歩く。まさに至福のひとときだ。一年生の時、婚約者と連れ立って歩く上級生を見て憧れ、王立学院に入学してから二年間、彼女が入学してくる日を指折り数えて待っていたのだ。
いつものようにアリッサを一年の教室に送り届けて、自分の教室へと階段を上がろうとしたところで、後ろから呼び止める声がした。
アリッサとの楽しい時間に心が浮き足立っていたのかもしれない。つい、返事をして振り返ってしまった。
「おはようございますぅ。レイモンド様っ!」
やけに上機嫌なアイリーン・シェリンズが、媚態を作って俺を見上げていた。
学院祭の後夜祭で、セドリックはアイリーンがかけた『魅了』の魔法にかかり、短い時間ではあったが言動がおかしくなった。あれほど執心しているマリナに冷たい態度をとっていた。俺は魔法というものが恐ろしくなった。
アイリーンは、まだセドリックの心が自分にあると思い込んでいるようだった。リオネル王子の話では、アイリーンが誑かそうとしているのは少なくとも四人いて、その一人がセドリックらしい。残りはアレックスと魔法科のコーノック先生、そして俺だと言っていた。セドリックを誑かすのに成功し、次の標的を俺に定めたということだろうか。
「……何だ」
あえて素っ気ない返事をしてみる。
「ふふ。毎日大変ですねえ、婚約者さんのお世話をなさって」
お世話?確かにアリッサは方向音痴だが、俺は自分の意思で彼女と登校しているのだ。誰に命じられたわけでもない。
俺は俄かに不快感を覚えた。
アイリーンは俺が黙っていたのを肯定の意味に取ったようだった。
「いいんですよぉ?私、いくらでも愚痴聞いちゃいますよ?」
何度か瞬きをして、少し首を傾げてわざとらしく笑う。
「貴族の結婚って何かと大変ですよねえ。家格が釣り合わないとダメで、本人達の気持ちなんて二の次ですもんね」
「何が言いたい……」
「オードファン家に嫁げる家格の、年頃の令嬢なんて、ハーリオン家の姉妹くらいなものでしょう?家のために決めた婚約でも、婚約者の機嫌を取らないといけないなんて」
どこから反論すべきか。
少なくとも、俺は自分から望んでアリッサと婚約した。交際を反対していたハーリオン侯爵にやっと認めていただいたのに。……ああ、そうか。これがリオネル王子が言っていた、アイリーンの激しい『思い込み』というやつか。アイリーンが誑かそうとしている四人のうち、セドリックとアレックスと俺は、皆ハーリオン侯爵令嬢と嫌々婚約していると思っているんだったな。
「愚痴を言っても始まらないだろう」
「でもぉ、レイモンド様がおつらいのは、私もつらいんですぅ。……いつも見てるから」
ゾクリ。最後の一言に背筋が凍った。
俺は表情を変えずに、無言でアイリーンを見つめた。
「……いつも、見ている、とは?」
「休み時間に普通科の教室の傍で、レイモンド様が通られるのを見てました」
ゾクリ。性質の悪い風邪を引いたのかと思うほど悪寒がする。
廊下の片隅にピンク色の髪を見た気がしないでもない。
「魔法科の授業中も、ずぅっとレイモンド様のことを考えてるんですよ」
「授業に集中していない証拠だな。もうすぐ期末試験なのに、真面目に」
真面目に授業を受けない者と話す気はない、と言って話を切り上げるつもりが、
「真面目にやりますから、勉強を教えてくださぁい」
と言われる隙を作ってしまった。
そこで予鈴が鳴り、俺はアイリーンを置きざりにして、教室へ急いだ。
◆◆◆
「ねえ、レイ」
食堂のテーブルの一つ、ガラス張りのサンルームで、セドリックは俺に非難の目を向けた。
「何だ」
「どうしてあいつがいるんだ?」
小声で耳打ちしてくる。テーブルは六人掛けで、俺の隣を一つ空け、アイリーンが座っている。セドリックの隣にはアレックス、その隣にはキースが座っている。アレックスとキースは俺が誘った。セドリックとアイリーンが向かい合う形になる。
「アレックス達はいいよ。たまにはね。でもね、僕はアイリーンと昼食を取るくらいなら、席を外したい気持ちなんだよ」
「俺が話す。お前は適当に相槌を打ってにこにこしておけ」
「理由も聞かずに、『はいそうですか』って言うと思う?」
「相槌が打てないなら何も話すな」
長い付き合いだ。小声でも苛立っているのが分かる。
「後でわけを聞かせて、レイ」
「ああ」
横目で見れば、アレックスも憮然とした表情だ。以前アイリーンに『魅了』されかけたのだから無理もない。間に座ったキースがハラハラしている。
「今日の昼食会は、皆に俺の提案を聞いてもらおうと思う」
セドリックが訝しんでいる。
「期末試験が近いのは知っての通りだ。勉強は進んでいるか?」
「えっと……」
アレックスが目を逸らして頭を掻いた。これはやっていないようだな。
将来王の側近になる、おそらくは騎士団長になる男が、一年次から落第したとあっては始末に負えない。
「勉強していないのか、アレックス」
「一応、クラスでは教え合ってますけど……」
「そうか。キースはどうだ?」
「まだ一割くらいです。どこから手をつけたらいいか分からなくて」
「初めての試験勉強だからな。……そこでだ」
「はあ……」
キースがきょとんとして俺を見ている。
「俺が皆の勉強を見る。勉強会をしてはどうか」
「勉強会?」
「キースは俺に勉強を教わりたいと言っていたし、アレックスも不安が多そうだ。シェリンズ嬢も俺に教わりたいそうだ」
「えっ……」
アレックスとキースが顔を見合わせて絶句する。
「俺達は……」
「一人教えるも三人教えるも同じだろう?普通科・剣技科・魔法科の共通科目なら、まとめて教えた方が効率的だろう」
「そりゃまあ、そうですね……」
「僕も魔法科目の分からないところはメーガン先生に聞こうと思っていましたし、教えていただきたいのは普通科との共通科目なんです。ですが……」
やはり、キースはまだアイリーンが気になるようだ。エミリーが何度も被害に遭っていることを考えれば、宿敵以外の何者でもない。
「勉強会は今日の放課後から始める。場所は自習室だ」
「ちょっと待って、レイ」
「何だ。セドリック」
「僕は勉強会の先約があるんだ。参加できないよ」
「そうなのか?てっきりハロルドと満点勝負をするものだとばかり思っていたぞ」
「……う」
「満点を取って、マリナから特別なご褒美をもらうと、ハロルドは息巻いていたがな」
「うう……」
「放課後だ。待っているからな。セドリック」
俺が唇を歪めて笑うと、不機嫌な王太子は観念して頷いた。
毎朝日課になっているアリッサとの登校は、俺の楽しみの一つだ。
他愛もないことを語り合いながら寮から校舎へと続く道を歩く。まさに至福のひとときだ。一年生の時、婚約者と連れ立って歩く上級生を見て憧れ、王立学院に入学してから二年間、彼女が入学してくる日を指折り数えて待っていたのだ。
いつものようにアリッサを一年の教室に送り届けて、自分の教室へと階段を上がろうとしたところで、後ろから呼び止める声がした。
アリッサとの楽しい時間に心が浮き足立っていたのかもしれない。つい、返事をして振り返ってしまった。
「おはようございますぅ。レイモンド様っ!」
やけに上機嫌なアイリーン・シェリンズが、媚態を作って俺を見上げていた。
学院祭の後夜祭で、セドリックはアイリーンがかけた『魅了』の魔法にかかり、短い時間ではあったが言動がおかしくなった。あれほど執心しているマリナに冷たい態度をとっていた。俺は魔法というものが恐ろしくなった。
アイリーンは、まだセドリックの心が自分にあると思い込んでいるようだった。リオネル王子の話では、アイリーンが誑かそうとしているのは少なくとも四人いて、その一人がセドリックらしい。残りはアレックスと魔法科のコーノック先生、そして俺だと言っていた。セドリックを誑かすのに成功し、次の標的を俺に定めたということだろうか。
「……何だ」
あえて素っ気ない返事をしてみる。
「ふふ。毎日大変ですねえ、婚約者さんのお世話をなさって」
お世話?確かにアリッサは方向音痴だが、俺は自分の意思で彼女と登校しているのだ。誰に命じられたわけでもない。
俺は俄かに不快感を覚えた。
アイリーンは俺が黙っていたのを肯定の意味に取ったようだった。
「いいんですよぉ?私、いくらでも愚痴聞いちゃいますよ?」
何度か瞬きをして、少し首を傾げてわざとらしく笑う。
「貴族の結婚って何かと大変ですよねえ。家格が釣り合わないとダメで、本人達の気持ちなんて二の次ですもんね」
「何が言いたい……」
「オードファン家に嫁げる家格の、年頃の令嬢なんて、ハーリオン家の姉妹くらいなものでしょう?家のために決めた婚約でも、婚約者の機嫌を取らないといけないなんて」
どこから反論すべきか。
少なくとも、俺は自分から望んでアリッサと婚約した。交際を反対していたハーリオン侯爵にやっと認めていただいたのに。……ああ、そうか。これがリオネル王子が言っていた、アイリーンの激しい『思い込み』というやつか。アイリーンが誑かそうとしている四人のうち、セドリックとアレックスと俺は、皆ハーリオン侯爵令嬢と嫌々婚約していると思っているんだったな。
「愚痴を言っても始まらないだろう」
「でもぉ、レイモンド様がおつらいのは、私もつらいんですぅ。……いつも見てるから」
ゾクリ。最後の一言に背筋が凍った。
俺は表情を変えずに、無言でアイリーンを見つめた。
「……いつも、見ている、とは?」
「休み時間に普通科の教室の傍で、レイモンド様が通られるのを見てました」
ゾクリ。性質の悪い風邪を引いたのかと思うほど悪寒がする。
廊下の片隅にピンク色の髪を見た気がしないでもない。
「魔法科の授業中も、ずぅっとレイモンド様のことを考えてるんですよ」
「授業に集中していない証拠だな。もうすぐ期末試験なのに、真面目に」
真面目に授業を受けない者と話す気はない、と言って話を切り上げるつもりが、
「真面目にやりますから、勉強を教えてくださぁい」
と言われる隙を作ってしまった。
そこで予鈴が鳴り、俺はアイリーンを置きざりにして、教室へ急いだ。
◆◆◆
「ねえ、レイ」
食堂のテーブルの一つ、ガラス張りのサンルームで、セドリックは俺に非難の目を向けた。
「何だ」
「どうしてあいつがいるんだ?」
小声で耳打ちしてくる。テーブルは六人掛けで、俺の隣を一つ空け、アイリーンが座っている。セドリックの隣にはアレックス、その隣にはキースが座っている。アレックスとキースは俺が誘った。セドリックとアイリーンが向かい合う形になる。
「アレックス達はいいよ。たまにはね。でもね、僕はアイリーンと昼食を取るくらいなら、席を外したい気持ちなんだよ」
「俺が話す。お前は適当に相槌を打ってにこにこしておけ」
「理由も聞かずに、『はいそうですか』って言うと思う?」
「相槌が打てないなら何も話すな」
長い付き合いだ。小声でも苛立っているのが分かる。
「後でわけを聞かせて、レイ」
「ああ」
横目で見れば、アレックスも憮然とした表情だ。以前アイリーンに『魅了』されかけたのだから無理もない。間に座ったキースがハラハラしている。
「今日の昼食会は、皆に俺の提案を聞いてもらおうと思う」
セドリックが訝しんでいる。
「期末試験が近いのは知っての通りだ。勉強は進んでいるか?」
「えっと……」
アレックスが目を逸らして頭を掻いた。これはやっていないようだな。
将来王の側近になる、おそらくは騎士団長になる男が、一年次から落第したとあっては始末に負えない。
「勉強していないのか、アレックス」
「一応、クラスでは教え合ってますけど……」
「そうか。キースはどうだ?」
「まだ一割くらいです。どこから手をつけたらいいか分からなくて」
「初めての試験勉強だからな。……そこでだ」
「はあ……」
キースがきょとんとして俺を見ている。
「俺が皆の勉強を見る。勉強会をしてはどうか」
「勉強会?」
「キースは俺に勉強を教わりたいと言っていたし、アレックスも不安が多そうだ。シェリンズ嬢も俺に教わりたいそうだ」
「えっ……」
アレックスとキースが顔を見合わせて絶句する。
「俺達は……」
「一人教えるも三人教えるも同じだろう?普通科・剣技科・魔法科の共通科目なら、まとめて教えた方が効率的だろう」
「そりゃまあ、そうですね……」
「僕も魔法科目の分からないところはメーガン先生に聞こうと思っていましたし、教えていただきたいのは普通科との共通科目なんです。ですが……」
やはり、キースはまだアイリーンが気になるようだ。エミリーが何度も被害に遭っていることを考えれば、宿敵以外の何者でもない。
「勉強会は今日の放課後から始める。場所は自習室だ」
「ちょっと待って、レイ」
「何だ。セドリック」
「僕は勉強会の先約があるんだ。参加できないよ」
「そうなのか?てっきりハロルドと満点勝負をするものだとばかり思っていたぞ」
「……う」
「満点を取って、マリナから特別なご褒美をもらうと、ハロルドは息巻いていたがな」
「うう……」
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