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閑話 悪役令嬢がRPGだなんて聞いてません!

悪役令嬢がRPGだなんて聞いてません! 6

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「……あれ?」
ベッドの上で目を覚ましたエミリーは、何か温かい肌触りがして驚愕した。
隣に寝ている男の乱れた黒髪が見える。床の上にはマシューが着ていたロック衣装が散らばっている。
――って、裸で寝てるの!?
自分は服を着ている。着ているが……。
思いっきりセクシーなネグリジェに着替えさせられていた。エミリーは終わったと感じた。
完全に『事後』なのではないだろうか。

あの後、マシューとキスしたところまでは覚えていた。
魔力が心地よくて蕩けた。頭の奥が痺れて、すぐに何も考えられなくなった。
――で、どうなったんだろう?
エミリーは真っ青になった。……顔色には出ないが。
「ん……?起きたのか」
裸のマシューが起き上がり、危うく毛布が捲れそうになった。
「ダメ、起きないで!」
毛布を掴んで身体に押し当て、そのまま押し倒してしまう。
「なんだ、積極的だな。……もう一度か?可愛くおねだりしてみろよ」
「おね……!」
絶句。
エミリーは灰になるかと思った。
――マシューはこんなこと、絶っっっ対に言わない!
「ち、違うからね!は、裸だから、早く服を着て頂戴!」
「分かった分かった。……さて、仕事にするかな」
「仕事?……魔王って普段何をしているの?」
人の生き血をすするとか、使い魔をけしかけて村を襲うとか、グロい話だったらどうしようとエミリーは思った。が、マシューは薄く笑っただけだった。
「お前にも手伝ってもらうぞ」

『魔王専用』と殴り書きで書かれた看板が傾いている。
マシューの実験室は、魔法薬の怪しい臭いが立ち込めていた。
「何なの……」
「俺はここで魔法薬を作っている。街で売れば……金ではなく物と交換だが、食うには困らない」
「つまり、仕事ってこれ?」
「そうだ。この頃は魔法薬の依頼を受けることもあるんだ。効きが速いと評判だぞ」
――魔王の夢って、こんなのだっけ?
姉達にはもっと怖い夢を見ると聞かされていたのに、これでは依頼を受けて薬を調合するゲームのようだ。魔王の弟子になってしまいそうな気がする。
「俺が言った材料の瓶を、そこの棚から取って渡してくれ」
「……分かりました」
このままずるずると彼のペースに呑まれてしまいそうだ。毎日一緒に目覚めるのだろうか。
目覚め……。
「あ」
「どうした?」
マシューは鍋に入れた薬草を混ぜながら、どうでもよさそうに問いかけた。
「昨日って、最後まで……」
「うっ」
ガタン。バシャン!
「きゃっ」
小鍋が床に落ち、エミリーに熱い湯がかからないように咄嗟に守ったマシューが、痛そうに顔を顰めた。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃない!火傷してるよ!脱いで!手当しなきゃ」
動揺したエミリーは敬語が抜けた。マシューの皮パンツのベルトに手をかける。
「だ、や、やめろ。俺はいいから」
「よくない!」
「脱がそうとするな!……その、下着をつけていないんだ」
ピシ。
エミリーは今度こそ灰になるかと思った。
視線を逸らして顔を赤らめるノーパン男は、そっとエミリーの手をベルトから外させる。
「……昨日は何もなかったから、安心しろ。食うのは……まだ先でいい」

   ◆◆◆

「いやにあっさり通ったな」
レイモンドが不満の声を上げた。王都に入り、勇者一行として城で王に会いたいと言ったら、旅立ちの装備支度金をくれると言われた。謁見の間の控室に通され、五人は募る不審感に苛立っていた。
「王宮なのに、身分も調べないなんて、変なところだよな」
アレックスがぼやいた。ジュリアの言う『勇者っぽさ』を出すために服装を黒系から青系に変え、キラキラする装身具をいくつかつけている。剣は慣れたものが使いやすいので、前から持っているものを磨いて光らせた。
「明らかに勇者っぽい格好してるアレックスと、魔法使い、神官、剣士、踊り子の一行だもんね。……支度金、いくらだと思う?」
「無駄遣いしちゃダメだよ、ジュリアちゃん」
「王への謁見がこんなに簡単でいいはずがない。落とし穴があるだろうな」
眼鏡を中指で上げ、レイモンドが考え込んだ。

「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
若い兵士が五人を呼びに来た。王宮に入ってからというもの、若い男以外の使用人を見た覚えがない。アリッサはジュリアの袖を引いた。
「ね、どうして若い人しかいないのかな?」
「さあね。仕事がキツすぎて年寄りじゃ務まらないとか?」
ひそひそ話をしている間に謁見の間に通された。人が入ってくる気配に、床に膝をつき頭を下げる。
「面を上げよ」
五人の耳に届いた声は、セドリックのものではなく、ぞくりと背筋が凍るような女のものだった。

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